被告人Bおよび同Cについて
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 09:16 UTC 版)
「千日デパートビル火災事件」の記事における「被告人Bおよび同Cについて」の解説
(1)同被告人らの各注意義務の履行可能性ないし結果回避の可能性 (要旨)被告人Bおよび同Cの各注意義務の履行可能性、結果回避の可能性について大阪高裁は「被告人Cが事務所前の換気ダクトから噴き出す煙に気付いて階下での火災を覚知し、その後にクローク前に様子を見に来た時点では南側(A南)エレベーターから噴き出す煙の量は少なく、その時点で従業員を指揮して客らをB階段へ避難誘導し、同時に救助袋の投下を行うなどの避難準備を進めることは可能だった。また平素からの避難訓練が行き届いていて、被告人Cから指揮を受けた従業員が客らをB階段へ避難誘導し、救助袋の投下の一連の作業を手順どおり冷静に行えたと認められる」とした。 煙が7階に蔓延したあとの状況での結果回避について大阪高裁は「ホールに煙が充満したあとでもホステスが1名、B階段を使って脱出に成功しているのであり、煙の中を突っ切ってでもB階段から避難することは可能だった。被告人Cが防火管理者講習で身に付けた知識を以ってすれば、22時50分ころまでは避難者に煙から身を守る姿勢などを取らせたあとにB階段へ避難誘導することは可能で、同階段からの避難は可能だった。実際に適切な避難誘導によって煙の中を突っ切って建物の滞在者全員が避難に成功した火災事例があることからも、それは実証されている」とした。 救助袋による結果回避について大阪高裁は「煙が充満する前に救助袋が投下されていれば、降下実験の結果などを参考にすれば、多少の混乱や不手際があっても数分間に相当数の客らを避難させられたと認められる(1分間に20名程度、混乱した状況下では10名程度)」とした。 被告人Cが22時39分に事務所前の換気ダクトから噴き出す煙に気付き、そのときに階下での火災を覚知し、そのあとクローク付近へ様子を確認に行った22時40分の時点では、南側(A南)エレベーターから流入して来る煙は少量であった。この段階で従業員らに火災発生を通報し、直ちに従業員を指揮してB階段への避難誘導を開始するとともに、救助袋による避難準備を進めることが可能であったと認められる。しかも平素からの避難訓練が行き届いていれば、22時39分から40分ごろのプレイタウンに流入した煙の量はさほど多くなかったのだから、同被告人からの指揮を受けた従業員らは比較的冷静かつ沈着に行動することが可能で、B階段への誘導および救助袋の投下に至る一連の作業は、手順どおり迅速におこなえた。遅くともB階段への誘導は22時40分ごろまでに、救助袋の降下準備完了は22時45分までには為し得たと認められる。 煙がクローク付近へ多量に充満してきた段階においても、B階段を使って自力脱出したホステスの状況に照らしてみれば、煙の中を突っ切てもB階段からの避難は可能で、被告人Cが冊子「防火管理の知識」の内容を十分に把握していたのであれば、姿勢を低くし、ハンカチなどで口や鼻を覆い、呼吸を少なくしてクロークを通り抜けB階段へ行くように客らに指示して避難誘導をおこなっていれば、少なくとも停電のころ(22時49分)までにはクロークからB階段への避難誘導は可能だった。またクロークカウンターの65センチメートル幅の出入口についても、自動改札機の通り抜け実験で幅が55センチメートルの改札口において、毎分60名から70名の人数が通過できたと認められたのであるから、本件火災の状況では30名から35名程度は通り抜け可能だというべきであり、被告人Cの適切な避難誘導があればB階段からの避難は可能であったと認められる。 このことは「大阪科学技術センタービル火災」において、適切な避難誘導が実施されたことにより、ビル内に滞在する679名全員が無事脱出し得た事例によっても裏付けられる。この火災では、防火管理者が放送設備を用いて「3階で火災です。中央階段を利用せず、東階段から避難してください」と避難放送をおこない、その情報を得てから煙によって全く前が見えない状況下で避難した者が在館者の48パーセントいた。適切な放送と避難誘導がおこなわれたことにより、パニックによる重大な結果は起きなかったと認められる。したがって防火管理者において避難階段を明示し、避難誘導が適切に行われたならば、煙が充満した経路を突っ切ってでも避難し得ることを実証したものと言えるのである。 救助袋による避難についても、救助袋を使用しての降下実験では、1分間に20名程度の降下が可能であると認められ、緊急事態に直面した本件火災においては、従業員の指示や介添えがあったとしても、そのとおりに降下できたかは疑問があるが、1分間あたり10名程度は降下可能であったと認められ、数分間あれば客らの相当数を避難させられたと認められる。