腸管出血性大腸菌感染症とは? わかりやすく解説

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腸管出血性大腸菌感染症


疫 学
1982 年米国ハンバーガー原因とする出血性大腸炎集団発生した事例において、大腸菌O157下痢原因菌として分離された。その後北米欧州オーストラリアなどでも集団発生相次いで発生している。我が国では、1990 年埼玉県浦和市幼稚園における井戸水原因としたO157 集団発生事件で、園児2 名が死亡して注目された。その後1996 年入り爆発的な患者数増加をみた。この年5月岡山県始まった集団発生から、7月には大阪府堺市での患者5,591名に上る集団発生事件へ進展、その主な原因給食あるいは仕出し弁当であった1997年以降集団事例報告数は減ったものの、散発事例における患者数はほぼ横ばい状態で年間数百人の患者発生している。

また、現在の複雑な流通事情反映して同一汚染食品広範囲流通した結果一見散発事例思われる同時多発的な集団事例diffuse outbreak)が発生しており、1998年には北海道産イクラ原因食品として7 都府県患者49 名が発生した事例報告されている。さらに、2001年には輸入牛肉原材料とした「牛タタキ」を汚染源とし、7都県で240名の患者発生する事例報告された。一方、本症では家族内発生と二次感染が多いことも特徴である。発生時期は、夏季に多いが冬季にもみられる(図1)。
腸管出血性大腸菌感染症

病原体

 腸管出血性大腸菌感染症の原因菌は、ベロ毒素Verotoxin=VT, またはShigatoxin =Stx呼ばれている)を産生する大腸菌である(図2)。ベロ毒素は、培養細胞一種であるベロ細胞に対して致死的に作用することから、この名前が付けられている。ヒト発症させる数はわずか50程度考えられており、二次感染起きやすいのも少数感染成立するためである。また、このは強い酸抵抗性示し胃酸中でも生残する。
腸管出血性大腸菌感染症
 知られている主な病原因子は、定着因子としてattaching and effacing 病変形成するIntimin と、ベロ毒素抗原性の違いによりStx1とStx2がある)である。我が国においては患者及び保菌者から検出される腸管出血性大腸菌のO 抗原による血清型は、O157 がもっと多く、O26 とO111 がそれに次ぐ。分離培地上でO157それ以外血清型や一般の大腸菌などと異なりソルビトール非分解であり、また、β‐D‐glucuronidase(MUG テスト)が陰性である。

臨床症状

 腸管出血性大腸菌感染症は、O157はじめとするべロ毒素産生性の腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E. coli,
EHEC)で汚染され食物などを経口摂取することによっておこる腸管感染主体である。また、ヒトからヒトへの二次感染問題となる。その症状は、無症候性から軽度下痢激し腹痛頻回水様便、さらに、著し血便とともに重篤合併症起こし死に至るものまで、様々である。
図3. 腸管出血性大腸菌O157:H7 感染時の血便
腸管出血性大腸菌感染症
多く場合、3~5 日潜伏期をおいて激し腹痛をともなう頻回水様便の後に、血便となる(出血性大腸炎)。発熱軽度で、多く37 ℃台である。血便初期には血液混入少量であるが次第増加し典型例では便成分少な血液そのものという状態になる(図3)。有症者の6 ~7%において、下痢などの初発症状発現数日から2 週間以内に、溶血性尿毒症症候群Hemolytic Uremic Syndrome, HUS)、または脳症などの重症合併症発症するHUS発症した患者致死率は1 ~5%とされている。

病原診断
確定診断は、糞便からの病原体分離ベロ毒素検出によってなされる。それには、便培養による分離、および生化学的同定血清型別ベロ毒素試験等を行うことが必要となる。患者の便はそのまま、あるいは100 倍に希釈して直接分離培地塗抹し、37 ℃1824 時間培養する
腸管出血性大腸菌O157分離には、ソルビトール・マッコンキー培地CTSMAC がよい)上で灰白色半透明ソルビトール非分集落10程度後、確認同定するO157 以外の血清型腸管出血性大腸菌分離のために、ソルビトール分解集落桃色赤色)も同様に後、確認同定するスライド凝集反応は、ソルビトール非分集落からのについてはO157 抗血清を、ソルビトール分解集落からのについては、O26 、O111 、O128 など腸管出血性大腸菌血清型として報告のある抗血清用いて行うのがよい。
患者血便HUS症状みられるのに、分離市販病原性大腸菌免疫血清凝集しない場合には、典型的な血清型以外の腸管出血性大腸菌可能性があるので、分離大腸菌すべてについて毒素産生試験を行うことが望ましい。腸管出血性大腸菌毒素産生試験に関しては、免疫学的検査酵素抗体法等)及びPCR 法用いた遺伝子検査がある。

