クジラ 鯨が食す餌の消費量

クジラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/20 08:37 UTC 版)

鯨が食す餌の消費量

世界の海洋における鯨類の食物消費量

財団法人日本鯨類研究所の計算によると、世界中の鯨類(クジラ・イルカ・シャチ)が食する餌の消費量は魚、イカなどの軟体動物オキアミなどの甲殻類を合わせると、2.5 - 4.3億トンとされている。これは、1996年当時における世界中の人間の魚の消費量9千万トン[13] の3倍-5倍と計算される[14]。保護されたために増えすぎた鯨によって海洋のバイオマス(生物資源)は減少しており、捕鯨は海洋生物資源の保全に繋がるという意見もある。

クジラの消費するバイオマスの量については、捕鯨に賛成、反対のそれぞれの立場からの説明となってしまうことが多いが、必ずしも捕鯨に賛成、反対の立場からのみ発生した見解が出ると限ることはできない。

  • 試算には、捕鯨対象種以外の種を含んでおり、捕鯨禁止という形で保護されているのは鯨類全80種余りの中のIWCで管理された13種に過ぎない。
  • 世界中の鯨が食べる餌は種類によって異なり、魚やイカの中には漁業と競合しないものや、プランクトンや深海凄のイカなどは、そもそも食用資源に向かないものもあり、直接競合しているのは二割程度である。
  • 人類が利用しにくい資源をより多く利用するため、リン酸資源や鯨油として使用するなど食用に不向きなクジラの利用が推奨されることもある。例えば深海凄のハクジラ類の生息数は南極においてクロミンククジラよりも多いにも関わらず資源として利用されていない[15]。だが、深海凄のハクジラであるマッコウクジラ調査捕鯨の対象としても僅か5頭程度しか捕られていないが、これは鯨油の需要が少なく、経済価値がほとんどないからである[16]

といった事実から、捕鯨がどの程度、特にクジラを除く生物資源の管理に役立つのか明確でない点が多く、それを示す研究結果も少ない。

現在の群集生態学によれば、実際の生態系はピラミッド上の単純な食物連鎖ではなく、食物網と呼ばれる網の目のような複雑な関係にあるとする知見が得られてきている[17]。食物網の概念によれば、たとえどの網の箇所でも引っ張れば全体に影響し歪みを与え、それと同様に、乱獲や過剰保護[18] などの極端な資源運営を行えば、バイオマスのバランスが崩れる要因になる。近年ではEcopath with Ecosimなどの生態系モデル (Ecosystem model) が開発され、日本でもクジラと漁業の競合関係を調べるためにジャルパン2 (JARPN II) と呼ばれる研究が行われており、その目的の一つがクジラを含めたFood webを数値モデル化するための科学的データの提供とされる[19][20]

鯨食害論

日本鯨類研究所の大隅清治と田村力による『世界の海洋における鯨類の食物消費量』を基にしたとされるのが、鯨食害論である。

『世界の海洋における鯨類の食物消費量』が飽くまでも食物網の研究から、漁業と鯨類の捕食の競合を示そうとしているのに対して、こちらの論説では、「鯨が増えすぎると魚類を食い尽くす」という論旨であり、水産庁などが監修した一般書籍には多く見られる。日本捕鯨協会による簡単な説明は以下の通りである[21]

世界中の鯨類が捕食する海洋生物の量は、世界の漁業生産量の3-5倍に上ります。また、日本近海において鯨類が、カタクチイワシサンマスケソウダラなど、漁業の重要魚種を大量に捕食していることが胃内容物調査で明らかになっています。鯨類が大量の魚を捕食していることは事実であり、鯨を間引くことでその分人間が魚を利用できることは間違いありません。実際に、沿岸漁業者などからクジラによる漁業被害に対する苦情が出ており、早急な対策が必要です。
また、クジラは海の食物連鎖の中で最上位の捕食者であり、クジラだけをいたずらに保護することは海洋生態系のバランスを崩すことになります。[21]

基本的に、クジラ目を二分するヒゲクジラ亜目の鯨のほとんどは1年のうち1/4は極地で採餌し、残りの3/4の期間は赤道付近で餌を食べずに繁殖を行なうため[22]、例としてシロナガスクジラでは年間に自分の体重の4倍程度しか食事をしないため、見た目のイメージで大食漢と決め付けられるものではないという意見もある[23]。特にヒゲクジラ亜目の鯨は前述のように極地で採餌するため、地球上の半分である南半球では主として、南極海でもっとも豊富なナンキョクオキアミが消費されるが、これは年間数千万トンの余剰資源がある[24] とされる。ほかにもマッコウクジラは主に深海の軟体動物を食べ、ハクジラ亜目の鯨類には深海凄のイカ類に依存するものが多い。他には砂浜のゴカイなどの生き物を捕食するコククジラや鯨類そのものを捕食するシャチなど、80種近いクジラの生態および食性はさまざまであり、また、ナガスクジラ科の鯨種のようにその時期に多い餌生物を食べるため、餌生物も特定のものに限定される訳ではないため[25]、人間の漁業と間接的にしか競合していない部分も大きい。

