植物を餌とする場合の問題とその解決方法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/29 17:15 UTC 版)
「草食動物」の記事における「植物を餌とする場合の問題とその解決方法」の解説
植物の体組成は動物のそれとは大幅に異なるためそれを補う必要がある。たとえば陸上緑色植物は通常NaClは極めて含有量が少なくK含量が多いため、NaClを大量に必要とする地上性草食ほ乳類はこれを別途摂取する必要がある。植物性の食物は通常低蛋白質である。このため、動物食のものと比較すると量を食べる必要がある。また、ビタミン類は動物と比較して多く含まれるため、特に新鮮な植物を摂食するものではビタミン類の一部の合成能を失った種が(ヒトも含め)数多く認められる。糖質も部位によっては過剰に含まれるため、アブラムシのように過剰糖類を排泄する機構をもつものもある。 植物は逃げないが、食害から逃れるために通常難消化かつ低栄養となるように進化している。穀物(イネ科子実)や堅果類は一般に無毒かつ易消化性成分含量も高いが極めて堅い。しかし、これを消化できるほど破砕能力が高い動物は多くない。他の部分ではさらに果実や種子などを除くと大半の糖類が難消化性の細胞壁成分となっている。動物は、消化器官に蛋白質やデンプンを分解する酵素は持ち、植物の細胞の原形質成分は容易に消化吸収できる。が、多くの動物は植物性の食物の主要な成分であるセルロースやヘミセルロース、リグニンなどの細胞壁成分を分解するための酵素を持たない。また、セルロースなどで構成される繊維は丈夫で、さらに機械的障害(棘や石細胞など)で防御しているものも多く、物理的な破砕そのものも困難である。 このように物理的に堅い硬組織を咀嚼・破砕する歯の継続的な摩耗に適応できるようになったものも多い。ネズミ、ウサギなど門歯のように伸び続けるもの、ゾウの臼歯、巻き貝類の歯舌歯や植食性昆虫の大顎などのようにスペアを多数用意するものなどがある。これほどでなくとも、ヒトの大臼歯はすりつぶし能力が高く、セルロースが高度に結晶化した部位やシリカを集積したような部位でなければ破砕し、細胞質成分を消化できる。 さらに化学物質や、これに対する対応も必要である。例えばアブラナ科植物に含まれるイソチオシアネート類やネギ科のアリル化合物類、カフェイン、テオブロミンなどはかなりの動物に対し猛毒であるが、ヒトでは摂食するに問題ない程度に無毒化できる。また、ヒトの器用な手と頭脳の組み合わせは多くの刺や硬い外皮・毒成分などを効率よく除去できる。 以下に消化の観点から適応例を分類した。便宜的に分類したがもちろん複数のケースにまたがった適応を示す動物も多い。例えばシロアリの一部は1,2,3-1,3-2-3にまたがった適応を示し、細胞壁成分を含め植物性食物を高度に利用できる。しかし、シロアリ類は化学物質に対する適応程度は低く、生植物はほとんど利用しない(できない)。 1,容易に消化できる成分に富んだ栄養価の高い部位を選択的に摂食する ただし、これに頼る植物食動物は狭義の草食動物に含めない。基本的な摂食パターンや消化器構造は昆虫食や肉食の物とさほど変わりがない。基本的には肉食の狐や熊、昆虫食のネズミやリス、ほとんどの鳥類、雑食であるヒトを含む猿類、師管液を摂食する蚊、カブトムシ、アブラムシやセミ、種子を食べるゾウムシ、花蜜を食べるハチドリ、ハチや蝶が相当する。 2,自身で細胞壁成分を消化できる ヘミセルラーゼ・セルラーゼ、特にセルラーゼを自ら生産できる動物群は少ない。巻き貝二枚貝を含め貝類がセルラーゼ・ヘミセルラーゼを分泌することができる。このことにより貝類は海中から砂漠まで何所でも認められるほどの大繁栄をしている(ナメクジもウミウシも貝類である)。研究が進むにつれシロアリ類、草食・デトリタス食性のエビ類(ヌマエビ類・ザリガニ類など)、ウニ類などもセルラーゼ・ヘミセルラーゼを持つことが明らかとなった。リグニンを自ら利用できる動物は知られていない。 3,自身では消化せずに他の生物と共生する 3-1 体外共生生物を利用する 特に高分子のリグニンを利用できるのは、微生物とは言えない白色腐朽菌に事実上限られる。ヤギなどの反芻動物でもリグニンは利用できていないとされている。動物がリグニンを利用する場合は体外共生生物に頼らねばならない。 ヒトは植物を草食動物や、キノコなどの他の生物に餌として与え、その生物を摂食することによって間接的に利用している。シロアリ類やハキリアリが植物を集めてキノコを栽培する例が知られている。シロアリでは材に水を運搬し腐朽させながら摂食するものもある。また、キクイムシは菌類を木材に接種し、その菌により腐朽した部位を摂食する。