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) 以上の各検討により、被告人Bおよび同Cの各注意義務の履行可能性と結果回避の可能性について、大阪高裁は以下のとおり判断した。 まとめ 被告人Bおよび同Cが各注意義務を尽くして、千日デパートビルの6階以下の階で火災が発生した場合には、通常は唯一安全な避難路であるB階段へ客らを速やかに避難誘導させるとともに、適正に維持管理された救助袋を使用するなどの方法により、プレイタウン店内に在店する客らの安全を確保するための消防避難計画を策定し、これによる避難訓練を実施していたならば、本件火災が発生して煙がプレイタウン店内に侵入した際に、同店内にいた被告人Cにおいて、平素の訓練の成果を発揮して、速やかにB階段への避難誘導、救助袋を使用しての避難等、危急に際しての適切な措置を取ることができ、ホステス更衣室にいた11名を除くその他の本件プレイタウン在店者全員は、B階段からの避難誘導に加え、救助袋による避難方法が併用されることによって、安全に避難し得たことが認められるから、右更衣室にいた11名を除くその他の本件被害者(死亡109名、受傷40名)の死傷の結果を回避し得たものと認められるのである。 — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2)原判決の説示及び弁護人らの所論に対する判断 B階段への避難誘導に関して (要旨)B階段への避難誘導に関して、原判決の説示および被告弁護人の所論に対する判断について大阪高裁は「原判決がB階段は22時50ころまでは避難が可能で、被告人Cが平素からB階段の状況を把握したうえで避難誘導訓練をしておけば、右同時刻ころまでは救助袋による避難を併用することで避難者を地上へ無事に避難させられた」として、その結果回避の可能性を認めておきながら、その一方で原審が「被告人Cが避難訓練を十分に行っていたとしても、南側(A南)エレベーターシャフトから噴き出す猛煙によってクローク付近が急速に汚染される状況下でB階段への避難誘導が行えたかは大いに疑問で、仮に避難誘導ができたとしても死傷結果を回避できたかは疑問だ」などと説示し判断したのは「原判決が事実を誤認し判断を誤ったものであり、失当である」とした。 大阪高裁は被告人CがB階段からの避難計画を立てる可能性について、原審が「階下で火災が発生した場合、プレイタウンが機密構造になっていない限り、速やかに客らを避難させる必要があり、階下の火災が1階で発生している可能性もあるのでF階段による避難は危険である。階下で火災があればB階段こそが唯一安全な避難階段であり、他の階段を避難路とするのは危険である。したがって被告人CがB階段こそが地上に避難できる唯一の階段であるとの結論に至る可能性は十分にあった」などと説示したことは、「結論として判断した内容に矛盾する」とした。さらに原審の「如何なる方向から煙が来てもB階段から避難する計画を立てることはできない」という説示についても大阪高裁は「予想外の事態であっても、構造上においてB階段こそは唯一安全な避難路である事実は変わらないのであるから、B階段への避難誘導を断念する理由は見出し難い。プレイタウンにおける唯一安全な避難路はB階段であって、これは2方向避難の原則の前提を欠くことになるが、たとえB階段の方向に煙が流れていたとしても同階段から煙が流れているわけでも煙が充満しているわけでもないのであるから、B階段へ避難誘導すべきである。本件火災の場合、事務所前ダクトや南側(A南)エレベーターから猛煙が噴き出し、火災の規模が大きいと予測できたのであり、避難計画を立てていれば救助袋による避難も考えられ『F階段に避難するのが最適の方法である』などという無謀な発想が起こるはずもない。原審の避難計画についての判断は、右のような検討を加えておらず、実際に被告人Cは避難計画など何も立てていなかったのであるから、仮定論を前提とするものである以上、その判断に矛盾や誤りがあると言わなければならない」とした。 B階段への避難誘導の可能性について大阪高裁は「被告人Cは、B階段の安全性を認識しておらず、避難誘導の方法および行動を誤り、その着手にも著しい遅れがあった。原判決では『被告人Cがエレベーターホールへ様子を見に来たのは、南側(A南)エレベーターから激しく煙が噴き出した直後だった』としているが、実際にはそのころの煙はそれほど多くは無く、被告人Cの避難誘導には支障がない状態であり、この時点での対処を怠った同被告人には落ち度がある。