科学的に不確かな部分が多いと言う指摘に対して、田村力はオキアミだけを捕食していた種類もあり、不確かな部分も多く、この説は世界に叩き台を提供するためのものであると、それを認めたうえでさらなる調査が必要であるとしている[26]

批判

イギリスの水産大臣(当時)エリオット・モーリーは科学的に不確かな点が多く、鯨の影響も分からないので、商業捕鯨再開の理由たりえないとしている。

かつて鯨類研究所に所属していた粕谷俊雄教授は鯨(特にナガスクジラ科の鯨)は過去にはもっと多く生息していたが魚がいなくなる現象は起きておらず前提に無理がある。漁獲対象にしていない魚類を鯨がどの程度食べているか明確でなく、あくまで仮定に過ぎないとしている[26]

研究者の関口雄祐は前述の捕鯨によって生物網を調整し漁業資源を増やす案の現実性について、それは熱帯域から極地に生息するおよそ80種類の鯨類を管理しなければならない、つまり地球上の海洋全体のコントロールが可能でなければできないことであり、現代の科学技術では当面不可能である[27] とみている。

WWFジャパンはこの見解に関しては科学的根拠の不足を指摘している[28]

WWFジャパン自然保護委員の松田横浜国立大学教授は確かに、日本鯨類研究所は鯨が沢山捕食するのを証明しているが、主要な生態学の教科書に引用される「ピーター・ヨッジスの間接効果理論」によれば、食物網の効果で必ずしも捕食が水産資源の減少になるわけではない点が数学論的に立証されており、多数の生態学者からも批判されていると農林水産省の会議で発言している[29]

ミンククジラなどは、その海域に多く生息する魚を食べていると1998年に報告された[30]

イギリスの環境活動家であるGeorge Monbiotは、クジラが鉄分窒素を豊富に含む栄養塩を海面に供給することによって表層生態系の基礎生産を支えており、魚類の増加につながっていると指摘しており、鯨食害論に対して逆の結論を導いている[31]

大久保東海大学海洋学部専任講師は2009年のIWC会合では日本の政府代表団が、鯨による水産資源の減少を決め付けてはいないとした点を踏まえたうえで、前述の関口雄祐の説に連なる、水産庁が目指す鯨類の複数種一括管理は実現可能性が低い事実(既存のRMPを尊重するべきであるとのこと)と仮説にすぎないものを大々的にアピールするのは日本の科学の信頼性を損ねると農林水産省の会議で発言している[32]

FAO水産局長の野村一郎は上記の松田、大久保の指摘する、この説の科学的な信憑性が低い点を踏まえて、捕鯨再開のために鯨による漁業被害をPRするのはむしろイメージ的に良くないのではないかとしている。

AAP通信によると世界自然保護会議においては、この説は科学的証拠が不足しているとする動議に、日本を含めた捕鯨国も署名する予定であったと報道している[33]

アメリカ海洋大気局海洋漁業局北東部漁業科学センターに勤務するPeter Corkeronは、この説を裏付ける科学的証拠が存在しないと述べたうえで、漁獲資源の減少理由としてこの説を持ち出すことで、人間による乱獲という根本的な問題への対処が疎かになるという問題を指摘している[34]

