人肉食
『悪徳の栄え』(サド)「アペニンの隠者ミンスキイのこと」 「あたし(ジュリエット)」がイタリアで出会った怪人ミンスキイは、莫大な富の所有者だった。彼は何百人もの女や少年たちを買って居城に住まわせ、さまざまな種類の嗜虐的な性行為にふけった後に、女や少年たちを料理して毎日食べていた。45歳の彼は、多量の人肉食のおかげで、強い体力と精力を保持していた。
『雑宝蔵経』「子を失った鬼子母の縁(はなし)」 鬼子母(きしも)には1万人の子がいたが、彼女は凶暴な性質で、他人の子供を殺して食べていた。ある時、仏が鬼子母の子の1人を鉢の中に隠したため、彼女は悲しみにうちひしがれた。仏は「1万人いる子の1人がいなくなっただけで、お前は悲嘆に沈んでいる。お前に子供を食われた親たちがどれほど嘆いているか、思いやれ」と説き、鬼子母は悔い改めた〔*その後、鬼子母は人間を食う代わりに、人肉の味がするざくろを食べるようになった、という〕。
*綏靖(すいぜい)天皇は、朝夕に7人ずつ人を食べた→〔雨〕8の『神道集』巻2-6「熊野権現の事」。
★2a.屍肉を食う僧。
『雨月物語』巻之5「青頭巾」 下野国の山寺の僧が、寵愛する寺童の死を惜しみ、ついにその遺骸を食い尽くした。その後、僧は夜になると里に出て人を襲い、新墓をあばいて屍肉を食うようになった。諸国行脚の快庵禅師が寺を訪れて、僧に「江月照らし松風吹く、永夜清宵何の所為ぞ」の句を与え、成仏させた。
『食人鬼(じきにんき)』(小泉八雲『怪談』) 山村の寺僧が道心なく、僧職を「衣食を得る手段」とばかり考えていたため、死んで食人鬼に生まれ変わった。それ以来、食人鬼の僧は、葬儀のある家へ行って、遺骸をむさぼり食って生きてゆかねばならなくなった。旅の夢窓国師が訪れたので、僧は「どうか施餓鬼をお願いいたします。この恐ろしい境涯からお救い下さい」と請い、消え失せた。
★2b.屍肉を食う男。
『死屍(しかばね)を食う男』(葉山嘉樹) 中学校の寄宿舎で、深谷と安岡は同室だった。夜、深谷が部屋を抜け出して墓地へ行くので、安岡は後をつけて様子をうかがう。深谷は、湖で溺死して土葬された学友の墓をあばき、死体を食っていた。安岡は肝をつぶして逃げ帰り、昏々と眠る。翌日、深谷が「昨夜、何か見なかったかい」と尋ね、安岡は「何も見なかった」と答える。安岡は病気になり、まもなく死んだ。深谷は行方不明になり、やがて水死体で発見される。死体は、大理石のように半透明だった。
*夜、学生寮を抜け出て、死体の血を吸いに行く→〔心臓〕5aの「お前見たな」(現代民話)。
『二壜のソース』(ダンセイニ) スティーガアという男と同棲していた金髪娘が、行方不明になった。警察は殺人を疑うが、死体は発見されない。スティーガアは菜食主義者らしく、野菜しか買わない。その一方で、肉料理専用のソースを2壜も買ったりする。彼は毎日、庭木を切って薪にするという重労働を行なう。それは、腹を減らせて食欲をつけるためらしかった。
『ギリシア神話』(アポロドロス)摘要第2章 アトレウスは、妻が弟テュエステスと姦通したのを知り、テュエステスの3人の児をひそかに殺しその身体を煮て、テュエステスに食わせた。
『びゃくしんの話』(グリム)KHM47 継母が先妻の子を殺し肉汁にして、帰宅した父親に食べさせる。父親が「せがれはどうした?」と聞くと、継母は「親戚の家へ泊まりに行った」と答える。父親は「変だなあ」と言いつつも、肉汁を「うまいうまい」と言って全部食べてしまう→〔霊〕6c。