治療・予防
治療については、「一次二次医療機関のための腸管出血性大腸菌O157等)感染症治療の手引き改訂版)」(http://www1.mhlw.go.jp/o-157/manual.html)が、厚生省、(現厚生労働省)の研究班により作成されている。予防対策としては、汚染食品からの感染主体であることに留意して食品を十分加熱したり、調理後の食品はなるべく食べきる等の注意が大切である。とくに若齢者、高齢者及び抵抗力が弱いハイリスク・グループに対しては、重症事例発生防止する観点から、生肉又は加熱不十分な食肉食べさせないよう、医療関係者公衆衛生関係者から販売者消費者等への注意喚起が必要である。
ヒトからヒトへの二次感染に対しては、糞口感染であることから、手洗い徹底等により予防することが可能である。

感染症法における取り扱い
腸管出血性大腸菌感染症は3 類感染症分類され診断した医師直ち最寄り保健所届け出る報告のための基準以下の通りである。
診断した医師の判断により、症状所見から当該疾患疑われ、かつ、以下の方法によって病原体診断なされたもの。
材料患者便等
病原体検出
腸管出血性大腸菌分離同定し、かつ、分離されベロ毒素産生試験陽性またはベロ毒素遺伝子確認PCR 法など)もしくは便中のベロ毒素検出

学校保健法での取り扱い
腸管出血性大腸菌感染症は第三種伝染病指定されており、有症状者の場合には、医師によって伝染のおそれがないと認められるまで出席停止となっている。無症状病原体保有者場合には出席停止の必要はなく、手洗い励行等の一般的な予防方法励行二次感染防止できるとされている。


国立感染症研究所細菌部 寺嶋 淳)

  


腸管出血性大腸菌

(腸管出血性大腸菌感染症 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/27 16:03 UTC 版)

腸管出血性大腸菌
概要
分類および外部参照情報
ICD-10 A04.3
ICD-9-CM 008.04

腸管出血性大腸菌(ちょうかんしゅっけつせいだいちょうきん、enterohemorrhagic Escherichia coli:EHEC)とは、ベロ毒素 (Verotoxin; VT)、または志賀毒素 (Shigatoxin; Stx) と呼ばれている毒素を産生することで病原性を持った大腸菌である[1]病原性大腸菌」の一種である。このため、VTEC (ベロ毒素産生性大腸菌、Verotoxin producing E. coli) やSTEC (志賀毒素産生性大腸菌、Shiga toxin-producing E. coli) とも呼ばれる。この菌の代表的な血清型別には、O157が存在する。

この菌による感染症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律により3類感染症として指定され、確認した医師は直ちに所轄する保健所などに届け出る必要がある。

歴史

  • 1982年 アメリカオレゴン州ミシガン州などでハンバーガーが原因食と推定される食中毒からEscherichia coli O157:H7 (O157) が初めて検出される[2]
  • 1987年に発見されたベロ細胞を致死に至らしめる大腸菌O26の毒素が、米国の研究者によって赤痢菌の分泌する志賀菌の抗体で中和されたことから、志賀毒素産生大腸菌と呼ばれる発端となった。1982-1995年まで、Shiga-like toxin (Slt)と呼ばれていたが、1996年にShiga toxin familyとして、まとめて志賀毒素産生菌と呼ぶようになった[3]
  • 1993年には、アメリカのシアトル周辺で大規模なハンバーガー食中毒事件(ジャック・イン・ザ・ボックスの大腸菌集団感染)も発生した。[4]
  • その後もアメリカ合衆国、欧州オーストラリアなどでも集団発生が相次いで発生している。
  • 日本では、1990年に埼玉県浦和市(現さいたま市)の幼稚園にて井戸水が原因とされる食中毒が発生した(園児2名が死亡)。
  • 1996年 日本において、爆発的な発生が見られる。特に大阪府堺市においては小学校の学校給食で提供された食品がEscherichia coli O157:H7に汚染されていた事により、9,000人を超える集団発生が起きる(堺市学童集団下痢症)。堺市で小学生女児3名、岡山県で小学生女児2名が死亡。
  • 1997年以降、毎年千数百人の医療機関を受診した患者が報告されている[1]

感染経路

腸管出血性大腸菌による感染は、ベロ毒素産生性の腸管出血性大腸菌で汚染された食物などを経口摂取することによっておこる腸管感染が主体である。また、ヒトを発症させる菌数はわずか50個程度と少なく、強毒性を有するため、二次感染が起きやすく注意が必要である。また、この菌は強い酸抵抗性を示し、胃酸の中でも生残し腸に達する[1]

血清型別

大腸菌は、耐熱性菌体抗原であるO抗原160種類以上と、易熱性の鞭毛抗原であるH抗原60種類以上によって分類される[2]

  • O抗原
ベロ毒素を産生することのあるO抗原としては、O1、O2、O5、O18、O25、O26、O55、O74、O91、O103、O104、O105、O111、O113、O114、O115、O117、O118、O119、O121、O128、O143、O145、O153、O157、O161、O165、O172などがある。そのうち、O157によるものが全体の約80%を占める。
  • H抗原
上記で示したO抗原であっても、H抗原が異なる場合等はベロ毒素を産生しないものがある。

したがって、腸管出血性大腸菌などの血清型別を表記する場合には、Escherichia coli O157:H7などと表記する。

ベロ毒素を産生する血清型別(抜粋)[5]
O1:H20 O103:H2 O128:H2
O2:H6 O111:H- O128:H8
O4:H10 O114:H4 O128:H25
O5:H- O118:H2 O157:H7
O26:H11 O118:H12 O157:H-
O26:H- O128:H- O163:H19

