文室氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/17 01:47 UTC 版)
文室氏(文屋氏) | |
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氏姓 | 文室(文屋)真人 |
氏祖 |
智努王 大市王 文室助雄 (天武天皇の皇子・長皇子後裔) |
種別 | 皇別 |
著名な人物 |
文室大原 文室綿麻呂 文室秋津 文屋康秀 文屋朝康 など |
凡例 / Category:氏 |
文室氏(ふんやうじ、文屋氏)は、「文室(文屋)」を氏の名とする氏族。天武天皇の皇子長皇子の後裔氏族で、姓は真人。
概要
752年(天平勝宝4年)智努王(文室浄三)・大市王が文室の姓を賜っている。 この他に772年(宝亀3年)長谷於保が改めて文室姓を賜っており、文室(文屋)氏には長親王以外の複数の系統がある。 坂上田村麻呂以前の蝦夷などの征討事業にかかわった文室大原、胆沢城・志波城に拠って東北地域の経営に携わり中納言に至った文室綿麻呂、承和の変に連座した参議文室秋津、六歌仙の一人文屋康秀などがいる。
平安時代中期以降には、寛平の韓寇で活躍した対馬守・文屋善友や刀伊の入寇で活躍した筑前国怡土郡住人・文室忠光、長保3年(1001年)に太宰府府官の傔杖・文屋佐親などがおり、彼らは親族関係にあったとする説がある[1]。
- ^ 関幸彦『刀伊の入寇』(中央公論新社、2021年)
文室氏(文屋氏)
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「平安時代の人物一覧」の記事における「文室氏(文屋氏)」の解説
文室氏(文屋氏) 文室大原……武人。後に三諸姓を賜る。 文室綿麻呂……大原の子。武人。中納言、右大将。征夷大将軍。 文室秋津……大原の子。綿麻呂の弟。参議、春宮大夫。承和の変で失脚。 文室宮田麻呂……大原の子。無実の罪で配流される。 文室巻雄……綿麻呂の子。武人。 文室助雄 文室有房……元慶の乱鎮定に功あり。 文屋康秀……歌人、六歌仙。 文屋朝康……康秀の子。歌人。
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