国家 国家の起源

国家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/05 13:41 UTC 版)

国家の起源

国家の起源には諸説あり、定説はないと言っていい。それは特に現代において、国家の形が多様であり、ひとつのモデルで説明しきれないことを表している。しかし、国家を静態的ではなく、動態的に捉えることは非常に重要である。動態的な国家起源のモデルを設定してそれを理念型とすることで、多様な国家の成り立ちをよりよく理解することができるようになるからである。

国家起源の動態モデルの例としてカール・ドイッチュの説がある。

ドイッチュは国家の起源を社会的コミュニケーションの連続性から説明する。彼によれば、国民 (nation) とは次の2種類のコミュニケーションの積み重ねの産物である。すなわち、第1に、財貨資本労働の移動に関するものである。第2に、情報に関するものである。西欧における資本主義の発展に伴って、交通や出版、通信の技術も発達し、これら2種類のコミュニケーションが進展し徐々に密度を増すと、財貨・資本・労働の結びつきが周辺と比較して強い地域が出現する。ドイッチュはこれを経済社会 (society) と呼ぶ。また同時に、言語と文化(行動様式・思考様式の総体)における共通圏が成立するようになる。ドイッチュはこれを文化情報共同体 (community) と呼ぶ。

言語や文化など多くの共通点を持つ人間集団は「国民」(nation)と呼ばれ、この集団が実際に政府を樹立し成立するのが「国民国家」nation-stateである[43]

しかし、現代における国家は必ずしもこうした理念型に合致するものではない。まともなコミュニケーションの進展も存在せず、それ故に「国民」(nation) と呼べる実体が全く不在の場所に国家 (state) だけが存在するという場合もあれば、ひとつの国家 (state) の中に異なる政府の樹立を求める民族 (nation) が複数存在する場合もある。前者の典型的な例はアフリカであり、アフリカ分割時に各宗主国によって恣意的にひかれた国境線を踏襲したまま独立したため、国境線と民族分布とは多くの場合一致していなかった。独立後に各国政府は国民の形成を急いだが、国内に存在する各民族のナショナリズムを「トライバリズム」(部族主義)と呼んで非難し抑圧する一方で、指導者が自らの属する民族を重用し政府内を自民族で固めるといったことをしばしば行った。このため国民の形成はほとんどの国家において掛け声倒れに終わってしまい、逆に民族間の激しい抗争が繰り返されるようになった[44]。後者の例としては、第一次世界大戦後の東ヨーロッパが挙げられる。東欧に林立した新独立国は国民国家として構想され、どの国においても主要民族が人口の大半を占めていたものの、いずれの国家も国内に少なくない数の非主要民族を抱えており、国民統合を進めるため強硬な同化政策や排除を進める国家側と、それに抵抗する少数派とが激しく対立した。またこれらの少数派民族の中には、旧帝国時代には支配層だったドイツ人マジャール人などが含まれており、彼らは国土の縮小した自民族の国家と連携して戦後秩序の改正を求めるようになり、第二次世界大戦に少なからぬ影響を与えた[45]。第二次世界大戦後のヨーロッパにおいては、これまでの国民国家 (nation-state) を包括するような大きな主体の出現が議論されている。それに対して、さらに細分化された民族 (people) が自らの政府の樹立を望んで国民 (nation) となろうとしているようにも見える地域も無数に存在している。こうしたことはEUの発展するヨーロッパにおいても見られる。

静態的な国家論だけでは国家を捉え切ることは非常に困難であると考えられる。


注釈

  1. ^ どの論者がヘーゲルの指摘を挙げたか出典を示さなければいけない。あるいはヘーゲルのどの本のどの章なのか示さなければならない。

出典

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  3. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p75 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  4. ^ 「都市の起源 古代の先進地域西アジアを掘る」p20-22 小泉龍人 講談社 2016年3月10日第1刷発行
  5. ^ 「文明の誕生」p4 小林登志子 中公新書 2015年6月25日発行
  6. ^ 「改訂版 政治学への道」p40-41 永山博之・富崎隆・青木一益・真下英二著 一藝社 2018年9月21日改訂版第1刷発行
  7. ^ 「国際平和論」p2 福富満久 岩波書店 2014年9月26日第1刷発行
  8. ^ 「ファンダメンタル政治学」p151-153 等松春夫・竹本知行編著 北樹出版 2010年4月26日初版第1刷発行
  9. ^ 「ファンダメンタル政治学」p153-155 等松春夫・竹本知行編著 北樹出版 2010年4月26日初版第1刷発行
  10. ^ 「グローバリゼーション 現代はいかなる時代なのか」p24-25 正村俊之 有斐閣 2009年9月10日初版第1刷発行
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  12. ^ 「グローバリゼーション 現代はいかなる時代なのか」p71-72 正村俊之 有斐閣 2009年9月10日初版第1刷発行
  13. ^ 「現代国際法講義 第5版」p176 杉原高嶺・水上千之・臼杵知史・吉井淳・加藤信行・高田映 著 有斐閣 平成24年6月10日第5版第1刷発行
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