また階下で火災があった場合の安全な避難路はB階段しかないのであるから、B階段が煙で汚染されているという特異な状況でもない限りは、たとえエレベーターから煙が噴出して通路が遮断されていたとしても、B階段へ避難誘導すべきであり、それができなかったということは避難計画と避難訓練を怠っていたことによるものであるから、原判決が『B階段からの避難誘導を決断するのは困難だ』とした判断は肯定できない。原判決が『客や従業員にB階段への避難を指示しても混乱した状況下では不可能だった』とした点についても、適切な避難誘導で多くの避難者が無事に脱出できた火災事例があることから、被告人Cや従業員の適切かつ明確な避難指示があれば、大きな混乱もなくB階段への避難誘導は可能だったと認められる。以上のことから、被告人Cが適切な避難誘導を為し得なかったことで大混乱が起きたものである。同被告人の避難誘導が適切であったなら、客らがクローク前に殺到して大混乱を来し、避難誘導を不可能にする事態に至ったとは考えにくい」とした。 従業員によるB階段への避難誘導の可能性について大阪高裁は「原判決では『エレベーターホールにやってきた従業員は、その時点ではエレベーターや換気ダクトからの煙の状況を知り得なかったのであるから、たとえ避難訓練を受けていて、直ちに避難誘導に取り掛かっても客らをホールへ戻るよう指示し、F階段へ避難誘導したと思慮される』としたが、従業員が避難訓練を受けていれば、B階段へ客らを誘導していたと認められ、最も危険なF階段へ誘導したり、エレベーターホールへ向かおうとする客らをホールへ押し止める行動に出るはずもない。クローク前の混乱した状況を招くこともなく、原判決の説示は失当だ」とした。 B階段の安全性について被告弁護人は「B階段は必ずしも安全ではなく、火災により煙が充満する可能性はあり、唯一安全な避難階段ではない」と主張し、いくつかの可能性を示したが、それに対して大阪高裁は「B階段は各階で二重の鉄扉で常時閉鎖され、デパートの売り場から遮断されており、同階段に火や煙が入る可能性は低い。煙が同階段に充満する可能性があるとすれば、それは1階プレイタウン入口と地下1階エレベーターホールで火災が起こった場合であるが、右入口とエレベーターホール、B階段の内部の可燃物の量はそれほど多くなく、B階段を使用不能にするほどの煙が充満する可能性は低い。以上のことからB階段が唯一安全な避難階段である事実には変わりなく、被告弁護人の所論は採用できない」とした。 (2ーア)原判決が事実を誤認し、判断を誤った部分 原判決では「本件火災当時に死傷者を出すことなくプレイタウン店内から避難することが可能だったか否かについてみるに、4つの階段のうち、避難に使えるのはB階段のみであり、22時50分ころにホステス1名がクロークを通り抜け、B階段を使って避難出来ているので、クロークさえ通り抜けられればB階段は通行可能だったと認められる。被告人Cが平素からB階段の状況を把握し、6階以下の階で出火した場合の安全な避難路としてはB階段しかないことを十分に認識して、従業員にそのことを教え、たとえクロークに煙が充満していてもそこを突っ切ってB階段から避難誘導するように指導訓練しておけば、22時50分ころまでならB階段と救助袋を使って同店内に滞在していた全員を地上まで無事に避難させられたのではないかと、一応考えられないではないのである。」として幾つか理由を挙げ、「被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して避難経路等について十分に調査検討のうえ、避難訓練をおこなっていたとしても、エレベーターシャフトからの猛煙でクローク付近が急速に汚染されるという予想外の状況に直面して、B階段への避難誘導が果たして可能だったのか大いに疑問であり、仮に避難誘導が可能だったとしても全員の死傷の結果を回避できたかどうかは甚だ疑問であると言わざるを得ない」としたのは事実を誤認し、その判断を誤ったものであり失当である。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2ーイ)被告人CがB階段からの避難計画を立てることの可能性 原判決が、被告人Bおよび同Cの以下に掲げる各注意義務について・・・ 「6階以下の階で火災が発生した場合でも、プレイタウンが他の階から完全に遮断された気密構造になっていない以上、同店内に煙がどこからか流入して来る恐れがあるから、煙の具体的な流入経路や速度については分からないまでも、とにかく速やかに客や従業員を避難させる必要がある」 「6階以下の売場で出火した場合、1階売場も火災となっていることは十分考えられるから、F階段を利用して避難することは危険である」 および「6階以下の売場で出火した場合には、その時刻の如何を問わず、各階段A、E、Fを避難路とするのは危険であり、B階段こそが安全確実に地上に避難できる唯一の階段であるとの結論に被告人C自身が到達することは十分可能であった」 ・・・との各認定に前記(2-ア)の原判決説示は矛盾する。 