平和 平和の概要

平和

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/22 05:08 UTC 版)

"Peace at the End of the Civil War" 議事堂建築監作。

概説

戦争は人類と同じくらい古いように見えるが、平和は現代の発明である[1]

国際関係において「平和」は戦争が発生していない状態を意味し、元来、戦争は宣戦布告に始まり平和(講和)条約をもって終了し、これにより平和が到来するとされてきた[2]国際連合憲章の下では、一般に、自衛権や安全保障理事会の決定に基づくもの以外の武力行使は禁止されており、伝統的な意味での戦争は認められなくなっている[3](戦争の違法化)。しかし、武力紛争は現実には発生しており[3]、特に第二次世界大戦後の武力衝突では宣戦布告もなく休戦協定も頻繁に破られるなど旧来の戦争の定義をあてはめることが困難になり戦争と平和の時期的な区別も曖昧になっているという指摘がある[2]。また、従来、国際平和秩序はあくまでも国家間での平和の維持を共通目標とするものにとどまり、各国の国内の人民の安全まで保障しようとするものではなかったため、各国の国内での人道的危機が国際社会から見放されてきたのではないかという問題も指摘されており、人間の安全保障と平和の両立が課題となっている[4]

国家間の平和から人間の安全保障への展開

上のように人間の安全保障と平和の両立が新たな課題となっている[4]ルドルフ・ジョセフ・ランメル英語版によって20世紀に発生した政府権力による民衆殺戮の犠牲者数は戦争犠牲者数を上回るという研究が出されるなど、従来の平和創造の歴史は国家間の平和にとどまり必ずしも人々の安全確保のためではなかったことが問題視されるなど伝統的な平和観の変容が指摘されている[5]。国民統合が進まず政府の統治の正当性が確立されていない多民族国家発展途上国では、外部脅威に加えて反体制派(運動)や分離主義(運動)といった内部脅威が存在し、内部脅威への強権的な対応の帰結として戦争の犠牲者数を上回るほどの多くの命が政府権力の手によって奪われるという人道的危機を発生させた[6]。その背景には、武力行使が禁止され侵略戦争は減少したが、国際政治での勢力拡張の様式が旧来の侵略や領土併合ではなく同盟国や友好国の数を増やすことに変化した結果、同盟国や友好国の内部で発生する非人道的行為が看過されることになったこと[7]、核時代の黎明期に「平和共存」平和観が支配的になり、人権侵害を止めるための外交的圧力がかえって国際関係に緊張をもたらし核戦争にまで発展する恐れがあることから敵対する陣営内の人権問題への干渉は互いに控えねばならず、人権の抑圧等が看過せざるを得ない状況が出現したことが挙げられている[7]

2001年1月に緒方貞子国連難民高等弁務官(当時)とアマルティア・セン・ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ学長(当時)を共同議長とする「人間の安全保障委員会」が創設され、2003年2月の最終報告書では「安全保障」の理論的枠組みを再考し、安全保障の焦点を国家のみを対象とするものから人々を含むものへ拡大していく必要があり、人々の安全を確保するには包括的かつ統合された取り組みが必要であるとしている[8]。グローバル化や相互依存の深まりによって、戦争に限らず、貧困、環境破壊,自然災害、感染症、テロ、突然の経済・金融危機といった人々の生命・生活に深刻な影響を及ぼす国際課題に対処するためには、従来の国家を中心に据えたアプローチだけでは不十分になってきているという背景もある[8]

一方、1990年代のバルカン半島情勢への対処以降、人道目的のための武力行使(人道的介入)が増加している。これは国家中心的で伝統的な主権の概念よりも人権と正義に関する国連憲章条項が重視されるようになったことと関係があると広く考えられているが、人道目的のための武力の行使や武力の行使の示唆に対しては異論もある[9]

平和論の類型

今日までの平和論は軍縮・軍備管理による平和、戦争違法化による平和、経済国際主義による平和、相互信頼による平和、集団安全保障による平和などに分類される[10]。このほかに20世紀末に民主主義による平和論が考えられるようになった[11]

