霜
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主に植物の耐凍性が低い時期、霜が降りるような低温下で、植物が凍結して傷む霜害が起こることがあり、農作物が被害を受ける[3][4]。霜が降りない無霜期間の長さは植物が越冬できる限界の目安のひとつで、気候を表す資料になっている[5][6][7]。
冷気が溜まるなどして、わずかな地形の違いで霜ができやすい場所が生じる。一方、山腹には霜ができにくい地帯がある[8][9]。
なお、霜柱は地中の水分が凍ってできるもので、霜とは異なる(#類似の現象)。
霜の発生機構と様相
霜が付くためには、物体が0℃以下に冷えて、かつ空気の湿度が高まり氷過飽和となる必要がある。言い換えると、物体表面の温度が、そこに触れている空気の温度に湿度を加味した霜点温度(温度が0℃以下のときの露点温度のこと)よりも低くなるときである[2][10][11]。なお、物体表面が0℃以上では、湿度が高まって水過飽和になると露を生じる[10]。
地面そのものや地面に生える草の葉のほか、屋外のさまざまな地物に付着する[12]。特に、樹木など地面からある程度離れた高い所にも付着する霜を樹霜と呼ぶほか、建物などの内部にできる霜は内部霜、ガラス窓にできる霜は窓霜と呼ぶことがある[2][12][13]。
気象状況
典型的には、冬の早朝をピークとして、風が弱く穏やかに晴れた天気のもと、放射冷却が発生し地面がよく冷えたときに発生する[12][13]。気温が2 - 3℃で霜は生じるが、気温は地上約1.5メートル(m)の高さで測定しており[2][13]、朝の地表の温度はそれよりも2℃から5℃ほど低くなるためである[14]。気温5 - 6℃でも生じることがあるという[15]。
一方、気温が低くても霜が生じにくい天気として、風が強いとき、雨や雪が降っているとき、湿度が低く乾燥しているときが挙げられる[15]。
気象状況によってradiative frost(radiation frost, 放射霜)とadvective frost(advection frost, 移流霜)の2種に分類する文献もある。radiative frostは既に述べた通り放射冷却により地表が低温になるもので、上空では、通常とは逆に高度とともに気温が上がる逆転層が生じているのが特徴。advective frostは、比較的大きなスケールで寒気が移動(移流)してくることで地表も低温になるもので、風が強く大気はよく混合されていて、日中でも霜が生じるのが特徴。radiative frostとadvective frostの複合的な状況も珍しくなく、まず寒気が移動してきて何日か居座る中で、穏やかな天気の下放射冷却が進んで霜が降りることもある[6][16]。
例えばアメリカ・カリフォルニア州インディアンバレー(大陸の内陸部)におけるradiative frostの例をとると、地表面における正味放射[注釈 1]がプラスからマイナスに転じる日の入り前後数時間に1時間ほどの急速な気温低下があり、その後日の出までの時間帯はゆっくりと低下していく傾向が認められる。このように経験的に気温変化などのパターンを導くことはできるが、場所による差異があって一般化は難しい[6]。
advective frostは、大陸の寒冷な気団が移動してくる大陸東部で他の地域より相対的に起こりやすい傾向がある。advective frostによる霜害は数日間続くことが多いが、その頻度は放射霜よりも少ない[6]。
送風や加熱などの積極的な霜害対策法の多くは逆転層の発生を前提としており、advective frostではふつう効果が乏しい[6]。
なお、溜まった冷気が谷を移動する局所的な低温による霜(後述)は小さなスケールでのadvective frostと捉えることもできる。そして、このような現象はradiative frostが生じるような放射冷却が起きる天候下で進行する[6][16]。
高い湿度のもとで霜が物体表面に堆積していくと樹霜となる。反対に湿度が低いと、冷却が進んでも霜点温度に達せず霜が付かない。この状況では正確には「霜」は生じていないが、植物の「霜害」は生じることがあって、black frostということがある。ふつう、black frostが起きているときよりも樹霜が生じているときのほうが植物の被害は少ないが、これは樹霜の形成が潜熱放出を伴う効果による[6]。
霜のできやすい地形
霜はできやすい場所に選択的に生じることが多い。盆地の底の部分、もっと小さな規模で周囲より少し窪んだ場所、森の中の開けた場所などでは、冷気が溜まり霜が生じやすく、霜穴(しもあな)と呼ぶことがある。また滑降風の性質をもった冷気の流れがある場所にも霜は生じやすく、霜道(しもみち)と呼ぶことがある。また、平坦地の中で防風林に囲まれた場所では風が弱まるために、緩やかな斜面を横切る土手や林ではその上部で冷気の滞留、下部で風が弱まるためにそれぞれ、霜が生じやすくなっている[2][12][8][9][17]。
地形により、放射冷却が生じている逆転層の上限となる高さがあり、山地や傾斜地の中でもその付近は温暖で、その下より無霜期間が長い。この領域をサーマルベルト(斜面温暖帯)という。標高は盆地の深さによって前後するが、だいたい100 - 500 mくらい、特に200 - 300 mに多い。サーマルベルトとそれ以外の高さの温度差は、春や秋に大きく、風が弱い時、また植物においては有効放射量(PAR)が多いときに拡大する[9][8]。日本では野菜やミカンの栽培によく利用されている[8]。
山あいの盆地や山裾の低地では、日没直後の数時間に斜面下降風による冷え込みが起こり、夜半から明け方には同じ風がむしろ相対的に暖かく冷え込みを弱めるという傾向がある。例えば、四国の山麓ではこのような場所に霜害を受けにくいところが分布する[9]。