人が利用するシイタケ、エノキタケ、マッシュルームなどを含め、これらの菌類は全て白色腐朽菌である。オトシブミは葉を巻いて発酵させたものを幼虫の餌とする。 3-2 体内共生生物を利用する 体内に分解用共生生物を養う器官を発達させる物である。体が重くなるため鳥類や昆虫の成虫などの飛行のため体を軽くする必要のある生き物では例が少ない。 分解用共生生物を養うため体が大きく高い体温を保つことが有利なため、ほ乳類の多くが属する。シロアリやキゴキブリもこれに属する。これには大きく分けて2つのタイプがある。すなわち、自身(以下、宿主とする)が消化吸収し、残りを共生微生物に利用させるか、まず摂食したものを共生微生物に利用させ、その後に宿主が消化吸収を行うかである。双方共に利点と欠点がある。多いのは前者であるが双方行う物もある。共生微生物は植物に含まれる毒の解毒も行う例が知られている。また、材食性シロアリの一部のように窒素固定をも行わせ、植物体には相対的に少ない有機態窒素を補う例もある。アブラムシ(アリマキ)では摂食する師管液に欠けている必須アミノ酸やビタミン類の一部を共生微生物が合成する。 3-2-1 宿主が消化吸収した残りを共生微生物に利用させる ヒトもこれに当たる。利点は、まず宿主が利用できる物を先に吸収できることである。欠点は共生微生物の菌体は利用されずに糞として排出されることである。宿主が共生微生物から得られる物は、主に嫌気発酵により放出された低級脂肪酸(酢酸、酪酸、プロピオン酸などが主)であり、いわば共生微生物の食べ残しのみである。宿主はこれらを吸収して好気呼吸によりエネルギーを得る。 こういう仕組みであるため比較的タンパク質含量やデンプン、脂肪含量などが高い食料を摂食するものが発達させる。馬、豚、犬など反芻しないほぼ全てのほ乳類が該当する。ほ乳類では大抵は盲腸・結腸・大腸などを分解用共生生物を養う器官とする。ほ乳類で植物食性が強い場合は、馬のように大型生物では結腸を、コアラなど小型のものでは盲腸を発達させ、咀嚼粉砕する能力が高い。よく誤解されるが馬は草のみでは体の維持は困難であり、穀物や芋類、カブ、マメ科牧草などの容易に消化できる飼料を必要とする。コアラはユーカリの葉のみで体が維持できるが、きわめて不活発である。また、ヒトのセルロース利用能力は意外に高く、粉末にしたセルロースであればほぼ100%分解利用される。 3-2-2 まず摂食したものを共生微生物に利用させその後に宿主が消化吸収を行う 嫌気発酵により放出された低級脂肪酸を利用するだけでなく、繁殖した共生微生物の菌体も消化吸収する。また、共生微生物による解毒もある程度は期待できるため摂食できる範囲が広がる。欠点は共生微生物が先に食物を利用するため、いわゆる栄養価の高い食料を摂食した場合に無駄が多くなることである。そのため、果実や肉類などの易消化性の食物を大量に食べると消化器内で異常発酵を起こし、最悪の場合死亡する。このタイプのものは草や葉などいわゆる栄養価の低い植物を主に食べるために進化した。狭義の草食動物はこのタイプに属する物が多い。山羊や羊のように紙や稲藁のような極めて劣悪な飼料を効率よく利用できるものも存在する。粗剛な飼料を微生物が利用しやすいように咀嚼粉砕する能力が高い。代謝の過程でできた老廃物(尿素)を分解用共生生物を養う器官に分泌し、再利用する機能を持つことがある。例えばウシは尿素を反芻中の唾液や反芻胃に分泌し、共生生物はこれを元にタンパク質を合成し、タンパク質を含めた共生生物を消化吸収する。該当する生き物は牛、山羊等の偶蹄類のほとんどや、コロブス(猿の一種)、ナマケモノなど、食道ないし胃前部の変形した餌の貯蔵部とすり潰し能力に優れた口器を持つ。一部の偶蹄類では、反芻胃(餌の貯蔵部)と口の間を食物を往復させ咀嚼し直しながら(反芻)共生微生物の繁殖を促す。ナマケモノ、コロブス、カバなどでは反芻は認められていない。 ルミノコッカス属やフィブロバクターなどの細菌がセルロース分解能力を持ち、牛などの草食動物の胃などに生息する。草食動物が草を餌にできるのは植物の繊維を細菌が分解して動物が利用できる形に変えているからである。牛には胃が4つあり、第1胃から第3胃までで摂食した植物を餌として微生物を培養し、尿素等の窒素分も分泌して微生物によるタンパク質合成を助けている。第4胃では胃酸で培養した微生物を分解・消化している。さらに腸に送られ消化酵素により炭水化物、脂肪、タンパク質を消化・吸収する。 哺乳類の大腸やルーメンでは各種細菌が食物の中のセルロースやヘミセルロースを嫌気発酵し、プロピオン酸や酪酸などの短鎖脂肪酸を生成しており、これが植食性動物の体内では重要なエネルギー源となっている。ウシなどの反芻動物は、第1胃で生成された糖質の発酵によって大量のプロピオン酸を生産する。