反芻

反芻(はんすう、rumination)は、偶蹄目の草食動物の多くが行う食物の摂取方法。
まず食物(通常は植物)を口で咀嚼し、反芻胃に送って部分的に消化した後、再び口に戻して咀嚼する、という過程を繰り返すことで食物を擦り潰し消化する。
反芻動物
反芻を行う動物を反芻動物(Ruminant)といい、二つの亜目がある:
反芻亜目(狭義の反芻動物)の胃は4つの部屋から出来ており、それぞれ第一胃(こぶ胃:ルーメン、ミノ)、第二胃(蜂の巣胃:レティキュラム、ハチノス)、第三胃(葉胃:オマスム、センマイ)、第四胃(しわ胃:アボマスム、ギアラ)という。
ラクダ亜目(核脚類)の胃は上記の第三胃が無く、計3室から成る。ラクダ亜目は偶蹄類の中でも最も早くに分岐し、反芻亜目とは遠縁な関係にあることが近年の研究により判明した[注 1][注 2]。そのため両者の反芻の獲得は平行進化の結果と考えられている。
また、マメジカ科も計3室からなり、ラクダと合わせて pseudoruminants と呼ばれる場合がある[1]。
霊長類のコロブス亜科も、同様に複数の胃室を持ち、植物を共生微生物の働きにより消化吸収する。2010年頃、テングザルが反芻に極めて類似した行動を行うことが発見された[2]。
有袋類では、カンガルー型類が擬反芻(偽反芻、pseudo-rumination)と呼ばれる偶蹄類の反芻に似た採食行動を示すことが知られている[3]。なお、反芻亜目でみられる吐き戻し時に咀嚼を行わず嚥下する現象も同じく偽反芻と呼ぶ[4]。
反芻による消化吸収
第一胃と第二胃で食物は唾液と混ぜ合わせられ(両者は反芻胃と呼ばれる)、固形分と液体成分に分けられる。唾液には尿素など、共生微生物の成育を促進するものが含まれている。多くの動物では第一胃が最も大きい。
第一胃に留まった固形分は「食い戻し」と呼ばれる丸い塊になって口に戻り、再びよく咀嚼して繊維質を細かく砕きつつ、唾液と混ぜ合わせられた後、再び第一胃へ戻される。細かく砕かれた繊維(セルロースやヘミセルロースなどを含む多糖類)および植物細胞質成分は、反芻胃の中に共生する微生物(細菌と原生動物、それに菌類)が分解・吸収する[注 3]。
反芻胃内は嫌気性であるため、この代謝過程(発酵)で低級脂肪酸(酢酸やプロピオン酸、酪酸など)を主体とした低分子有機物が生産される。ただし、植物の構成成分としてセルロースと共に大量に含まれるリグニンはほとんど分解されず、栄養として利用されない[注 4]。また、生成された低分子有機物のうちメタン等の水に溶解しないものはゲップなどで外部に放出されるため、これらも利用されない。
発酵が終了した食物残渣は共生微生物菌体(およびその代謝産物)と共に第三胃へ送られ、水分を除去された後に第四胃へ送られる。
第四胃では分泌される胃液(酸性)により共生微生物菌体(およびその代謝産物)は消化され、その後小腸へ送られ栄養として吸収される[注 5]。
このように、反芻動物は、植物そのものを自身の力で直接消化吸収しているわけではない[注 6]。
反芻しない草食動物
ウマ、ウサギ、ゾウ、サイ、カバなどは、反芻動物とは異なり、反芻胃を持たず反芻しない。
反芻せずに、どのように消化するかというと、盲腸内に共生している微生物が存在し、同様に繊維質成分がそこで分解された栄養分となり、盲腸・結腸は消化吸収される。このような消化プロセスを後腸発酵と呼び、それらを行う動物を後腸発酵動物と呼ぶ。消化管が長くなりやすい傾向から、大型の種になりやすい[5]。また、成長速度も反芻動物より比較的速くなる[6]。
ウサギやハムスターなどの小型の後腸発酵動物(盲腸発酵動物)では、一度の発酵では栄養が取れないため盲腸糞と呼ばれる柔らかい糞を糞食する[7]。
なお、ウサギ類の自己糞食行動が1940年代に「擬反芻」という用語で呼ばれたことがあるが、今日では一般的な用法ではない[8]。
雑食動物・肉食動物
なお、多くの雑食動物・肉食動物では、盲腸における繊維質成分の分解は、ほぼ機能せず、栄養分として吸収されない。ただしブタ(イノシシ亜目)は分解・吸収がよく機能する。
宗教
ユダヤ教のカシュルート(en:Kashrut、コーシェル、コーシャ。食事に関する規定)では、食べて良い陸棲動物は「反芻するもの」に限られている。 『レビ記』では不浄な生き物として以下を挙げている。
心理学
何度も同じ事柄について思考をめぐらせることを、心理学などにおいて「反すう」と表現する[9][注 8]。
脚注
出典
- ^ “Ruminant” (英語). www.britannica.com (2025年3月2日). 2025年3月11日閲覧。
