密通
『ウェストカー・パピルスの物語』(古代エジプト) 首席典礼司祭ウバウネの妻が、平民の男と密通した。ウバウネは、蝋(ろう)で7指尺(13センチほど)の小さなワニを作り、呪文を唱える。すると、それは7腕尺(3メートル半以上)の生きた大ワニとなり、水浴する平民の男をつかまえて、泉水の底に沈んだ。ウバウネは、妻の密通をネブカ王陛下に話す。ネブカ王陛下はウバウネの妻を火あぶりにし、その灰は河へ投げ棄てられた。
『オデュッセイア』第8巻 アプロディテ(アフロディーテ)は、びっこで醜男のヘパイストスを夫としたが、これに不満で、美男のアレスと密通を重ねた。ある時、ベッドの上の2人はヘパイストスが仕掛けた鎖の罠に縛られ、夫や他の神々の目にさらされて、笑われた。
★1b.「妻に裏切られたのは自分だけではない」と知って、夫の心が慰められる。
『千一夜物語』「発端」 シャハザマーン王が、妃と黒人奴隷の密通の現場を見て、彼らを殺す。王は陰鬱な気分で兄シャハリヤール王の宮殿を訪れるが、兄王の妃もまた黒人奴隷と密通していたので、弟王は「不幸は自分だけではない」と思って、心が慰められる。兄王と弟王は旅に出て、鬼神(イフリート)の妻である美女から誘惑される。美女が「鬼神に隠れて、これまでに570人の男と交わった」と言うので、兄王と弟王は「これに比べれば、自分たちは、まだましだ」と考える。
『宝物集』(七巻本)巻5 天竺の大臣は美貌の妻を持っていたが、妻は密夫(みそかをとこ)と通じていた。大臣はこれを恨み嘆いて、早朝から深夜まで王宮にいた。その時、大臣は、皇女が馬飼いの男と密会している現場を見る。大臣は「我が妻だけではなかった。女人の心は、皆このようなものだ」と悟り、発心した。
『捜神後記』巻9-6(通巻100話) 賦役に駆り出された夫が、数年ぶりに家に帰る。妻は下男と密通しており、食膳についた夫に向けて、下男が弓に矢をつがえる。夫は、烏龍(うりゅう)という名の飼い犬に救いを求める。烏龍は下男にとびかかり、これを倒す。
『今昔物語集』巻24-14 ある官人が東国から京へ帰る途中、同宿した陰陽師・弓削是雄から、「汝を害しようとする者が汝の家に潜んでいる」と教えられる。帰宅した官人は、隠れていた法師をひきずり出して追求し、妻が法師の師僧と密通していたことを知る。妻は「夫を殺せ」と法師に命じていたのだった〔*『古事談』巻6-50の類話では、相人の忠言に従った夫が、帰宅後、潜んでいた密夫と妻とを弓で射殺す〕。
『ジャータカ』第402話 妻が夫のバラモンを托鉢の旅に出しておいて、その間に愛人と密通する。バラモンは、旅中、木に宿る神や賢者セーナカの教えにより、袋中の黒蛇に噛まれる危険をのがれ、帰宅して妻の不貞をあばく。
*→〔風呂〕6の『異苑』86「二つの戒め」・『捜神記』巻3-17(通巻65話)。
*王の遠征中に妃が密通し、帰って来た王を殺す→〔夫殺し〕1の『アガメムノン』(アイスキュロス)。
『三国伝記』巻1-29 男が「前行七歩、後行七歩、思惟観察、智恵自生」の4句を5百両で買い、帰宅する。妻のそばに衣冠の男がいるので殺そうとするが、4句のおかげで思いとどまる。実は、母親が世人にあなどられぬよう男装して、留守を守っていたのだった。
『話千両』(昔話) 出稼ぎから帰る途中の男が、「宿をとるな」「油断するな」など3つの忠言を多額で買い、そのうちの2つのおかげで道中の危険を脱する。家へ帰ると見知らぬ男の影が映るので、妻が密通していると思って男は怒る。3つ目の忠言「短気は損気」を思い出しよく見ると、間男と見えたのは、頭を剃った老母・泥棒よけの人形・成長した息子などであった〔*外国にも同型の話がある〕。
『暗夜行路』(志賀直哉) 時任謙作は、祖父と母との不義の子として生まれた。青年となった謙作は自らの出生の秘密を知らされて悩むが、立ち直って結婚する。ところが妻・直子は、謙作の留守中に、従兄の要によって貞操を汚される。30余年をへだてて、謙作の母と妻がそれぞれにあやまちを犯し、謙作は2度とも被害者の立場に立たされる。
