出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2013/05/19 01:22 UTC 版)
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大林 素子
Motoko Obayashi
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| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1967年6月15日(45歳) |
| 出身地 |
東京都小平市 |
| ラテン文字 |
Motoko Obayashi |
| 身長 |
182cm[1] |
| 体重 |
非公表 |
| 血液型 |
O型 |
| 選手情報 |
| 愛称 |
モトコ |
| ポジション |
ライト |
| 指高 |
231cm |
| 利き手 |
左 |
| スパイク |
310cm |
| ブロック |
293cm |
| テンプレートを表示 |
来歴
父は商社マン、母は陸上競技で走り高跳びの東京五輪候補だった選手。この母親の後押しもあり中学生のときにバレーボールを始める。たまたま家が日立の練習場に近かったこともあり、当時の日立の監督であった山田重雄にファンレターを出した。すると山田から「良かったら練習を見に来てください。」と返事が来て、それがきっかけでたびたび日立の練習場に見学に行くようになった。
小平市立第二中学校卒業後の1983年、八王子実践高等学校に進学。第15回(1984年)春の高校バレーは3位、第16回(1985年)は準優勝であった。1985年、高校在学中に全日本代表初選出。同年のワールドカップで国際大会デビューを果たす。
1986年、当時実業団のトップチームであった日立に入団。1989年ワールドカップ直前に、膝の半月板損傷、右足首の靭帯断裂という大怪我をしたため、ベンチ入りはしたもののコートに立つ機会はなかった。 オリンピックには、1988年のソウル大会、1992年バルセロナ大会、1996年アトランタ大会の3大会に出場し、日本のエースアタッカーとして活躍した。
1994年7月、日立の他の選手と共にプロ契約を求めて辞表を出し、話し合いを経て撤回した。10月、世界選手権に主将として出場。
11月、チームの内紛に端を発した騒動で吉原知子とともに日立を解雇される[2]。Vリーグ発足の翌日のことであった。1995年1月、日本人初のプロバレーボール選手としてイタリア・セリエAのアンコーナと契約し5か月にわたってプレーした後、同年5月に帰国。 帰国後はダイエー・オレンジアタッカーズ入りが有力視されていたが、代理人問題で二転三転した末に東洋紡オーキスとプロ契約した。1996年アトランタ五輪に出場後、Vリーグで1シーズンプレーし、1997年3月に現役引退した。
現在はスポーツキャスター・タレント等で幅広く活躍しているほか、バレーボール中継解説やVAS(バレーボールアドバイザリースタッフ)として後進の指導に加え、日本バレーボール協会テクニカル委員、日本スポーツマスターズ委員会シンボルメンバー、日本スポーツ少年団委員などの要職に就いている。
またモータースポーツとの関わりも深く、カーレースの国内A級ライセンス、MFJ PITCREW LICENCEを取得しているほか、2001年には「大林アタッカーズ」の名称で女性ばかりのレーシングチームを結成して鈴鹿1000kmに参戦、同チームの監督を務めた(2003年にはチーム名を「レディスD」と改め再挑戦している)。またフジテレビのF1グランプリ中継のピットレポーターを務めたこともあり(1996年)、スカパー!のフジテレビワンツーネクストでは『モータースポーツパラダイス』(2001年 - 2005年)→『F1GPニュース』(2005年 - 2011年)の司会を務めていた。
2008年4月より、神戸親和女子大学発達教育学部に新設されたジュニアスポーツ教育学科客員教授に就任した。
2010年から、千葉県勝浦市バレーボール協会が主催する「大林素子杯」が開催されている[3]。
プレースタイル
182cmの身長とサウスポーを生かした攻撃で、センター、セッター、レフトの後ろをコートの右端から左端まで走り抜けて打つブロード攻撃はモトコスペシャルと呼ばれた。
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ホリプロ |
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| 代表取締役社長:堀義貴 |
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| HORIPRO |
| 男性タレント |
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| 女性タレント |
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| 男性お笑いタレント |
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| 文化人・芸術家 |
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| キャスター・DJ |
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ホリプロアナウンサーズ
プロモーション
(旧アナウンス室) |
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| スポーツ |
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| 音楽アーティスト |
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| 声優 |
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| その他 |
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| 旧所属タレント |
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| ホリプロコム |
| 役員 |
代表取締役社長:宮原匡彦
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| 男性所属タレント |
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女性所属タレント
(ホリプロ本体から移管) |
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| 旧所属タレント |
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Depeche
(男性モデル) |
ASHER | 石井拓 | 石岡剛 | 瓜生昇 | 大石貴之 | 勝岡信幸 | 菊地賢太 | 木村公一 | 黒川幸一朗 | 惠介 | KENJOHN | 近藤誠人 | シン松井 | 関口圭二 | 瀬山修 | 武内大 | 唯文 | 忠麿 | ダニエル | CHARLY | 津端清司 | TOCO | 智寛 | 中臣竜也 | 長崎大 | 中沢昭泰 | 原靖 | HIROHITO | Feras | 藤本幹夫 | 坊野昂太郎 | Bobby | 前田寛之 | 宮脇雅朗 | 室伏秀幸 | 柳秀雄 | 湯谷治 | RYOHEI | RUITO | LUPIN | 和田大地 | 渡辺熱
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Booze
(女性モデル) |
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| 関連項目 |
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| 関連人物 |
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| 公式サイト:ホリプロ、ホリプロコム |
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日本リーグ最高殊勲選手賞/最優秀選手賞 |
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| 日本リーグ |
| 1960年代 |
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| 1970年代 |
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| 1980年代 |
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| 1990年代 |
90-91 中田久美 / 91-92 中田久美 / 92-93 大林素子 / 93-94 大林素子
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| Vリーグ |
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| プレミアリーグ |
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日本リーグ及びVリーグ敢闘賞 |
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| 日本リーグ |
| 1960年代 |
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| 1970年代 |
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| 1980年代 |
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| 1990年代 |
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| Vリーグ |
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| プレミアリーグ |
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スポーツ観光マイスター |
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| 第1回 |
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| 第2回 |
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| 第3回 |
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| 第4回 |
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| 第5回 |
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| 第6回 |
(2010.10.26) 大林素子
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| 第7回 |
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| 第8回 |
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| 第9回 |
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| 第10回 |
(2011.11.28) 鏑木毅
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| 第11回 |
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| 第12回 |
(2012.03.24) 李大浩
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| 第13回 |
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| 第14回 |
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| 任命者 |
溝畑宏(観光庁長官) | 坪田知広(観光庁スポーツ観光推進室長) | 志村格(観光庁観光地域振興部長)
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| 関連項目 |
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