戦中戦後編とは? わかりやすく解説

戦中・戦後編(1940年代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 17:29 UTC 版)

とと姉ちゃん」の記事における「戦中・戦後編(1940年代)」の解説

1940年昭和15年)、常子職場先輩誘われてビアホールに行くが、男性客絡まれ暴されそうになり、通りすがり不良お竜たちに助けられる警察事情聴取され常子無罪釈放となるが、事件誤解された形で上司伝わり懲戒解雇される。同じ頃森田屋は、経営難と、妊娠した一人娘富江労るために、高崎への移転決めて東京去り小橋母娘は再び青柳家世話になる。そして、タイピストへの再就職が見つからない常子は、甲東出版の事務就職する常子は甲東出版で働くなか、内務省職員挿絵標語作家花山伊佐次と出会う男女平等社風もあり常子提案雑誌記事採用されるが、検閲により問題内容判断され編集長・谷誠治が逮捕拘束掲載ページ削除命じられる一方滝子再生不良性貧血患い容体悪化戦争により経営次第圧迫されていた青柳商店1942年昭和17年陸軍店舗住宅建物供出求められたことを機に廃業決める。滝子木曽療養地へ移り小橋母子目黒借家転居する1944年昭和19年)、戦局激しさ増していく。甲東出版の社員たち徴兵されていき、やがて独り残され常子は社の蔵書貸本業を営む。妹たち学校卒業し鞠子軍需工場事務職美子軍服縫製工場で働くが、美子宝物物々交換差し出程に食糧事情厳しく、更に隣組組長理不尽な言動をされ怒り堪えながら小橋家日々暮らしていく。1945年昭和20年)、常子東京大空襲から焼け出された人々群れ中に妹弟を連れて歩くお竜を見つける。小橋家招かれ休息するお竜は、戦争終わった色々な事を知りたいという希望常子話し翌日避難先へ旅立っていく。小橋母子空襲女世帯危険に不安を感じ始めたある日突如叔父小橋鉄郎訪れ彼女たちのために同居始める。そして8月玉音放送聞いた常子は、戦争負けた悔しさ感じつつも、自由に雑誌作れ喜びに心を弾ませる。 甲東出版は社員らが帰還し雑誌復刊全力を注ぐ。食料難は続く一方で闇市活気見せる中、小橋家は、戦地からの引揚者に職を奪われ鞠子失業し常子給料君子美子内職収入日々食いつないでいた。ある日、綾が小橋家訪ねてくる。夫や資産戦争失いどん底の生活に追い詰められながらも、青鞜教えを胸に生きている綾を見た常子は、戦争翻弄されてきた女性のために雑誌作ろう決意鉄郎助言もあって甲東出版を退職して出版社立ち上げ妹たち協力得て女性向け雑誌発行する初版完売した程なく安い模倣品出回り更には粗悪な紙質悪評転じ増刷分は売れずに終わる。次号販売に向け、新聞編集長経験を持つ花山から雑誌評価聞き出した常子彼に編集長になってもらおう何度も懇願する当初戦時中反省から筆を置いたことを理由に、頑なに断り続けた花山だったが、雑誌販売に生活を掛ける小橋一家事情を偶然耳にしたことと、常子雑誌作りへの思い心に残り1度限り条件雑誌作り指南し、結果第2号雑誌好評のうちに完売するその後人々暮らし豊かにする雑誌作りたい思い駆られた花山は、常子説得され正式に編集長の職を引き受ける。 常子花山は、新たに創刊する雑誌第1号目玉記事洋服テーマ決める。花山小橋姉妹取材重ねた結果貧し暮らしの中で洋服用の布が入手できないこと洋服を縫う技術無く悩む女性が多いことが判明花山手持ち少量の布で簡単に出来直線裁ちワンピース考案し作り方記事掲載する雑誌名は「あなたの暮し」に決定し新聞広告反響もあって第1号売れ行き好調となる。常子たちは次号資金集め宣伝兼ねて直線裁ちワンピース講座開講するが、直線裁ちワンピース流行危機感持った洋裁学校からの嫌がらせを受ける。 出版社送られ手紙きっかけに、常子東堂再会する自慢自宅戦争焼かれ親戚宅の物置小屋夫婦で不自由な生活を送っている東堂様子見た常子たちは、彼女の住居模様替え雑誌目玉記事決める。花山アイデア果物箱で家具作り東堂のかつての教え参考常子たちが家具装飾施した自宅見た東堂夫婦心から笑顔取り戻す。 一方雑誌売上右肩下がりとなり、常子経費のため雑誌広告掲載提案するが、記事の自由と信頼理由花山から猛反対される。それでも逼迫し現状から、常子広告掲載決行するが、事後報告受けた花山憤り退職する。しかし窮地逃れたものの、広告主から記事口出ししない約束反故にされたことで、常子契約打ち切る素直に花山謝れない常子察し美子は谷に相談する。谷の仲介謝罪した常子和解した花山は、彼女のアイデア取り上げたホットケーキレシピ記事編集力量発揮し雑誌売れ行き好調に転じる

