ばんこく‐へいわかいぎ〔‐ヘイワクワイギ〕【万国平和会議】
万国平和会議
万国平和会議
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「万国平和会議」も参照 1899年、デン・ハーグで開かれた万国平和会議(第1回)は、戦時国際法における諸問題を取り扱い、戦争放棄を確定し、また、軍備制限や紛争の平和的解決を論議の対象としたことによって、戦争と平和の問題を人びとに考えさせる契機となった。この会議は、欧米の理想主義的な平和主義者を引きつけて、結果としては平和運動にひとつの方向性をあたえたともいわれている。この会議を主唱したのはニコライ2世であったが、実のところ、皇帝自身もミハイル・ムラヴィヨフ外相も決して平和主義者ではなく、理想主義とも無縁であった。また、平和のために国際会議を開くという発想も彼らのものではなく、実はウィッテの発想によるものであった。 ウィッテは、後発資本主義国として国家財政の厳しいロシア帝国がヨーロッパ正面ばかりではなく、極東での軍備競争にも打ち克っていかなければならない情勢にあって、一定期間どの国も軍備増強に走らないような仕組みを考え、さらに、これによりロシアは相手国の理想主義者や平和主義者を味方にすることができると考えたのであった。
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