また「煙が如何なる方向から来ようともB階段から避難するとの避難計画を立てることはできない」との説示についても、「被告人Cとしては、むしろ6階以下の階で火災が発生した場合、プレイタウンが他の階から完全に遮断された気密構造になっていない以上、その煙があらゆる経路を経てプレイタウン内に流入する恐れのあることを予測し、通常は唯一安全な避難路であるB階段への避難誘導計画を策定しておけば足り、またこれ以外にはないのであって、煙が如何なる方向から来ようともB階段から避難するとの避難計画を立てることはできない」とする原判示は相当でない。 仮にそれが予想外の事態であったとしても、B階段こそはビルの構造上、各売場とも完全に遮断されていて、通常は唯一安全な避難路であることには何ら変わりはないのであるから、B階段への避難誘導を断念すべき理由は全く見出し難いのである。また、消防署の指導上で言われる「2方向避難」というのは、あくまでも基本的に安全性の高い避難経路を常に2方向以上確保したうえで、火災が発生した場合、その状況によって安全確実な方向に避難するような体制を整える必要があることを言うのであって、プレイタウンのように、6階以下の階で火災が発生した場合、「B階段こそが唯一安全な避難階段」であるときには、2方向避難の前提を欠くのであって、たとえB階段の方向に煙が流れていたとしても、同階段から煙が流入し、あるいは同階段自体に煙が充満していたわけではないから、当然B階段に避難誘導すべきであり、この点の原判決には誤りがあると言うべきである。 本件火災の場合のように、北側事務所前換気ダクト開口部からの煙のほか、クローク前やエレベーターの前にも煙が流入していたとすれば、むしろ6階以下の階での火災がある程度規模の大きなものであることが十分予想されるので、仮に的確な避難計画を立てていたとすれば、B階段への避難誘導とともに当然救助袋による避難にも全力を注ぐことになるはずで、最も危険度の高い「F階段」に誘導するのが最適の方法である、などというような無謀な発想は起こり得ないものと言わなければならない。原判決の避難計画に関する判断は、被告人Cらにおいて現実には消防避難計画について右のような検討を全く加えておらず、何らの避難計画も立てていなかったのであるから、仮定論を前提とするものである上、その内容自体にも矛盾や誤りがあると言わなければならない。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2ーウ)本件火災における被告人CのB階段への避難誘導の可能性 原判決の説示は、この点についても、被告人Cが消防計画の策定、避難誘導訓練を全くおこなっていなかったのであるから、原審判示は仮定論を前提とするものであるうえ、原審説示の内容そのものも以下に述べるとおり、誤りがあると言わなければならない。 同被告人は、B階段の安全性を全く認識していなかったために、的確な避難誘導の行動を開始し得ないまま、漫然クローク付近に赴き、同所でしばらく様子を見ているうちに、エレベーター昇降路から流入している煙が次第に増量して付近が徐々に暗くなってきたことから、ようやく客や従業員の避難を考えるに至り、近くにいた従業員に電気室から懐中電灯を取って来るよう指示し、右従業員が電気室へ行って戻り、懐中電灯を見付けることができなかった旨報告するのを待って、レジ付近まで戻り、ボーイらに指示してA階段の出入口の扉を開けさせようとしたのであり、同被告人の避難誘導の行動は、方法において誤りがあったのみならず、その着手が著しく遅延したものと言うべきである。 被告人Cがクローク付近まで行ったのは、「エレベーターの昇降路から多量の煙が噴き出し始めた直後であった」との誤った事実認定を前提に、B階段への避難誘導を決断することは困難であったとする原判決の判断は明らかに失当であって、右のとおり、被告人Cがクローク付近に至ったときは、B階段への避難誘導に何ら支障のない状態であり、この時点で明確な対処を怠ったことは同被告人の落度であると言うべきである。 もともとプレイタウンにおいては、6階以下の階で出火した場合の安全な避難路は、通常はB階段しかないのであるから、エレベーター昇降路から煙が流入したとしても、B階段自体からも煙が流入するというような異常な状況にない限り、クロークへ進入する経路が煙により遮断されるまでの間は、万難を排してB階段へ避難誘導すべきであり、もし的確な避難計画を立て、避難訓練をしていたならば、寸刻の間にそのような判断を為し得たはずであり、それができないということは、すなわち右のような避難計画を立て、訓練を行う事を怠っていたことによるものであって、B階段からの避難誘導を決断することが困難であったとする原判決の判断は到底肯認できない。 