勢力均衡

19世紀のヨーロッパにおいては、勢力均衡が大局的な平和に寄与すると考えられていた。これは当時のヨーロッパの大国がそれなりに釣り合いの取れた国力を有したことと、最有力国であるイギリスヨーロッパ大陸の覇権争いから距離を置き、バランサーとして振る舞うことで成立した。ただしこれで維持される平和は大国間のものにすぎず、ヨーロッパ外の勢力は次々と植民地化されていった。また19世紀後半に入ると勢力の均衡が崩れ、軍拡競争の果てに第一次世界大戦の勃発によって勢力均衡方式は破綻した[12]。ただしこの理論は第二次世界大戦後、アメリカ合衆国ソヴィエト連邦による冷戦の中で復活し、ハンス・モーゲンソウらの唱える現実主義は勢力均衡の重要性を論じた[13]。やがてケネス・ウォルツネオリアリズムを唱え、従来の勢力均衡理論に変更を加えたものの本質的なものではなく、2大勢力の間の勢力均衡こそが最も安定すると論じた[14]。ウォルツの理論は勢力均衡論に大きな影響を与え、突出した大国が覇権を握る状況が最も国際情勢が安定すると唱えるロバート・ギルピン覇権安定論[15]、均衡の対象は強国ではなく最も脅威とみなされる国家となると唱えるスティーヴン・ウォルト脅威均衡など[16]、さまざまな理論へと発展していった。

軍縮及び軍備管理

軍縮・軍備管理による平和としては、国際連盟規約ワシントン海軍軍縮条約弾道弾迎撃ミサイル制限条約戦略兵器削減条約核拡散防止条約などがある[10]

戦争の違法化

戦争の違法化は国際連盟の設立を機に、1928年の不戦条約で戦争放棄に関する初の多国間条約が成立し、第二次世界大戦後には国際連合憲章の武力行使禁止原則(国際連合憲章第2条4項)に発展した[10]。国際連合憲章第2条第4項では「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と定められている[17]。ただし、国連憲章51条によって、他国からの侵略に対する防衛は自衛権として明確に例外とされ、認められている。自国のみの自衛権だけではなく、ある国が侵略を受けた際に第三国が共同で被侵略国を防衛する集団的自衛権も、同条項にて明確に認められている[18]

経済国際主義

戦争は資源や食糧を求めて他国を侵略することで発生することから、資源の共同管理や自由貿易(資源・食糧を金銭で獲得できる制度)を実現すれば戦争はなくなるという考え方が経済国際主義による平和論である[10]。この説の起源は古く、1910年にはイギリスのラルフ・ノーマン・エンジェルが当時の貿易統合の高まりを見て、経済緊密化による戦争抑制を唱えた[19]ものの、その4年後の1914年には第一次世界大戦が勃発した。やがて21世紀に入ると、エリック・ガーツキーが商業的平和論英語版を唱え、貿易の依存関係ではなく直接投資の拡大が平和をもたらすのに大きな効果があると論じたが、この論には反証も挙げられている[20]

相互信頼による平和論

戦争を偏見と民族差別に起因するものとみて相互信頼を構築することによって戦争が予防されると考える平和論である[10]。国際連盟の知的協力委員会及び第二次世界大戦後のユネスコの活動、国際親睦団体による国際交流や留学制度にその思想が引き継がれている[10]

集団安全保障

国際社会で集団的な制裁の仕組みを作ることによって戦争を防止しようとするもの[10]集団安全保障体制は、国際連盟で初めて制度実現し、その後、国際連合で整備拡充されて今日に引き継がれている[10]。集団的自衛権との違いは、集団的自衛権が基本的に同盟国間で適用されるのに対し、集団安全保障は国際社会全体での対応を念頭に置いている点である[21]

リベラリズム

リベラリズム的平和論としては、まず機能主義が現れ、協力が困難な安全保障問題ではなく、経済や文化など協力しやすい特定の分野において交流を深め、国際平和を確実なものにしようと説いた。これは19世紀後半以降の各種国際機関の設立をもたらした。次いで1950年代には新機能主義が登場し、特定分野での協力を深化させて政治的信頼を醸成し、政治統合によって国家主権を徐々に超国家機構へと移行させることで平和を構築しようと考えた。これは欧州経済共同体の設立などの成果をもたらしたが、1960年代には行き詰まった。1970年代にはジョセフ・ナイロバート・コヘイン相互依存論を唱え、複合的な国家間の相互依存関係が深まることで平和の可能性が高まると説いた[22]

