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玄昉

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 08:17 UTC 版)

玄昉(げんぼう、生年不詳 - 天平18年6月18日746年7月15日〉)は、奈良時代法相宗。俗姓は阿刀氏(安斗氏)[1]安斗阿加布の子とする系図や[2]善珠の父とする史書もある[3]。僧官は僧正


  1. ^ 読みは「あと」。は連。阿刀連の出自は安都雄足の項を参照。
  2. ^ 鈴木真年『百家系図』巻46,阿刀宿祢(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会,1986年 による)
  3. ^ 扶桑略記』延暦16年4月丙子条による。
  4. ^ 『続日本紀』巻第16、天平18年6月己亥(18日)条。
  5. ^ 遣唐大使多治比広成が種子島に帰り着いたのは前年の11月20日であり、節刀を返上したのは7年の3月10日、天皇に拝謁したのは同月25日である。
  6. ^ 池口恵観『密教の呪術 その実践と応用』KKロングセラーズ 2013年、第2章2節「密教はなぜ秘密の教えなのか」
  7. ^ 福山敏男『奈良朝寺院の研究』綜芸舍 1978年
  8. ^ 大津透『律令国家と隋唐文明』岩波書店〈岩波新書 新赤版 1827〉、2020年、p.144
  9. ^ 千手千眼陀羅尼経残巻』として1巻のみ現存。京都国立博物館蔵、国宝
  10. ^ 堀池春峰「奈良の頭塔について」『南都仏教史の研究〈下〉諸寺篇』 法蔵館 1982年
  11. ^ 史跡頭塔発掘調査報告 2001, p. 148.
  12. ^ 史跡頭塔発掘調査報告 2001, pp. 147-149.
  13. ^ 村井古道奈良坊目拙解』享保20年(1735年)
  14. ^ 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p.147


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