反芻動物の場合は、セルロースを分解するバクテリアが胃の中で糖を揮発性脂肪酸にしてしまうのでプロピオン酸からの糖新生は特に重要な代謝である。必須脂肪酸であるω-3脂肪酸のα-リノレン酸は広葉植物の葉のチラコイドの膜組織(光合成に関わる)からも得られる。実際、ホウレンソウやチンゲンサイなどの青物野菜からα-リノレン酸が検出されている。ゆえに、葉は草食動物の格好のα-リノレン酸の供給源となっている。同じく必須脂肪酸であるω-6脂肪酸のリノール酸も同様に草に含まれている。また、ビタミンA、Eは草から摂取し、ビタミンB群、Kは腸内細菌が合成し、ビタミンC、Dは自ら合成できる。 3-2-3 宿主が消化吸収した残りを共生微生物に利用させ、共生微生物も消化吸収をする 上記2者を組み合わせ欠点を補う物である。大抵は糞食を伴う。キゴキブリやシロアリ類及びほ乳類ではウサギ類やモルモットが該当する。一度食べたものはまず宿主自身で消化吸収し残りを発酵させる。これをもう一度食べ共生微生物の菌体を消化吸収する。栄養価の高いものから低い物まで幅広く効率的に消化吸収できる。キゴキブリやシロアリではお互いの糞を食べ合う。また、一部のシロアリやハキリアリでは排泄物を体外共生菌に与えることを行う。ウサギ類やモルモットでは発酵させたものは一旦「軟糞」として排出し、すぐに摂食する。それでも残った物は「硬糞」として排出する。これがよく見るころころのウサギの糞である。ちなみに、食料が欠乏するときはこの硬糞をも摂食して利用率をさらに高める。このことによりウサギ類は真の草食恒温動物としては異例の小さな体を持ち、しかも繁栄することに成功している。シロアリはセルロース・リグニン共に高度に利用できる数少ない昆虫類の分類群として繁栄している。 4,基本的にセルロース、ヘミセルロース、リグニンは利用しないが草や葉などを主食とする 分解用共生生物を養う器官を発達させたり、発酵のために食料を体内に滞留する余地の少ない小型生物が主に属する。極めて栄養価の低い木部を専食するカミキリムシの幼虫(テッポウムシ)も含め、ガの幼虫やバッタなど草食昆虫の多くが該当する。かなり特異な例としてはパンダもこれに属する。 含量の低いタンパク質や糖類を必要量得るために大量に摂食する。消化器官の見かけは多少頑丈になっている程度で、さほど特殊化していない。大量に食べる必要があるため、大抵は食物をすり潰すなど緻密な破砕をすることもない。糞粒には原型そのままといってもいい木くず、葉片などが含まれる。ただし、餌とする植物の種類が限られているものが多い。これは大量に食べる必要から、植物の持つ防御化学物質、機械構造などの防御機構に対する対抗策を、それぞれの餌植物ごとに高度に発達させる必要があるためであると思われる。このため、毒性の強い植物を食べるものほど狭食性である傾向がある。 餌の水分含量、運動量の違い、成長や繁殖等が影響するため、どの食事型であればどの程度の量を摂食するかを厳密に比較することは困難である。が、参考例を挙げると、ヒトに飼育され労役などを課さない場合、パンダが1日当たり40kgもの竹を摂食するのに対し、同程度の体重(100kg)の単胃・結腸発酵型のウマ(ポニーなど)ならば5〜10kg程度、反芻動物であるヤギやヒツジは3〜6kg程度、雑食ないし肉食のイヌ(例えばセント・バーナード)であれば1〜3kg程度である。ちなみに体重4kg程度のウサギの飼料要求量は50〜150g程度(すなわち100kgあたり餌1〜3kg程度)であり、体重が2〜3桁小さい(体重当たり呼吸量が大きい)こと・植物食であることを考え合わせると極めて効率が良いことがわかる。 昆虫でも同様で、6gのカイコ終令幼虫の日当たり摂食量は1〜3gであるが、3mgのイエシロアリ偽職蟻では0.05〜0.1mgであり、体重あたり摂食量の桁が違う。クワの葉と材木の消化しやすさ・有機窒素含量の違い、そして両者の体重が3桁違うことを考えあわせると、細胞壁成分を全く利用しないカイコと、「後には無機塩しか残らない」とまで言われるほど徹底的に利用するシロアリとの違いが際立つであろう。 なお草食動物は傾向として肉食動物よりも太ましい胴体を持つことが多く、そして単弓類から恐竜に至るまで概ね共通している。これはどのような消化戦略を採るにしろ、植物を消化するには消化器が長いほうが有利だからであり、そうした胴体には大抵の場合巨大な腸や胃が詰め込まれている。
※この「植物を餌とする場合の問題とその解決方法」の解説は、「草食動物」の解説の一部です。
「植物を餌とする場合の問題とその解決方法」を含む「草食動物」の記事については、「草食動物」の概要を参照ください。
- 植物を餌とする場合の問題とその解決方法のページへのリンク