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戦中・戦後編(1950年 - 1988年)

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とと姉ちゃん」の記事における「戦中・戦後編(1950年 - 1988年)」の解説

1950年昭和25年)になり、あなたの暮し社の経営安定してきた頃、鞠子交際相手経理担当者水田正平から求婚される鞠子返事保留する平塚らいてうとの対面機に考え変わり水田との結婚決める。 あなたの暮し社の経営順調に伸びていき、社員大幅に増え社屋拡大する1955年昭和30年)、物に溢れ世情になった粗悪品多く出回るようになったことに気づいた常子たちは、商品検査比較する記事企画する第1弾として石鹸取り上げるが、成分調査会社から取引会社とのしがらみ理由社名公表しないことを懇願され、比較企業匿名掲載することとなる。次号からは自社調査することを決めた常子たちは、検査室を新たに設け歯ブラシ比較調査し社名結果掲載したところ、雑誌販売部数大幅に増える以後常子たちは採算が負になる覚悟で、消費者たちのために商品比較記事続けていく。商品試験家電にも及び発行部数40部に上るが、大手家電メーカー・アカバネ電器製造酷評記事怒り、あなたの暮し出版嫌がらせをする。一方で商品試験信憑性を問う新聞記事掲載され常子たちは雑誌支持する読者たちのために、家電メーカー新聞記者の前で商品試験公開するその結果試験内容疑い晴れとともにアカバネ電器製造の不正が明らかとなる。 同じ頃、常子取材先で、都内戻り父子家庭生活を送る星野と偶然再会し彼の子供たちに気に入られたこともあり交流再開していく。2人はやがて周囲認め恋仲になるが、星野子供たちとの生活を優先するために名古屋支社への転勤決断し関係は終局する。 1958年昭和33年)、美子キッチン森田屋の後継者南大昭と結婚。妹夫婦たちの熱望もあり、常子目黒自宅土地買い取り、家を建て替えて母と妹たち一家合わせて大世帯で生活を始める。1964年昭和39年)、あなたの暮らし発行部数75部を突破一方君子は癌が発症し娘たち小さな幸せ積み重ねや娘を誇る思い伝えて1965年昭和40年1月この世を去る。花山から兼ねてより執筆勧められていた常子は、母に倣い人々さり気なく生活に彩を与え言葉知恵伝えよう考えエッセイ小さなしあわせ」を雑誌連載好評得て8年後には単行本化する。 1973年昭和48年)、鞠子の娘・水田たまきが、あなたの暮し出版入社女性社員が7割を占め社内であったが、育児仕事両立悩み退職決意した社員藤ヶ谷寿美子の現状知った常子は、1974年昭和49年)に在宅勤務導入するなど率先して女性働きやすい勤務体制への改革乗りだす。同じ頃、心筋梗塞患い体調崩しがちになった花山取材旅行強行するが、旅先倒れ病院搬送される戦時中の生活を取材し記録として残し人々伝えたい花山思い知った常子は、読者戦時中暮しの話の公募提案花山提案受け入れ病床編集指揮取り発行した戦争特集号のあなたの暮しは、発行部数100万部を超えるその後花山自宅療養しながら編集長続けるが、読者小橋三姉妹感謝言葉を遺し、1975年昭和50年1月死去。それから2か月後、あなたの暮し雑誌の最高栄といわれる日本出版文化賞受賞するある日常子夢に竹蔵現れる。父代わり託したことを竹蔵から詫びられた常子は、とと姉ちゃんとして人生歩んできたからこそ女性のために雑誌作り幸せな生活を得ていることを語る。竹蔵褒められ目覚めた常子は、父の死直後目標掲げた短冊を、そっと引き出しにしまう。 時は流れ1988年昭和63年)、あなたの暮し出版活気溢れていた。社長編集長常子は、編集員のミス直接原稿依頼先に詫びようと思いつき事務所飛び出し一目散に走り抜けていた。

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