ウクライナ政府と「極右民族主義・ネオナチ問題」
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2022年ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアのプーチン政権がウクライナの「非ナチ化」を目標とする宣言、またウクライナのゼレンスキー大統領が自身をユダヤ人であると発信した事により、「ウクライナのネオナチ問題は、ロシアのプロパガンダでしかない」と報道される状況になった。 前提として「ネオナチ」という言葉は、ナチズムを源流とするアドルフ・ヒトラーの理念の復興の活動を行う「ネオナチ」と、「極右民族主義」や「ウルトラナショナリズム」を意味する「ネオナチ」の2種類がある。 ウクライナの政治状況は、ゼレンスキー政権が発信する「自由と民主主義」とは乖離したウルトラナショナリズム、野党系政党のメディア規制、治安警察と極右組織による抑圧の問題が存在する。 ウクライナに白人至上主義等の過激な民族主義が台頭している理由に、オリガルヒ(経済力および政治力も兼ね備えた富裕層)による長く続いた政治の汚職と腐敗の問題が大きく上げられる。 ウクライナでは1932年から1933年にかけて起きたホロドモールと大粛清下の弾圧により反ソ感情が高まっていた。そこにソ連軍を蹴散らし侵攻してきたナチス・ドイツの部隊は、ウクライナの少なくない人々に「ソ連を駆逐した解放者」として迎えられ、住民らによる積極的な協力もあった。しかしナチスが東部総合計画として入植するドイツ人の邪魔になる現地人を絶滅させる飢餓計画(英語版)を始めたことで、ソ連とナチス両方に対抗するウクライナ蜂起軍が結成されたが、戦局によってはナチスに協力することもあった。このため長年に渡りアメリカ政府は、ウクライナより米国に入国する際に記入する出入国カードに「ナチスの迫害や虐殺に加担していないか」を問う項目を出していた。 ゼレンスキー政権は2022年ロシアのウクライナ侵攻後、「2019年の自身の政権以降、ウクライナの政治状況は健全化されている」と発信したが、世界各地の公務員と政治家がどの程度汚職しているかを認識する為の国際指標である「腐敗認識指数」の国別ランキングでは、ウクライナは2021年度の時点においても122位の状況であり、長年の汚職と腐敗の問題が続いている(腐敗認識指数は順位が低いほど腐敗していると認識される。)。 それは軍事組織も例外ではなく、軍事物品や装備の購入費用もままならならず、戦う以前の問題で苦戦を長年続けていた。 2014年ウクライナでの親ロシア派騒乱の最中にはオリガルヒが私兵を集めたが、その中には極右思想を持つ者も多く存在した。なおユダヤ人のイーホル・コロモイスキーもアイダール大隊やアゾフ大隊にも資金提供したとみられている。彼らは正規軍と同じように武器もほとんどなかったが、フェイスブックなどを通じて在米のウクライナ人の献金、クラウドファンディングで武器を調達しはじめた。敗北しつづけてきたウクライナ軍は、極右思想を持つ民兵を導入した事により強化されていった。アゾフは正規軍に編入され、これとは別の「ウクライナ国家親衛隊」という内務省管轄として特設された特殊部隊では、その中核を担う存在にまでになっている。 東部紛争で救国の英雄となったネオナチや極右や白人至上主義のグループは、軍隊のみならず政治にまで踏み込んだ。2014年の政変後、アゾフ大隊などの軍隊や、政党の「スヴォボーダ」など新政権の一部に参加したとされる。マイダンでヤヌコヴィッチがロシアに亡命したあとの政権では、副首相、国家安全国防委員会事務局長、青年スポーツ大臣、環境大臣、農業大臣、検事総長などの要職に、右派ならび極右グループの入閣が続出した。マイダン以前から危険視されていたネオナチ団体の札付きの活動家も恩赦となった。 アゾフのアンドリー・ビレツキーは、ウクライナの国会議員となり、ペトロ・ポロシェンコ大統領は、テロによる殺人未遂の罪で収監されていた「”白人による十字軍”を率いて、ユダヤ人に率いられた劣等人種と戦う」と公言しているビレツキーに勲章を授与した。こうして国際的にネオナチの証左とみなされている「ウルフフック」と「黒い太陽」からなるアゾフのエンブレムが、ウクライナの国会議事堂や行政府や軍隊で、こうして堂々と掲げられるようになった。 これらによりウクライナ政府は、「ネオナチが正規軍に組み込まれている世界で唯一の国」としてNATOやEU加盟国より批判を受けていた。 