被告人Bおよび同Cの避難誘導に関する各注意義務および過失責任の有無
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 09:16 UTC 版)
「千日デパートビル火災事件」の記事における「被告人Bおよび同Cの避難誘導に関する各注意義務および過失責任の有無」の解説
大阪地方裁判所は、被告人B(千土地観光・代表取締役業務部長=プレイタウン管理権原者)および同C(プレイタウン支配人=プレイタウン防火管理責任者)の過失責任に関して、消防訓練の実施、両被告の防火意識、B階段の安全性、避難計画を立てた場合の煙流入の予見可能性、B階段へ避難誘導した場合の結果回避、救助袋のメンテナンスの必要性と可能性、救助袋を使用しての避難訓練の必要性、救助袋を使用した避難誘導の可能性、救助袋による避難誘導が実行できた場合の結果回避の可能性と因果関係、それぞれについて検討をおこない、以下の各判断を下した。 防火対象物としてのプレイタウン (要旨)大阪地裁は「プレイタウンは、消防法令が定める特定防火対象物であるのは明らかである」と認定した。→プレイタウンについて プレイタウンは、前記説明(略)のとおりの規模、利用形態のキャバレー(アルバイトサロン)であるから、消防法令により、その管理について権限を有する者が防火管理者を定めるべき防火対象物であることは明らかである。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) 被告人Bの管理権原者としての業務 (要旨)大阪地裁の判断では「被告人Bの管理権原者としての地位と業務は説示のとおりであり、同被告人が職責に照らしてプレイタウン防火管理責任者である被告人Cに対して防火管理上の必要な業務を行わせる義務を負い、従業員らを指揮監督する業務に従事していたのは明らかである」と認定した。 被告人Bは、1970年(昭和45年)5月にプレイタウン等を経営する千土地観光の代表取締役業務部長に就任している。千土地観光の運営は人事や経理面で親会社の日本ドリーム観光から大きな制約を受けているものの、千土地観光の日常業務は取締役で実権を握る「デパート管理部次長」を除く被告人Bら4名の取締役において処理し、プレイタウンほか2店については被告人Bが各店の支配人を通じてこれらの管理を担当していたのであるから、同被告人はプレイタウンの管理について消防法8条の定める「権原を有する者」に該当する。したがって同被告人は、同条の定めるところに従い、防火管理者を定め、これに消防計画の作成、右計画に基づく消火、避難等の訓練の実施、消防に使用する設備、消火活動上必要な施設等の点検及び整備、避難または防火上必要な構造および設備の維持等、防火管理上必要な業務をおこなわせるべき義務を負い、これらの点について、防火管理者およびその他の従業員を指揮、監督する業務に従事していたものである。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) 被告人Cの防火管理者としての業務 (要旨)大阪地裁の判断では「被告人Cの防火管理者としての業務は説示のとおりであり、同被告人が職責に照らしてプレイタウンで防火管理上の必要な業務を果たすべき立場にあったのは明らかである」と認定した。 被告人Cは、1970年(昭和45年)9月1日にプレイタウンの支配人になり、1971年5月29日付で同店の防火管理者に選任されたものであるから、防火管理者に就任後は、消防法8条の定めるところに従い、同店について消防計画を作成し、これに基づく消火、避難等の訓練の実施、消防に使用する設備の点検および整備、避難または防火上必要な構造および設備の維持等、防火管理上必要な業務をおこなう義務を負い、右業務に従事していた。なお、同被告人が支配人に就任後、防火管理者に選任されるまでの間、同店には防火管理者が選任されていなかったが、被告人Cは、被告人Bを補佐して来店した客らの安全確保に万全を期すべき支配人の職責を有していたことに照らして、右期間中も管理権原者である被告人Bの指揮、監督の下に、右同様の防火管理上必要な業務を果たすべき立場にあった。