1970年代〜とは? わかりやすく解説

1970年代〜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 20:48 UTC 版)

ゲリラ豪雨」の記事における「1970年代〜」の解説

ゲリラ豪雨」という用言初期の使用例には、1969年8月の『読売新聞』がある。 1960年代まで気象災害による死者負傷者最大原因台風だった。しかし伊勢湾台風1959年)後に災害対策基本法制定され防災のためのインフラストラクチャー整ってくると、接近時期進路事前に予測しやすい台風被害減少していった。 その一方で梅雨前線などにより、夏季中心として集中豪雨被害が目立つようになった。そして従来気象台による粗い観測網では予測困難な集中豪雨対し、「ゲリラ豪雨」の名称が用いられるようになったゲリラの語には突然発生すること、予測困難であること、局地的であること、同時多発することがあることなどのニュアンス含まれている。 このような集中豪雨発生捕捉するために、1970年代アメダス観測網整備が行われた。また気象衛星ひまわり」により、日本上空動向網羅的把握できるようになった数値予報の精度向上も集中豪雨発生予測大きな役割果たしたこのようにして梅雨前線伴って発生するような集中豪雨では全くの不意打ちになることは少なくなった。 1999年7月21日東京都区部発生したいわゆる練馬豪雨被害範囲新宿区杉並区足立区も含む)では、練馬区役所1時間あたり91ミリ降雨記録した。この豪雨被害は、死者1人重傷1人軽傷2人床上浸水493棟、床下浸水315棟に上った周辺では豪雨はおろか自体降っておらず、降雨範囲極めて狭かった

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1970年代〜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 05:43 UTC 版)

