ペルシア語 言語名

ペルシア語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 09:23 UTC 版)

言語名

ペルシア語での名称である「فارسی‌」(ファールシー)、日本語での名称である「ペルシア語」、英語での名称である「Persian」は、いずれも現代のイランの一地方であるファールス地方(古名: パールサ)に由来する。

ペルシア語では歴史的に「پارسی‌」(パールシー)という呼称もあったが、中世に/p/音のないアラビア語の影響により「فارسی‌」(ファールシー)となり、現在は日常的に専ら「ファールシー」が用いられる[11]。歴史的には「ダリー語」という呼称も用いられてきたが、現在ではこの名称は一般にアフガニスタンのペルシア語を指す。

アフガニスタンでは1958年に「ダリー語」が公式の言語名として定められた。それ以前は現地のペルシア語話者は自分たちの言語を「ファールシー」と呼んでおり、外部からも「アフガン・ペルシア語」等の呼称で呼ばれていた。

タジキスタンでは「タジク語」を公式の言語名としている。

使用地域

おもにイランタジキスタンアフガニスタン及びウズベキスタンロシアコーカサス地方バーレーンイラクの一部でも話される。母語話者は4600万人を超えるとされている。イラン、タジキスタンでは唯一の公用語とされ、アフガニスタンではパシュトー語とともに公用語とされている。ペルシア語は複数中心地言語のひとつであり、イランアフガニスタンタジキスタンでそれぞれ標準語が別個に定められている。

歴史的経緯により、アフガニスタンではダリー語、タジキスタンではタジク語と呼ばれる[12]。これらは現在ではそれぞれの国におけるペルシア語の方言を指すが、イランのペルシア語とは発音や語彙、正書法などに違いがあり、別言語として扱われる場合もある。また、使用される文字も異なり、イランおよびアフガニスタンではアラビア文字に4文字を足したペルシア文字によって表記されるのに対し、タジキスタンではキリル文字によって表記される[13]

各国における使用状況としては、イランにおいては人口の51%を占めるペルシア人の母語であり、上記のとおりイランの唯一の公用語である。イラン国内においても多数の方言が存在するが、テヘラン方言がほぼ標準語としての地位を確立している[14]

タジキスタンにおいても、人口の約85%を占めるタジク人の母語であり、多数派の言語かつ唯一の公用語であるが、かつてこの地を支配していたソヴィエト連邦の言語であったロシア語の通用度も高い。タジク人はタジキスタン国内だけでなく、ウズベキスタン南部のブハラサマルカンドといったオアシスの旧都やフェルガナ盆地の一部などで多数派となっており、これらの地域では住民の多くがタジク語を話す[15][3]。ウズベキスタンにおけるタジク人の割合は4.8%(2017年)、タジク語話者の割合は4.4%となっている[16]

アフガニスタンでは人口の約32%を占めるタジク人がペルシア語(ダリー語)話者であり、また人口の12%を占める中部山岳地帯のハザーラ人もペルシア語と方言関係にあるハザラギ語を話すうえ、西部の少数民族・アイマーク人もまたペルシア語の方言であるアイマーク語を話すなど、人口のほぼ半分弱がペルシア語母語話者となっている。タジク人が多数を占める首都カブールを含む北部の主要言語であり、南部の主要言語であるパシュトー語と並立状態にあるが、首都を言語圏としているうえにパシュトー語話者のかなりがダリー語を話せることもあり、共通語としてはダリー語の方が威信が高く広く使用される[17]。このため、パシュトー語話者がほぼパシュトゥーン人のみで人口の47%を占めるのに対し、ダリー語話者は第二言語も含めれば人口の80%を占めている[18]

歴史

ペルシア語は、時代によって次のように「古」「中」「新」の3つに大別される。なお、日本では後者ふたつを「中世ペルシア語」、「近世ペルシア語」と呼ぶことが多いが、適切な名称とは言い難い[注釈 1][19]

