1988年5月、米国カイロン社が輸血後非A非B型肝炎の原因ウイルスの遺伝子クローニングに 成功したことがプレスリリースされ、翌年4月に初めて論文報告された。その後一気に、C型肝 炎ウイルス(HCV)と名付けられたこのウイルスの感染に対する各種の診断技術が開発され、血 液スクリーニングにいち早く導入されたため、輸血によるC型肝炎の発生は激減した。しかしな がら、現在我が国には150万人以上の、全世界には約1.7億人もの感染者が存在すると推定さ れている。HCVは感染後、持続感染により慢性肝炎をひき起こすことがあり、さらに肝硬変、肝 細胞癌へと進行することがあるので、公衆衛生上最も重要な病原ウイルスのひとつである。 疫 学 我が国のHCV感染者数は150万人以上と推定されている。全国の日赤血液センターにおける 初回献血者のデータに基づいて、2000年時点の年齢に換算して集計したHCV抗体陽性率は、 16~19歳で0.13%、20~29歳で0.21%、30~39歳で0.77%、40~49歳で1.28%、50~59歳で 1.80%、60~69歳で3.38%である。HCV抗体陽性者の7割がHCV持続感染者(HCVキャリア) であるとすると、15~69歳までの年齢層の中で100万人近い人々が、HCVに感染していることを 知らずに生活していることになる。 HCVの感染経路としては、感染血液の輸血、経静脈的薬物乱用、入れ墨、針治療、不適切 な観血的医療行為などが考えられるが、個々の事例で感染経路を明確に証明することは困難 に近い。我が国のC型肝炎患者のうち、輸血歴を有するものは3~5割程度であるが、現行のス クリーニングシステム実施下では、輸血その他の血液製剤による新たなC型肝炎の発生は限り なくゼロに近づいている。 HCV感染に伴って急性肝炎を発症した後、30~40%ではウイルスが検出されなくなり、肝機 能が正常化するが、残りの60~70%はHCVキャリアになり、多くの場合、急性肝炎からそのまま 慢性肝炎へ移行する。慢性肝炎から自然寛解する確率は0.2%と非常に稀で、10~16%の症例 は初感染から平均20年の経過で肝硬変に移行する。肝硬変の症例は、年率5%以上と高率に 肝細胞癌を発症する。40歳のHCVキャリアの人々を70歳まで適切な治療を行わずに放置した 場合、20~25%が肝細胞癌に進展すると予測される。肝癌死亡総数は年間3万人を越え、いま だに増加傾向にあるが、その約8割がC型肝炎を伴っている。 病原体 HCVは一本鎖RNAウイルスで、フラビウイルス科の中でフラビウイルス属やペスチウイルス属 とは異なる第三のヘパシウイルス属に分類されている。HCVゲノムには多くの遺伝子型が存在 し、現在までに10種類以上の遺伝子型に分けられている。電子顕微鏡での観察から、HCVは 直径50~60nmの球状のウイルスで、外被(エンベロープ)とコア蛋白の二重構造を有するとされ ている。また、HCVは約9.6kbのプラス鎖RNAをゲノムとして持ち、約3,010アミノ酸からなるポリ プロテインをコードできる一つの読み取り枠(open reading frame: ORF)を有している。この前駆 体蛋白質から、細胞のシグナラーゼとウイルス自身がコードする2種類のプロテアーゼによって、 ウイルス粒子を形成する構造蛋白(core、E1、E2、p7)とウイルス粒子に含まれない非構造蛋白 (NS2, NS3, NS4A, NS4B, NS5A, NS5B)が産生される。ゲノムの5’末端には、ウイルス蛋白の翻 訳調節に働く領域が存在している。この領域は、多様性の高いゲノム配列の中にあって、HCVクローン間で最もよく保存されており、HCV遺伝子検出に利用される。 臨床症状 A型、E型急性肝炎では突然の発熱で発症することが多いが、C型肝炎では全身倦怠感に引き続き、比較的徐々に食欲不振、悪心・嘔吐、右季肋部痛、上腹部膨満感、濃色尿などが見られるようになる。これらに続いて黄疸が認められる例もある。一般的に、C型肝炎ではA型やB型肝炎とは異なり、劇症化することは少なく、黄疸などの症状も軽い。慢性肝炎ではほとんどが無症状で、倦怠感などの自覚症状を訴えるのは2~3割にすぎない。