シンガーソングライター」の記事における「1970年代〜」の解説

シンガーソングライター」という言葉日本認知されたのは1972年で、吉田拓郎ブレイク以降である。『ニューミュージック・マガジン』1972年5月号の記事には「いま、シンガー=ソングライターなんて騒がれてる連中やっていることは~」という内田裕也発言見られ同じく1972年7月刊行された『爆発するロック』という本の中の富澤一誠かまやつひろし対談では、富澤が「今、話題になっているシンガー・ソングライターなんかどう思いますか」と、かまやつに質問する場面がある。1973年の「guts1月号には、「1972年度、日本のフォーク界の大ニュース」として、「吉田拓郎あがた森魚などのシングル盤ヒットにより、"シンガー・ソング・ライター"が日本の音楽界にクローズ・アップされた」「"シンガー・ソング・ライター"の大衆化~」といった記事見られる吉田拓郎ヒット連発する及んで、各レコード会社プロダクション競ってシンガーソングライター売り出しかかった1972年7月荒井由実デビューさせた村井邦彦は、「最初荒井作家として契約したが、シンガーソングライター時代にだんだん変わっていくときだったので、荒井シンガーソングライターとしてデビューさせた」と述べている。当時はまだ自作曲歌い、さらにその曲をヒットさせることが珍しかったため、マスメディアも「シンガーソングライター」を大きく取り上げた考えられる。「シンガーソングライター」という言葉使われ始めたのは1972年以降で、それまでは特に定着した呼び名はなく、あえていえば「自作自演」という言い方をされた。 「シンガー・ソングライター」という言葉日本入ってきた1970年代初めには、高石友也岡林信康といった「自作自演」のフォークシンガー若者支持得ていた。ただし彼らはマイナーレーベル所属であったため、レコード自体はあまり売れておらず、歌謡界システムを揺らがすまでには至らなかった。しかし、その後吉田拓郎小椋佳かぐや姫井上陽水ら、テレビへの出演拒否しアルバム作品制作コンサート活動重きを置く自作自演」のフォークシンガーたちは、メガヒット出し、また演歌歌謡曲歌手楽曲提供をおこなう等、長く話題提供して世間注目集め既存芸能界影響を及ぼすまでになった小室等吉田拓郎井上陽水泉谷しげるの 4人が自分たちのレコード会社フォーライフ・レコード」を設立した1975年には、シンガー・ソングライターによるフォークがレコード・シェアの四割近く占有した。こうして、借り物ではない、自分言葉で、個性で、歌を唄う表現するシンガーソングライターが、若者たち支持勝ち得て定着していくことになった。彼らの多くが自ら作詞作曲した楽曲を、ギター弾きながら歌う「ソロフォークシンガーであったため「シンガーソングライターフォーク系のソロシンガー」のイメージ付いた一方で当時職業作詞家・作曲家作るようなレベル楽曲歌手容易に作れるとは思われていなかった。前述内田裕也発言は(シンガー=ソングライターは)「ロカビリーがだんだん歌謡曲になったのと同じ。長く続かない」といった主旨だったし、富澤一誠かまやつひろし対談では、富澤が「ぼくから見ると、作詞・作曲・歌と三つのことをすべてうまくやるってことは、困難じゃないか思えるんですがねえ。だから、三つのことをそれぞれプロフェッショナルがやった方が、いいものが生まれると思うんですけど」と話している。当事者一人だった南こうせつ自身も「ブームが続くとは思ってなかった」と話しており、シンガーソングライターによるフォークブームは短命に終わるではないかという見方もあった。しかし、1970年代才能あるシンガーソングライター多く続いたために、一過性のものではなく日本の音楽界のメインストリームになっていった。 特に1973年頃から、五輪真弓金延幸子、りりぃ、荒井由実吉田美奈子小坂明子小坂恭子中島みゆきらが台頭した時、彼女たち中にギター持たずピアノ弾いて歌うというような、フォーク臭の全くない者がいたため彼女らを「女性フォークシンガー」とも呼び辛く適当な言い方がなく「女性シンガーソングライター」という言い方が非常に多く使われた。これも「シンガーソングライター」という言葉認知度アップ影響があったと考えられる。勿論、多くの「シンガーソングライター」を輩出したヤマハポピュラーソングコンテスト」の功績も非常に大きい。なお、「女性シンガーソングライター」の原型は、1967年小薗江圭子の詞に自分で曲をつけた「この広い野原いっぱい」でデビューした森山良子という見方もあるが、森山職業作詞家・作曲家作品洋楽カバー曲を歌うことが多く1970年代半ばまで"歌謡曲歌手"というイメージがついていた。 今日に繋がる「女性シンガーソングライター」の草分けは、1972年アルバムデビューした金延幸子五輪真弓、りりぃあたりで、「女性シンガーソングライター」による最初大ヒット曲はヤマハポプコン出身小坂明子1973年12月出した「あなた」である。シンガー・ソングライター台頭は、職業作詞家・作曲家安定揺るがす存在になっていく。また歌謡曲歌手にも大きな影響与えた1970年代半ばになると、フォークという言葉ではフォローできない音楽がたくさ出てきて、フォークニューミュージックという呼び方吸収されていった歌謡曲フィールドでも渡辺真知子のように自作曲日本レコード大賞最優秀新人賞受賞するような逸材出てきた。1980年以降には、シンガーソングライター影響受けた職業作詞家・作曲家出てくるようになった現在の音楽界は、シンガーソングライターたちが成し遂げた変革の上成り立っている。 当初は「歌謡曲アンチテーゼとしての意味が含まれていた「シンガーソングライター」という言葉だったが、ニューミュージックが、フォーク以上に歌謡曲との区別がつき辛いこともあって、1970年代後半には、歌謡曲側の自作自演歌手含め、自ら書いた歌を自ら歌う人はジャンルかかわらず全員シンガーソングライター」と呼ぶようになった所ジョージ1977年デビュー時から"シンガーソング・コメディアン"と名乗り1981年週刊誌は、俳優寺尾聰大ヒットを"大人の味持ったシンガーソングライター"、『男道』という自作曲レコード出したプロ野球選手松岡弘を"プロ野球界初のシンガーソングライター誕生!"