  1. 古代ペルシア語古代ペルシア楔形文字を用いて書かれたアケメネス朝の碑文(紀元前6世紀 - 紀元前4世紀)によって知られる。
  2. 中期ペルシア語 … パフラヴィー語とも呼ばれる。サーサーン朝頃に使われた。アラム文字から派生したパフラヴィー文字(中世ペルシア文字)を用いた。後述の口語のダリー語に対し、行政・宗教・文学で用いられた文語だった。
  3. 新ペルシア語 … 現代では「ペルシア語」といえばふつう新ペルシア語を指す。7世紀から9世紀頃に原型であるダリー語(アフガニスタンで現在話されている同名の言語とは関係がない。起源はサーサーン朝の宮廷口語。「Dar(宮廷)-ī(の)」が語源とされる)が成立した。アラビア文字を改良したペルシア文字を用いている。特に「現代ペルシア語」ないし「現代ペルシア発音」という時は、新ペルシア語のうち、現代イランにおいて標準語とされているものを指し、古典的な新ペルシア語からはやや発音が変化している(i→e、u→o、q→ghなど)。

新ペルシア語の展開

651年にサーサーン朝がイスラム帝国正統カリフ期)に滅ぼされてから200年ほどの間は、ペルシア語の文献は残っておらず、書記言語としてはアラビア語が用いられていた。ペルシア語そのものは、752年ごろのアフガニスタンの墓碑銘に残っており、他にもいくつかの文が断片的に発見されているが、これらはいずれもヘブライ文字などで書かれていた[20]。しかし9世紀にはアラビア文字でペルシア語を書くことが一般化していったと考えられている[21]アッバース朝の衰退に伴って9世紀末ごろにホラーサーンに興ったサーマーン朝においてペルシア語は詩作に用いられ、ここからペルシア語は文章語として栄えるようになり[22]フェルドウスィーの『シャー・ナーメ』、オマル・ハイヤームの『ルバイヤート』、ニザーミーの『ホスローとシーリーン』などに代表されるペルシア文学が花開いた。サーマーン朝においてペルシア語は行政言語として用いられるようになり、以後東イランから中央アジアにおいて次々と興っていったイラン系の王朝もこれを踏襲した。また歴史・哲学などの学術書もこの言語で記された。

ペルシア語は、ペルシア語の母語話者以外にも広くリンガ・フランカとして用いられた。10世紀以降に中央アジアを支配したテュルク系民族は、ペルシア語を行政用語とし、ペルシア人の官僚を使用した[23]ガズナ朝セルジューク朝のようなテュルク系の王朝がイランを支配しても、その状況は変わらなかった。オスマン・トルコ語チャガタイ・トルコ語などのテュルク系の言語による文語が発達した後も、近代までペルシア語は併存しつづけた[23]。そもそもオスマン語やチャガタイ語自体が、ペルシア語の強い影響を受けて成立したものだった[24]。また、ティムール朝をはじめとする中央アジアの諸王朝は、ペルシア系・トゥルク系を問わずペルシア語を公用語として使用し続けた。さらに、ガズナ朝のインド侵攻以降デリー・スルターン朝ムガル帝国といった、中央アジアに起源をもつインド王朝が続き、これらの王朝は南アジアでペルシア語を公用語とした[25]。このため、現代においてもウルドゥー語はペルシア語からの影響が非常に強く、帝国の領域に入ったベンガル語などにもペルシア語の語彙が流入した。オスマン帝国においては公用語はトルコ語系のオスマン・トルコ語であり、公的なペルシア語の重要性はやや低下したものの、文化言語としてはいまだに広く使用される言語のままだった。こうして、10世紀から19世紀前半にかけてはイラン高原を中心に西は小アジアからメソポタミア、北は中央アジアのマー・ワラー・アンナフルアム川シル川流域)、東はインド亜大陸にかけて広がる広大なペルシア語圏が成立していた[26]

しかしこのペルシア語圏は、ムガル帝国に代わってインドを支配したイギリス1835年英語を公用語としたこと、中央アジアにおいてブハラ・ハン国コーカンド・ハン国を滅ぼしたロシア帝国が同じくロシア語を公用語としたこと、そして民族主義の勃興によってこれら地域の諸民族が現地の言葉を優先して使用する傾向が強まったことから、19世紀以降大幅に縮小し[27]、ペルシア系民族の優勢なイラン・アフガニスタン・タジキスタンの3か国が主な現代の使用地域となった。