- ^ Matsuda I, Murai T, Clauss M, Yamada T, Tuuga A, Bernard H, Higashi S.Regurgitation and remastication in the foregut-fermenting proboscis monkey(Nasalis larvatus). Biol Lett. 2011 Mar 30. 外部リンクも参照のこと
- ^ 増井光子「動物の進化と食性:動物の食行動はいかに環境に順応してきたか」『日本味と匂学会誌』第6巻第2号、日本味と匂学会、1999年、149-155頁、doi:10.18965/tasteandsmell.6.2_149。
- ^ 岡本全弘「反芻行動とその消化生理学的意義に関する研究」『北海道立農業試験場報告』第30号、北海道立農業試験場、1979年、1-72頁。
- ^ ニック・カルーソ、ダニー ラバイオッティ『動物学者による世界初の生き物屁事典: ヘビってオナラするの?』 File18 ゾウ
- ^ Evans, Alistair R. (2012年3月13日). “The maximum rate of mammal evolution” (英語). Proceedings of the National Academy of Sciences. pp. 4187–4190. doi:10.1073/pnas.1120774109. 2025年3月11日閲覧。
- ^ 七条, 宏樹、近藤, 祐志、坂本, 信介、樫村, 敦、高橋, 俊浩、森田, 哲夫「盲腸切除がトリトンハムスターの食糞行動に及ぼす影響」2013年、doi:10.11257/jjeez.24.51。
- ^ 平川浩文「ウサギ類の糞食」『哺乳類科学』第34巻第2号、日本哺乳類学会、1995年、109-122頁、doi:10.11238/mammalianscience.34.109。
- ^ 西川大志, 松永美希, 古谷嘉一郎、「【原著論】反すうが自動思考と抑うつに与える影響」 『心理学研究』2013年 84巻 5号 p.451-457, doi:10.4992/jjpsy.84.451。
注釈
- ^ ラクダ類より、反芻をしないイノシシ類やカバ・クジラ類の方が反芻類により近い関係にある。
- ^ 従来、偶蹄類中でも反芻亜目とラクダ亜目はどちらも反芻をすることから特に近縁と考えられていた。
- ^ この過程はシロアリが木を消化するのと同じである。
- ^ シロアリの多くの種では体外共生菌を通して利用される。
- ^ 反芻動物はそれらを吸収し、好気呼吸の基質とすると共に脂肪などの再合成を行う。
- ^ 哺乳類が消化吸収できる成分は反芻胃で共生微生物が事実上すべて利用してしまっている。
- ^ あくまで宗教上の定義であって、実際のウサギやイワダヌキは食べた物を胃から口へ戻す能力を持たない。
- ^ 反芻(反すう)思考、ぐるぐる思考とも呼ばれている。
関連項目
外部リンク
反芻動物
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/14 06:48 UTC 版)
反芻家畜の場合、第一胃でオクラトキシンAを分解し、フェニルアラニンと毒性の低いオクラトキシンαに変換する能力があり、成熟個体ほどその能力は高い。
※この「反芻動物」の解説は、「オクラトキシン」の解説の一部です。
「反芻動物」を含む「オクラトキシン」の記事については、「オクラトキシン」の概要を参照ください。
「反芻動物」の例文・使い方・用例・文例
- (反芻動物について)咀嚼(反芻食塊)
- 反芻動物に驚くべき反芻の力がある
- (反芻動物または豚のように)肢の末端にある2つの部分に分かれた蹄
- 反芻動物の胃の最初の区画
- 反芻動物の第二胃
- 反芻動物の胃の3番目の部分
- 反芻動物の胃の4番目の房
- 空洞の角を持つ反芻動物
- 羊の近縁だが鬚とまっすぐな角を有する非常に多くの敏捷な各種の反芻動物
- 長い脚と上後方に向いた角を有する、旧世界産の優美な反芻動物
- 北米西部の平原地帯にいる駿足のカモシカに似た反芻動物で、小さくて枝分かれした角を持つ
- 熱帯アジアと西アフリカ産の非常に小型の角無し鹿のような反芻動物
- 砂漠地域で役畜または乗用獣として使われる反芻動物
- 反芻動物または豚の割れた蹄の、あるいは、反芻動物または豚の割れた蹄に関する
- 反芻動物でない
- 皺胃(反芻動物の4番目の胃)に関連するさま
- 食物として使われる反芻動物(特にウシ)の胃の内膜
- 食用にされる、反芻動物の蜂巣胃(つまり第二胃)の胃壁
- 再びかみこなされるために吐きもどされた反芻動物の食物
- 反芻胃という,反芻動物の器官としての胃
反芻動物と同じ種類の言葉
- 反芻動物のページへのリンク