橘島田麻呂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/10/06 14:10 UTC 版)
橘 島田麻呂(たちばな の しまだまろ、生没年不詳)は、平安時代初期の貴族。参議・橘奈良麻呂の子。官位は正五位下・兵部大輔。橘氏長者。
延暦16年(797年)春宮亮に任ぜられ、皇太子・安殿親王(のち平城天皇)に仕える(この時の位階は従五位下)。娘で桓武天皇の女御となった常子の薨伝によると、正五位下・兵部大輔に至ったとされる[1]。詳細な経歴は伝わらないが、子女に恵まれ子孫から多数の公卿を輩出した。
系譜
脚注
- ^ 『日本後紀』弘仁8年8月1日条
参考文献
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