民主的平和論

民主国家の間には相互に戦争を抑制する制度と文化が備わっていると考え、世界のすべての国を民主化させることにより平和を実現しようとするのが民主的平和論である[11]。この思想の起源は古く、すでに18世紀にはイマヌエル・カントがこれに類似した論を提唱していたが、1980年代に入るとマイケル・ドイルブルース・ラセットらがこれを立証し、民主的平和論を確立させた[23]。民主国家間での戦争が少ない理由については、民主主義国は内政において議会などにより平和的に紛争を解決する規範を持っており、それを相手国にも期待できるためという説[24]や、民主国家においては権力分立が確立しており、国民が選挙世論を通じて政府の暴走を止めることができるため、政府や政治家もそれを念頭に置いて平和的政策を採らざるを得ないという説[25]、また民主国家では政府の透明性が高く、相手国の情報がお互いに得やすいため相手の反応や限界が見極めやすいから[26]、民主国家が仮に参戦した場合は非常に継戦能力が高く危険なため[27]など、いくつかの説が存在する。

なお、成熟した民主国家間において戦争が起きにくいことにはほぼ合意が存在するものの、急激な民主化は必ずしも平和をもたらさない場合がある。これは、国内の政治情勢がまだ安定しておらず、先鋭化した国内対立が軍事的対立へとつながる場合があるためである[28]。また、独裁国家における戦争可能性はその政治システムによって左右され、文民による集団指導体制では武力行使の可能性は低くほぼ民主国家と同じ程度であるのに対し、独裁者一個人に依拠する体制では戦争に及ぶ可能性が高まると考えられている[29]


  1. ^ A brief history of peace” (英語). Vision of Humanity (2022年1月27日). 2022年1月31日閲覧。
  2. ^ a b 吉川p.38
  3. ^ a b 人権外交”. 外務省. 2015年3月27日閲覧。
  4. ^ a b 吉川p.55・56
  5. ^ 吉川p.39
  6. ^ 吉川p.46・47
  7. ^ a b 吉川p.56
  8. ^ a b 人間の安全保障分野をめぐる国際潮流”. 外務省. 2015年3月27日閲覧。
  9. ^ 国連大学のイベントで人権擁護のための武力行使に注目”. 国連大学. 2015年3月21日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g h 吉川p.42
  11. ^ a b 吉川p.43
  12. ^ 「国際法 第5版」p287-288 松井芳郎・佐分晴夫・坂元茂樹・小畑郁・松田竹男・田中則夫・岡田泉・薬師寺公夫著 有斐閣 2007年3月20日第5版第1刷発行
  13. ^ 「国際平和論」p12 福富満久 岩波書店 2014年9月26日第1刷発行
  14. ^ 「国際平和論」p13-15 福富満久 岩波書店 2014年9月26日第1刷発行
  15. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p37-38 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  16. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p176 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  17. ^ https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/ 「国連憲章テキスト」国際連合広報センター 2022年11月22日閲覧
  18. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p168-169 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  19. ^ 「グローバリゼーションと開発の主要課題」p22 大坪滋(「グローバリゼーションと開発」所収)大坪滋編 勁草書房 2009年2月25日第1刷第1版発行
  20. ^ 「戦争とは何か」p79-81 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  21. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p171-172 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  22. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p41-47 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  23. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p52-53 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  24. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p53 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  25. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p54 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  26. ^ 「戦争とは何か」p71-72 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  27. ^ 「戦争とは何か」p73 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  28. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p54-55 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  29. ^ 「戦争とは何か」p74-75 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  30. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p175 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  31. ^ https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/peace_b/genba/gaiyo.html 「国連平和維持活動(PKO)の概要」日本国外務省 令和4年11月9日 2022年11月21日閲覧
  32. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p195 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  33. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p325-326 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  34. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p195-196 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  35. ^ 「新版 国際関係」p104-106 家正治編 世界思想社 2000年1月30日第1刷発行
  36. ^ https://www.no.emb-japan.go.jp/Japanese/Nikokukan/nikokukan_files/nouberuheiwashou.pdf 「ノーベル平和賞」在ノルウェー日本国大使館 平成24年10月 2022年11月21日閲覧
  37. ^ http://www.peacedome.org/PeaceDomeStory/history/1DomeHistory.html
  38. ^ 「平和主義とは何か」p6-p7 松元雅和 中公新書 2013年3月25日発行


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