原判決は「客や従業員に対し、B階段に避難するよう指示したとしても、当時の状況では、大きな混乱が起きて避難出来たか否か疑問である」とする。しかし、この点については、「大阪科学技術センタービル火災」の事例において説示したとおり、本件のような危急の事態に遭遇した場合、群衆は、避難誘導指揮者の適切かつ明確な指示があれば、これに従って安全な場所を求めて危険をも省みずに行動することは群衆心理の常識とも言うべきであり、このことは、証人Sの当審公判廷における供述からも伺われるところであるから、被告人Cや従業員の明確な指示さえあれば、大きな混乱が起きることなくB階段への避難誘導は可能であったと認められる。 本件の場合には、実際にホールからの出入口であるアーチ付近では、ホールへ向かう者とクロークへ向かう者とが衝突し、混乱した状況にあったことが認められるが、しかし、これは被告人Cらが適切な避難誘導を迅速かつ的確に行わず、専用エレベーター前のホールに出て来る客をA階段から避難させようとし、クロークに誘導しようとする者と、逆にこれを押し止める者とがあって、避難誘導に当たるべき従業員の指示が混乱したことによる当然の結果である。 結局、被告人Cらは、適切な避難誘導を為し得なかったため、同店が大混乱状態に陥ったものであり、同被告人らによる適切、かつ、明確な避難誘導を受け、すべての客らがB階段に向け1つの流れとなって避難していたとするならば、火災という非常事態のため、多少の混乱が生じたとしても、クロークの出入口付近に殺到して大混乱を来たし、避難誘導を不可能にするという事態に立ち至ったとは考えにくい。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2ーエ)従業員らによるB階段への避難誘導の可能性 原判決では「従業員Mらは、被告人Cがエレベーターホールにやって来るまでに換気ダクト開口部からの煙の吹き出しについて知り得ないのだから、仮に「Mら」が6階以下の階で火災が発生した場合の避難訓練を受けていて、直ちに避難誘導に取り掛かったとしても、B階段ではなく、F階段から客らを避難させようと考えたであろうから、本件のようにエレベーターホールに押し寄せる客らを押し止め、ホールへ戻るよう指示したと思料される。」・・・とするが、日頃から避難訓練を徹底していれば、従業員は唯一安全な避難路であるB階段に客らを誘導していたものと認められ、最も危険な「F階段」を避難路と考えたり、ホールからエレベーターホールへ向かう人達を押し留めたりするという行動に出るはずもなく、クローク前の異常な混乱した状態を招くこともなかったことは明らかで、原判決の説示は失当である。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2ーオ)B階段の安全性 被告弁護人らの所論では「B階段は必ずしも安全ではない」と主張する。それは・・・ 1階のB階段入口が木製扉であること。 地下1階エレベーターホールと地下飲食店街とは鉄扉1枚で繋がっているので、仮に地階の飲食店で火災が発生した場合にB階段へ火や煙が入り、同階段が使用不能になることが十分想定されること。 以前に地下1階「プレイタウン」エレベーターホールで小火が発生したことがあること。 ・・・以上の点で「B階段は唯一安全な避難階段ではあり得ない」というのである。 しかしながら、地下1階から6階までのB階段と千日デパートの売り場間の鉄扉は、常時閉鎖されているのであり、B階段に火や煙が入る可能性は低い。B階段に火や煙が入るとすれば、1階プレイタウン専用出入口(B出入口)で出火し、その火や煙がB階段を通じて7階へ上昇する場合しか考えられない。B階段には、地下1階エレベーターホールに可燃性の装飾があり、1階同専用出入口には木戸や絨毯、ビロードカーテンが、またB階段の階段室には木材や段ボールが置かれていたものの、それらの量はそれほど多くなく、1階同専用出入口は、プレイタウン営業中はその扉が大きく開けられ、道路に面していることが認められているところ、可燃物が燃えたとしてもB階段の安全性を左右するほど火や煙が同階段に入り、充満する可能性は低いと言わざるをえない。以上のことから、B階段が唯一安全な避難階段であるというべきであるから、被告弁護人らの所論は採用できない。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) 救助袋による避難行動に関して (要旨)救助袋による避難行動に関して大阪高裁は「被告人Bおよび同Cについて、原審が右被告らが救助袋の整備を怠り、同避難器具を使用した避難訓練を行わなかった注意義務違反を認めながら、同器具による避難の可能性を否定して両被告人の過失をも否定したことは事実の誤認によるもので、各判断は失当である」とした。