クジラ クジラの概要

クジラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/11 18:19 UTC 版)

およそ80種におよぶ現生のクジラ類

ハクジラのうち、比較的小型(成体の体長が5 m前後以下)の種をイルカと呼び区別することが多いが、クジラ類をイルカとクジラに大別するのは人為分類である。

分類と進化

クジラの祖先は、新生代の始新世初期、南アジアで陸上生活をしていた肉食性哺乳類パキケトゥスの仲間とされている。かつては、暁新世の原始的な有蹄類であるメソニクスとの類縁関係が考えられたが、近年では現在のカバと共通の祖先を持つと考えられている。当時はインド亜大陸がアジア大陸に衝突しつつあって、両者の間には後にヒマラヤ山脈として隆起する浅い海が広がっており、クジラ類の陸から海中への進出は、その環境に適応したものとされる。

上位分類

クジラ類(鯨類)は哺乳類のうちローラシア獣上目に含まれる。これまでは「クジラ目 order Cetacea」とリンネ式階層分類体系における目の階級に置かれていた。

近年の分子系統解析により、クジラ類は偶蹄類に内包され、その中でも特にカバ姉妹群をなすということが明らかになっている[1][2]。これらをまとめたクレード鯨河馬形類 Whippomorpha と命名された[3]

クジラ類を除く旧偶蹄目は側系統となるため分岐分類学における分類群単系統群クレード)として認められなくなる。そこでこれを解消するため、クジラ目と旧偶蹄目を合わせた単系統群 鯨偶蹄目 Cetartiodactyla を新設する考えと[2]、新しい分類群名を用いるべきではなく偶蹄目 Artiodactyla をクジラ類を含むことで単系統となるように拡張すべきとする考えがある[4]。クジラ類の上位にこの何れかの目を置いた場合、クジラ目は目の階級として扱うことはできないため、その場合クジラ類を下目(infraorder Cetacea)相当とすることがある[5]

下位分類

クジラ類は現生の種はヒゲクジラ亜目ハクジラ亜目に分けられる。ヒゲクジラ類は濾過摂食に適応し、小魚やプランクトンの様な小型の生物を主に食べるが、ハクジラ類は主に魚類やイカ類を食べる。

ハクジラ類
一生の間、必ず歯を持っており、「くじらひげ」はない。外鼻孔は1個であるが、少し中に入ったところで2道に分かれている。現生の種類は10科、30余属、70余種にのぼる。マッコウクジラ科アカボウクジラ科ゴンドウクジラ属などに属する約20種を除くハクジラ類はみな小型で、いわゆるイルカ類といわれている。

分布

クジラには一定の生息場所はないが、元来は比較的暖海のものと考えられる。それが水温の高低に対して適応範囲が広くなり、かつ食物等の関係で寒冷な極海まで近寄るようになったものと思われる。例えばシロナガスクジラナガスクジライワシクジラなどのヒゲクジラ類においては世界中の海洋に分布しているが、食物を求める回遊のため南北両極付近に集まるのは有名である。しかし南北両半球では季節が逆のため、鯨が赤道を越えて回遊することはほとんどない。ただしザトウクジラでは観測例もある[6]


注釈

  1. ^ マグロカジキアオザメなどごく一部の魚類は奇網と呼ばれる組織によって体温海水温よりも高く保つことができる。
  2. ^ イルカを含め鯨とした。
  3. ^ 「流れ鯨」、「寄り鯨」の意味については捕鯨を参照。
  4. ^ ほかに漂着物や水死体などをも同様の信仰対象とした例がある。詳細はえびす参照。
  5. ^ 鮎川浜の場合、食用に適さないマッコウクジラが対象鯨種であったことなどから食用とされた鯨肉はごく一部であり、余剰鯨肉が生じていた。これらは当初は海洋投棄されていたが、周辺海面を汚染するとして地元漁民の反発を受けたこともあって工業資源化され成功したものである。
  6. ^ 南極のミナミツチクジラやミナミトックリクジラの数はクロミンククジラに匹敵し、食べるイカをオキアミ換算するとクロミンククジラを上回るが、食料資源としての調査自体が行われていない。こういったハクジラ類の数少ない利用例は千葉のツチクジラであり、これは地域的な嗜好によるものであり、特殊な事例である。
  7. ^ なお、小松は「常識はウソだらけ」 では「鯨80種は全て食用になる」ともコメントしている[16]
  8. ^ 俗に過剰保護の影響であるかのようにいわれるクロミンククジラの増加は飽くまでも他の鯨種が乱獲された生態系破壊の結果とされ(クロミンククジラ#形態・生態参照)、過剰保護とは無縁の現象である。他の種でも過剰保護が具体的に何かを引き起こした事例は未確認である。
  9. ^ 食性に関しては各鯨種の項目を参照。ヒゲクジラ亜目の鯨ひげもまた餌や生態にあわせてさまざまな形態に進化している。