『変身物語』(オヴィディウス)巻6 テレウス王は、妻プロクネの妹ピロメラに一目ぼれしてこれを犯し、彼女の口を封じるために舌を切り取った。プロクネはテレウス王の悪事を知り、妹プロクネと力をあわせて、テレウスとの間にもうけた1人息子イテュスを殺した。姉妹はイテュスの身体を料理して、何も知らぬテレウスに食べさせた〔*『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第14章に類話〕。
『歴史』(ヘロドトス)巻1-73 キュアクサレスは、狩りの獲物として食膳に出された料理がわが子の肉とは知らず食べた。
『歴史』(ヘロドトス)巻1-119 ハルパゴスはアステュアゲス王にわが子を殺され、その肉を食べさせられても「王のなされることはどのようなことでも私は満足です」と言った。
『封神演義』第18回 殷の国に軟禁された父西伯姫昌を救おうと、息子伯邑考が殷都朝歌へ赴く。しかし紂王と妲妃のために殺され、肉を切り刻まれて、肉餅にされる。肉餅は姫昌のもとへ届けられ、姫昌はそれを我が息子の肉と察知しつつも、紂王を欺くために、知らぬふりをして食べる。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第5日第5話 国王が、美しいターリア姫とかわいい双子を連れ帰ったので(*→〔眠る女〕4)、王妃は嫉妬する。王妃は料理人に、「双子を細切れにして、ソースで煮て王に食べさせよ」と命ずる。食べた後にそれを知った王は驚愕するが、料理人は双子を救い、代わりに山羊を料理したのだった。王は王妃を火刑に処し、ターリア姫を新たな妃として、子供たちともども幸せに暮らした。
『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)第2幕~第5幕 ゴート族の女王だったタモーラの息子、ディミートリアスとカイロンは、ローマの将軍タイタス・アンドロニカスの娘ラヴィニアを犯し、さらに彼女の舌と両手を切り落とす。タイタスは復讐のためにディミートリアスとカイロンを殺して料理し、彼らの母タモーラは、知らずに息子たちの肉を食べる。
★6a.夫(爺)が、知らずに妻(婆)の肉を食う。
『かちかち山』(昔話) 狸が婆を殺して婆に化け、畑から帰ってきた爺に「狸汁を」とすすめる。何も知らぬ爺が舌鼓を打って食べおわると、狸は正体をあらわし、「婆汁食った爺やい。流しの下の骨を見ろ」と言って逃げる。
『遠野物語拾遺』296 昔ある所に、たいそう仲の良い夫婦がいた。夫が長旅に出ている間、妻は、近所の若者たちの悪戯に悩まされ、川へ身を投げた。そこへ夫が帰って来て、妻の屍に取りすがって夜昼泣き悲しんだ。夫は、妻の肉を薄(すすき)の葉に包んで持ち帰り、餅にして食べた。これが、5月5日の節句に薄餅(=薄の新しい葉に、搗きたての水切り餅を包んだもの)を作って食べるようになった始めである。
*佐々木喜善が野尻抱影に語った異伝→〔麺〕1bの『星の神話・伝説集成』(野尻抱影)。
*美女に求婚した男たちが、その美女の肉を食べる→〔妻争い〕3の寅御石(高木敏雄『日本伝説集』第14)。
*狐に転生した妻が、鳥に転生した夫を食う→〔転生先〕5の『転生』(志賀直哉)。
★6c.夫が妻の肉を、客に食べさせる。
『三国志演義』第19回 呂布に追われた劉備は、部下と2騎で間道を逃げ、狩人劉安の家に一夜の宿を請う。劉安は、折悪しく獲物がなかったので、自分の妻を殺し、「狼の肉です」と言って劉備をもてなす。翌朝劉備は、厨(くりや)に女の死体がころがっているのを見て、昨夜食べたのが劉安の妻の肉だったことを知る。
★7.自分自身の肉を食う。
『今昔物語集』巻1-26 女が大釜を背負って道を行く。立ち止まると釜から火が燃え出、女は釜の中に入って自らの身体を煮る。十分に煮てから女は自分の肉を食べ、また釜を背負って歩く。前世で沙弥に布施すべき食物を盗み食いしたため、女はこのような報いを受けていた。