捕鯨問題#鯨害獣論も参照。


  1. ^ マグロカジキアオザメなどごく一部の魚類は奇網と呼ばれる組織によって体温海水温よりも高く保つことができる。
  2. ^ 前田英雅「沖縄海域におけるザトウクジラの鳴音の音響特性に関する研究」『長崎大学 学位論文』甲第217号、2001年、 NAID 500000221520
  3. ^ ロイター「マッコウクジラの「排泄物」、CO2削減に貢献=豪研究」
  4. ^ 『クジラの世界』イヴ・コア著、宮崎信之監修 創元社 118頁
  5. ^ あ、それ違法です! ─ イギリスの変な法律ニュースダイジェスト
  6. ^ ウィリアム・ブラックストン, Commentaries on the Laws of England(イギリス法釈義), book I, ch. 8 "Of the King's Revenue", ss. X, p. *280
  7. ^ スズキ科の魚。Sei Whaleの名もそれに由来する(『ニタリクジラの自然誌 ―土佐湾に住む日本の鯨―』平凡社、加藤秀弘、2000年、68頁)。
  8. ^ 『イルカと一緒に遊ぶ本』青春出版社、鳥羽山照夫(監修)、1998年、169、170頁。ISBN 4-413-08387-3
  9. ^ イルカを含め鯨とした。
  10. ^ 「流れ鯨」、「寄り鯨」の意味については捕鯨を参照。
  11. ^ ほかに漂着物や水死体などをも同様の信仰対象とした例がある。詳細はえびす参照。
  12. ^ 鮎川浜の場合、食用に適さないマッコウクジラが対象鯨種であったことなどから食用とされた鯨肉はごく一部であり、余剰鯨肉が生じていた。これらは当初は海洋投棄されていたが、周辺海面を汚染するとして地元漁民の反発を受けたこともあって工業資源化され成功したものである。
  13. ^ 2018年における 新しいFAOのレポート によれば、全世界の漁業生産量は推定1.7億トンであり、当時の2倍近くまで増加している。
  14. ^ "It is an important issue in the context of world food security since it is estimated that cetaceans consume three to five times the amount of marine resources harvested for human consumption.": Tsutomu Tamura (2001). “Competition for food in the ocean: Man and other apical predators”. Reykjavik Conference on Responsible Fisheries in the Marine Ecosystem. http://www.fao.org/tempref/FI/DOCUMENT/reykjavik/pdf/09Tamura.pdf. 
  15. ^ 南極のミナミツチクジラやミナミトックリクジラの数はクロミンククジラに匹敵し、食べるイカをオキアミ換算するとクロミンククジラを上回るが、食料資源としての調査自体が行われていない。こういったハクジラ類の数少ない利用例は千葉のツチクジラであり、これは地域的な嗜好によるものであり、特殊な事例である。
  16. ^ 『世界クジラ戦争』PHP研究所、小松正之、2010年、138頁 ISBN 978-4-569-77586-9 なお、小松は「常識はウソだらけ」ワック ISBN 978-4-89831-573-6 では「鯨80種は全て食用になる」ともコメントしてはいる。
  17. ^ Fishing Down Marine Food Webs[リンク切れ], Fisheries Centre, University of British Columbia
  18. ^ 俗に過剰保護の影響であるかのようにいわれるクロミンククジラの増加は飽くまでも他の鯨種が乱獲された生態系破壊の結果とされ(クロミンククジラ#形態・生態参照)、過剰保護とは無縁の現象である。他の種でも過剰保護が具体的に何かを引き起こした事例は未確認である。
  19. ^ Luis A. Pastene et al. (2009). “The Japanese Whale Research Program under Special Permit in the western North Pacific Phase-II (JARPN II): origin, objectives and research progress made in the period 2002-2007, including scientific considerations for the next research period”. SC/J09/JR1. オリジナルの2010-09-11時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100911192357/http://www.icrwhale.org/eng/SC-J09-JR1.pdf. 
  20. ^ 『なぜクジラは座礁するのか? 「反捕鯨」の悲劇』河出書房、森下丈二、2002年、59頁 この書籍の「食物網」の記述に添付されている図版は「生態ピラミッド」である。
  21. ^ a b 反捕鯨団体の言われなき批判に対する考え方 - II 鯨資源の利用の是非について 日本捕鯨協会
  22. ^ ヒゲクジラ亜目#生態」参照。
  23. ^ 『クジラはなぜ優雅に大ジャンプするのか』実業之日本社、中島将行、1994年、162-164頁、年に120日しか食事をしないシロナガスクジラが毎日6トンのオキアミを捕食すると年間720トン。対して人間は年間に体重の15-16倍の量の食事をするとされる。
  24. ^ ナンキョクオキアミ#地理的分布の「南極圏の生態系における地位」および「バイオマスおよび生産量」も参照。
  25. ^ 食性に関しては各鯨種の項目を参照。ヒゲクジラ亜目の鯨ひげもまた餌や生態にあわせてさまざまな形態に進化している。
  26. ^ a b 『読売新聞』2002年5月21日
  27. ^ 『イルカを食べちゃダメですか? 科学者の追い込み漁体験記』光文社、2010年、155-156頁。ISBN 4-334-03576-0
  28. ^ クジラ保護に関するWWFジャパンの方針と見解 (2005年5月) "野生生物の個体数の変動や、生態系への影響を、単純な食物連鎖モデルや2種間(例えばミンククジラとサンマ)の捕食-被捕食関係だけで説明することは難しい。"
  29. ^ 第3回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  30. ^ 田村力 『北西北太平洋および南極海におけるミンククジラ Balaenoptera acutorostrataの摂餌生態に関する研究』甲第4478号、北海道大学 博士論文、1998年3月25日。doi:10.11501/3137194NAID 500000158070https://hdl.handle.net/2115/51479 
  31. ^ How Whales Change Climate” (英語). 2019年1月29日閲覧。
  32. ^ 第4回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  33. ^ 日豪プレス (AAP). (2008年10月15日).[リンク切れ] ただし、オーストラリア代表のピーター・ギャレット環境相が、この動議を台なしにした。
  34. ^ Peter Corkeron (2008) (英語), Are whales eating too many fish, revisited., https://www.researchgate.net/publication/228530664_Are_whales_eating_too_many_fish_revisited 


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