クジラ 鯨の利用

クジラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/05 03:15 UTC 版)

鯨の利用

鯨骨

クジラの骨格標本

鯨骨(クジラの骨)は先史時代から世界各地で狩猟具として加工利用されてきたことが、貝塚の発掘から判明している。

日本においては縄文時代弥生時代の貝塚から狩猟具だけでなく、工業製品を加工する作業台や、宗教儀式で使われたと推察される装飾刀剣が発見され、色々な形でクジラの骨の利用がなされてきた。

江戸時代には鯨細工として根付をはじめさまざまな工芸品を生み出し日本の伝統文化として受け継がれている。近代において、マッコウクジラの歯は、象牙などと同様に彫り物などの工芸品に加工されることがある。パイプ印材などに用いられた例がある。

古来からイヌイットは木の育たない環境で生きてきたため、住居の骨組みにクジラの骨を使っている。また近年ではカナダアメリカの先住民であるイヌイットや、ニュージーランドの先住民であるマオリが、歴史的にクジラを利用してきた経緯から、クジラの歯や骨を加工した工芸品を作製している。

イッカクの牙は、中近世では薬として用いられた(ただし、一角獣の角とされ、鯨の歯であることが知られずに使われることも多かった)。

鯨肉

古くからクジラから採取した肉や皮を食べる習慣がある国や地域が存在する。 日本インドネシアフィリピンノルウェーアイスランドグリーンランドフェロー諸島アラスカカナダなどであり、民族的・文化的な伝統の食材として、調理法も多岐に渡っている。日本でも多様で高度に洗練された調理法が存在し、和食文化の重要な一部分を占めている。食用部位も赤身の肉のみならず、脂皮や内臓、軟骨など国や地域によって多様である。イギリスフランスなどの西ヨーロッパでも食用習慣がなかったわけではないが、近海資源の枯渇などから消滅した。

鯨ひげ

クジラのヒゲ

鯨ひげ」はヒゲクジラ類にのみ見られる部位で、上あごの本来が生えるべき部分の皮膚が変化してできたものである。と同じく終始のびつづける特性を持ち、両側あわせて600枚近くになることもある。鯨の髭は捕食の際に歯の代りを行うもので、ヒゲクジラ類は大量の海水とともにを吸いこんだ後、海水だけを吐きだして餌だけを食べるのだが、このときに餌をのなかにとどめておくフィルターの役割を果たすのが髭である。主な餌の違いから、鯨種によって形状・性質はかなり異なる。 鯨の髭は適度な硬さと柔軟性、軽さを備えており、捕鯨の発達した地域では、プラスチックがなかった時代には工芸などの分野で盛んに用いられた。特にセミクジラのものが長大で柔軟なため珍重された。日本における鯨の髭の利用は釣竿の先端部分、ぜんまいの肩衣を整形するための部品など多岐にわたるが、特に有名なのは呉服ざし(ここからいわゆる「鯨尺」という単位の名が生まれた)と文楽人形の頭を動かすための操作索である。西洋ではコルセットドレスを膨らませるための骨としても用いられた。

鯨油

鯨油はクジラの脂皮や骨などから採取した油であって、シロナガスクジラナガスクジライワシクジラ等のヒゲクジラ類からとったナガス鯨油と、マッコウクジラツチクジラ等のハクジラ類からとったマッコウ鯨油があるが、単に鯨油といった場合は前者を指すことが多い。

鯨油は古くから灯用、石鹸原料、グリセリン原料、製革工業、減摩剤等に使用されていたが、近年では硬化鯨油として食用油(マーガリン原料など)、化粧品原料などさらに広範囲に利用された。 クジラ一頭から取れる油量はシロナガスクジラで約120バレルである。シロナガスクジラからとれる油量は他のクジラからとれる油量の最小公倍数であったため、捕鯨頭数などはシロナガスに換算して表示された(BWU方式)。