気づかないうちに慢性の炎症状態が続き、血液検査で初めて肝機能異常を指摘されるケースも多い。肝硬変では倦怠感などの自覚症状の他に、クモ状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房などの所見が認められること もあり、さらに非代償期に至ると黄疸、腹水、浮腫、肝性脳症による症状である羽ばたき振戦、 意識障害などが出現するようになる。肝細胞癌を合併すると、初期は無症状であるが末期にな ると肝不全に陥り、他の癌と同様に悪液質の状態となる。 病原診断 C型肝炎の診断には血清抗体の検出と核酸・抗原の検出の2種類がある。一般的には、初めにHCV抗体検査が行われる。以前は非構造領域のNS4領域(C100-3)を抗原とする抗体アッセイ系(第一世代)が用いられていたが、後にC100-3抗原、コア抗原、NS3領域の抗原を組み合わせて検出感度を上げた第二世代、さらにNS5領域の抗原も含めた第三世代の抗体アッセイ系が開発され、利用されている。抗体検出方法としては凝集法(PHA、PA法)、酵素抗体法 (EIA法)、化学発光酵素抗体法(CLEIA法)などが用いられている。 これらの抗体検査で陽性となった場合、(1)HCVに感染しているキャリア状態、(2)過去に感 染し、現在ウイルスは排除された状態、の2つの可能性が考えられる。このようなHCVキャリア と感染既往者とを適切に区別するため、HCV抗体価を測定することと、HCV-RNAの検出検査 を組み合わせて判断する方法が一般的に行われている。また、急性C型肝炎においてもHCV 抗体の陽性化には感染後通常1~3カ月を要する(ウインドウ期)ため、この時期の確定診断には HCV-RNA定性検査が行われる。急性期にHCV抗体が検出されるのは50%以下であり、発症後3カ月目に90%、6カ月目にはほぼ100%陽性となる。HCV-RNA定性検査法としては、reverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)を利用したアンプリコアHCV-RNA定性法がある。本法は102 コピー/ml程度の感度を有する。また、ウイルスの増殖状態や治療の効果判定、 経過観察などのためにHCV-RNAの定量を行う。方法としては、RNAの内部標準を使用したリアルタイムRT-PCR法、アンプリコアモニター法や分枝鎖標識DNAプローブを用いて定量する分 枝鎖DNAプローブ(bDNA)法などが開発実用化されている。感度はリアルタイムRT-PCR法、ア ンプリコアモニター法、分枝鎖標識DNAプローブ法の順に低くなる。また、HCVコア抗原を検 査する方法もあり、感度は分枝鎖標識DNAプローブ法と同等である。これはHCV粒子の構成 蛋白を直接測定する方法である。 治療・予防 HCV感染の予防はまず感染経路を遮断する事であり、以前はHCVの感染経路のうち輸血によるものが5割を占めていたが、我が国では1989年世界に先駆けて献血時にHCV抗体をスクリーニングするようになってから激減した。しかしながら、極めて稀であるがこのような抗体を調べる方法では検出できない肝炎ウイルスの存在が問題となった。これらの輸血後肝炎の原因の多くは、血清学的検査法の「ウインドウ期」に献血された血液によるものである可能性が指摘されたため、「ウインドウ期」血液に含まれる極めて微量のウイルスを検出する高感度な検査法として、核酸増幅検査(nucleic acid amplification test; NAT)が導入された。1999年、日本赤十字 社はHCV、HBV、HIVの遺伝子を調べるNATセンターを設立した。現在、全国で献血された 血液は各地の血液センターでスクリーニングされた後、血清学的反応で陰性の血液すべてを東京(大田区)、京都(福知山)、北海道(千歳)のNATセンターで核酸レベルの検査を行っている。 献血後24時間以内に各血液センターに通知し、陽性血液は輸血用血液から除外して安全性を高めている。 