安全性についての議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/04 23:26 UTC 版)
栄養学者や医者は、様々な観点から牛乳の安全性の問題を議論してきた。 アメリカ小児科医アカデミーは、牛乳を1歳未満の子供に与えないように推奨しており、理由はビタミンE、鉄分、必須脂肪酸が不十分で、牛乳中の多いたんぱく質、脂肪、ナトリウム、カリウムを乳児が処理しきれないということである。世界保健機関は母乳を推奨している。アメリカ小児科学会は、牛乳たんぱく質が膵臓β細胞の破壊の過程に重要な原因であるとし、糖尿病につながるおそれがあるということで、ハイリスクな乳児は生後1年まで摂取しないことを推奨する声明を行っている。 またそれ以上の年齢においても、ハーバード大学の公衆衛生大学院の教授のウォルター・ウィレットらによれば、アメリカ合衆国農務省のフードピラミッドで1日に2-3杯の牛乳を推奨しているという問題があり、カルシウム摂取の目的とする乳製品が骨折のリスクを下げるというデータがないものの、後述するように他のリスクがあり、これではとりすぎだという。成人なら牛乳は1日1杯でよく、余分なカロリーや脂肪分を摂取することなくサプリメントによって低価格で摂取することもできる。牛乳が、カルシウムの適切な摂取源であるかには議論の余地がある。 現代の牛乳は、20世紀初頭に牧場の牛から搾乳されたのとは全く異なり、血中エストロゲンの量が上昇する妊娠期の後期に搾乳されており牛乳中にも増加するため、回帰分析により卵巣がんや子宮体がんにつながる可能性があると主張している研究者がいる。2004年発表の財団法人・日本食品分析センターの調査報告によると、牛乳には平均で0.012ng/gのエストロゲン、17ng/gのプロゲステロンが含まれていた。 主として先進国で酪農の産業化のために70年ほど前から始まった妊娠牛からの搾乳により、現在市販されている牛乳の乳漿中の女性ホルモンエストロゲン、プロゲステロン濃度は、妊娠していない牛から搾乳された牛乳に比べてエストロゲンで約2倍、プロゲステロンで6-8倍である。これらの過剰な女性ホルモンはヒトの免疫機能を低下させるため、感染症への抵抗力を落とす。また月経障害、生殖機能低下を招き、各種アレルギー反応を助長する。 含まれる乳糖(ラクトース)の摂取量が日に牛乳3杯分である場合に、低い摂取量の場合と比較して卵巣がんのリスクがやや高い。乳糖の消化によって生成されるガラクトースが多い場合に、卵巣にダメージを与え、卵巣がんにつながる可能性が考えられる。それはガラクトースの直接的な毒性と、ゴナドトロピンの濃度を上昇させることによると考えられている。 乳糖不耐症は、牛乳に含まれる乳糖(ラクトース)の分解酵素であるラクターゼを持たないことである。ガス、下痢、腹部の膨張感といった問題が生じる。これはアジア系で90%、黒人とアメリカ先住民で70%、ヒスパニック系の50%が該当し、北欧系では約15%でしかない。先天的にラクターゼが欠損している例はほとんどなく、乳児期を過ぎて、または成人になり分解酵素の活性が低下するものである。後者の場合には、牛乳を常飲することで活性が再び上昇する可能性がある。活性が続いている場合にラクターゼ活性持続症であり乳製品を利用してきた民族に多い。ヨーグルトやチーズでは微生物によって乳糖が一部分解されているので、この問題は起きにくい。胃腸症状だけでは乳糖不耐症だとは確定できず、胃腸症状や皮膚症状は牛乳アレルギーの主な症状である。 牛乳を飲みすぎることで骨を脆くし、骨折を招くという週刊誌に掲載された説に対して、2001年に、農林水産省の佐藤と、同・生産局畜産部牛乳乳製品課長の五十嵐は、骨折の発生には要因が様々にあり牛乳の摂取量の相関を比較することは不正確で誤解を招くとした。 1997年には、牛乳やその他のカルシウム源が骨折率を低下させなかったという研究、2000年には動物性タンパク質の消費が多い国で骨折率が高く、植物性たんぱく質の消費が多い国で骨折率が低いといった研究結果が得られている。世界保健機関による類似する現象への言及についてはカルシウム・パラドックスを参照。 マグネシウムはカルシウムに次いで骨に多く含まれるミネラルである。牛乳のマグネシウムの比率は少ないと言える。一方で、骨形成に必要な成分としては、他にリン、ビタミンDなどのバランスの取れた摂取が求められる。 2002年の農水省の消費者相談ページでは、殺菌温度の違いによる栄養価の違いはないと返答している。過酸化水素が発生し(または残留し)、危険であるという説があるが、国立医薬品食品衛生研究所の加工食品中の過酸化水素含有量の調査データでは牛乳1グラムあたり最大0.1マイクログラム、コーヒー牛乳で0.59-2.96同、フルーツ牛乳で0.08-0.43同の結果が得られている。ビタミンB1、B2、葉酸、ビタミンEやビタミンB12は生乳と比較して熱処理後には減少し、ビタミンAは増加する。B2以外はもともと含有量が少ないため影響が弱いが、B2においては牛乳は主な摂取源であるため熱処理の影響を考慮する必要がある。多価不飽和脂肪酸の豊富な牛乳にて、高温短時間のUHTでは共役リノール酸が増加し、殺菌用のマイクロ波によってcis-9,trans-11共役リノール酸をtrans-9,trans-11へとシグマトロピー転位された。そうした加熱法では変化がなかったが、マイクロ波では共役リノール酸を減少させトランス脂肪酸を増加させたという研究結果がある。 2016年の研究は、超高温瞬間殺菌(UHT)、高温短時間殺菌(HTST)、ホモジナイズによって牛乳の構造や試験管内の消化に変化が観察された。たんぱく質はUHTよりもHTSTで消化が遅かった。 低温殺菌では殺菌時間が長く、普通はバッチ式の殺菌機械が使われるため、加熱中に空気と触れる事により脂肪の酸化が起きやすいという説には根拠が乏しい[要出典]。それよりも牛乳中の溶存酸素の量が酸化や風味に影響するといわれる。 ホモジナイズ(均質化)された牛乳の悪影響は、カート・A・オスターが心臓病の原因として提唱し、1960年代から1980年代にかけて研究され後に否定された説であるが、それが否定されたとしても均質化され脂肪球の表面積が大きくなった近代の牛乳はアレルギーを増やしているのではとも考えられる。ホモジナイズにより乳清たんぱく質の構造は変化し、それは破壊的である可能性がある。ホモジナイズの高圧処理は酸化を促す。熱処理は脂質に影響を与えず、ホモジナイズではC8からC14の飽和脂肪酸(C8 カプリル酸、C10 カプリン酸、C12 ラウリン酸、C14 ミリスチン酸の4種)が増加した。融点で言えば、融点が高い飽和脂肪酸が増加している。
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