幕下付出 幕下付出の概要

幕下付出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/01 03:23 UTC 版)

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幕下付出の対象

現行では義務教育を終了(中学卒業見込みを含む)した25歳未満(付出資格申請日時点)の男子のうち、次の基準を満たした者に幕下付出が認められる。なお、幕下付出(および三段目最下位格付出)が認められた者は体格が不問とされ、新弟子検査の体格検査が免除される。このため、幕下付出は新弟子検査の基準に満たなくとも角界入りできる唯一の方法である。期限はいずれも優勝の日から1年間[注釈 1](ただし当面の間は新型コロナウイルス感染拡大を考慮して2年間に拡大[1]である。

幕下15枚目格付出:「全日本相撲選手権大会」(アマチュア横綱)、「全国学生相撲選手権大会」(学生横綱)、「全日本実業団相撲選手権大会」(実業団横綱)、「国民体育大会相撲競技(成年男子[注釈 2])」(国体横綱)のいずれかに優勝した場合。
幕下10枚目格付出:「全日本相撲選手権大会」の優勝に加えてその他3大会のいずれか1つ以上に優勝した場合。

1966年5月以前

付け出しの制度は大正以前から存在し、その実力に応じて各段の番付上に付け出された。幕下のみに付け出されるようになったのは昭和に入ってからのことである。1960年(昭和35年)の大塚(豊國)範以降、大学を卒業したものは幕下に付け出すという慣例ができた。付け出される枚数は師匠の推薦によって認められた[2]ためその都度異なり、内田(豊山)勝男は10枚目格で付け出された。

なお幕下付出力士が2点以上負け越す三段目を飛び越して序二段へ、全敗した場合序ノ口まで下げる規定が存在し[3]、1966年3月場所に幕下50枚目格(当時は幕下は100枚)で初土俵を踏んだ山田(山田山)修身は2勝5敗と負け越したため翌5月場所は東序二段50枚目まで下げられた(その場所は7戦全勝で優勝)。

1966年5月 - 2000年(平成12年)9月

山田山のケースをきっかけに、1966年(昭和41年)5月から幕下最下位格付出に固定された。編成上は最下位の枚数(2015年現在は60枚目)と同列に扱われ、負け越しても序二段ではなく成績通りに三段目に陥落するよう改められた[3]。実際、野村双一(出羽の花義貴)のように一度は跳ね返されてしまう力士や十両昇進を果たせなかった力士もいた。2場所連続で全勝、またはそれに近い成績を挙げれば2場所で十両に昇進できる。この期間内に2場所で十両昇進を果たした力士としては輪島博(大士)、長岡末弘(朝潮太郎)、尾曽武人(武双山正士)、竹内雅人(雅山哲士)の4人が知られる。

当初は大学相撲の体重別で上位入賞の経験があれば、卒業するとほぼ無条件で幕下最下位格に付け出され[注釈 3]1992年平成4年)3月場所には成松(智ノ花)伸哉が27歳で幕下付出で初土俵を踏み、妻子持ちで教職を辞しての初土俵が話題となるなど年齢制限も設けられていなかったが、同年には秋本(大凰)紀久が初土俵から3場所連続で負け越すなど付出力士の資質が問題となったため、5月場所中の理事会において「申請から直前の2ヶ年において全日本選手権ベスト16以上、学生選手権、実業団選手権、国体成年Aのいずれかに優勝、または3位以内が2回」に基準[注釈 4]を厳格化した上、力士志望者の年齢も「義務教育を終了した20歳未満・幕下付出申請可能な年齢を25歳未満」とすることが決定、さらに6月6日の理事会では対象大会に東日本学生相撲選手権、西日本学生相撲選手権大会が加えられた。しかし12月25日の理事会で両大会が再び対象から除外されると同時に付出申請可能な年齢の下限が「高校卒業の者を除く満20歳以上」と設けられ(付出を除く力士志望者の年齢は23歳未満と緩和)、1993年(平成5年)1月から適用された[4][5]

1993年3月以降で、学生相撲出身ながらも資格が得られず前相撲から取った力士では、堤内(北勝光)康仁が初めて十両に昇進し、さらに谷地(栃乃花)仁が入幕を果たし三役まで昇進するなど活躍した。そのことで下積みの重要性が再認識され、時津風理事長(元・豊山勝男)によって[注釈 5]、基準が厳格化されるきっかけとなった。