厚生労働省は、実施すべきC型肝炎対策の規模を把握するための実態調査として、以前に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を投与された患者を対象にしたC型肝炎検査を、2001年3月から7月にかけて実施した。1972~1988年に非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤を使ったことがある全国803の病院・診療所の名前を公表し、該当者に血液検査を呼びかけたが、 これは、(1)非加熱製剤による肝炎感染のケースが複数見つかったこと、(2)輸血と異なり、当人が投与されたことを知らない場合が多いこと、(3)病院側に投与した記録が残っていること、などの理由による。80年代半ばまで流通した非加熱血液凝固第VIII・第IX因子製剤は本来血 友病の治療薬であるが、止血効果が高く、新生児出血、帝王切開、交通事故など様々な治療に用いられたことが分かっている。 この実態調査等に基づき、2002年に発足したC型肝炎等緊急総合対策では、以下の様な現行の健康診査体制を活用した肝炎ウイルス検査を実施しており、新聞、インターネットなどの政 府広報などを通じて検査を呼びかけている。 (1)老人保健法による肝炎ウイルス検査 (2)政府管掌健康保険等による肝炎ウイルス検査 (3)保健所等における肝炎ウイルス検査 (1)は、老人保健法による基本健康診査の中に肝炎ウイルス検診が取り入れられているもので、40歳から5歳刻みで70歳までの年齢の人が対象の「節目検診」、および、それ以外の年齢で 過去に広範な外科的処置を受けた方など、感染リスクの高い希望者を対象とした「節目外検診」 の二本立てで行われている。(2)では、35歳以上からの5歳刻みと、感染リスクの高い希望者の二本立てとなっている。また、(3)では、全国の保健所において、40歳以上の年齢の人に対し、 無料で検査を実施している。 C型肝炎の治療は、病気の活動度や進行状態によって方法や効果が異なるため、治療薬や治療方針の選択については専門医による判断が必要である。最も有効性が確立している抗HCV薬はインターフェロン(IFN)である。従来の単独投与に加え、リバビリンとの併用療法に 2001年12月から医療保険が適用されるようになり、また2002年2月からはIFNの保険適用上の投与期間の制限が撤廃され、IFN療法の選択肢は広がった。 一般に、IFNによってHCVが排除されるのは30%程度、リバビリンとの併用療法の場合で約 40%と言われている。しかしながら、IFN療法でウイルスを排除できなかった場合でも、肝炎の 進行を遅らせ、肝癌の発生を抑制、遅延させる効果を示すこともある。 また、IFN、リバビリン投与が無効で、ALTなどの肝酵素値が正常範囲を超えた高値の場合には、抗炎症療法(肝庇護療法)によって肝細胞の損傷や肝臓の繊維化を抑えることで、肝疾患の進行を防ぐ治療が行われる。 予防法として最も有効と思われるC型肝炎ワクチンは、依然として実用化されていない。C型 慢性肝炎患者の血液中には、HCV蛋白に対する様々な特異的抗体が産生されるものの、ゲノム の多様性やエンベロープ蛋白にアミノ酸が変異しやすい領域が存在することなどから、中和抗体は産生されにくい。また、感染にともなってT細胞応答も惹起されるが、例えばB型肝炎などの場合と比べてウイルス特異的な細胞性免疫は誘導されにくいと考えられる。このようなことが要因となって、HCVは宿主の免疫監視機構から逃れ、高率に持続感染が成立するものと考えられている。HCVの持つこれらの性質、また、HCVを効率よく感染増殖させる細胞培養系や小動物モデルが確立されていないことも、C型肝炎ワクチン開発の大きな障害となっている。 感染症法における取り扱い(2003年11月施行の感染症法改正に伴い更新) ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)は5類感染症全数把握疾患に定められており、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りとなっている。 (国立感染症研究所ウイルス第二部 鈴木哲朗) |