土屋禮一とは? わかりやすく解説

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土屋礼一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/14 23:28 UTC 版)

土屋 礼一
(つちや れいいち)
本名 土屋 禮一(つちや れいいち)[1]
誕生日 (1946-02-28) 1946年2月28日(77歳)
国籍 日本
芸術分野 日本画
教育 武蔵野美術大学[1]
出身校 岐阜県立大垣南高等学校[1]
代表作 「赤い沼」[1]
受賞 日本芸術院賞
2007年 軍鶏
会員選出組織 日展副理事長兼事務局長[1]
武蔵野美術大学客員教授[1]
金沢美術工芸大学教授[1]
影響を受けた
芸術家
加藤東一[1]
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土屋 礼一(つちや れいいち、1946年2月28日 - )は、日本画家。本名は土屋 禮一(つちや れいいち)[1]日本芸術院会員、日展副理事長、金沢美術工芸大学名誉教授・客員教授[1]

来歴

岐阜県養老郡養老町出身[1]岐阜県立大垣南高等学校武蔵野美術大学卒業後、加藤東一に師事[1][2]

日展理事、武蔵野美術大学客員教授、金沢美術工芸大学教授[1]。代表作『赤い沼』は文化庁に買い取りを受けている[1]

1998年、師の加藤東一が描く予定だった、瑞龍寺岐阜市本堂障壁画を描く。この時より、本名の、土屋禮一名義で、作品を発表[3]

2007年に「軍鶏」で日本芸術院賞受賞[1]

2009年日本芸術院会員[1]

2011年隅田川花火大会花火コンクールの審査委員長を歴任。

2019年令和元年)、 宮内庁の委嘱により、大嘗祭の後の、大響の儀に飾る、主基地方(京都府)風俗歌屏風(六曲一双)を担当する(和歌は、永田和宏が担当)。

著書

家族

関連項目

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q "土屋禮一(土屋礼一) [Tsuchiya Reiichi]". ビジョン企画出版社. 2018年7月21日閲覧
  2. ^ 「土屋禮一展~なつかしさを求めて~」を開催します”. 大垣市 (2012年4月24日). 2012年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月7日閲覧。
  3. ^ 土屋禮一土屋禮一展・大地から空へ・瑞龍寺本堂障壁画を中心に」(岐阜県美術館・1999年)
  4. ^ "土屋礼央". ワタナベエンターテインメント. 2018年7月21日閲覧

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