出典

  1. ^ Irwin, D.M.; Árnason, U/ (1994). “Cytochrome b gene of marine mammals: Phylogeny and evolution.”. J. Mamm. Evol. 2 (1): 37-55. 
  2. ^ a b Montgelard, C.; Catzeflis, F.M.; Douzery, E. (1997). “Phylogenetic relationships of artiodactyls and cetaceans as deduced from the comparison of cytochrome b and 12S rRNA mitochondrial sequences”. Mol. Biol. Evol. 14 (5): 550-559. doi:10.1093/oxfordjournals.molbev.a025792. 
  3. ^ Waddell, P. J.; Okada, N.; Hasegawa, M. (1999). “Towards resolving the interordinal relationships of placental mammals”. Systematic Biology 48 (1): 1-5. doi:10.1093/sysbio/48.1.1. JSTOR 2585262. PMID 12078634. 
  4. ^ Prothero, Donald R.; Domning, Daryl; Fordyce, R. Ewan; Foss, Scott; Janis, Christine; Lucas, Spencer; Marriott, Katherine L.; Metais, Grégoire et al. (2022). “On the Unnecessary and Misleading Taxon “Cetartiodactyla””. Journal of Mammalian Evolution 29: 93-97. doi:10.1007/s10914-021-09572-7. 
  5. ^ 冨田幸光 『新版 絶滅哺乳類図鑑』丸善出版、2011年、137-155, 183-211頁。 
  6. ^ 前田英雅「沖縄海域におけるザトウクジラの鳴音の音響特性に関する研究」『長崎大学 学位論文』甲第217号、2001年、 NAID 500000221520
  7. ^ ロイター「マッコウクジラの「排泄物」、CO2削減に貢献=豪研究」
  8. ^ 『クジラの世界』イヴ・コア著、宮崎信之監修 創元社 118頁
  9. ^ あ、それ違法です! ─ イギリスの変な法律ニュースダイジェスト
  10. ^ ウィリアム・ブラックストン, Commentaries on the Laws of England(イギリス法釈義), book I, ch. 8 "Of the King's Revenue", ss. X, p. *280
  11. ^ スズキ科の魚。Sei Whaleの名もそれに由来する(『ニタリクジラの自然誌 ―土佐湾に住む日本の鯨―』平凡社、加藤秀弘、2000年、68頁)。
  12. ^ 『イルカと一緒に遊ぶ本』青春出版社、鳥羽山照夫(監修)、1998年、169、170頁。ISBN 4-413-08387-3
  13. ^ 2018年における 新しいFAOのレポート によれば、全世界の漁業生産量は推定1.7億トンであり、当時の2倍近くまで増加している。
  14. ^ "It is an important issue in the context of world food security since it is estimated that cetaceans consume three to five times the amount of marine resources harvested for human consumption.": Tsutomu Tamura (2001). “Competition for food in the ocean: Man and other apical predators”. Reykjavik Conference on Responsible Fisheries in the Marine Ecosystem. http://www.fao.org/tempref/FI/DOCUMENT/reykjavik/pdf/09Tamura.pdf. 
  15. ^ 小松正之 『世界クジラ戦争』PHP研究所、2010年、138頁。ISBN 978-4-569-77586-9 
  16. ^ 日垣隆 (2007-10-01). 常識はウソだらけ. ワック. ISBN 978-4-89831-573-6 
  17. ^ Fishing Down Marine Food Webs[リンク切れ], Fisheries Centre, University of British Columbia
  18. ^ Luis A. Pastene et al. (2009). “The Japanese Whale Research Program under Special Permit in the western North Pacific Phase-II (JARPN II): origin, objectives and research progress made in the period 2002-2007, including scientific considerations for the next research period”. SC/J09/JR1. オリジナルの2010-09-11時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100911192357/http://www.icrwhale.org/eng/SC-J09-JR1.pdf. 
  19. ^ 『なぜクジラは座礁するのか? 「反捕鯨」の悲劇』河出書房、森下丈二、2002年、59頁 この書籍の「食物網」の記述に添付されている図版は「生態ピラミッド」である。
  20. ^ a b 反捕鯨団体の言われなき批判に対する考え方 - II 鯨資源の利用の是非について 日本捕鯨協会
  21. ^ ヒゲクジラ亜目#生態」参照。
  22. ^ 『クジラはなぜ優雅に大ジャンプするのか』実業之日本社、中島将行、1994年、162-164頁、年に120日しか食事をしないシロナガスクジラが毎日6トンのオキアミを捕食すると年間720トン。対して人間は年間に体重の15-16倍の量の食事をするとされる。
  23. ^ ナンキョクオキアミ#地理的分布の「南極圏の生態系における地位」および「バイオマスおよび生産量」も参照。
  24. ^ a b 『読売新聞』2002年5月21日
  25. ^ 『イルカを食べちゃダメですか? 科学者の追い込み漁体験記』光文社、2010年、155-156頁。ISBN 4-334-03576-0
  26. ^ クジラ保護に関するWWFジャパンの方針と見解 (2005年5月) "野生生物の個体数の変動や、生態系への影響を、単純な食物連鎖モデルや2種間(例えばミンククジラとサンマ)の捕食-被捕食関係だけで説明することは難しい。"
  27. ^ 第3回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  28. ^ 田村力 『北西北太平洋および南極海におけるミンククジラ Balaenoptera acutorostrataの摂餌生態に関する研究』甲第4478号、北海道大学 博士論文、1998年3月25日。doi:10.11501/3137194NAID 500000158070https://hdl.handle.net/2115/51479 
  29. ^ How Whales Change Climate” (英語). 2019年1月29日閲覧。
  30. ^ 第4回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
  31. ^ 日豪プレス (AAP). (2008年10月15日).[リンク切れ] ただし、オーストラリア代表のピーター・ギャレット環境相が、この動議を台なしにした。
  32. ^ Peter Corkeron (2008) (英語), Are whales eating too many fish, revisited., https://www.researchgate.net/publication/228530664_Are_whales_eating_too_many_fish_revisited 





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