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) プレイタウンにおける消防訓練の実施状況及び両被告の防火意識 (要旨)大阪地裁は「プレイタウンに対して消防当局からの避難誘導に関する指導は何もなく、被告人Bは管理権原者としてプレイタウン防火管理責任者である被告人Cを指導監督したことはなく、また被告人Cも階下で火災が発生することを想定して避難訓練を行ったことはなく、両被告ともに火災の対策を何も考えていなかった」とした。 被告人Cが支配人に就任後におこなわれた消防訓練は1回だけで、ステージ付近から出火したことを想定して初期消火、通報、避難をおこなうものであった。その時間の大半が南消防署から指導に来た係官から消火器による初期消火の必要性や避難についての説明に費やされた。そのなかでは「B階段が最も安全であるから同階段から避難するように」という指導は為されず、4か所の階段のうち、火や煙が流れてくる方向とは反対方向にある階段へ逃げる指導がおこなわれた。本件火災のような煙だけが店内に流入した場合を想定して煙の中を突っ切って逃げることや、ビル全体としての総合的な訓練の必要性までは指導されなかった。また救助袋についても被告人Cが消防当局から使用方法や説明を口頭で受けたことはなかった。 被告人Cは、プレイタウン店内の火元や火災の予防については気を配っていたものの、実際に火災が発生した場合の対策については、6階以下の階で火災が発生した場合はおろか、店内から出火した場合について何も考えていなかった。被告人Bについても同様で、デパートビルの6階以下の階で万が一に火災が発生した場合を念頭に置いて、被告人Cらプレイタウン従業員を指導監督したことはなかった。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) B階段の安全性について (要旨)B階段について大阪地裁は「B階段は、構造上において火災の際に煙が充満する可能性は低く、7階から地上への避難路となり得る。被告人CがB階段の構造を把握し、平素から同階段を避難経路として考えておけば、火災の初期段階では救助袋の使用と併せてプレイタウン滞在者を地上へ避難させられたと一応考えられる」とした。 階段A、E、Fについては、火災により煙が充満していたことは明らかであり、B階段は、その構造上において同デパートの売場から二重の鉄扉で遮断されている。また火災初期に消防隊員が内部探索のためにB階段を駆け上がったところ、4階付近までは問題なく行けたが、5階より上は黒煙に汚染され侵入が不可能であった。これは7階プレイタウンからの脱出者がB階段出入口ドアを開けっぱなしにした結果であるから、もしドアが閉鎖されていれば煙の流入は無かったことからB階段は通行可能だったと考えられる。 被告人Cが、平素からB階段の状況を把握し、6階以下の階で火災が発生した場合に安全な避難路はB階段しかないことを認識して、従業員に対しそのことを教育し、たとえクロークに煙が充満していても、そこを突っ切ってB階段から避難するように指導、訓練するとともに、救助袋の正しい使い方を従業員に徹底させ、少なくとも投下訓練をしておけば、火災の初期においては同店の滞在者を地上まで無事に避難させられた、と一応考えられる。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) 被告人Cが防火管理者として業務を忠実に遂行した場合の予見可能性 (要旨)被告人Cが防火管理者として業務を忠実に遂行した場合、同被告人が立案したであろうと考えられる避難計画および流入する煙についての予見可能性について大阪地裁は「被告人Cは、防火管理者として幾度かの講習を受けていたが、手元に置いていた冊子を難しくて面白くもないからと読んで理解しようともせず、ビル火災の特徴や避難誘導の方策を学ばなかった。それにより最適な避難経路や避難方法を策定できず、従業員に対する訓練や指揮命令の指導ができなかった。もしも同被告人が防災や避難の必要な知識を身に付け、平素から避難誘導について考えていたなら、様々な検討結果からB階段こそが唯一安全な避難階段であり最適な避難路だと結論付けることは十分可能だった。しかしながらB階段へ誘導する際に通るエレベーターホールは構造上では煙が充満する可能性は低いはずだが、実際にはエレベーターシャフトの欠陥により煙が同シャフトへ流入し7階へ噴き出した。被告人Cがそのような欠陥に気付くはずもないから防火管理者としての業務を忠実に遂行するとすれば、エレベーターホールに煙が充満しないことが前提になる。