その他の部位

メロン体
マッコウクジラ頭部のメロン体周囲の繊維束(千筋)は、テニスラケットのガットに用いられた。メロン体の皮膜は、太平洋戦争中には皮革原料に使用された。
特別な部位
マッコウクジラの腸内生成物は竜涎香と称し、香料として珍重された。
一部の部位は薬品類の原料にも用いる。肝臓からは肝油が採取される。脳下垂体膵臓甲状腺などからはホルモン剤が生産されていた。
残滓の利用
鯨油の採取後の絞りかすや、食用外の肉などは、肥料用に使用されることがあった。日本では鯨肥と呼ばれた。肉・骨・皮などを煮て石臼などで粉砕したものであり、鰯肥などと同様の海産肥料として使われた。江戸時代から鯨油の絞り粕の再利用等として行われている。ただし鯨油の採取後の絞りかすは食用(油かす)にされることもあった。
明治時代以降に近代捕鯨基地として使われた宮城県牡鹿町鮎川浜(現石巻市)などでは、鯨肥生産が地場産業として栄えていた[注釈 5]
食用習慣のない多くの近代欧米諸国では、採油に向かない赤身の主要な用途であった。同様に飼料にも用いられたことがある。特に毛皮用のミンクの飼料に多く用いられた。イギリスなどではペットフード用にも用いた。

観光・ホエールウォッチング

2008年には北極地方を除くすべての海洋で1300万人の人々がホエールウォッチングに参加した。クジラへの害を最小化するためにルールや行動規範が制定された。アイスランド、日本、ノルウェーには捕鯨とホエールウォッチングの両産業が存在する。ホエールウォッチング・ロビイストはボートに近付いたり、ホエールウォッチングトリップで観光客を楽しませる最も探究的なクジラが同領域で捕鯨が再開された時、捕鯨の最初の対象になるのではと懸念している。ホエールウォッチングは世界中の旅行産業で年間21億米ドル(14億英ポンド)の収益を計上し、約13000人を雇用する。これに対し、捕鯨産業は捕鯨の一次禁止を含んでも年間3100 米ドル(2000万英ポンド)の収益を計上する。産業の大きさと急成長のために、クジラの自然資源としての最善使用に関する複雑な論争が捕鯨産業との間で起こり、いまだに継続している。

ホエールウォッチングは、クジラが到来する地域の貴重な観光資源となっている。エリック・ホイト英語版による2000年の調査によると、全世界でホエールウォッチングに訪れる客の数は1130万人(おそらく「/年」)で、産業規模としては14億ドル以上となっているという。


注釈

  1. ^ マグロカジキアオザメなどごく一部の魚類は奇網と呼ばれる組織によって体温海水温よりも高く保つことができる。
  2. ^ イルカを含め鯨とした。
  3. ^ 「流れ鯨」、「寄り鯨」の意味については捕鯨を参照。
  4. ^ ほかに漂着物や水死体などをも同様の信仰対象とした例がある。詳細はえびす参照。
  5. ^ 鮎川浜の場合、食用に適さないマッコウクジラが対象鯨種であったことなどから食用とされた鯨肉はごく一部であり、余剰鯨肉が生じていた。これらは当初は海洋投棄されていたが、周辺海面を汚染するとして地元漁民の反発を受けたこともあって工業資源化され成功したものである。
  6. ^ 南極のミナミツチクジラやミナミトックリクジラの数はクロミンククジラに匹敵し、食べるイカをオキアミ換算するとクロミンククジラを上回るが、食料資源としての調査自体が行われていない。こういったハクジラ類の数少ない利用例は千葉のツチクジラであり、これは地域的な嗜好によるものであり、特殊な事例である。
  7. ^ なお、小松は「常識はウソだらけ」 では「鯨80種は全て食用になる」ともコメントしている[18]
  8. ^ 俗に過剰保護の影響であるかのようにいわれるクロミンククジラの増加は飽くまでも他の鯨種が乱獲された生態系破壊の結果とされ(クロミンククジラ#形態・生態参照)、過剰保護とは無縁の現象である。他の種でも過剰保護が具体的に何かを引き起こした事例は未確認である。
  9. ^ 食性に関しては各鯨種の項目を参照。ヒゲクジラ亜目の鯨ひげもまた餌や生態にあわせてさまざまな形態に進化している。