さらに原審では「救助袋は避難階段が使用不能な時の補助的な避難器具であり、B階段への通路が煙の汚染によって通れなくなれば多数の避難者が救助袋もしくははしご車に殺到する。そのような予期しない状況を前提とした訓練を被告人Cが行えたとは言えない」と説示したが、それに対して大阪高裁は「避難階段がすべて使えなくなる状況など防火対象物ではあってはならず、そのような前提による消防署の指導や避難訓練などありえず、そのことを前提として指導訓練の有無を論じる原審判決は誤りである」とした。 原審では「被告人Bおよび同Cが各注意義務を尽くし、救助袋の補修や取替えを行い、避難訓練を行っていたとしても、救助袋を使用した避難の可能性は認められない」「救助袋による避難は、避難階段が煙で汚染され、救助袋が唯一の脱出手段となったときに投下される」と説示したが、それに対し大阪高裁は「被告人Cが避難計画を立て各注意義務を履行し、避難誘導を適切に行えば、まだ煙がプレイタウンに充満する前の段階(22時40分ころ)で、従業員を指揮して避難階段への誘導と同時に救助袋を投下することも十分に可能だった。煙が充満して店内が混乱した状況になった後(22時43分以降)を前提とする救助袋による脱出の可能性を否定する原審判断には重大な過ちがある。避難誘導の可能性にしても煙が店内に充満して混乱した状態になったあとの状況で避難誘導の可否を論じることは検討を加えるまでもなく失当である」とした。 原審では「22時48分の時点で救助袋が使用可能になったとしても150名の避難者が同器具を使用して全員が無事に地上へ脱出できたとは考えられない」と説示したが、それに対して大阪高裁は「救助袋は補助的な避難器具であるが、避難階段(B階段)への避難誘導は22時49分までは可能だった。避難階段への誘導と救助袋を補完することでホステス更衣室にいた11名を除く避難者全員を安全に地上へ避難させることは可能だった。従って救助袋による避難のみを論じること自体が根本的に誤りで原審判断は失当だ」とした。 被告弁護人は、救助袋による避難の補完性について「消防署の指導では救助袋は補助的な避難器具とされ、避難階段からの避難者が残るときに使用が考えられる。避難階段からの避難が優先される状況では、訓練を重ねていたとしても直ちに救助袋を投下する判断は下せない」と主張したが、それに対して大阪高裁は「被告人Cは、クローク前へ来た時までには空調ダクトや南側(A南)エレベーターから煙が噴き出している状況を確認して階下で火災が発生したことを認識しており、店内には勝手を知らない客などが滞在していたことから避難に手間取ることは予測できたわけで、22時40分の時点で従業員らを指揮してB階段へ客らを避難誘導し、同時に救助袋を投下させるべきであったと考えられるので所論は採用できない」とした。 大阪高裁は、原審がホステス更衣室に居た11名に結果回避の可能性が無かったと判断した点について「プレイタウン店内に煙が流入し始めた初期段階から事務所前の空調ダクトから噴き出す猛煙により同更衣室に繋がる廊下が汚染され、更衣室直結のE階段出入口からも猛煙が同更衣室に流れ込み、2か所ある避難路が煙で完全に塞がれたことにより、被告人Cが各注意義務を尽くしたとしても11名の死傷の結果を回避することはできなかった」として原審判断を肯定した。そのことについて検察は「結果回避は可能だった」と反論したが、それに対して大阪高裁は「検察の主張は22時45分ころに従業員がE階段から避難しようと客やホステスらをホステス更衣室方面へ避難誘導しようとした事実を前提にしている。その時点では空調ダクトからの猛煙で同更衣室に繋がる廊下は避難路として使えなかった。22時39分ころには既に廊下が猛煙で汚染されており、その時点で同更衣室からの避難はできなかったのであるから、検察官の所論は採用できない」とした。 救助袋による避難行動に関しての各検討 原判決は、被告人B、同C両名について、救助袋の整備を怠り、救助袋を使用しての避難訓練をおこなっていなかった注意義務違反を認めながら、救助袋による避難の可能性を否定し、被告人両名の過失責任をも否定したが、大阪高裁の検討では「原判決は、以下の各事実を誤認し、その判断を誤ったものであるから、いずれも失当である」と判断した。 (1)救助袋の避難方法としての位置づけ 原判決では避難訓練および訓練指導の内容について「消防当局が火災の場合の避難方法としては、あくまでも避難階段を利用しての避難を優先すべきであって、救助袋は本来の避難路から逃げ遅れた極少数の者を対象とした補充的な避難方法であるにすぎないとの考え方に立っていたことが窺えるので、消防署係官の指導がなされたとしても、その線に沿った内容の指導に止まったであろうと考えられることなどから、本件のようにB階段へ通ずる通路及びその余の避難階段が、いずれも煙のために現実には避難路となり得ず、在店者のほとんどが、1個の救助袋若しくは消防署のはしご車に頼って避難せざるを得ないような場合を想定した避難訓練まで為し得たとは到底言えない」旨説示する。原判決が指摘するように、火災の場合の避難手段としては、避難階段を使用しての避難が優先されるべきであって、救助袋による避難は補完的なものであるのは、そのとおりである。したがって「避難階段が使用不能になった場合の指導」などというものは本来はあり得ない。防火対象物が、そのような状態であるならば、欠陥対象物なので消防署は安全な避難路確保について指導するはずであり、避難路が確保されていないことを前提に救助袋による避難訓練を指導することなどなく、全階段が使用不能になった場合を想定しての訓練指導の有無を論じる原判決は、その前提において誤りがある。要するに救助袋の使用方法について指導と訓練をおこない、有事の場合にこれを使用できるようにしておきさえすれば足りるのである。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (2)本件火災時における救助袋による避難行動の可能性 原判決では「被告人Bおよび同Cが、各注意義務を尽くし、救助袋の補修や取替えをして、これを使用して避難訓練をしていたとしても、本件では救助袋による避難の可能性を認めることは困難である」として、その可能性を否定した。しかしながら、前記説示のとおり、右注意義務を尽くしていれば、B階段からの誘導に加え、右救助袋による避難方法が併用されることによって、ホステス更衣室にいた11名を除く、その余の在店者全員が安全に避難し得たというべきであり、これを困難ならしめる特段の事情を否定する根拠として挙げられる諸事情は、次に述べる通り失当である。原判決が救助袋による避難判断を為し得る時間を「22時42分」としたのは誤りで、しかも救助袋の投下を決意することについて、「救助袋による避難しかあり得ないと判断した場合にのみ行われる」との前提自体も誤りである。被告人Cが6階以下での火災を覚知してクローク付近に様子を見に来た時点では、エレベーターから噴き出す煙はさほど多くなく、在店者も混乱した状況には陥っていないのであるから、直ちに従業員を指揮して避難階段への誘導とともに、救助袋を投下して避難路を確保すべき注意義務を忠実に履行していたならば、従業員らを救助袋設置の部署につけ、救助袋の投下を実行することは十分に可能だった。避難するための時期を失して混乱状態に陥ったあとの状況を前提として、その可能性を否定する原判決の右判断には重大な誤りがある。従業員にしても、平素から避難訓練を受けていれば、被告人Cの指示を待つまでもなく、煙の流入に気付いた時点で自発的に救助袋の投下作業に取り掛かるはずである。従業員が「たまたま窓際で救助袋を発見した」と供述したのは、まさに被告人Cが消防計画の策定、避難誘導訓練を全く怠っていて、適切な指示が為されなかった事実を裏付けるものである。 原判決は「救助袋を使用して降下可能な状態になったのは、本件の場合よりもせいぜい1分程度早い22時48分ごろであった」旨説示するが、これは、たまたま救助袋が設置されている窓際に行った従業員らが救助袋に気付いて投下した時刻が22時46分ごろであったことを前提にしている。もし被告人Cの指示が徹底し、従業員に対する避難訓練ができていれば、それよりももっと早い時間に降下可能な状態にできたことは前述のとおりであるから、その前提が間違っているばかりか、救助袋の投下が遅れたとしても、被告人Cがクローク前からホールへ引き返して来た時点で直ちに救助袋の投下を指示し、救助袋が使用可能な状態に整備され、従業員が取扱い方を知っていれば、遅くとも22時45分から46分ころまでには避難可能であったと認められるので、こうした前提を無視した原判決の判断は誤りである。 原判決では、被告人Cが救助袋による避難を決意し、従業員に対し客らを救助袋が設置してある窓際に誘導するように指示した場合を想定し、その後に起こり得る結果を説示して、救助袋が設置された窓際への誘導の可能性を否定している。しかしながら原判決の判断は、被告人Cが22時44分から45分ころに救助袋による避難誘導を決意した場合を想定している時点で重大な誤りがある。被告人Cは22時39分ころには階下で火災が発生したことを覚知しているのであり、同被告人がクローク付近に来た22時40分過ぎころに、直ちに避難誘導の指示などの適切な行動を開始し得たはずであって、これを怠り、避難誘導の時機を逸して混乱状態に陥ったあとの状況下における避難誘導の可否を論じることは、右原判決の内容について、検討を加えるまでもなく失当である。 