西条秀樹とは?

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西城秀樹

(西条秀樹 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/29 00:22 UTC 版)

西城 秀樹(さいじょう ひでき、1955年昭和30年〉4月13日 - 2018年平成30年〉5月16日[1] )は、日本男性歌手俳優新御三家の1人。




注釈

  1. ^ 楽器代を稼ぐためアルバイトをさせてもらっていた西城の親戚が支配人を務める店[11][30][35]
  2. ^ 2015年紙屋町に移転[49]
  3. ^ 「西城秀樹、アレいいよ。このごろ。昔は大キライだったけどここんとこ上手くなったし、何でも歌えるようになったしな。あの暴力的な感じ出せるヤツ、珍しいよ。アイツ、年をサバよんでんじゃないかな。あの年であれだけの色気とフィーリング持ってるってちょっとスゴイと思うんだ。若手のチャラチャラしてる連中の中では最高よ。広島のころから木本ってあいつの本名知ってたよ。『ベガーズ』ってグループを作ってて、兄貴といっしょにやってた。ドラムを叩いてたな。前にオレの『たどりついたらいつも雨ふり』の盗作っぽい曲を自分のLPに入れてたりしたから、いい気分じゃなかったけどな。西城の曲なら作ってみたい気もするな。ここんとこ、やたら曲の依頼が多くって、うんざりだよ。みんな断ってるんだ。自分の仕事が出来なくなっちゃうし」[53]
  4. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「Music」⇒「1980〜1989」⇒「37.リトルガール」の項を参照。
  5. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「Music」⇒「1980〜1989」⇒「38.セクシーガール」の項を参照。
  6. ^ オリコンの集計では1982年の「南十字星」」により同記録を達成する。
  7. ^ 同じく新御三家の野口も同年2月に三井ゆりと結婚している。
  8. ^ 一部の文献に天地の観客動員を10万人とするものがあるが、天地と西城の観客動員は同じ3万人と当時の文献に書かれている[90]
  9. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「Music」⇒「1970〜1979」⇒「10.傷だらけのローラ」の項を参照。
  10. ^ ダントツ1位は五木ひろし1500万円。2位、森進一北島三郎チョー・ヨンピル760万円、3位、石川さゆり750万円、4位、小林旭小林幸子660万円、5位、細川たかしパティ・キム650万円、6位、西城秀樹、八代亜紀和田アキ子小柳ルミ子桂銀淑川中美幸ジュディ・オング島倉千代子大月みやこ500万円[121]。いづれも日建て料金で、昼の部と夜の部の二回公演[121]。入場料金一人平均1万円として、昼の部で1000人、夜の部で1500人集まれば、2500万円の興収となり、あご足代(旅費、食費)、会場費、宣伝費を払っても400~500万円の利益が出る[121]ディナーショーの場合は200人程度しか集められないため、高額料金を設定しても興収は上がらず、ギャラは公演の三分の一以下になる[121]。ギャラは公定でないため、ヒット曲がなかったり、テレビ出演が減ると相場もすぐに変動するが、事務所がいくら強くても買い手がつかなければ地方興行主から呼ばれないため、歌手の真の人気と実力を表すデータともいえる[121]ニューミュージック系は興行師が仕切らないためこのデータに入らない[121]
  11. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「Music」⇒「1990〜1999」⇒「67.もいちど」の項を参照
  12. ^ 同年は川崎麻世が出演し「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」を歌唱。
  13. ^ 西城の先駆者としての業績は、大阪球場、後楽園球場での野外コンサートはその草分けとして有名だが、ゴンドラや軽量スタンドマイク、ペンライト、白煙噴出などのステージパフォーマンスを最初に導入するなど多岐に渡り[17][153][37]、現在のライブシーンに欠かせないアイテムの多くは西城が先駆けたものである[17][153][162]。さらに特筆すべき大きな業績としてアジア市場への進出がある。1981年の香港でのコンサートを皮切りにアジア各地で活動を続け絶大な人気を博した[43]。当時は現在とは違い日本人のアジア市場への関心度は0であると言っても過言ではない時代で、日本のマスコミも賞賛する論調がほとんど無かったが、長年続ける事によって後進に道を切り開いた[37]