『源氏物語』 10代の光源氏は、父桐壺帝の妻藤壺女御と密通し、生まれた子は桐壺帝の子として育てられ、後に冷泉帝となる。30年後、源氏の幼妻・女三の宮が柏木と密通し、生まれた薫を源氏は自分の子として育てる。光源氏は前半生では密通の加害者に、後半生では一転して被害者になる。
★4.欧米の近代小説で名作と言われるものの中には、人妻の密通をテーマとするものが目立つ。
『赤と黒』(スタンダール) 美貌の青年ジュリアンは、田舎町の町長レナールの屋敷に家庭教師として住み込み、夫人を誘惑して関係を持つ。しかし2人の仲が人々の噂になり、ジュリアンはレナール家を去る。その後ジュリアンはパリに出て、侯爵の娘マチルダと婚約するが、そこへ彼の旧悪をあばくレナール夫人の手紙が届く。ジュリアンは怒り、レナール夫人を銃撃して負傷させ、死刑になる。
『アンナ・カレーニナ』(トルストイ) アンナは政府高官カレーニンの妻であり、1人息子のセリョージャがいる。彼女は青年将校ウロンスキー伯爵と恋に落ち、女児をもうける。しかし夫カレーニンは離婚を承諾しない。アンナは不倫を批難され、社交界からも冷たくされて、ウロンスキーとともに田舎に引きこもる。ウロンスキーは社会的活動に意欲を示し、アンナとの間に亀裂が生ずる。アンナは絶望して鉄道自殺する。
『チャタレイ夫人の恋人』(ロレンス) 准男爵クリフォード卿は戦傷で下半身不随になり、故郷のラグビー邸に引きこもる。妻コニー(コンスタンス)は、敷地内の森番メラーズと関係を持ち、身ごもる。クリフォード卿はメラーズを解雇し、コニーからの離婚の申し出には応じない。コニーは夫のもとを去り、メラーズは田舎で働く。2人は別々に暮らし、やがて赤ん坊が生まれ、メラーズが小さな農場を持つことができる日を、待つ。
『緋文字』(ホーソーン) ヘスターは、父親のわからない女児を抱いて処刑台に立たされ、さらしものにされる。彼女は、姦通を示す緋色の「A」文字を衣服につけて暮らす。ヘスターの夫チリングワース医師は、不倫相手が牧師ディムズデールであることを察知し、病弱なディムズデールの主治医となって、彼を苦しめる。牧師ディムズデールは、公衆への演説の中で自らの罪を告白し、倒れて死ぬ。復讐の対象を失ったチリングワースも、やがて病死する。
『ボヴァリー夫人』(フロベール) ロマンチックな愛を夢見るエンマ・ボヴァリーは、凡庸な田舎医者の夫シャルルに幻滅する。色事師ロドルフがエンマを誘惑するが、エンマが本気になり駆け落ちを迫ると、ロドルフは逃げ出す。エンマは美貌の青年レオンとも関係を持つ。しかし、彼女はロドルフやレオンとの不倫のために、夫に内緒で多額の借金をしており、裁判所が家財道具を差し押さえる。エンマは砒素を飲んで自殺する。
『紙入れ』(落語) 新吉が親方の女房と通じている所へ、親方が帰ってくる。慌てて逃げる新吉は、女房からの手紙が入った紙入れを置き忘れる。翌日様子を見にいくと、親方は気づいていないので、新吉は「人妻と間男をして、その家へ紙入れを忘れた」と他人事のようにして言う。女房は「間男するくらいのおかみさんだもの、紙入れなど如才なく隠したでしょうよ」と言う〔*親方は女房の不貞を知っていた、という演出もある〕。
『黄金のろば』(アプレイウス)第9巻 妻が情人といるところへ夫が帰って来る。妻は情人を大甕に隠し、「この人が大甕を買いに来て、中を点検している」と、ごまかす。夫は大甕を高く売るため、情人に代わり自ら大甕に入って中の汚れを削る。妻は大甕の口に頭を突っこみ「そこ」「もっと奥」などと言い、それにあわせて情人が後ろから妻を犯す〔*『デカメロン』第7日第2話に類話〕。
