幕下付出 問題点

幕下付出

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/01 03:23 UTC 版)

問題点

日本相撲協会が幕下付出基準を厳格化したのは、下積みの重要性とともに、鳴り物入りで大学卒業後デビューした久島海啓太琴光喜啓司よりも、タイトル獲得後すぐ大学を中退した武双山正士が一気に番付を駆け上がったことから、真に実力のある者はすぐに関取に昇進できるように優遇し、その他には付け出しを認めないことで、年齢の若いうちにプロデビューさせるいわゆる「叩き上げ力士」の増加も狙ってのことだが、学生相撲出身等の実力者が前相撲でデビューすると序ノ口や序二段の優勝を含めた成績上位者を占めることが多いため、「高校、大学相撲経験があった方が有利」という状況はくつがえることはなく、基準が厳格化しても、相撲協会の思惑に反して中卒の叩き上げで成長する力士は思うように増加していないのが現状である。下級生のタイトル獲得者が大学を中退して入門するケースも出ていない。資格を満たした下級生は中退を考慮することすらなく、報道でも卒業は当然のものとして扱われている[9]

結局、相撲協会は2015年から前述の三段目最下位格付出を採用し、2017年1月からスポーツ経験者の年齢制限を25歳未満として、付出基準に満たないアマチュア相撲経験者の年齢制限を一律23歳未満から実質的に緩和するなど、過去に幕下最下位付出対象だった「全日本選手権9 - 16位」以外は、基準厳格化の方針から転換したといえる。

また、見直しの契機となった栃乃花も3年時に学生選手権で3位に入るなど故障がなければ幕下付出資格を取得していた可能性が高い実力者であり、見直し以降前相撲から初土俵を踏んで関取昇進を果たした力士もほとんどが旧基準を満たしていた。大学で4年間相撲部に在籍し、実績が旧基準にも満たない力士は幕下で壁に当たり低迷するケースが多く、2007年11月場所の磋牙司洋之まで関取昇進者はいなかった。このように、基準見直し以降、数年の前相撲デビュー学生出身関取の増加は「前相撲から取った力士が下積み経験のおかげで昇進を果たした」ことよりも、「付出力士に匹敵する実力者が前相撲から取った」結果といえ、前者に該当する力士は基準改正以前を含めても大翔大豪志古市貞秀、北勝光程度であった。しかし、2009年以降は旧基準を満たさない力士からも関取が多く出始めており、2010年3月場所で磋牙司が新入幕、2013年1月場所には松鳳山裕也が小結に昇進している[注釈 7]

事実上大学4年時の主要大会の成績のみでデビュー時の番付に大差がつくという基準自体も「真に実力のある者はすぐに関取に昇進でき」ているのかという意味で問題視されている。史上最速タイの所要6場所で十両へ昇進した土佐豊祐哉、史上最速タイの十両昇進に加え史上最速の所要9場所で幕内へ昇進した常幸龍、史上2位となる初土俵から12場所で三賞を受賞した正代のような大学相撲の実力者は、少なくとも十両昇進までは前相撲デビューでもそのハンデを感じさせない。一方で、付出力士の中でも学生時代にやや実力が劣ると見られていた大岩戸義之武誠山一成吐合明文朝陽丸勝人、若圭翔らは、十両に定着あるいは昇進できず低迷した[注釈 8]。このような事態を懸念してか、大学4年生がタイトルを獲得しても自信がないことなどを理由にプロ入りを断念するケースもみられる。特に2009年は学生選手権、国体、全日本選手権を全て大学4年生が制覇した[注釈 9]にもかかわらず、翌年は幕下付出力士がいなかった。なお、仮に現在の基準を過去の力士に適用した場合、出島武春(元大関)は三段目最下位格付出デビュー[注釈 10]、同学年の増健亘志(元十両)は幕下15枚目格付出デビュー、出島・増健の3学年後輩となる琴光喜(元大関)は大学3年次に獲得したアマチュア横綱のタイトル失効前に中退して角界入りするという条件[注釈 11]付きで幕下10枚目格付出デビューとなる。

2000年代以降、若手中堅関取における学生相撲出身者の占める割合は急増し、同年代の関取のうち過半数が外国人や学生相撲出身者で占められていることも珍しくない。付け出し力士の入門先は師匠の出身大学等である程度ルートができている場合も多く、特定の部屋に学生出身力士が集まる傾向が強いが、学生相撲の古豪である日本大学相撲部出身の力士はさまざまな部屋に入門する傾向がある。超大物の場合は引退後の身の振り方まで確約される場合もあるという[注釈 12]

幕下付出力士の番付編成上の扱いの例

大相撲には「幕下15枚目以上で全勝優勝した者は十両に昇進」という内規があるが、2006年5月場所で幕下15枚目格付出で7戦全勝優勝した下田(若圭翔)のケースでは、東幕下筆頭で上林(大岩戸)が5勝2敗、西筆頭の龍皇が4勝3敗で、十両から幕下に陥落する成績の力士が2名であった。1996年1月場所で西幕下筆頭で4勝3敗の琴藤本が昇進を見送られ、西2枚目で5勝2敗の彩豪、西9枚目で7戦全勝の旭天鵬が十両に昇進した例もあったことから下田が十両へ昇進する可能性も低くなかった。

この際、放駒審判部長は「昇進の権利があるが、第一優先ではない」と述べ、北の湖理事長は「東西の番付に力士はおり、付出は正位より地位が下である(同等ではない)」との見解を述べた。ただし、龍皇を優先したとしてもこの場所十両東8枚目で5勝10敗であった隆乃若を幕下に陥落させることも可能であった[注釈 13]が、幕下15枚目格付出で全勝優勝した下田の翌場所の番付での十両昇進はならなかった。