出典

  1. ^ Irwin, D.M.; Árnason, U/ (1994). “Cytochrome b gene of marine mammals: Phylogeny and evolution.”. J. Mamm. Evol. 2 (1): 37-55. 
  2. ^ a b Montgelard, C.; Catzeflis, F.M.; Douzery, E. (1997). “Phylogenetic relationships of artiodactyls and cetaceans as deduced from the comparison of cytochrome b and 12S rRNA mitochondrial sequences”. Mol. Biol. Evol. 14 (5): 550-559. doi:10.1093/oxfordjournals.molbev.a025792. 
  3. ^ Waddell, P. J.; Okada, N.; Hasegawa, M. (1999). “Towards resolving the interordinal relationships of placental mammals”. Systematic Biology 48 (1): 1-5. doi:10.1093/sysbio/48.1.1. JSTOR 2585262. PMID 12078634. 
  4. ^ Prothero, Donald R.; Domning, Daryl; Fordyce, R. Ewan; Foss, Scott; Janis, Christine; Lucas, Spencer; Marriott, Katherine L.; Metais, Grégoire et al. (2022). “On the Unnecessary and Misleading Taxon “Cetartiodactyla””. Journal of Mammalian Evolution 29: 93-97. doi:10.1007/s10914-021-09572-7. 
  5. ^ 冨田幸光『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版、2011年、137-155, 183-211頁。 
  6. ^ 前田英雅「沖縄海域におけるザトウクジラの鳴音の音響特性に関する研究」『長崎大学 学位論文』甲第217号、2001年、NAID 500000221520 
  7. ^ ロイター「マッコウクジラの「排泄物」、CO2削減に貢献=豪研究」
  8. ^ 『クジラの世界』イヴ・コア著、宮崎信之監修 創元社 118頁
  9. ^ クジラに「魚」が付くのは、形状から魚と認識されていたためである。
  10. ^ 仏教では、獣肉を食することは禁止されていた。それを回避するために魚と認識されていた鯨を用いたとされている。類似にウサギが兎(う)と鳥の鷺(さぎ)で、ウサギ。1羽、2羽と数える事例と同じ理由である。
  11. ^ あ、それ違法です! ─ イギリスの変な法律ニュースダイジェスト
  12. ^ ウィリアム・ブラックストン, Commentaries on the Laws of England(イギリス法釈義), book I, ch. 8 "Of the King's Revenue", ss. X, p. *280
  13. ^ スズキ科の魚。Sei Whaleの名もそれに由来する(『ニタリクジラの自然誌 ―土佐湾に住む日本の鯨―』平凡社、加藤秀弘、2000年、68頁)。
  14. ^ 『イルカと一緒に遊ぶ本』青春出版社、鳥羽山照夫(監修)、1998年、169、170頁。ISBN 4-413-08387-3
  15. ^ 2018年における 新しいFAOのレポート によれば、全世界の漁業生産量は推定1.7億トンであり、当時の2倍近くまで増加している。
  16. ^ "It is an important issue in the context of world food security since it is estimated that cetaceans consume three to five times the amount of marine resources harvested for human consumption.": Tsutomu Tamura (2001). “Competition for food in the ocean: Man and other apical predators”. Reykjavik Conference on Responsible Fisheries in the Marine Ecosystem. http://www.fao.org/tempref/FI/DOCUMENT/reykjavik/pdf/09Tamura.pdf. 
  17. ^ 小松正之『世界クジラ戦争』PHP研究所、2010年、138頁。ISBN 978-4-569-77586-9 