フェルドウスィーの頃のペルシア語にはアラビア語の影響は少なかったが、時代が下るにつれてアラビア語からの借用語が増え、また文語と日常語の間の差が大きくなった。これに対してペルシア語の近代化の運動が行われ、1903年にはペルシア語純化のための最初のアカデミー会議が持たれた[28]パフラヴィー朝の建国者であるレザー・パフラヴィー1928年にイラン言語アカデミーを設立してペルシア語の近代化に努め、この過程においてアラビア語や西洋の言語からの何千もの借用語を人工的に固有語に置き換えた[29]


注釈

  1. ^ 以下の区分は日本では「古代」「中世」「近世」という名称が学界でも広く使われているが、歴史学における「中世」「近世」とはかなり時代がずれるため、非常に問題がある。そのため、本来は「古期ペルシア語」「中期ペルシア語」「新期ペルシア語」とすべきである。(たとえば伊藤義教は『ゾロアスター教論集』平河出版社 ISBN 4892033154、などでは「古期」「中期」「新期」という用語も併用していたが、学界の主流にはならなかった。)なお、英語では"Old Persian", "Middle Persian", "New Persian"と呼ぶことになっている。("Ancient Persian", "Medieval Persian", "Modern Persian"ではない。)

出典

  1. ^ a b c Samadi, Habibeh; Nick Perkins (2012). Martin Ball; David Crystal; Paul Fletcher. eds. Assessing Grammar: The Languages of Lars. Multilingual Matters. p. 169. ISBN 978-1-84769-637-3 
  2. ^ 『イランを知るための65章』 岡田恵美子・北原圭一、鈴木珠里編著 明石書店 2004年 p.258 ISBN 9784750319803
  3. ^ a b 「中央アジアを知るための60章」p143-144 宇山智彦編著 明石書店 2003年3月10日初版第1刷
  4. ^ a b c d Windfuhr, Gernot: The Iranian Languages, Routledge 2009, p. 418.
  5. ^ Pilkington, Hilary; Yemelianova, Galina (2004). Islam in Post-Soviet Russia. Taylor & Francis. p. 27. ISBN 978-0-203-21769-6. https://books.google.com/books?id=mAfS-PFRLYkC&pg=PA27 : "Among other indigenous peoples of Iranian origin were the Tats, the Talishes and the Kurds"
  6. ^ Mastyugina, Tatiana; Perepelkin, Lev (1996). An Ethnic History of Russia: Pre-revolutionary Times to the Present. Greenwood Publishing Group. ISBN 978-0-313-29315-3. https://books.google.com/books?id=xd3ZnfyRgncC&pg=PA80 , p. 80: "The Iranian Peoples (Ossetians, Tajiks, Tats, Mountain Judaists)"
  7. ^ IRAQ”. 2014年11月7日閲覧。
  8. ^ Persian | Department of Asian Studies” (英語). 2019年1月2日閲覧。 “There are numerous reasons to study Persian: for one thing, Persian is an important language of the Middle East and Central Asia, spoken by approximately 70 million native speakers and roughly 110 million people worldwide.”
  9. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Farsic ? Caucasian Tat”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/fars1254 
  10. ^ 『図説 世界の文字とことば』 町田和彦編 71頁。河出書房新社 2009年12月30日初版発行 ISBN 978-4309762210
  11. ^ Campbell, George L.; King, Gareth, eds (2013). “Persian”. Compendium of the World's Languages (3rd ed.). Routledge. p. 1339. ISBN 9781136258466. https://books.google.com/books?id=DWAqAAAAQBAJ&pg=PA1339 
  12. ^ 「言語世界地図」p156 町田健 新潮新書 2008年5月20日発行
  13. ^ https://www.afpbb.com/articles/-/3096045 『「理解不能」な言葉使った記者に罰金、タジキスタン』 AFPBB 2016年08月02日 2017年6月24日閲覧