2014年、日本の国際政治シンクタンクであるキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(当時)の小手川大助氏(元IMF日本代表理事)は、これら極右入閣の直後の時点で極右政権の危うさを指摘し、「プーチンのクリミア併合(2014年)の決定は、新政権の主体がネオナチ(民族主義的な極右思想)であることに主因があった」と指摘していた。 2015年のウクライナ情勢をめぐり、ウクライナ政府に対しアメリカ政府は政府軍を支援し、ミサイル供与を計画していたが、ネオナチの指摘を受けていたアゾフ大隊をウクライナ政府が利用したいた事もあり支援を取り止めた。 2016年にはナショナル・コー(国民軍団) という白人至上主義・極右政党が設立され、2018年時点での党員数は1万人から1万5000人に上っており、2018年には国家主義的なヘイトグループであるとアメリカ合衆国国務省によって認定された。 このナショナル・コーと同様に、2018年より国家主義的なヘイトグループであるとアメリカ合衆国国務省によって認定されている「S14(C14)」は、青年スポーツ省から資金供与され「愛国教育プロジェクト」を主催しており、アゾフ大隊(現・アゾフ連隊)とともに退役軍人省が主催する審議会のメンバーでもある。 2018年、ウクライナの歴史学者ミコラ・シチュクが南部ウクライナの都市ニコライエフにて殺害。ウクライナ警察は容疑者を逮捕したが、その後すぐ釈放され事件は未解決状態となった。 2019年、ウォロディミル・ゼレンスキーがウクライナのオリガルヒのイーホル・コロモイスキーの支援を受け、同年7月21日に行われた最高議会選挙では、自身の新党「国民の僕党」は、424議席中240議席以上を占める圧勝をした。ウクライナの議会選史上、初めて単独過半数を大きく上回る勝利で、現有議席ゼロから一気に第1党になった。しかし、一方でゼレンスキーらはイーホル・コロモイスキーの協力の下、検事総長や国立銀行総裁らを排除したと指摘されていた。ウクライナの政治状況は、ゼレンスキー大統領が掲げた「自由と民主主義」とは乖離したウルトラナショナリズム、野党系政党のメディア規制、治安警察と極右組織による抑圧の問題が続く事となった。 同年、アメリカ合衆国国務省によって国家主義的なヘイトグループであると認定されている「S14(C14)」をネオナチと呼んで批判したジャーナリストは訴えられ、同年8月の判決により有罪となった。英国ベリングキャットはこれについて「ウクライナの裁判所がネオナチをネオナチと呼ぶことを禁じた」と報じ、ウクライナ司法への問題を指摘した。 2021年年3月5日、アメリカ合衆国国務省はゼレンスキー大統領の政治支援を行っていたウクライナのオリガルヒ(超富裕層)でありユダヤ人である、イーホル・コロモイスキーとその家族を知事時代の不正蓄財容疑で入国禁止処分とした。米国務長官アントニー・ブリンケンは次のように述べた。 本日、私は、オリガルヒで元ウクライナ公務員のイーホル・コロモイスキーの重大な汚職への関与による公職指定を発表する。 2014年から2015年までウクライナのドニプロペトロフスク州知事としての公的資格において、コロモイスキーは、政治的影響力と公的権力を個人的利益のために利用するなど、法の支配と政府の民主制度および公的プロセスに対するウクライナ国民の信頼を損ねる汚職行為に関与していた。 今回の指定は在任中の行為に基づくものだが、コロモイスキーが現在行っている、ウクライナの民主的プロセスと制度を弱体化させる取り組みについても懸念を表明しており、これは同国の将来に対する深刻な脅威となる。 この指定は、2020年国務省・対外活動・関連プログラム歳出法第7031(c)節に基づいて行われる。イーホル・コロモイスキーに加え、私はイーホル・コロモイスキーの直系家族である妻のイリナ・コロモイスカ、娘のアンゲリカ・コロモイスカ、息子のイスラエル・ズヴィ・コロモイスキーを公的に指定する。 この措置により、イーホル・コロモイスキーとその直系家族の各メンバーは米国への入国資格がないことになる。 同年5月、ウクライナで著名であったユダヤ人の歴史とホロコーストの研究学者、ウラジーミル・シューキンが殺害。シューキンは、ニコライエフ地域のホロコーストに関する重要なな作品を執筆、ウクライナにおけるユダヤ人の存在に関する研究論文をより広く執筆していた。 