  18. ^ 日垣隆 (2007-10-01). 常識はウソだらけ. ワック. ISBN 978-4-89831-573-6 
  19. ^ Fishing Down Marine Food Webs[リンク切れ], Fisheries Centre, University of British Columbia
  20. ^ Luis A. Pastene et al. (2009). “The Japanese Whale Research Program under Special Permit in the western North Pacific Phase-II (JARPN II): origin, objectives and research progress made in the period 2002-2007, including scientific considerations for the next research period”. SC/J09/JR1. オリジナルの2010-09-11時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100911192357/http://www.icrwhale.org/eng/SC-J09-JR1.pdf. 
  21. ^ 『なぜクジラは座礁するのか? 「反捕鯨」の悲劇』河出書房、森下丈二、2002年、59頁 この書籍の「食物網」の記述に添付されている図版は「生態ピラミッド」である。
  22. ^ a b 反捕鯨団体の言われなき批判に対する考え方 - II 鯨資源の利用の是非について 日本捕鯨協会
  23. ^ ヒゲクジラ類#生態」参照。
  24. ^ 『クジラはなぜ優雅に大ジャンプするのか』実業之日本社、中島将行、1994年、162-164頁、年に120日しか食事をしないシロナガスクジラが毎日6トンのオキアミを捕食すると年間720トン。対して人間は年間に体重の15-16倍の量の食事をするとされる。
  25. ^ ナンキョクオキアミ#地理的分布の「南極圏の生態系における地位」および「バイオマスおよび生産量」も参照。
  26. ^ a b 『読売新聞』2002年5月21日
  27. ^ 佐久間淳子, 2009年6月30日, 「クジラが魚食べて漁獲減」説を政府が撤回 - 国際捕鯨委員会で森下・政府代表代理が「修正」発言, JanJan
  28. ^ 海棲哺乳類の生存に影響する人間活動
  29. ^ 『イルカを食べちゃダメですか? 科学者の追い込み漁体験記』光文社、2010年、155-156頁。ISBN 4-334-03576-0
  30. ^ クジラ保護に関するWWFジャパンの方針と見解 (2005年5月) "野生生物の個体数の変動や、生態系への影響を、単純な食物連鎖モデルや2種間(例えばミンククジラとサンマ)の捕食-被捕食関係だけで説明することは難しい。"
  31. ^ 第3回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  32. ^ 田村力『北西北太平洋および南極海におけるミンククジラ Balaenoptera acutorostrataの摂餌生態に関する研究』甲第4478号、北海道大学 博士論文、1998年3月25日。doi:10.11501/3137194NAID 500000158070https://hdl.handle.net/2115/51479 
  33. ^ How Whales Change Climate” (英語). 2019年1月29日閲覧。
  34. ^ マデリーン・ストーン, ルーバー荒井ハンナ (2019年9月27日). “クジラ1頭に2億円の経済効果 IMFの学者が試算”. 日本経済新聞. ナショナルジオグラフィック. 2024年1月20日閲覧。
  35. ^ ジェニー・モーバー (2021年11月23日). “クジラが食べるとオキアミは増える...海洋環境を支える「オキアミのパラドックス」”. ニューズウィーク. 2024年7月4日閲覧。
  36. ^ クジラは気候変動対策において重要な役割を果たしている、その理由とは?”. GIGAZINE (2023年1月29日). 2024年7月4日閲覧。
  37. ^ 第4回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  38. ^ 日豪プレス (AAP). (2008年10月15日).[リンク切れ] ただし、オーストラリア代表のピーター・ギャレット環境相が、この動議を台なしにした。
  39. ^ Peter Corkeron (2008) (英語), Are whales eating too many fish, revisited., https://www.researchgate.net/publication/228530664_Are_whales_eating_too_many_fish_revisited 





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