飯田高子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/15 08:00 UTC 版)
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基本情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1946年2月3日(78歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||
出身地 | ![]() |
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ラテン文字 | Takako Iida | ||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 174cm | ||||||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 69kg | ||||||||||||||||||||||||||||||||
選手情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
愛称 | イイチョン | ||||||||||||||||||||||||||||||||
ポジション | センター | ||||||||||||||||||||||||||||||||
利き手 | 右 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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飯田 高子(いいだ たかこ、現姓:神白(かじろ)、1946年2月3日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。
来歴
愛知県海部郡弥富町(現:弥富市)出身。中学3年次よりバレーボールを始める。名古屋女子商業高校を経て、実業団の帝人名古屋に入部したが、1965年に同チームが廃部となる。
体育教師を目指して、中京大学に入学する。在学中にユニバーシアード代表メンバーに選出される。1970年にヤシカに入社し、同社の女子バレーボール部でセンターとして日本リーグで活躍。バレーボール全日本女子チームにも選ばれ、1972年のミュンヘン五輪ではヤシカのチームメイトである浜恵子とともに銀メダル、1976年のモントリオール五輪では主将としてチームをまとめ金メダルを獲得した。帰国後現役を引退。
2006年、NPO法人バレーボール・モントリオール会を設立し、代表理事に就任[1]。現在は同法人顧問、草加市バレーボール連盟副会長。
2017年、生涯スポーツ功労者賞を受賞[2]。
日本の女子バレーボールオリンピック金メダリストで唯一の大学卒業者である[3]。
所属チーム
球歴
受賞歴
- 1971年 - 第4回日本リーグ ベスト6
- 1972年 - 第5回日本リーグ 敢闘賞、ブロック賞、ベスト6
- 1973年 - 第6回日本リーグ 殊勲賞、ブロック賞、ベスト6
- 1974年 - 第7回日本リーグ 敢闘賞、スパイク賞、ブロック賞、ベスト6
- 1975年 - 第6回日本リーグ 殊勲賞、スパイク賞、ブロック賞、ベスト6
脚注
- ^ バレーボール・モントリオール会
- ^ “「生涯スポーツ功労者」モントリオールオリンピック金メダリストの神白高子さんが受賞者代表挨拶”. 日本バレーボール協会. 2017年10月7日閲覧。
- ^ “歴史証言「あのころ」 飯田高子さん|歴史証言「あのころ」|学校法人 梅村学園”. www.umemura.ac.jp. 2024年9月15日閲覧。
参考文献
- VOLLEYBALL(日本バレーボール協会機関誌)1967年9月号 34-37ページ
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固有名詞の分類
日本の女子バレーボール選手 |
岡野知子 片下恭子 飯田高子 佐々木侑 野口京子 |
全日本女子バレーボール選手 |
大谷佐知子 荒木絵里香 飯田高子 野口京子 羽根翠 |
オリンピックバレーボール日本代表選手 |
大谷佐知子 荒木絵里香 飯田高子 野口京子 福中佐知子 |
日本のオリンピック銀メダリスト |
宇津木麗華 穂積雅子 飯田高子 長島圭一郎 江上綾乃 |
日本のオリンピック金メダリスト |
三栗崇 北島康介 飯田高子 野口泰弘 荒川静香 |
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