原判決は「以下のような状況下において、仮に救助袋の入口が開き、22時48分ころ、これを使用して降下が可能な状態になっていたとしても、降下所要推定時間およびホール内における致死限界推定時間等を総合して考察すると、ホール内にいた150名と楽団室及びボーイ室にいた者ら全員はもとより、ホール内にいた150名くらいの者全員が右救助袋を利用して無事地上に脱出したとは考えられない」旨説示し、その根拠として、具体的個別事情を挙げて種々検討を加えているが、原判決は 救助袋の使用開始可能時刻を22時48分としている点で誤っている。そもそも救助袋による避難はあくまでも補完的なものであり、本来はB階段を利用して適切な避難誘導が為されるべきで、それは22時49分ころまでは可能であった。B階段への誘導のほか、これを補完するものとして救助袋による避難方法を併用することにより、ホステス更衣室に滞在していた11名を除く在店者全員が安全に避難し得たことは前述のとおりである。したがって救助袋のみによる全員の避難救助の可能性を論じる右原判決は根本的に誤りであり、原判決が挙げる具体的個別事情を検討するまでもなく、原判決の右判断は失当である。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) (3)救助袋による避難方法の補完性に関して 被告弁護人らの所論は「消防署の指導においては、救助袋は補助的用具とされ、可能な限り階段から脱出し、それでもなお避難者が残るときに救助袋の使用が考えられているから、火事を覚知すれば、まず階段による避難を考え、それも無理となって次に救助袋を使用することになるのであって、いくら訓練を重ねても、状況を判断せずに直ちに救助袋を投下するなどということにはならない」旨主張する。被告人Cは、事務所前換気ダクトの開口部から煙が噴き出しているのを現認し、階下で火災が発生したことを覚知した時点で、同被告人は煙のためにホステス更衣室に行けず、その後にホール出入口へ向かった。そしてクローク付近へ行った際には、通常の唯一安全な避難階段であるB階段近くのエレベーターホールにも煙が流入する状況に遭遇したのであり、店内の煙の状況のほか、店内の勝手を知らない客、または酔客もいたことから、避難に手間取り、避難階段から逃げ遅れる者もあることが予測できた。したがって遅くとも同被告人がクローク付近に赴いた22時40分過ぎ以降には、B階段からの避難誘導を開始するとともに、救助袋を使用しての避難にも配慮し、従業員らを指導して、その投下作業にも取り掛からせるべきであったと考えられるので、所論は採用できない。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262) ホステス更衣室にいたホステスら11名について結果回避を否定した理由 本件火災当時、ホステス更衣室にいた11名については、被告人Bおよび同Cが注意義務を尽くしていたとしても、11名の死傷の結果を回避する可能性は無かったというべきである。22時39分から40分ころには、事務所前換気ダクト開口部からの煙のために同更衣室へ通じる通路が遮断され、同通路は避難路としては使うことができず、それ以外の方法を考えてみても、事務所西側の宿直室を通って同更衣室に行くことも、被告人Cが事務所ドアを開けた際に事務所内へ勢いよく煙が流れ込んで充満し、その通路を遮断したであろうと推認されるところであり、被告人Cが22時39分ころに階下での火災を覚知して以降、前記更衣室の滞在者11名がB階段や救助袋のあるホール窓際へ避難誘導させることは不可能であったと認められ、右在室者の死傷の結果を回避できなかったというべきである。なお検察官の所論では「被告人Cは、22時44分から45分ころまではB階段に、あるいは救助袋のあるホール窓際に11名を避難誘導することは可能であった」と主張する。しかしながら、右所論は原判決の「ボーイらがE階段から避難しようと考えてホステス更衣室へ向かった22時44分から45分ころの時点における右通路の煙の状況」を根拠にして、ホステス更衣室に在室する11名の避難誘導の可能性を論じているのみであって、右時刻以前は同更衣室からの避難誘導が可能であったとの判断をしているものではないうえ、前述のとおり、22時39分から40分ころには同更衣室に至る通路は避難路としては使えない状態であることは明らかであるから、検察官の所論は採用できない。 —大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)
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