大腸菌 系統学的分類

大腸菌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/14 00:04 UTC 版)

系統学的分類

大腸菌は、系統分類学的にはプロテオバクテリア門ガンマプロテオバクテリア綱、エンテロバクター目、腸内細菌科に分類されている。しかしながら、大腸菌と呼ばれるグループの中には、非常に多様な遺伝的・表現型的形質が見られる。そのため、近年の大腸菌や関連細菌の分離株ゲノム配列決定に伴い、本来はこのグループを系統分類学的に再分類することが望ましいと考えられている[30]。しかしながら、主にその医学的重要性のために、再分類は行うことができておらず[30]、大腸菌は現在でも最も多様な細菌種の1つであり続けている。例えば赤痢菌属のメンバー(S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonneiは、本来なら大腸菌株として分類しなければならない[31]。同様に、他の大腸菌株(例えば、組換えDNAの研究で一般的に使用されるK-12株)は、再分類に値するほど十分に異なっている。典型的な大腸菌ゲノムの遺伝子のうち、すべての株で共有されているものはわずか20%程度である[32]

菌株は、他の菌株と区別されるような、独特の特徴を持つ種内サブグループである。この株間の差異は、分子レベルでしか検出できないが、細菌の生理機能やライフサイクルに変化をもたらす、というようなことがよくある。たとえば、菌株は、病原性能力、独特の炭素源を利用する能力、特定の生態学的ニッチを獲得する能力、または抗菌剤に抵抗する能力を獲得する可能性がある。大腸菌の異なる株は、しばしば宿主特異的であり、環境サンプル中の糞便汚染の原因を特定することを可能にする[33][34]。たとえば、水のサンプルにどの大腸菌株が存在するかを知ることにより、汚染源が人間、他の哺乳類など、どの生物から発生したのかを推測することができる。

血清型

病原性との関連を重視して、菌の表面にある抗原(O抗原、H抗原、K抗原)にも基づいて細かく分類されている[35][36]。O抗原は外膜リポ多糖由来のもの、H抗原はべん毛由来のもの、K抗原はカプセル(capsule)由来のものである。O抗原は現在約190種類ほどに分類されている[35][37]。例えば「O157(オーいちごーなな)」という名称は、O抗原としては157番目に発見されたものを持つ菌ということを意味しており[35]、「O111(オーいちいちいち)」はO抗原としては111番目に発見されたものを持つ、ということを意味する。H抗原は約70種類に分類されている。なお、さらに細かく分けるとO抗原とH抗原の両方を考慮した分類になる。例えばO157でも、H抗原に関する違いでさらに細かく分類することができ、H7のものとH抗原を持たないものがあるので、「O157:H7」と「O157:H-」という2種類に分けることができる[35]。一方で、一般的な実験室株はO抗原の形成を妨げる変異を持っているため、分類することはできない。

ゲノムの可塑性と進化

他のすべての生命体と同様に、大腸菌は突然変異遺伝子重複遺伝子の水平移動などの自然な生物学的プロセスを通じて進化する。特に、実験室株MG1655のゲノムの18%は、サルモネラからの分岐以降に水平的に取得されたものである[38]E. coli K-12株およびE. coli B株は、実験目的で最も頻繁に利用される品種である。他の大腸菌のいくつかの株は、宿主動物に有害な形質を持つ。これらの毒性の強い株は通常、下痢の発作を引き起こす。下痢は、健康な成人では抑制的であるが、発展途上国の子供ではしばしば致命傷となる[39]O157:H7などのより毒性の強い菌株は、高齢者、若年者、免疫不全の人などに深刻な病気や死を引き起こしうる[39][40]

エシェリヒア属サルモネラ属は約1億200万年前に分岐したと考えられている(信頼区間:57-176 mya)。これは、各細菌の宿主の分岐とよく一致している。すなわち、前者は哺乳類から発見され、後者は鳥や爬虫類から発見される細菌である[41]。この祖先細菌から、5種の大腸菌の祖先種(E. albertii、E. coli、E. fergusonii、E. hermannii、E. vulneris)が分岐したと考えられている。最後の大腸菌の祖先種は、2000万から3000万年前に分裂したと見積もられる[42]

1988年にRichard Lenskiによって開始された、E. coliを使用した長期進化実験により、研究室で65,000世代を超えるゲノム進化の直接観察が可能になった[43]。たとえば、大腸菌は通常、クエン酸を炭素源として好気性に増殖する能力を持たない。このことは、大腸菌をサルモネラ菌などの他の密接に関連する細菌から区別するための診断基準として使用される。しかしながらこの進化実験では、大腸菌1つの集団が、好気的にクエン酸を代謝する能力を進化させることが確認された。これは、微生物の種分化を引き起こすような、主要な進化的シフトの特徴であると考えられる。