病原性

腸管出血性大腸菌は、無症状や軽度の下痢から、激しい腹痛頻回の水様便著しい血便(下血)などとともに重篤な合併症を起こし死に至るものまで、様々である。感染力は比較的強く他の食中毒原因菌の1101100の100〜1000cfuの摂取で感染が成立するとされている[6]

  • 感染患者に、性別・年齢等有意な差はない。ただし重症化しやすいのは乳幼児小児高齢者で、男性よりも女性のほうがやや重症化しやすい。
  • 感染の機会のあった者の約半数は感染から3-8日の潜伏期[7]の後に激しい腹痛をともなう頻回の水様便となる。多くは発症の翌日ぐらいには血便または粘血便となる(出血性大腸炎)。ほかの経口感染症(サルモネラ腸炎ビブリオなど)と比べると吐き気嘔吐はみられないことが多く、あっても程度は軽い。発熱は一過性で軽度(37℃台)である事が多い。血便になった当初には血液の混入は少量であるが次第に増加し、典型例では大便成分の少ない血液(と粘液)がそのまま出ているような状態になる。
  • 有症者の6-7%は下痢などの初発症状発現の数日-2週間(多くは5-7日後)以内に、溶血性尿毒症症候群 (Hemolytic Uremic Syndrome, HUS)、や脳症などの重篤な合併症を発症する。溶血性尿毒症症候群を発症した患者の致死率は1-5%とされている[8][9]。このほか、稀ではあるが虫垂炎腸重積など、消化器系の合併症にも注意が必要である(ひどい場合は穿孔壊死によって腹膜炎に進展する)。
  • 重症合併症の危険因子としては、乳幼児高齢者及び血便や腹痛の激しい症例が挙げられている[9]が、それ以外でも重症合併症が起こる可能性がある。

診断

症状の発症とは関係なく糞便からの病原体(腸管出血性大腸菌)の分離、分離した菌株の毒素産生性の確認または毒素遺伝子の確認。同時に毒素型、抗体型を知る事が出来ればより効果的な治療につながる[10]

治療法

症状、季節、年齢など様々な要素を考慮した診断を基にして、それに応じた対症療法が行われる[11]

  • 下痢症状を有する場合、安静、水分の補給及び年齢・症状に応じた消化しやすい食事の摂取。
  • 激しい腹痛血便が認められ、経口摂取がほとんど不可能な場合は輸液を行う。腎機能障害の発現に注意する。
  • 腸管運動抑制性の下痢止め(止瀉薬)は、腸管内容物の停滞時間を延長し、ベロ毒素の吸収を助長する危険性があるので使用しない。
  • 強い腹痛に対する鎮痛剤として、ペンタゾシンの皮下注射または筋肉内注射。スコポラミン系は腸管運動を抑制するため避ける。
  • 抗生物質の投与
    • 小児 - ホスホマイシン、ノルフロキサシン、カナマイシン
    • 成人 - ニューキノロン、ホスホマイシン
  • 合併症(溶血性尿毒症症候群壊死性腸炎など)を起こした場合は早急に入院する必要がある。場合によっては人工透析手術が必要なこともある。

脚注

  1. ^ a b c 国立感染症研究所 (2002), IDWR感染症発生動向調査週報 2002年第6号感染症の話, https://web.archive.org/web/20161009002450/http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k02_g1/k02_06/k02_06.html 2010年2月9日閲覧。 
  2. ^ a b 岡田淳ほか (1994), 微生物学・臨床微生物学, 臨床検査技師講座, 22 (3rd ed.), 医歯薬出版, ISBN 4-263-22622-4 
  3. ^ ベロ毒素の新たな知見 化学療法の領域 25(5) 39-48. 2009
  4. ^ 厚生労働省検疫所 (n.d.), 3類感染症・腸管出血性大腸菌, http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/page_i/i03.html 2010年2月9日閲覧。 
  5. ^ 大阪大学 (n.d.), ヴェロ毒素産生性大腸菌(VTEC), オリジナルの2009年4月15日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20090415070140/http://www.med.osaka-u.ac.jp/doc/o157/contents/vtec.html 2010年2月9日閲覧。 を基に一部追加
  6. ^ 山篠貴史、太田美智男、ベロ毒素生産性大腸菌 O157 の有機酸耐性 化学と生物 2003年 41巻 9号 p.619-627, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.41.619
  7. ^ 知って得する病気の知識 O157 日本医師会
  8. ^ なお、激しい腹痛と血便のあった場合は、その数日後に上記の合併症を起こすことがあるので、特に注意が必要である。
  9. ^ a b ">厚生労働省 (1997), 一次、二次医療機関のための腸管出血性大腸菌(O157等)感染症治療の手引き(改訂版), https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0908/h0821-1.html 2010年2月9日閲覧。 
  10. ^ 腸管出血性大腸菌(EHEC)検査・診断マニュアル 平成24年6月
  11. ^ 一次、二次医療機関のための O-157 感染症治療のマニュアル 厚生労働省食中毒関連情報

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