弘文天皇 在位中の重臣一覧

弘文天皇

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 22:46 UTC 版)

在位中の重臣一覧

年月日(西暦) 太政大臣 左大臣 右大臣 御史大夫
天智天皇10年12月5日(672年1月9日) 蘇我赤兄 中臣金 蘇我果安 巨勢人 紀大人

伝説

「壬申の乱の敗戦後に、妃・子女や臣下を伴って密かに落ち延びた」とする伝説があり、それに関連する史跡が伝わっている。

千葉県
白山神社(君津市俵田)

君津市いすみ市夷隅郡大多喜町には、大友皇子とその臣下たちにまつわる史跡・口伝が数多く存在しており、17世紀前半に書かれたと考えられている地誌『久留里記』(編者未詳)や、宝暦11年(1761年)に儒学者中村国香が編纂した『房総志料[3]』に記載がみえる[4]。このうち、君津市だけでも

  • 白山神社(君津市俵田)
    祭神は、大友皇子と菊理媛命。この地に落ち延びた皇子が暮らした「小川御所」の跡とされる。
  • 白山神社古墳(同市俵田)
    白山神社の背後に位置する前方後円墳。地元では大友皇子を埋葬したと伝えられ、戦前までは「丸山」「山陵」「小櫃山陵」等と呼ばれてきた。考古学的には、4世紀頃に築造された在地首長のものと考えられている[5][6]。千葉県指定史跡[7]
  • 御腹川(同市長谷川)
    大友皇子が天武天皇の追手に見つかり割腹した場所とされる。
  • 死田(同市賀恵淵にあったと伝えられる)
    大友皇子が臣下の蘇我大炊を従えて狩りに出かけた折、田植の祭りをしている光景に出合った。それを眺めていると、空が一気に掻き曇って風雨雷電が降り注ぎ、苗を植えていた早乙女たちは全員死んでしまったという。

などの伝説関連史跡が存在する[8]

なお、白山神社古墳については、森勝蔵(嘉永3年(1848年)-大正5年(1916年))をはじめとする旧久留里藩関係者が、明治10年代から同30年代にかけて天皇陵治定運動を展開している[9]

愛知県
神明社(岡崎市東大友町)

岡崎市の西部に、大友皇子を祀った、もしくは創建に関わったとされる寺社がみられる。

  • 神明社(岡崎市東大友町)
    この地に落ち延びた皇子が天照大神を祀るために創建したといわれる[10]。かつては、近隣に大友皇子を祭神とする「大友神社」もあった[注釈 1]
  • 大友天神社(同市西大友町)
    大友皇子の従者である長谷部信次という人物が、皇子の霊を祀るために創建したと伝えられる[11]
  • 玉泉寺(同市西大友町)
    大友皇子を開基とする[12]

陵・霊廟

弘文天皇 長等山前陵
滋賀県大津市

(みささぎ)は、宮内庁により滋賀県大津市御陵町にある長等山前陵(ながらのやまさきのみささぎ)に治定されている。宮内庁上の形式は円丘。遺跡名は「園城寺亀丘古墳」。 これとは別に、弘文天皇の御陵とされる墳墓が複数伝わっている[13]

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また皇居では、皇霊殿において他の歴代天皇・皇族とともに天皇の霊が祀られている。


注釈

  1. ^ 大友神社は、宝暦2年(1752年)に矢作川洪水で社殿が流失し、一時廃座となる。明治12年(1869年)に復興するが、同41年(1908年)に神明社に合祀された[10]
  2. ^ 編者未詳だが、弘文天皇の曾孫にあたる淡海三船とする説がある。

出典

  1. ^ 弘文天皇』 - コトバンク
  2. ^ 告井幸男「名代について」(京都女子大学史学会編『史窓』第71号、2014年)http://repo.kyoto-wu.ac.jp/dspace/bitstream/11173/1496/1/0030_071_001.pdf
  3. ^ 紀元二千六百年記念房総叢書刊行会編 国立国会図書館デジタルコレクション 『房総叢書 : 紀元二千六百年記念. 第6卷 地誌其一』 紀元二千六百年記念房総叢書刊行会、1941年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1038169/7 国立国会図書館デジタルコレクション 
  4. ^ 宮間 2018, p. 27-28.
  5. ^ 宮間 2018, p. 23-24.
  6. ^ 白山神社古墳(房総の古墳を歩く/君津市久留里の古墳)”. 芝山町立芝山古墳・はにわ博物館. 2019年2月6日閲覧。
  7. ^ 白山神社古墳(君津市の国・県指定および国登録文化財)”. 千葉県庁 (2017年5月12日). 2019年2月6日閲覧。
  8. ^ 宮間 2018, p. 21.
  9. ^ 宮間 2018, p. 59-80.
  10. ^ a b 石川 1981, p. 174.
  11. ^ 石川 1981, p. 175.
  12. ^ 石川 1981, p. 203.
  13. ^ 宮間 2018, p. 19.


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