また、翌場所の下田の番付は西幕下3枚目で5勝2敗だった影山の東筆頭より下の西筆頭であったことから、結果として幕下15枚目格での全勝は上位での勝ち越しに劣る扱いとなった。幕下付出は「真に実力のある者はすぐに関取に昇進できるように優遇」する制度であるものの、この件により、幕下15枚目格付出は番付編成上は幕下15枚目より劣ることが既成事実となり、16枚目よりは上だが15枚目よりは下、言うならば15.5枚目のような位置づけになることが明確となった。ただし、審判部は「番付は生き物」という見解を示しており[注釈 14]、今後も勝敗のほか十両力士の成績および十両以上の引退力士数との兼ね合いや相撲内容などによって基準が変動することも考えられる。

三段目付出力士の取組編成上の扱いの例

2016年3月場所で制度創設後初めての三段目付出力士として初土俵を踏んだ石橋(朝乃山)と小柳(豊山)の場合は、初日にいきなり対戦が組まれたが、本来は三段目の実力を持っているのか否かを確認するための付出制度であったという理由から、このような取組編成は間違いであったとされている[10]。次に同じ場所で複数人が三段目付出として初土俵を踏んだ2017年3月場所では、若隆景村田の直接対決はすぐには組まれなかったが、両者とも4連勝として勝ち越した時点で、三段目相応の実力を持っていると判断されて5番目で直接対決が組まれた[11]




  1. ^ a b 日程の都合上、実業団選手権・国体で取得した資格は翌年9月場所、学生相撲・全日本選手権は同11月場所の新弟子検査締切日までが実質的な申請期限となる。また、資格取得時点で24歳の場合は25歳の誕生日を迎えるまで。
  2. ^ 2007年までは成年男子A
  3. ^ 例として長尾(舞の海)秀平は全日本相撲選手権ベスト32の実績を認められる形で幕下付出を承認された。舞の海は1992年3月場所で身長が基準に満たず新弟子検査不合格となり、翌場所頭部にシリコンを注入することによって合格したが、これをきっかけとして幕下付出は体格不問となった。
  4. ^ なお、この基準は、2000年9月に更に厳格化したが、2015年の三段目最下位格付出制度創設により、全日本選手権9 - 16位を除いて、下位の番付付出のかたちで事実上緩和された。
  5. ^ 実際に厳格化の中心となったのは「学生相撲出身」の時津風親方ではなく「中卒叩き上げ」の北の湖親方とされる[6]
  6. ^ 三段目最下位格付出制度創設時には全国学生相撲選手権大会は対象となっていなかったが、2016年7月17日の理事会で追加が決まった。
  7. ^ 大学時代に病気のため一度は相撲を諦めていた豊真将紀行も前相撲からスタートしたが、付出の同期力士を追い越し最終的に小結まで昇進した。
  8. ^ 大岩戸は初土俵から9年かけて幕内昇進も在位は1場所のみ。吐合と若圭翔は十両に昇進できぬまま初土俵から10年で、武誠山は同じく12年で、朝陽丸は同じく6年で、それぞれ引退。
  9. ^ 森本太良(拓大)が学生選手権・国体の2冠、冨田元輝(日大)が全日本選手権で優勝。
  10. ^ 1995年度全日本相撲選手権ベスト4。
  11. ^ 同年度はアマチュア横綱の他に国体横綱、学生横綱も獲得。大学4年次は国体、学生選手権は連覇も全日本選手権(大学2年次にも獲得)は3連覇ならず。
  12. ^ 大翔山直樹は、同郷の中川親方(前2・清惠波)から年寄名跡の譲渡を提示され、立浪部屋に入門したことが明らかになっている。
  13. ^ 幕下上位力士との兼ね合いもあるが、以前戦闘竜久島海は同様の成績で幕下に陥落している。
  14. ^ 「番付は生き物」という見解は幕下に限らずすべての地位において適用していて、番付編成において確固たる基準が存在しないことを事実上示している。
  15. ^ 新興力士団〜大日本関西角力協会より編入。
  1. ^ a b c 付け出し資格の適否判定の有効期限延長、コロナ考慮」『日刊スポーツ』、2020年10月29日。2020年10月29日閲覧。
  2. ^ 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 40頁。
  3. ^ a b 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 41頁。
  4. ^ 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 42頁。
  5. ^ 生沼芳弘, 「研究資料 大相撲における学生力士の研究」『東海大学紀要 体育学部』 31巻 p.19-29, 2001, NAID 110000195082.
  6. ^ MMTS 週刊相撲雑学(アーカイブ)
  7. ^ a b 門脇利明「学生相撲出身幕内力士100人総まくり」『相撲』2020年9月号、ベースボール・マガジン社、 43頁。
  8. ^ “アマチュア横綱に黒川宏次朗「目指すべきタイトル」”. 日刊スポーツ. (2018年12月2日). https://www.nikkansports.com/sports/news/201812020000735.html 2018年12月2日閲覧。 
  9. ^ 中大・菅野が学生横綱!角界入りへ「気持ちはある」 日刊スポーツ 2018年11月3日
  10. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2017年4月号(春場所総決算号) 91頁
  11. ^ “東洋大出身同士、デビュー場所4戦全勝対決は村田が若隆景を小手投げで下す”. スポーツ報知. (2017年3月21日). http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20170321-OHT1T50042.html 2017年3月29日閲覧。 




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