  14. ^ 「イスラーム世界のことばと文化」(世界のことばと文化シリーズ)p62 佐藤次高・岡田恵美子編著 早稲田大学国際言語文化研究所 成文堂 2008年3月31日初版第1刷
  15. ^ 『イランを知るための65章』 岡田久美子・北原圭一、鈴木珠里編著 明石書店 2004年 p.258 ISBN 9784750319803
  16. ^ https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/uz.html#People CIA world factbook 2019年4月22日閲覧
  17. ^ 「言語世界地図」p165 町田健 新潮新書 2008年5月20日発行
  18. ^ https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/af.html CIA world factbook 2019年4月22日閲覧
  19. ^ 『イランを知るための65章』 岡田久美子・北原圭一、鈴木珠里編著 明石書店 2004年 p.66-68 ISBN 9784750319803
  20. ^ 「世界の文字を楽しむ小事典」p44-45 町田和彦編 大修館書店 2011年11月15日初版第1刷
  21. ^ 「ペルシア語が結んだ世界 もうひとつのユーラシア史」(北海道大学スラブ研究センター スラブ・ユーラシア叢書7)p5 森本一夫 北海道大学出版会 2009年6月25日第1刷
  22. ^ 「イスラーム世界のことばと文化」(世界のことばと文化シリーズ)p63 佐藤次高・岡田恵美子編著 早稲田大学国際言語文化研究所 成文堂 2008年3月31日初版第1刷
  23. ^ a b 坂本勉『トルコ民族主義』講談社現代新書、1996年、66,81頁。 
  24. ^ 「ペルシア語が結んだ世界 もうひとつのユーラシア史」(北海道大学スラブ研究センター スラブ・ユーラシア叢書7)p9 森本一夫 北海道大学出版会 2009年6月25日第1刷
  25. ^ a b 「アラビア語の世界 歴史と現在」p490 ケース・フェルステーヘ著 長渡陽一訳 三省堂 2015年9月20日第1刷
  26. ^ 「ペルシア語が結んだ世界 もうひとつのユーラシア史」(北海道大学スラブ研究センター スラブ・ユーラシア叢書7)p7-11 森本一夫 北海道大学出版会 2009年6月25日第1刷
  27. ^ 「ペルシア語が結んだ世界 もうひとつのユーラシア史」(北海道大学スラブ研究センター スラブ・ユーラシア叢書7)p11 森本一夫 北海道大学出版会 2009年6月25日第1刷
  28. ^ M. A. Jazayeri (1999). “FARHANGESTĀN”. イラン百科事典. http://www.iranicaonline.org/articles/farhangestan 
  29. ^ a b c 「アラビア語の世界 歴史と現在」p482 ケース・フェルステーヘ著 長渡陽一訳 三省堂 2015年9月20日第1刷
  30. ^ 「世界の文字を楽しむ小事典」p216 町田和彦編 大修館書店 2011年11月15日初版第1刷
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  32. ^ 「世界の文字を楽しむ小事典」p171 町田和彦編 大修館書店 2011年11月15日初版第1刷
  33. ^ Windfuhr, Gernot (1987). “Persian”. In Bernard Comrie. The World's Major Languages. Oxford: Oxford University Press. p. 543. ISBN 978-0-19-506511-4 
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  35. ^ 「アラビア語の世界 歴史と現在」p491 ケース・フェルステーヘ著 長渡陽一訳 三省堂 2015年9月20日第1刷
  36. ^ 『図説 世界の文字とことば』 町田和彦編 60頁。河出書房新社 2009年12月30日初版発行 ISBN 978-4309762210
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  38. ^ 「アラビア語の世界 歴史と現在」p493 ケース・フェルステーヘ著 長渡陽一訳 三省堂 2015年9月20日第1刷
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  40. ^ 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 pp. 271-272 ISBN 4309724671
  41. ^ 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 p271 ISBN 4309724671
  42. ^ 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 pp. 267-268 ISBN 4309724671
  43. ^ 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 pp. 269-270 ISBN 4309724671
  44. ^ a b 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 p267 ISBN 4309724671
  45. ^ 『暮らしが分かるアジア読本:イラン』 上岡弘二編 河出書房新社 1999年9月24日 p268 ISBN 4309724671


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