安全性について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/16 01:10 UTC 版)
「ピット (核兵器)」の記事における「安全性について」の解説
初期の核兵器はピットが着脱可能になっており、輸送中は取り外しておいて、使用直前に取り付けるようになっていた。これによって輸送時の事故で核爆発が起きることを防ぐことが考えられていた。しかし、小型化を進めるうちに組立時に内部に組み込む設計を採るようになっていった。このため、何らかの事故で爆薬が起爆しても完全な核爆発が起こらないようにする必要が生じ、プロジェクト 56(英語版) のような安全性試験が行われるようになった。 事故による核爆発の懸念は常につきまとう。浮上ピットは輸送中にピットを取り付けられるように設計することで爆薬と核分裂物質のコアを分離していたので、事故による核爆弾の喪失または爆発事例はウラン製タンパーが吹き飛ぶだけで済んだものが大半であった。しかし、中空ピットではピットとタンパーは一体になっているのでそうはいかなくなった。 初期の核兵器では内部のキャビティにアクセス可能になっていた。そして、安全(英語版)のため保管中はピットの中に詰め物をしておき、使用時に抜き取るようにしていた。たとえばイギリスのグリーングラス(英語版)のような大型ピットでは、内部キャビティをゴム張りにしてあり、金属球を詰めるようになっていた。ただ、これはあまりにもにわか仕立てな対策で適切なものとは言えなかった。なぜなら、中に詰めた金属球が輸送中の振動によってピットを傷つけることもあったからである。金属球の代わりに中性子吸収材(原子炉の制御棒に使われるカドミウムなど)で作られた目の細かい鎖が使われることもあった。W47核弾頭では、ピットの製造時にカドミウム-ホウ素合金のワイヤーが詰めてあり、使用時には小型モーターで巻き取るようになっていた。しかし、このワイヤーはたいへん脆く、巻き取り時に中で折れてしまうと二度と取り出せなくなるため、弾頭が使用不能に陥る恐れがあった。 一体型ピットから中空ピットに切り替わっていくと、別の安全上の問題が生じた。中空ピットでは重量に対して表面積が大きくなったため、一体型ピットと比較して放射されるガンマ線の線量が高くなったのである。これにより、作業者を守るためにロッキーフラッツの製造プラントにはより効果的な放射線遮蔽が導入されることになった。また、圧延や機械加工が増えたため大量の加工油が必要になり、その脱脂のために用いる四塩化炭素も増えたため、大量の汚染廃棄物が生じるようになった。さらに、プルトニウムは自然発火性があるため、切削により発火する恐れもあった。 密閉ピットではまた異なる安全化手法が必要になった。事故や不適切な操作で爆発することがないよう、機械的なインターロックや火災や衝撃で働かないように設計された重要部品を用いるパーミッシブ・アクション・リンク(英語版)(Permissive Action Links)やストロングリンク-ウィークリンク(英語版)(strong link weak link)などのさまざまな技術が用いられた。 ベリリウム外殻は核兵器の効率向上に効果があったが、核兵器工場の作業者に健康リスクをもたらした。タンパー殻の加工時に生じるベリリウムや酸化ベリリウムの粉塵を吸入することで、ベリリウム症になる恐れがある。アメリカエネルギー省は、1996年までに原子力工業の作業者の間で50件以上の慢性ベリリウム症患者が発生していること、そのうち36人ほどがロッキーフラッツ工場の作業者であること、数人は既に亡くなっていることを確認していた。 1966年のパロマレス米軍機墜落事故や1968年のチューレ空軍基地米軍機墜落事故を受けて、アメリカ軍は事故によるプルトニウムの飛散を防ぐよう核兵器の安全化を図ることになった。 耐火ピット (Fire-resistant pits, FRP) は現代の核兵器の安全機能の一つであり、火災によるプルトニウム飛散の恐れを低減している。現在では航空燃料火災で想定される1000 ℃でも数時間に渡って溶融プルトニウムを保持できるように設計されている。 しかし、耐火ピットは耐火性はあっても耐爆性があるわけではないので、爆発で破壊されて周囲に飛散する可能性がある。そのため、強い衝撃や火災に遭っても爆発しない低感度爆薬と併用し、さらに搭載するミサイルには非爆発性推進剤が採用される。バナジウム外殻が試されたことがあるが、実際に採用されたのか実験に留まったのかは明らかにされていない。W87核弾頭は耐火ピットを採用している。しかし、耐火ピットは外殻の機械的破損を防ぐものではなく、航空燃料よりも高温になるミサイル推進剤の火炎(約2000 ℃)に完全に耐えられるものでもない。 また、重量やサイズの制限が厳しく耐火ピットも低感度爆薬も使えない場合がある。特に潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)はサイズの要求が厳しいことから高出力な代わりに不安定な推進剤を用いているため、大陸間弾道ミサイル(ICBM)と比較すると安全性が劣る。 ピット近傍に高エネルギー材料(英語版)を用いることは安全性に影響する。アメリカのミサイル推進剤は大きく2クラスに分類されている。クラス1.3は火災の危険が大きいが非常に爆発しにくいもので、例えば過塩素酸アンモニウム 70%、アルミニウム 16%、結合剤 14%を配合したものである。クラス1.1は火災および爆発の危険があるもので、架橋ポリマーによるダブルベース推進剤、たとえばHMX 52%、ニトログリセリン 18%、アルミニウム 18%、過塩素酸アンモニウム 4%、結合剤 8%を配合したものなどである。クラス1.1推進剤は4%ほど比推力が高く(260秒に対して270秒)、燃焼時間も長い。低感度爆薬も爆発力が小さいため、爆縮に必要な威力を得るための必要量が増えることになり、核出力を確保するためにミサイルの射程を犠牲にして弾頭を重く大きくするか、ミサイルの射程を確保するために核出力を犠牲にするかを選ぶことになる。安全性と性能のトレードオフは特に潜水艦では重要な問題となる。1990年の潜水艦発射弾道ミサイル トライデント では爆発性推進剤と通常爆薬を採用していた。
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