カネミ油症事件 カネミ油症事件の概要

カネミ油症事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/01/16 08:37 UTC 版)

概要

福岡県北九州市小倉北区(事件発生当時は小倉区)にあるカネミ倉庫株式会社で作られた食用油(こめ油・米糠油[2]「カネミライスオイル」の製造過程で、脱臭のために熱媒体として使用されていたPCB(ポリ塩化ビフェニル)が、配管作業ミスで配管部から漏れて混入し、これが加熱されてダイオキシン変化した。このダイオキシンを油を通して摂取した人々に、顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡(クロルアクネ)などの異常、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害などを引き起こした。

当時はPCB(ポリ塩化ビフェニル)の無害化技術も確立していない時代であり、カネミ油症の原因物質であるライスオイルは、不適切な処理をされた蓋然性がきわめて高い。カネミ倉庫の事業所が存在する北九州市及び大阪市木津川運河)では、ダイオキシン類の一つであるコプラナーPCBが河川及び港湾の底質から基準を超えて検出されている。

原因の究明まで

患者発生の直前1968年春には、同社製の「ダーク油」を添加した配合飼料を与えられた鶏40万羽が変死していた[3]1968年(昭和43年)6月7日に九大皮膚科に3歳の女児が痤瘡(にきび)様皮疹と診断され、8月には家族全員が同様の症状となって受診した。

1968年(昭和43年)10月11日、福岡県衛生部は九州大学病院に職員を派遣し調査を開始。北九州市衛生局は同日日にカネミ倉庫に立ち入り調査を実施し、サンプルを採取して九大に分析を依頼した[4]

1968年(昭和43年)10月18日、九州大学医学部に油症外来を開設して集団検診を始める[4]

1968年11月4日には油症研究班がカネミ油に含まれた有機塩素化合物ガスクロマトグラフのパターンがカネクロール400(鐘淵化学:現・株式会社カネカ)のパターンと一致することを証明した[4]

1969年(昭和44年)3月20日、長崎県が「油症関係資料」を取りまとめ、油症の総括及び、五島玉之浦町地区や五島奈留島地区の被害者を状況を記録した[5]

1969年(昭和44年) 長崎県発行 油症関連資料

1969年、医学専門誌『福岡医学雑誌』60巻5号には、患者から生まれた死産女子の解剖結果が報告されている。そこでは、副腎皮質が奇形であったことが示唆され、性器の肥大・突出があったことも書かれている。

1969年(昭和44年)6月、厚生省に「回収油の精製後の販売先及び数量」等を報告した[6]

1969年(昭和44年)11月、食品衛生法第4条該当により廃棄を命じたカネミ油(廃棄分)503ドラムを販売したことを報告した[7]

1971年、専門誌『産科と婦人科』8月号に患者の性機能に関する報告が掲載された。経血が茶褐色に汚くなったことや性ステロイドの減少が見られることをふまえ、「PCB中毒はあらゆる意味で女性性機能を障害すると考えざるを得ない」とまとめている。翌年、『福岡医学雑誌』63巻10号は「PCBには女性ホルモンを増強する作用がある」と報告した。

1975年、長山淳哉[8]らの研究により、ダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) が事件に関係していることが判明した。

1987年(昭和62年)カネミ倉庫が300リットルの油を引き取ったことを北九州市衛生局長に報告した[9]

2002年に当時の坂口厚生労働大臣が、厚生官僚の反対を押し切り「カネミ油症の原因物質はPCBよりもPCDFの可能性が強い」と認めた。発症の原因物質はPCDF及びCo-PCBであると確実視されており、発症因子としての役割は前者が85%、後者が15%とされている。

被害認定

日本全国でおよそ1万4,000人が被害を訴えたが、認定患者数は2006年末現在で1,906人と少ない。うち、相当数が既に死亡している。家族が同じ物を食べて被害にあったにも拘らず、家族のうち1人だけが被害者に認定されるケースもあるなど、認定の基準が被害者には曖昧なものであった。

2004年9月、厚生労働省の所管組織である国の「油症治療研究班(九州大学医学部を中心とする研究グループ)」は、新たに血液中のダイオキシン濃度を検査項目に加えた新認定基準を発表した。また、自然界では、ダイオキシンに曝露したことの影響と見られる生殖器官の異常など動物の奇形も見られるが、直接の被害者が男性の場合、精子など遺伝子へのダイオキシン類による被害があっても、親から子へと胎内を通じて直接、子孫に影響があると考えられる女性とちがい、血中のダイオキシン濃度測定だけでは、世代を超えた影響は関知しえないという問題もある。


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  1. ^ 明石昇二郎 『黒い赤ちゃん-カネミ油症34年の空白』 講談社 2002年 p.132 国際会議Dioxin99
  2. ^ カネミ倉庫では、2013年8月現在、引き続き食用こめ油・米糠油を製造している(外部リンクの公式ウェブサイトに記載あり)。
  3. ^ 1985年(昭和60年)2月13日付毎日新聞夕刊
  4. ^ a b c カネミ油症事件の現況と人権
  5. ^ 「油症関係資料」1969年(昭和44年)3月20日 長崎県発行
  6. ^ 1969年(昭和44年)6月12日付「厚生省報告事項」北九州市
  7. ^ 1969年(昭和44年)11月28日付北九州市衛生局長宛て「カネミ油(廃棄分)の販売について」北九州市小倉保健所長
  8. ^ 2002年当時、国の「油症治療研究班」メンバーで、九州大学医療技術短期大学助教授
  9. ^ 1987年(昭和62年)7月21日付北九州市衛生局長宛て「油の受領、保管及び処分の件」カネミ倉庫代表取締役加藤三之輔
  10. ^ カネミ油症「新認定訴訟」で正義ある判決を求める要請書
  11. ^ NHK ETV特集「毒と命~カネミ油症 母と子の記録~」


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