と紹介した土田明人という本職小学校の先生レコード出した時は"シンガーソングティーチャー登場"と書いている。またそれまでの「自作自演」という言い方よりも、ちょうど「シンガーソングライター」という「自作自演そのままの意味を持つ語感のいい言葉定着したため、単純に「歌を作って歌う人」は全員シンガー・ソングライター」、遡ってあの人も昔、歌を作って歌っていたから「シンガー・ソングライターと言い出したものと考えられるこうした理由もあって現在、前述した人物の多くが、文献ネットで「シンガーソングライター第1号」「シンガーソングライター草分け」等と紹介されている。 先に挙げたように「シンガーソングライター」という言葉使われ始めたのは1971年1972年以降で、これ以前活躍した前述加山雄三荒木一郎1960年代後半現れ高石友也岡林信康]いった人たちは、リアルタイムでは「シンガーソングライター」と呼ばれず、のちにそう呼ばれるようになった高石は「フォークシンガーです。と自己紹介すると『シンガーソングライターですよね』と聞き返される。そんな大層なもんじゃないんですけど」と話している。高石にとっては「シンガーソングライター」という呼ばれ方には馴染みもなく違和感があるのか、あるいは、商業的に大きな成功を手にした1970年代以降の(一部の)「シンガーソングライター」たちは、自分たち「フォークシンガー」とは違うという意識があったのかもしれないなぎら健壱は「(1970年代後半出現したシンガーソングライター)と自分のやっていたフォークとの結びつき感じられない拓郎さんやかぐや姫には繋がりあったかしれないけど、それがすごくメジャーになって商業資本と結びついて、すごく人気出て大きな音楽になってゆくにつれ、フォークだった部分無くなっていったと思います生ギター入っていたり、曲調や歌の内容そうだったとしても、精神そのものフォークじゃなくなっていったと思う」などと述べている。 現在、「シンガーソングライター」を「歌手兼ね作曲家」と答える人はいないと思われるが、かつては違った毎日新聞社1978年出した別冊一億人の昭和昭和流行歌手』という本にちかごろは、シンガー・ソング・ライターなどといって自作自演する者が増えたが、戦前は大変珍しかった。とくに作曲家が、歌手兼ねてどちらもヒットする、などということは、まったくマレなことだった」という記述があり、ここで林伊佐緒紹介している。作詞はしない作曲家歌手であり「シンガー・ソング・ライター」と呼ばれる以前は「自作自演歌手」は「作詞作曲もする歌手」はもちろん「作曲だけする歌手」の両方指していたもの考えられるそして現在でも「作詞と作曲のうち、作曲のみしかしてない場合でも、一般的にはシンガーソングライターというのに対し作詞のみしかしてない場合には、シンガーソングライターとは言わない」ことが多い。 理由として、その答えのような阿久悠言及1985年和田誠との共著中にある。ここで阿久は「GS流行ってきてギター普及して素人が曲をつくるようになりましたね。で、それからずーっとフォーク段階がきて、5年ぐらい前までは、やっぱり曲のほうが専門的で詞は誰でも書けるという意識があったわけです。字が書けますから。何となく詞らしきものはできる。その代わり、曲は専門的な知識とか才能必要だって思い込みがあったんですけどね。近頃すっかり逆になってきちゃってね、曲の方が簡単になってきてるんですね。で、詞を書け人がいないんですよ」と発言している。 シンガーソングライター主流となった1980年代以降はあまり見られなくなったが、かつてはラジオ歌謡誌などで一般素人)から募集したに対して作曲家が曲を付けてプロ歌手が歌うということがよくあった。逆に素人から曲を募集して作詞家が詞を付けということはなかった。こうした影響もあって、かつては作詞家作曲家より下、「作詞だけする歌手」をシンガーソングライターとは呼べない、という感覚があったものと考えられる。 しかし2000年代頃からはむしろ作詞家注目される機会増えている。と言うよりも、作曲家歌い手功績無視して作詞家時代を創ったかのような論調増えている。また古くから存在する作曲だけする歌手」に比べ作詞だけする歌手」の出現比較最近のことで、まだ評価定まっていないとも考えられる。この「作詞だけする歌手」は、シングルレベルでは森高千里あたりが最初思われ森高歌詞当時マスメディアユニーク等と好意的に紹介したことも「作詞だけする女性歌手」のその後急増繋がったかも知れない金澤寿和は「重要なのは、自己表現の手段として有効に機能しているか否かシンガーなのだから、曲を書けるのが基本森高千里のように、作詞はするが作曲他人任せというケースは、広義ではシンガーソングライター当てまるものの、敢えてそう呼びたくない。つまり、音や旋律自分表現する欲求を持つのが、シンガーソングライター第一歩。更に自分自身言葉持っていれば、それが理想的なシンガーソングライターということになる」などと論じている。2013年Disc Collection 日本女性シンガー・ソングライター』という書は、「自身作曲作詞だけではなく)をしているシンガー」のみを掲載しており、「作詞だけするシンガー」をシンガー・ソングライター認めていない。 1970年代に「シンガーソングライター」という言葉定着したものの、1980年代以降言われ始めたJ-POP」というカテゴリーでは、自作自演であることが強調されなくなった時期もあった。ビーイング小室哲哉つんく♂等のプロデューサー主導による楽曲や、バンドブーム以降ロックバンドやヒップホップグループによるグループ単位での音楽活動目立ったため、ソロシンガーのイメージがある「シンガーソングライター」とはあまり呼ばれなかったのかも知れない。しかし現在のミュージシャンは大抵曲を自作しており、むしろ自分で曲を作らない人が少数派になっている宇崎竜童は「ここ20年くらいは、みんながシンガーソングライターになって演歌以外は職業作家へオファー少なくなりましたね。『歌謡曲』というものは一回滅びたのかなと思います」と述べている。

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