同年に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は、「ゼレンスキー大統領は英国領バージン諸島にペーパーカンパニーを設立し、就任後2年間で8億5000万ドルの蓄財をなした」事を公表した。 2022年、ゼレンスキー大統領は、侵攻直後の2月24日に「国民総動員令」に署名し、18~60歳の男性の出国を禁止した。ウクライナでは出国する自由や「前線に立たない自由」を求める市民たちが、「国民総動員令」に対して「自由や民主主義の原則に反する」と訴えている。ニューヨーク・タイムズによると、夫をウクライナに残し、がんを患う3歳の息子を連れてポーランドの国境の町メディカに到着した女性は「国が戦うために男性が必要なのは分かる。でも私の方がもっと彼(夫)を必要としている」と語った。ラトビアの家具製造会社に勤めて3年の男性は、首都キーウ(キエフ)で、2歳の息子がラトビアに住み続けるための行政手続きをする必要があったが、「国民総動員令」により25日のラトビア行きの便はキャンセルされた。 ニュースサイト「ウクライナ・プラウダ」は22日、ゼレンスキー大統領が18~60歳の男性の出国を可能にすることを求める2万5千人の請願書について「故郷守ろうとしてない」として反対したと伝えた。 同年2月27日には、アゾフ連隊の兵士が豚の脂肪を弾丸に塗りながら、「親愛なるイスラム教徒の兄弟たち、私たちの国では、あなたは天国に行かないだろう。あなたは天国に入ることが許されない。家に帰ってください。」等と述べる動画がウクライナ国家親衛隊のTwitter公式アカウントに投稿。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、「これは豚肉を食のタブーとするイスラム教徒へのヘイトであり、ウクライナの国家親衛隊がネオナチを賞賛したものだ」として批判している。 同年4月1日、ウクライナ政府は公式ツイッターにて「現代ロシアのイデオロギー」と題した動画を投稿。ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を行ったナチス・ドイツの独裁者ヒトラーやイタリアのファシズム指導者ムッソリーニと共に日本の昭和天皇の顔写真を並べ、「ファシズムとナチズムは1945年に敗北した」と記した。 オランダの民間団体が作成した「組織犯罪汚職報告書」は、ゼレンスキー大統領の資産は2022年2月24日以降のロシア政府による侵攻後、毎月1億ドルのペースで増加していると公表した。 同年5月23日、スイス東部ダボスで開かれている世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に、ニクソン政権およびフォード政権期の国家安全保障問題担当大統領補佐官であり、ノーベル平和賞受賞者でもあるヘンリー・キッシンジャーがオンラインで参加。ウクライナ情勢について「今後2カ月以内に和平交渉を進めるべきだ」との見解を示すとともに、「理想的には、分割する線を戦争前の状態に戻すべきだ」と述べ、また「ロシアが中国との恒久的な同盟関係に追い込まれないようにすることが重要だ」と強調した。このダボス会議でのキッシンジャーの早期終戦を意図とした発言は、ゼレンスキー政権の反発により「キッシンジャーはロシア側であり、ウクライナを無差別譲渡を意図している」と報道され、キッシンジャーの意図した発信内容が伝わらない事態となった。その後キッシンジャーは、ウクライナの国家安全保障、平和、人道に対する罪および国際法に対する犯罪者、並びに暗殺標的リスト「ピースメイカー」に追加された。 ウクライナ政府は長年に渡りNATOやEUへの加盟を熱望していたが、ウクライナに蔓延する汚職などの政治・経済の腐敗や、法治の問題とともに、根深いネオナチ問題は指摘されており、NATOがネオナチの組織をもつウクライナを問題が片付くことなく加盟国に迎えるということは考えられないとされている。 同年6月13日にワシントン・ポストは、ユーロクラート(EU連合)の首脳はウクライナのEU介入を躊躇しており、「今、ウクライナに完全なメンバーシップを与えることは、EUに非常に多くの新しい問題を引き起こし、もともと効率的なガバナンスの模範では決してないこのブロックは、おそらく崩壊し、さらには脇道にそれてしまうだろう。」と報じた。
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