エレベーターから煙が噴き出す可能性は少ないはずが本件火災ではそうではなく、エレベーターホールが煙で汚染された。そのような事態が起こるのであればB階段にも同様の欠陥がある可能性も考えられる。本件の状況であればB階段からの避難は困難になるので火元から遠いF階段からの避難が最適だと言える」とし、「混乱した状況下で予期しない煙の噴出によってB階段への避難誘導および救助袋による脱出を被告人Bが立案するのは困難だ」と判断した。 被告人Cが防火管理者としての業務を忠実におこなうためには、ビル火災の特徴および避難のあり方、各階段の構造を知ったうえで避難経路を決めなければならないが、同被告人がそれを知りうるためには、防火管理者の講習を受けた際にテキストとして使用した「防火管理の知識」と題する冊子を読むと同時に消防訓練等の機会を得て、消防関係者の指導を受けるしか方法がないと思われる。ところが同被告人は、冊子の内容が難しく、面白くもない本だと思って読んでいなかった。しかしながら同被告人は防火管理者として多数の客や従業員を避難させる業務上の責務を負っているのであるから、必要な知識を習得するように努めるべきなのは当然のことである。理解できる部分だけの拾い読みでも、ビル火災に関する最低限の知識は得られたはずである。 その知識を使えば、プレイタウンに通じている4つの階段のいずれかを使って地上に避難させるべきだと気付き、どの階段が最も安全であるかということに考えが及ぶ。階段A、B、E、Fの各々の構造や状況、6階以下の階で火災が発生したときの煙の侵入経路を検討すれば、B階段が安全確実に地上に避難することができる唯一の階段である、との結論に至ることは十分可能だったと認められる。 B階段が唯一の安全な避難階段であれば、次にクロークからB階段までの誘導を考えなくてはならない。しかしクロークの中に入るためには幅65センチメートルのカウンター端の出入口を通らねばならず、幅からして1人ずつしか通れないのであるから、避難誘導する際にはホール出入口とクローク付近に従業員を数名配置しなければならない。クロークに殺到する客らの混乱を抑えつつ、円滑にクロークを通りぬけさせなければ、全員を無事にB階段から地上へ避難させるのは困難になる。 次に被告人Cは、ホールからクロークにかけての間が煙で充満する場合も検討しなければならない。6階以下の階で火災が発生した場合にクローク付近に煙が流入してきそうな場所は、A階段か2基のプレイタウン専用エレベーターが考えられるが、7階のA階段出入口は鉄扉で常時閉鎖されており、多量の煙が侵入する可能性は少ない。2基の専用エレベーターについても地下1階と7階以外に出入口が存在しないこと、地下1階エレベーターホールと地下1階売場の間は防火扉で遮断されていることを考えれば、この2つが煙の侵入経路になるとは考え難い。しかしながら実際は南側(A南)エレベーターの2階と3階部分の天井付近に隙間があり、その部分からエレベーターシャフトに多量の煙が流入した。その隙間については、火災によって天井が崩落するまでは誰にも気づかれなかった欠陥であり、被告人Cがこれに気付いていたとは考え難いから、同被告人が防火管理者として業務を忠実に遂行して避難計画を立てる場合は、ホールとクロークの間にエレベーターシャフトから煙が流入して充満することがない前提に立つものと考えられる。 検察官は「建築工事においては手抜き工事がおこなわれることは、社会通念上においては予測できることであるから、エレベーターシャフトから煙が流入する可能性は充分にあった」と主張する。しかしながら、エレベーターシャフトの手抜き工事を予想できるのであれば、B階段についても壁や防火扉の設置部分に欠陥があると予想する余地があり、B階段は煙が侵入しない階段であると考えることも出来なくなる。逆にB階段に手抜き工事がないものと考えるのであれば、エレベーターシャフトに手抜き工事がないものとして考えても不合理はない。B階段は構造が完全で、エレベーターシャフトには隙間がある、と考える特別な事情があることを窺わせる証拠もない本件においては、プレイタウンの防火管理者がその業務を忠実に遂行していれば、避難については前記のようなことを考えて従業員を指導したであろうと考えざるを得ない。 6階以下の階で火災が発生した場合、その発生場所によってはプレイタウン専用エレベーターのシャフト内(又はB階段)に煙が流入する可能性が予測できる。