2000年9月以降

2000年(平成12年)9月から基準がさらに厳格化され、タイトル獲得と関連づけられる一方、付け出される枚数は従前より上位の幕下10枚目格付出と幕下15枚目格付出に改められた。幕下15枚目以内で全勝した場合は十両昇進の対象とする内規があるため、これにより最短1場所で関取になることが可能となった。時津風も新基準を「15枚目格」とした根拠としてこの利点を挙げていた[7]。当初はタイトルを取った当年度限り有効とされていたが、新制度適用第1号の垣添徹が資格取得後の怪我で初土俵が遅れたため、2002年2月19日の理事会で優勝の日から1年間と有効期間が改められた。さらに同日の理事会では年齢の下限を20歳以上から現行の規定となる義務教育終了見込みとし、高校生以下にも全日本相撲選手権の成績による付出資格が認められるようになった[7]。2020年10月29日以降は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を考慮して、当面の間は付出資格の有効期限が2年間に拡大される[1]

2020年まで15枚目格付出力士は18人、10枚目格付出力士は3人。市原(清瀬海)孝行アマチュア横綱に加え国体成年Aに優勝し、現行制度となって初めて10枚目格付出の資格を得て2007年1月場所に初土俵を踏んだ。黒川宏次朗(拓殖大学職員)は、社会人1年目の2018年に実業団横綱とアマチュア横綱の2冠を獲得し幕下10枚目格付出資格を取得したが、大相撲入りしない意思を表明し[8]、資格行使の最終期限である2019年11月場所までに新弟子検査を受検しなかったため10枚目格付出資格を取得しながら行使しなかった初の事例となった。

2016年度の矢後とバーサンスレン・トゥルボルド(水戸龍聖之)を最後に適用例は出ておらず、2019年の資格取得者も資格を行使しない意向を表明していることから、空白期間は3年にのぼる見通し。

2006年(平成18年)に実業団横綱となった石前辰徳(鳥取県体育協会)は幕下付出を申請したが、資格取得時は24歳であったものの2007年(平成19年)1月場所の新弟子検査時に25歳となるため(1981年12月1日生まれ)、年齢制限により入門と付出が承認されず、角界入りを断念した。

2006年5月場所において、幕下15枚目格付出で初土俵を踏んだ下田圭将(若圭翔裕樹)が7戦全勝優勝を達成し、内規によってデビュー1場所での十両昇進が有力視されていたが、十両下位の力士の負け越しが少なかったこともあり昇進は見送られ#幕下付出力士の番付編成上の扱いの例参照)、前述の理事長説明とは裏腹の結果となってしまった。その後若圭翔は十両に昇進することなく、2016年3月場所限りで引退した。

一方で、2004年(平成6年)1月場所初土俵の大西(嘉風)雅継は、日本体育大学3年次に付出資格であるアマチュア横綱のタイトルを獲得しながら卒業を優先したため資格が失効し、4年次に3大タイトルを獲得できなかったため前相撲からのデビューとなり、「タイトルホルダー初の前相撲デビュー」として注目された。2015年(平成27年)3月場所初土俵の中村(北勝富士)大輝は、日本体育大学2年次に学生横綱、3年次に国体横綱と付出資格を2度得ながら、4年次に3大タイトルを獲得できず前相撲デビューに。その他、学生横綱では佐久間(常幸龍)貴之日本大学2年次にタイトル獲得。2011年(平成23年)5月技量審査場所初土俵)、正代直也東京農業大学2年次にタイトル獲得。2014年(平成26年)3月場所初土俵)が前相撲からデビューしている。

現行の規定になってから2020年現在まで1場所で十両昇進した力士はおらず、2場所で十両に昇進した力士としては成田(豪風)旭内田(普天王)水遠藤聖大逸ノ城駿御嶽海久司矢後太規の6人がいる(遠藤、御嶽海は10枚目格付出)。

三段目最下位格付出の対象

現行では義務教育を終了(中学卒業見込みを含む)した25歳未満の男子のうち次の基準を満たした者に三段目最下位格付出が認められる。期限はいずれも8強進出の日から1年間[注釈 1](ただし当面の間は2年間に拡大[1]である。