『パンチャタントラ』第4巻第7話 妻が情夫を部屋に引き入れるが、夫が寝台の下から監視していることに気づく。そこで妻は情夫に、「私は6ヵ月以内に未亡人になる、と予言された。ただし私が夫以外の男と交わるならば、夫にとりついた『死』はその男に乗り移り、夫は2百年生きられる」と、作り話をする。夫はその話を信じ、寝台の下から出て来て、妻と情夫に感謝する。
『右近左近(おこさこ)』(狂言) 百姓の右近が「左近の牛に田を荒らされたから、訴訟をしよう」と、妻に相談する。ところが妻は左近に味方するので、右近は「お前が左近びいきなのは、左近と関係があるからだろう」と言う。妻は、「妻の恥は夫の恥じゃ。この男畜生め」と怒り出し、右近を投げ飛ばして去る。右近は「いくら怒ったとて、お前と左近は夫婦じゃ。皆、笑え笑え」と言って、自らも笑う。
★6.もののはずみ・偶発的な事故がきっかけで、男女が不義密通の関係になる。
『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』(菅専助) 伊勢参宮を終えて帰京する信濃屋の娘お半一行が、遠州での商用から帰る隣家の帯屋長右衛門と偶然行き会い、ともに石部の宿屋に泊まる。その夜、お半は丁稚長吉に言い寄られて、長右衛門の部屋へ逃げ込むが、つい同じ布団で寝たためにお半と長右衛門は過ちを犯してしまう。
『好色五人女』巻2「情を入れし樽屋物語」 樽屋おせんが、麹屋長左衛門家の法事の手伝いに行く。2人が納戸にいる時、ふとした事故でおせんの髪の結目が解ける。長左衛門の内儀が見咎めて、「おせんと我が夫との不義の証拠」と言い立てる。おせんは濡れ衣を着せられたことを憎く思い、内儀の鼻を明かしてやろうと、実際に長左衛門と恋仲になってしまう。
『好色五人女』巻3「中段に見る暦屋物語」 京の大経師(だいきょうじ)某の店に働く手代茂右衛門が、下女りんの部屋へ夜這いをする。これを懲らしめようと、大経師の妻おさんが、りんの着物を着て部屋で待ちうける。ところが、おさんはうっかり眠り込み、知らぬまに肌身を許してしまう。間違いとはいえ、姦通を犯した以上、もはや後戻りはできない。おさんと茂右衛門は、死を覚悟して駆け落ちする〔*夜這いする男を懲らしめようとして、その男と交わってしまうところは、→〔系図〕1の『エプタメロン』(ナヴァール)第3日第10話と同様である〕。
『鑓の権三重帷子』上之巻 笹野権三は、茶道の師浅香市之進の留守宅を夜訪れて、師の妻おさゐから真の台子の伝授を受ける。おさゐは「権三を娘の婿にしたい」と望むが、権三が愛人から贈られた帯をしているのを見て怒る。おさゐは権三の帯を庭に投げ捨て、「代わりに私の帯を貸そう」と言い、自分の帯を解いて渡す。おさゐに恋慕して庭に潜んでいた男が、「2人が帯を解いたのは不義の証拠だ」と騒ぐ。権三とおさゐは、2人で家を出る。
『半七捕物帳』(岡本綺堂)「津の国屋」 裕福な酒屋・津の国屋をつぶして財産を横領しようと、悪人たちがたくらむ。彼らは、死霊のたたりのごとき怪現象を起こして、津の国屋の主人を隠居させ、ついで、主人の女房お藤と忠義な番頭金兵衛が不義を働いているとの噂を流す。悪人たちは、お藤と金兵衛を絞殺し、2人の死骸を土蔵の中につるして、心中のように見せかける。しかし若い岡っ引の常吉が、半七に智恵を借りつつ真相を明らかにする。
*イアーゴーがデズデモーナとキャシオーの不義密通をでっちあげ、オセローはそれを信じこむ→〔仲介者〕2の『オセロー』(シェイクスピア)。
★8.鳥の密通。
『ゲスタ・ロマノルム』82 雌のコウノトリが、雄の留守の間に不義密通をする。雌は事後に泉で水を浴び、密通行為が雄に感づかれないようにした。1人の騎士がしばしばそれを目撃し、ある時、泉を埋めてしまった。雌は水浴びができぬまま巣へ戻ったので、雄は雌の不義を察知し、一群のコウノトリを連れて来て、皆で雌を殺した。
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