『狂人日記』(魯迅) 世間の連中が「おれ」の肉を食いたがって、じろじろ見る。「おれ」は歴史の本を調べた。どのページにも「仁義道徳」などと書いてあるが、よく見ると、字と字の間から「食人」という字がたくさん出て来た。中国4千年の歴史は、人を食う歴史だったのだ。「おれ」は兄貴に「食人はやめるべきだ」と言ったが、兄貴は「おれ」を狂人扱いする。兄貴も人を食ったんだろう。「おれ」も、知らぬうちに人肉を食わせられていたかもしれない。
『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(安部公房) 人肉を食う階級と、食われる階級があった。食われる階級の代表が、「人肉食反対」の陳情をする(*→〔十三歳〕1)。食う階級の3人の紳士が、人肉食の正当である理由を述べて、陳情に来た男を追い払う。その時、「トサツ場がストライキだ」との知らせが来る。紳士たちは、食肉を確保すべく走り出す。
『ソイレント・グリーン』(フライシャー) 2022年のニューヨーク。人口増加と環境汚染によって穀物も肉も底をつき、人々は、プランクトンをもとに工場で合成される食糧の配給を受けていた。しかしプランクトンも絶滅状態になったため、ソイレント社は、人間の肉を原料とする新製品ソイレント・グリーンを、秘密裡に開発した(*→〔安楽死〕5)。それを知った刑事ソーンは、撃たれて重傷を負いながらも、「このことを皆に知らせろ。そのうちに、食用人間が飼育されるようになる」と叫んだ。
★9.人食い人種。
『ビルマの竪琴』(竹山道雄)第3話「僧の手紙」 ビルマの山奥で負傷した水島上等兵は、人食い族に救われ、毎日ご馳走を与えられた。水島の身体はしだいに太り、人食い族は「これなら、部落民が1切れずつ食べても、全員に行き渡るだろう」と言う。祭りの日、水島は、持っていた竪琴(*→〔琴〕6c)を気味悪くかき鳴らす。人食い族は恐れおののき、酋長は「娘の婿になってくれ」と言い出す。水島はこれを謝絶し、人食い族の部落を去った。
★10.人肉食かと思ったら、そうではなかった。
人参果(にんじんか)(実吉達郎『中国妖怪人物事典』) 金持ち10人の社交団体「維揚十友」の人々が、貧しい老人を憐れんでご馳走をふるまう。老人は返礼に、粗末な小屋へ十友を招き、湯気の立つ料理を勧める。それは手足や顔が煮くずれた14~15歳の子供だったので、十友は誰も箸をつけることができない。老人は乞食たちと一緒にその料理を食べ、説明する。「あれは千年を経た人参果で、1片でも食べれば、仙人となって昇天できるのです」。呆然とする十友の目の前で、老人と乞食たちは若返り、昇天して行った。
★11.悪魔の子供を食う。
『イスラーム神秘主義聖者列伝』「ムハンマド・ビン・アリー・ティルミズィー」 アダムが出かけ、イヴが1人でいる時に、悪魔の頭目イブリースが自分の子供ハンナースを、イヴに預けた。アダムは怒り、ハンナースを殺してばらばらに切り裂いた。イブリースはハンナースを生き返らせ、再びイヴに預ける。アダムは怒って、またハンナースを殺す。何度かこれが繰り返され、最後にアダムは、ハンナースを切り刻んで料理し、イヴと半分ずつ食べてしまった。それを知ったイブリースは、「目的は達成された。アダムの中に私が入り込んだのだ」と言った。
Weblioに収録されているすべての辞書から人肉食を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
全ての辞書から人肉食を検索
- 人肉食のページへのリンク