海岸、湖や大きな河川の近くには、降霜日数が少なく無霜期間が長い場所がある。これは、熱容量の大きな水域が近くにあることが要因[8]。
霜の期間と気候
寒候期に最初に発生した霜を初霜(はつしも、はつじも[13]、しょそう[13])あるいは霜の初日、最後に発生した霜を終霜(しゅうそう、おわりじも[13])あるいは霜の終日という。そして、霜が生じうる初霜から終霜までのを霜期間、また春ごろの終霜から秋ごろの初霜までを無霜期間という[15][12][18]。農業気象の観点では初霜や終霜の平年値のほか、最も早い初霜や最も遅い終霜のデータが参考にされる。ただし、こうしたデータは地域平均的で、局所的に霜が降りやすい場所があることにも注意する必要がある[19]。
地球規模で概観すると、両極に近づくほど(緯度が高くなるほど)霜は長い期間発生する。南北の回帰線の内側の熱帯には、気温がほとんど、あるいは全く氷点下にならない地域が広く分布している。ただし、熱帯にあっても標高の高い高地(熱帯高地)[注釈 2]では霜が生じ霜害がみられることがある[6][7]。また、海洋などの大きな水域に面しているか水域の風下にあたる地域では、気温の変化を抑え湿度にも影響する効果により、霜は生じにくくなる[注釈 3][6]。
例えばトレワーサ(1954年)は、気候区分と関連して無霜期間の長さの階級区分地図を地球規模で示している[7]。この区分では、無霜期間240日以上の地域がおおむね緯度40度以下に分布し、プランテーションや商品作物栽培、高度な園芸農業が展開されている南北アメリカ、南ヨーロッパ、中東、日本南部、オーストラリア南部などが含まれ、霜が農業被害につながる[7]。無霜期間180日-240日の地域はおおむね緯度50度以下に分布するが、海洋の影響でより高緯度に広がるところもある[7]。より高緯度の無霜期間90日未満の地域では、大規模農業ができる作物は限られていて、北アメリカや旧ソ連の穀倉地帯が含まれるが、寒さの厳しい年や春の遅霜のあるときに打撃を受ける[7]。
ただし、このような大きなスケールの分布図では、小さなスケールの降霜地域が表現上省略されていることがあるので注意しなければならない[6]。トレワーサも、実際の降霜状況が区分図の期間から大きくずれているときは、その地域で利用する区分図として十分な詳細さではないとした[7]。
霜が降りる可能性が十分に小さく作物の栽培が可能な期間で、例えばデータとして5年のうち4年あるいは10年のうち9年は有効となるようなものを、effective growing season(有効生育期間)という[7]。
また気候区分を論じる中で、無霜期間の長さを区分の基準のひとつに利用しようとする試みもあった。ケッペン(1900年)は、降霜域の限界(無霜地帯と降霜地帯の境界)の採用は、その他の指標から同一気候帯に属するべき地域を分断してしまうため適切ではないとした。一方Wissmann(1939年、1962年)はケッペンの説を否定し、降霜域の限界は熱帯植物の緯度・標高による分布限界に一致するとして、はじめ最寒月平均気温13℃(資料が乏しい年最低気温の平均値2℃の代替として)、のちにコーヒーノキの生育限界とよく対応するとして最寒月平均気温18.3℃を熱帯の基準の1つとした。またSchreiber(1973年)は、Wissmannの基準は地域により適当ではないとして最寒月平均気温15℃を採用した。作物生態学を重視したPapadakis(1966年)は、年最低気温の累年平均7℃以上の地域を無霜地帯とみなして赤道帯や熱帯の基準の1つとした[20]。
またWissmann(1948年)は、熱帯の海洋の影響が強い地域では、標高が高くなるに従って高温熱帯、温暖熱帯、冷涼熱帯、無霜地帯、降霜変化の激しい地帯となり、垂直成帯の分布が成立することを示した[20]。
農業における霜害のリスクは、その地域の農家や住民が経験的に知っている、あるいは気象の記録や地形図から推測できる、「霜が降りやすい場所」の情報を活用して低減を図ることができる。その地域の詳細なリスク分布がある場合はこれを利用できるが、しばしばこれに代え難い経験的な情報が得られることがある[6]。
日本では、紀伊半島、四国南部、九州南部の沿岸とこれ以南の島嶼、および伊豆半島や房総半島の一部の沿岸が、年間を通じて霜が降りない無霜地帯となっている[15][21]。この地帯は、温帯の中でも相対的に暖かい暖帯、かつその中でも暖かい海岸地帯で太平洋岸に分布する。「日本ハーディネスゾーンマップ」(坂崎ら、1998年)[注釈 4]では、寒冷な方から順に、暖帯北部9のうち9aを強い霜の降りる地帯、9bを弱い霜の降りる地帯、暖帯南部10のうち10aを無霜地帯または準無霜地帯、10bを無霜地帯とし、9bおよびこれより温かい地域では熱帯や亜熱帯の植物が生育できるとしている[22]。なお、ヒートアイランドによって都市部では熱帯植物の越冬率が上がっているが、数年の一度の寒波により枯れてしまうリスクはあるという[23]。
また地球温暖化による気温上昇の影響が考えられる無霜期間の短縮傾向や無霜地帯の拡大がみられる地域があり、ワイン用ブドウの栽培限界の変化などにも反映されている[24]。イタリアでは、20世紀終盤にオリーブの栽培地域が土壌要因と気温の上昇により北上した一方で、数年に一度の寒い冬に生じる霜害はむしろ増加したことが報告されている[6]。
注釈
- ^ 太陽放射と地表からの赤外線放射(外向き長波放射)の差。プラスは太陽放射が多く、マイナスは地表放射が多いことを示す。
- ^ 高山気候も参照
- ^ 海洋性気候も参照
- ^ アメリカ合衆国農務省作成のハーディネスゾーン (Hardiness zone) を日本向けにしたもの。
出典
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