微生物の世界でも動物と同様に、捕食の関係が成立する。そして大腸菌は、Myxococcus xanthusのような複数のジェネラリスト捕食者の餌食であることが知られている。この捕食者と被食者の両種は並行進化していることが、ゲノムや表現型の変化の観察から考えられている。大腸菌の場合、ムコイド産生(アルギン酸エキソプラズマ酸の過剰産生)とOmpT遺伝子の抑制という、病原性に関与する2つの側面を伴う、赤の女王仮説で実証された共進化モデルに従って、他よりも適応的な進化個体が選択的に生き残ると考えられている[44]

ネオタイプ株

E. coliEscherichia属のタイプ種であり、Escherichia属はEnterobacteriaceae科のタイプ属である。この科名はEnterobacter+"i"(sic.)+"aceae"であり、"enterobacterium"+"aceae"ではない(Enterobacteriumは属名ではなく、腸内細菌の別名となっている)[45][46][47]

本来は最初にEscherichと記載された原株がタイプ株とされるべきであるが、既に失われていると考えられている。そのため、その代替となる新しいタイプ株(ネオタイプ)が幾つか選択されている。具体的には、U5/41T(DSM 30083)[48][49]、ATCC 11775 [50]、およびNCTC 9001[51]である。なお、NCTC 9001株は鶏に病原性を持っており、O1:K1:H7血清型を持っている[52]。一方でほとんどの研究では、代表的な大腸菌としてO157:H7、K-12 MG1655、またはK-12 W3110のいずれかが使用される。タイプ株のゲノムは配列決定されている[48]

大腸菌株の系統

今までの研究により、この種に属する多くの株が分離され、特徴付けられている。大腸菌は、血清型(上記参照)に加えて、系統学に6つのグループに分類される[53][54]。特に全ゲノム配列の情報を利用することで、高度に信頼性の高い系統関係を推定することが可能である。このようなゲノムデータに基づいて、大腸菌には5つの亜種が定義されている[55]

系統学的距離は一方で、病理学な特徴とはあまり関連していない[56]たとえばO157:H7血清型株は、グループEと形容されるクレードを形成し、すべて腸管出血性株(EHEC)に含まれるが、すべてのEHEC株が系統学的に密接に関連しているわけではない。実際、Shigella属の4つの異なる種が、E. coli株の間に入れ子状になっている(上記を参照)。一方で、EHEC株であるE. albertiiおよびE. fergusoniiは、このグループの外に位置している。そして、タイプ株を含むすべての赤痢菌種は、大腸菌の単一亜種内に位置している[56]。このため、適切な再分類は困難な状況になっている。研究分野で一般的に利用されるすべての大腸菌研究株はグループAに属し、主にクリフトンのK-12株(λ⁺F⁺; O16)やデレーユBacillus coli株(B株)(O7)に由来している。

Salmonella enterica

E. albertii

E. fergusonii

Group B2

E. coli SE15 (O150:H5. Commensal)

E. coli E2348/69 (O127:H6. Enteropathogenic)

E. coli ED1a O81 (Commensal)

E. coli CFT083 (O6:K2:H1. UPEC)

E. coli APEC O1 (O1:K12:H7. APEC

E. coli UTI89 O18:K1:H7. UPEC)

E. coli S88 (O45:K1. Extracellular pathogenic)

E. coli F11

E. coli 536

Group D

E. coli UMN026 (O17:K52:H18. Extracellular pathogenic)

E. coli (O19:H34. Extracellular pathogenic)

E. coli (O7:K1. Extracellular pathogenic)

group E

E. coli EDL933 (O157:H7 EHEC)

E. coli Sakai (O157:H7 EHEC)

E. coli EC4115 (O157:H7 EHEC)

E. coli TW14359 (O157:H7 EHEC)

Shigella

Shigella dysenteriae

Shigella sonnei

Shigella boydii

Shigella flexneri

Group B1

E. coli E24377A (O139:H28. Enterotoxigenic)

E. coli E110019

E. coli 11368 (O26:H11. EHEC)

E. coli 11128 (O111:H-. EHEC)

E. coli IAI1 O8 (Commensal)

E. coli 53638 (EIEC)

E. coli SE11 (O152:H28. Commensal)

E. coli B7A

E. coli 12009 (O103:H2. EHEC)

E. coli GOS1 (O104:H4 EAHEC) German 2011 outbreak

E. coli E22

E. coli Oslo O103

E. coli 55989 (O128:H2. Enteroaggressive)

Group A

E. coli HS (O9:H4. Commensal)

E. coli ATCC8739 (O146. Crook's E.coli used in phage work in the 1950s)

K‑12 strain derivatives

E. coli K-12 W3110 (O16. λ⁻ F⁻ "wild type" molecular biology strain)

E. coli K-12 DH10b (O16. high electrocompetency molecular biology strain)

E. coli K-12 DH1 (O16. high chemical competency molecular biology strain)

E. coli K-12 MG1655 (O16. λ⁻ F⁻ "wild type" molecular biology strain)

E. coli BW2952 (O16. competent molecular biology strain)

E. coli 101-1 (O? H?. EAEC)

B strain derivatives

E. coli B REL606 (O7. high competency molecular biology strain)

E. coli BL21-DE3 (O7. expression molecular biology strain with T7 polymerase for pET system)


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