三段目最下位(100枚目)格付出:「全日本相撲選手権大会」「全国学生相撲選手権大会[注釈 6]全日本実業団相撲選手権大会」「国民体育大会相撲競技(成年男子)」のいずれかで8強以上に進出した場合。

最初の適用者は2016年3月場所に初土俵を踏んだ石橋広暉(朝乃山英樹) と小柳(豊山)亮太で、その後毎年のように該当者が現れている。




  1. ^ a b 日程の都合上、実業団選手権・国体で取得した資格は翌年9月場所、学生相撲・全日本選手権は同11月場所の新弟子検査締切日までが実質的な申請期限となる。また、資格取得時点で24歳の場合は25歳の誕生日を迎えるまで。
  2. ^ 2007年までは成年男子A
  3. ^ 例として長尾(舞の海)秀平は全日本相撲選手権ベスト32の実績を認められる形で幕下付出を承認された。舞の海は1992年3月場所で身長が基準に満たず新弟子検査不合格となり、翌場所頭部にシリコンを注入することによって合格したが、これをきっかけとして幕下付出は体格不問となった。
  4. ^ なお、この基準は、2000年9月に更に厳格化したが、2015年の三段目最下位格付出制度創設により、全日本選手権9 - 16位を除いて、下位の番付付出のかたちで事実上緩和された。
  5. ^ 実際に厳格化の中心となったのは「学生相撲出身」の時津風親方ではなく「中卒叩き上げ」の北の湖親方とされる[6]
  6. ^ 三段目最下位格付出制度創設時には全国学生相撲選手権大会は対象となっていなかったが、2016年7月17日の理事会で追加が決まった。
  7. ^ 大学時代に病気のため一度は相撲を諦めていた豊真将紀行も前相撲からスタートしたが、付出の同期力士を追い越し最終的に小結まで昇進した。
  8. ^ 大岩戸は初土俵から9年かけて幕内昇進も在位は1場所のみ。吐合と若圭翔は十両に昇進できぬまま初土俵から10年で、武誠山は同じく12年で、朝陽丸は同じく6年で、それぞれ引退。
  9. ^ 森本太良(拓大)が学生選手権・国体の2冠、冨田元輝(日大)が全日本選手権で優勝。
  10. ^ 1995年度全日本相撲選手権ベスト4。
  11. ^ 同年度はアマチュア横綱の他に国体横綱、学生横綱も獲得。大学4年次は国体、学生選手権は連覇も全日本選手権(大学2年次にも獲得)は3連覇ならず。
  12. ^ 大翔山直樹は、同郷の中川親方(前2・清惠波)から年寄名跡の譲渡を提示され、立浪部屋に入門したことが明らかになっている。
  13. ^ 幕下上位力士との兼ね合いもあるが、以前戦闘竜久島海は同様の成績で幕下に陥落している。
  14. ^ 「番付は生き物」という見解は幕下に限らずすべての地位において適用していて、番付編成において確固たる基準が存在しないことを事実上示している。
  15. ^ 新興力士団〜大日本関西角力協会より編入。
  1. ^ a b c 付け出し資格の適否判定の有効期限延長、コロナ考慮」『日刊スポーツ』、2020年10月29日。2020年10月29日閲覧。
  2. ^ 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 40頁。
  3. ^ a b 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 41頁。
  4. ^ 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 42頁。
  5. ^ 生沼芳弘, 「研究資料 大相撲における学生力士の研究」『東海大学紀要 体育学部』 31巻 p.19-29, 2001, NAID 110000195082.
  6. ^ MMTS 週刊相撲雑学(アーカイブ)
  7. ^ a b 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 43頁。
  8. ^ “アマチュア横綱に黒川宏次朗「目指すべきタイトル」”. 日刊スポーツ. (2018年12月2日). https://www.nikkansports.com/sports/news/201812020000735.html 2018年12月2日閲覧。 
  9. ^ 中大・菅野が学生横綱!角界入りへ「気持ちはある」 日刊スポーツ 2018年11月3日
  10. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年4月号(春場所総決算号) 91頁
  11. ^ “東洋大出身同士、デビュー場所4戦全勝対決は村田が若隆景を小手投げで下す”. スポーツ報知. (2017年3月21日). http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20170321-OHT1T50042.html 2017年3月29日閲覧。 




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