  14. ^ 「激しい恋」の「♪やめろと言われても」の直後に両手を上げるアクションは、親しいおばさん同士がスーパーなどでたまたま会った時に見かける、両手を上げるような親しみやすい身振り手振りからヒントを得て一の宮が考えたという『日めくりタイムトラベル』の昭和49年の特集(2008年10月11日放送分)にて紹介。
  15. ^ 当時は"カバー"という言葉はまだ使われず[231]、西城は当時のインタビューで「日本だとみんなオリジナルでレコードを出すけど、外国じゃ、いろんな人が一つの歌に挑戦することはよくあるよね」と述べている[231]
  16. ^ この他、「オートバイ」、「CAR」、トラック野郎の「デコトラ」、11tトラックを改造した「光の箱」、ステージの一部が15mまでせり上がる「リフト」、前に飛び出す「ムービングステージ」、「炎のじゅうたん」、「空中からのダイブ」、おなじみ「スペースイーグル」、「バルーン」、「空中ブランコ」、「E.T.自転車」、「レーザー光線」、「煙幕」、「火薬」、「花火」など[37][240]
  17. ^ 松竹はスタッフ40人、劇場用カメラ5台、レンズ40本、ヘリコプター1機、バス2台、ワゴン車2台と松竹大船撮影所の機材を7割方運び込み[258]、おりからスタジオで撮影中だった『男はつらいよ 葛飾立志篇』の撮影に支障をきたした[258]。これに対抗して日本テレビは東京からビデオカーを繰り出し、21歳の西城の内面をキメ細かく追ったが、松竹と日本テレビの撮影クルーが現場でしばしばぶつかった[260]。松竹が1975年9月20日から全国公開すると発表すると日本テレビが激怒[260]、日本テレビは1975年9月25日の『木曜スペシャル』枠で放送することを決めていたため「放送前に先に松竹に公開されては番組の商品価値が半減する。番組を作るときの契約ではテレビが優先だった」と西城の所属する芸映を突き上げ、「ご無理、ごもっとも」と芸映、松竹とも日本テレビに平伏[258][261]。『ブロウアップ ヒデキ』は同年10月10日に公開延期を余儀なくされた[260]。この醜態に城戸四郎松竹会長が「テレビや芸能プロに振り回されるとは何事か!」と激怒し、三嶋与四治企画本部長のクビが飛び、81歳の城戸会長が再び映画製作本部長として現場に復帰、第一線で指揮を執ることになった[260][261]
  18. ^ 1984年『ヤングアジア歌謡祭』[292]
  19. ^ これより一ヶ月前の1988年8月18日、少女隊が韓国側の放送局の了解なしに日本語で歌う[305]
  20. ^ 後に桑田は2012年のソロライブ「I LOVE YOU -now & forever-」や[313]、2014年のイベント「桑田佳祐のやさしい夜遊び~夏にサザンないの!? いいかげんに1000回!! ファンやめたるわ!! 生歌ライブ〜[314]で「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」をカバーしている。
  21. ^ 1982年の放送で、「漂流者たち」を涙を浮かべながら歌っているのを見て心配したファンから投書や電話が殺到。西城によれば、故郷広島から不安と期待を胸に抱え、家出同然で上京した旅立ちの日とオーバーラップしたとのこと。
  22. ^ ペニーレインは表参道キデイランド原宿店の裏にあり、フォークニューミュージック系のミュージシャンやアイドル、音楽・ファッション関係者など、業界人の溜まり場となって、修学旅行生の観光コースにもなっていた[351][352]
  23. ^ 1973年、「情熱の嵐」の発売時のユネスコ村にファンを集めての新曲キャンペーンライブは、空からアクション・スターのようにヘリコプターにつかまりド派手に登場して話題をさらった[83][90]。1976年、「ジャガー」のユネスコ村・新曲発表会では、アンコールで興奮してギターを叩き割るパフォーマンス。このギターは芳野藤丸からの貰い物であったため、のちのちまで後悔することになった。1980年、「エンドレス・サマー」の時は、完成したばかりの新宿アルタのベランダで行われ、アルタ前の歩道や広場が1万人(新宿警察発表)以上の人で埋めつくされた。1981年、「セクシーガール」発売キャンペーンもかねた『BIG SUNSHINE '81』と釘打った沖縄ムーンビーチでのコンサートでは、海から水上オートバイで現れ、特設ステージに登場した。

