襟裳岬_(森進一の曲)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 襟裳岬_(森進一の曲)の意味・解説 

襟裳岬 (森進一の曲)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/08 15:35 UTC 版)

襟裳岬』(えりもみさき)は、1974年1月15日に発売された森進一の29枚目のシングル。


  1. ^ a b c d e f 昭和・平成ヒット曲の裏側 森進一「襟裳岬」<前>思いつきの企画でセールス100万枚超”. 日刊ゲンダイデジタル. 日刊現代 (2019年1月13日). 2019年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i 小堀勝啓の新栄トークジャンボリー 吉田拓郎が作曲した「襟裳岬」大ヒットのウラ話”. radichubu. CBCラジオ (2018年3月25日). 2022年4月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年年7月21日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 季節(いま)の歌 襟裳岬〜“何もない春です”と歌われた名曲にまつわる“色々事情あり”な誕生エピソード
  4. ^ a b 猪俣公章 『酒と演歌と男と女』 講談社 1993年 p198-200。
  5. ^ 日刊ゲンダイ、連載 森進一「人生ひたすら」2007年4月10〜13日。
  6. ^ 長田暁二 『歌でつづる20世紀』 ヤマハミュージックメディア 2003年 p202、203。
  7. ^ アサヒ芸能徳間書店、2009年6月25日号、p36-39。
  8. ^ a b 読売新聞社文化部『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』社会思想社、1997年、313頁。ISBN 4390116010
  9. ^ a b c 「窓」『日本経済新聞』1997年8月15日付朝刊、31頁。
  10. ^ 森版の「襟裳岬」が出るまでは「襟裳岬」といえば、この島倉版であったが、その後全くその位置が逆転してしまった(池田憲一 『昭和流行歌の軌跡』 白馬出版 1985年 p35)。
  11. ^ 当初、島倉は紅白で未歌唱のデビュー曲「この世の花」を歌唱する予定だったが、森に対抗するため「襟裳岬」に変更した(合田道人『紅白歌合戦の舞台裏』。「この世の花」は1982年第33回で初披露が実現)。
  12. ^ 話題に事欠かない森進一の紅白 森昌子と共演、チャック全開事件…”. スポーツニッポン (2015年12月5日). 2016年3月6日閲覧。森進一、初の大トリで大失態/紅白を語る”. 日刊スポーツ (2009年12月27日). 2016年3月6日閲覧。
  13. ^ a b c d 馬飼野元宏 編 『日本の男性シンガー・ソングライター』シンコーミュージック・エンタテイメント〈ディスク・コレクション〉、2013年9月、12頁。ISBN 9784401638857 
  14. ^ 小西良太郎「歌は世につれ世は歌につれ 歌謡特集(2) 『不況の中の'74年歌謡曲やぶにらみ考』」『スタア』1975年1月号、平凡出版、227–231頁。 
  15. ^ 岡本が訪れたのは2月で雪で真っ白だったため
  16. ^ 『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』312頁。
  17. ^ 襟裳岬「風の館」 - 公式ウェブサイト、えりも町 - 2021年7月3日閲覧。
  18. ^ 風のまち「えりも」観光ナビ| 襟裳岬(えりもみさき)、えりも町 - 2021年7月3日閲覧。
  19. ^ 音楽CD検定公式ガイドブック(下巻)、音楽出版社、2007年、p.1111980年代の吉田拓郎、過去の自分との決別からスタートした “大人” のリアル田代俊一郎 (2020年2月3日). “アイドル編<450>フォークとのハイブリット”. 西日本新聞社. オリジナルの2020年2月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200204093821/https://www.nishinippon.co.jp/item/n/581006/ 2022年7月21日閲覧。 水原空気; 若松宗雄 (2021年1月23日). 松田聖子の80年代伝説Vol.8 乙女心がおしゃれなWジャケットにギュッと詰まった6thアルバム『Candy』. (インタビュー). マガジンハウス. ginzamag.column.. オリジナルの2021年1月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210123132018/https://ginzamag.com/column/seikomatsuda-80s-08/ 2022年7月21日閲覧。 
  20. ^ a b c d 田家秀樹・大越正実・藤井徹貫・前田祥丈・下村誠 『日本のベスト・アルバム』シンコー・ミュージック、1992年、136頁。ISBN 9784401614035 
  21. ^ nikkansports.com> 日刊スポーツ> 吉田拓郎インタビュー(Internet Archive)
  22. ^ 歌謡曲とフォークの架け橋めざして~太田裕美さん(1) : 青春グラフィティ(Internet Archive)、鈴木啓之 『昭和歌謡レコード大全』 白夜書房 2003年 p183、長田暁二 『歌でつづる20世紀』 ヤマハミュージックメディア 2003年 p202、203、池田憲一 『昭和流行歌の軌跡』 白馬出版 1985年 p35-36、五木ひろし『五木ひろし ファイティングポーズの想い』 日本放送出版協会 2004年 p147、148、『1946-1999 売れたものアルバム』 MediaView 東京書籍 2000年 p180-181。
  23. ^ 吉田拓郎「家へ帰ろう / 襟裳岬:TECI-31」
  24. ^ シンコーミュージック 『フォーク黄金時代(1969〜1978) (CUT-UP-FROM YOUNG GUITAR)』シンコーミュージック、1992年、185頁。 
  25. ^ 【歌手引退】吉田拓郎、52年の活動を振り返ってみえた「日本音楽史のレジェンド」になれたワケ”. 週刊女性PRIME. 主婦と生活社 (2022年7月18日). 2022年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年7月21日閲覧。
  26. ^ 襟裳岬 | DVD・ブルーレイ | 日活
  27. ^ a b c d “『ハイセイコーに"ポ~ッ"山口でも怪物クンは知らん顔』”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 13. (1975年3月13日) 
  28. ^ a b c d “NEWSパック 製作延期”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社): p. 15. (1975年1月27日) 
  29. ^ 由原木七郎「日本映画評 志穂美悦子、谷口世津、そして、ふたたび大竹しのぶ」『近代映画』1975年6月号、近代映画社、167頁。 
  30. ^ a b c d “山口いづみ初公開『襟裳岬』 春雪とかす雪のハダ 『緊張で眠れないヮ』”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 11. (1975年2月22日) 
  31. ^ 藤木TDC「藤木TDCのヴィンテージ女優秘画帖(53)」『映画秘宝』2010年12月号、洋泉社、101頁。 
  32. ^ a b 「〈ルック〉 百恵ちゃんに辛勝した菅原文太」『週刊現代』1975年5月15号、講談社、27頁。 
  33. ^ “なになにッ! "跳び蹴り"でかせぐ2億円 東映の孝行娘・志穂美悦子”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 11. (1975年2月19日) 
  34. ^ a b c “なになにッ! 花のアイドル"大学対抗"スクリーン黄金週間の激突”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 13. (1975年3月27日) 
  35. ^ a b 寺脇研 『ロマンポルノの時代』光文社、2012年、112-115頁。ISBN 978-4-334-03697-3 


「襟裳岬 (森進一の曲)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「襟裳岬_(森進一の曲)」の関連用語

襟裳岬_(森進一の曲)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



襟裳岬_(森進一の曲)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの襟裳岬 (森進一の曲) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS