斎藤茂吉とは?

さいとうもきち 【斎藤茂吉】 ○

1882~1953歌人山形県生まれ東大医学部卒。正岡子規傾倒伊藤左千夫師事。「アララギ」の中心的同人。生の感動表出した歌集赤光」や「あらたま」によって文壇瞠目どうもく)させた。他に歌集ともしび」「白き山」、歌論集「童馬漫語」、評論柿本人麿」など。

斎藤茂吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/01/26 05:31 UTC 版)

斎藤 茂吉(さいとう もきち、1882年明治15年)5月14日[1] - 1953年昭和28年)2月25日)は、日本歌人精神科医伊藤左千夫門下であり、大正から昭和前期にかけてのアララギの中心人物。精神科医としては青山脳病院(現在の都立梅ヶ丘病院や斉藤病院)の院長を務めた。長女は百合子、次女は晶子。長男は精神科医で随筆家の「モタさん」こと斎藤茂太、次男は精神科医・随筆家・小説家の「どくとるマンボウ」こと北杜夫で、随筆家の斎藤由香はこの北杜夫の娘にあたる。


  1. ^ 戸籍では明治15年7月27日生まれ。
  2. ^ 斎藤茂太 「赤いレンガ」 『医学芸術』 昭和57年10月号 斎藤茂吉生誕百年 坪井医院(千代田区神田和泉町1)のウェブサイトへの転載、平成23年11月3日閲覧
  3. ^ a b 斉藤茂太『精神科の待合室』中公文庫 1978年3月発刊
  4. ^ 『官報』第2449号、「叙任及辞令」1920年9月30日。
  5. ^ a b c d e f 「斉藤茂吉略年譜」 財団法人 斎藤茂吉記念館
  6. ^ このことは茂吉の日記や次男宗吉(北杜夫)や孫由香の証言にも残っている
  7. ^ この不良ダンス教師をめぐる有閑女群の中には青山某病院長医学博士夫人などの名もあげられ、醜い数々の場面を係官の前に晒している 『東京朝日新聞』 昭和8年11月8日
  8. ^ 山上次郎 文芸春秋 p359
  9. ^ 齋藤茂吉全集第三十一巻P540およびP681(岩波書店)
  10. ^ 北杜夫『どくどるマンボウ青春記』
  11. ^ a b c 共同「斎藤茂吉のはがき24通発見――吉井勇の再婚うらやむ」『斎藤茂吉のはがき24通発見 吉井勇の再婚うらやむ ― スポニチ Sponichi Annex 社会スポーツニッポン新聞社2014年4月30日
  12. ^ 北杜夫「マンボウ最後の大バクチ」新潮社





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