出典

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  380. ^ 芳村真理が語る「スターかくし芸大会」西城秀樹が見せた神業
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  382. ^ a b c 「STニュース特集 サア、こんどヒデキはどこに出現する!?」、『週刊セブンティーン』1972年10月31日号、集英社、 57頁。
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  384. ^ 『和田アキ子だ 文句あっか!』 和田アキ子著、日本文芸社、1983年、19-22頁
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  386. ^ 和田アキ子が身近な「弟」西城秀樹さんに献杯した夜
  387. ^ 1977年1月3日付『毎日新聞』掲載
  388. ^ 山口百恵さんが西城秀樹さんへラブレターを送っていた…テリー伊藤が秘話明かす(サンスポ.com、2018年5月20日)
  389. ^ テリー伊藤対談「西城秀樹」(4)人気絶頂の時にはどんなデートを?
  390. ^ 「山口百恵ちゃんは、デビュー前からずっとボクのファンだった」#熱き想い、26頁。
  391. ^ 「"青い果実"山口百恵クンの実家ルポ 淋しいんです!2K妹ひとり母ひとり」、『月刊明星』1973年12月号、集英社、 69頁。“〈寝室の壁に西城秀樹のピンナップ〉 ところで、百恵クンの実家の間取りは...2段ベッドは上段が百恵クン用だが、その枕元の壁には西城秀樹のピンナップが5、6枚貼ってある。歌手になるなんて夢にも思っていなかった昨年まで、百恵クンは西城秀樹の熱烈なファンだった。
  392. ^ 「スターと電話でデート(第6回) 山口百恵と電話で話そう」、『月刊平凡』1974年3月号、平凡出版、 160頁。“ファン(以下、F)「私、西城秀樹さんの大ファンなんです。百恵ちゃんも秀樹のファンなんでしょ」 山口百恵(以下、M)「なんかでも、そういうお話すると西城さんのファンの人にうらまれちゃうんじゃないかと心配しているんですけどねェ」 F「でも私たち百恵ちゃんも秀樹の大ファンだって知ってるワ。だから私達、百恵ちゃんも秀樹ファンの一人として認めてるの」 M「ほんと、どうもありがとう。よかった」
  393. ^ 「芸能界イラスト全調査 ヤングタレントの意外な関係」、『月刊平凡』1974年7月号、平凡出版、 65-66頁。
  394. ^ 「スターシリーズ MEMORY(4) 誰にも話さなかった初めての"あの日" 山口百恵」、『月刊明星』1977年7月号、集英社、 160頁。“百恵は以前から西城秀樹の大ファンで、彼にあこがれて歌手になったと言ってもいい。1973年3月7日、福島県郡山での『スタ誕公録で、秀樹とはじめていっしょになった。「そのとき、新人コーナーで『としごろ』を歌ったんだけど、自分の歌より、秀樹さんのことばっかり気になって...」。"百恵ちゃんヘ"と添え書きをしたそのときの秀樹のサインを、彼女はいまでも大切に持っている。
  395. ^ 「あの女優(ひと)との恋、少し話そうか」#熱き想い、110-113頁。
  396. ^ a b 木藤隆雄(オールナイトニッポン)「アイドルスター(秘)ウラばなし カキマクリマン」、『月刊平凡』1979年1月号、平凡出版、 82頁。
  397. ^ 中島知子と鈴木おさむエンタな日曜日 ニッポン放送
  398. ^ a b c 「Who's Who すくらんぶる 西城秀樹」、『週刊文春』1984年4月19号、文藝春秋、 57頁。
  399. ^ a b “青年時代から上昇志向 『政治家になる』公言 麻原代表 教師に、へ理屈”. 中日新聞 (中日新聞社): pp. 26. (1995年5月16日) 
  400. ^ 井原圭子・高田圭子・三ツ松千佐子「麻原教祖の虚実と実像 オウム真理教を開いた男 サリンとオウム」、『AERA』1995年4月10日、朝日新聞社、 13頁。
  401. ^ 「《ことしは広島同士でV独占対談》 西城秀樹&山本浩二 『燃えてる男はいい顔してる』」、『月刊明星』1979年12月号、集英社、 53–55。
  402. ^ 「うれしかったあの日の愛!」、『月刊明星』1979年8月号、集英社、 154-155頁。
  403. ^ a b 「アイドル・スターの極秘情報その意外な私生活!」、『月刊平凡』1974年1月号・臨時増刊 '74IDOLSTARFESTIVAL、平凡出版、 59頁。
  404. ^ “「西城秀樹さん 訳詞・天下井隆二さんが明かす「ヤングマン」誕生秘話”. 産経ニュース. 産業経済新聞社: p. 1-2. (2018年5月17日). https://www.sankei.com/entertainments/news/180519/ent1805190003-n1.html 2018年5月19日閲覧。 
  405. ^ 西城秀樹さん「2度の脳梗塞」から復帰した激痛リハビリ
  406. ^ “西城秀樹さん 妻が手記で明かした隠れ脳梗塞の恐怖”. NEWSポストセブン. 小学館. https://www.news-postseven.com/archives/20181120_806083.html 2018年11月20日閲覧。 
  407. ^ “西城秀樹さんの最期「パパを休ませてあげよう」…遺族の決断を徳光アナ明かす”. スポーツニッポン. スポーツニッポン. (2018年5月26日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/05/26/kiji/20180526s00041000153000c.html 2018年6月11日閲覧。 
  408. ^ 配信限定シングル。
  409. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「THE STAGES OF LEGEND -栄光の軌跡- HIDEKI SAIJO AND MORE」の紹介
  410. ^ 西城秀樹オフィシャルサイトの「ブロウアップ ヒデキ」の紹介




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