それは地下1階のプレイタウンエレベーターロビーまたは1階プレイタウン出入口で火災が発生した場合である。しかしながら、地下1階ロビーにある可燃物は少量であり、防火扉で売場と遮断されていること、また1階プレイタウン出入口についても同様で、多量の煙が7階に流入するとは考えられない。消防当局は、火元から遠い方へ避難するという「2方向避難」について指導していたのであり、この場合はB階段よりもF階段から地上へ避難するのが最適である。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) 以上の各検討から大阪地裁は、被告人CがB階段への避難誘導を為し得た可能性について、以下のように結論付けた。 まとめ これらのことを考えると、被告人Cが煙が噴き出す方向に避難するという発想が浮かんだとは考え難く、煙が如何なる方向から来ても、B階段から避難する計画を立てることは出来なかったと言わざるを得ない。 — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) B階段へ避難誘導する方法での結果回避の可能性 (要旨)大阪地裁の判断では「被告人Cが仮にB階段からの避難計画を立てていたとしても、南側(A南)エレベーターから噴き出す猛煙によって混乱を来し、事態を正確に把握して『B階段こそが安全な避難路だ』と判断できたかは疑わしい。実際に避難できたかどうかも疑わしく、混乱を抑えることも困難である。むしろ煙が噴き出す方向とは逆のF階段から避難させようと考えたはずで、煙が噴き出す方向に逃げようとした避難者を押しとどめたと考えられる」とし、B階段への避難誘導による結果回避の可能性を否定した。 被告人Cが前記のような避難計画を立てていた場合、ホール出入口からクロークまでの間に煙が充満していなければ、避難誘導する従業員を適切な場所に配置し、客や従業員らをB階段に誘導して避難させられたと考えられる。しかしながら実際は同被告人がクローク前へ行ったころにはエレベーターシャフトから多量の煙が流入してきていたのであり、従業員を配置して避難誘導させるには困難な状況となっていた。それでも避難誘導をおこない、B階段へ誘導するためには、同被告人が指示を出し、従業員らが先導して客らをその方向へ案内するしかない。だが、それも出来ないほど多量の煙がエレベーターシャフトから流入し、同被告人の予想をはるかに超えるほど頭の中が混乱したであろうと考えられる。したがって同被告人が事態を正確に理解し、B階段が安全な避難路であると判断して対処できたとは考え難い。 被告人Cの判断が適切で、従業員らに対して指示を出せたとしても、クローク付近に充満した煙の状況では、避難経路に不案内な客らが猛煙のなかを通り抜ければ安全であると信じて、混乱なく行動できるかどうかは疑問である。仮に何名かが煙の中を突っ切ってB階段へ避難したときに、大勢の避難者があとに続いて殺到し、クロークの中を通り抜けられずに大混乱が起こることは必至であり、同被告人がその混乱を抑えることは困難である。 最初に南側(A南)エレベーターから噴き出す煙に気付いた従業員らは、事務所前の換気ダクトから噴き出す煙には気付いていないのであり、被告人Cや消防当局からの指導で避難訓練を受けていて、訓練内容を理解したうえで、直ちに避難誘導を実行していたとすれば、煙とは逆の方向、すなわちF階段から避難しようと考えたはずである。よって、客や従業員らが出入口からクロークの間へ出て来るものがあれば、ホールへ戻るように押し止めたと考えられる。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) B階段へ避難誘導しなかったことによる両被告人の過失責任 (要旨)大阪地裁は「被告人Cが階下での火災を想定して避難計画を立てていたとしても、南側(A南)エレベーターから多量の煙が噴き出すことは想定外であり、同被告人が適切な判断を下して避難誘導できたかは疑問であり、仮に被告人Cや従業員によってB階段への避難誘導が行われたとしても、本件死傷の結果を回避できたかは疑問である」とした。 被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して、避難経路等について十分に調査検討したうえで避難訓練を実施していたとしても、同被告が立てたであろうと考えられる避難計画を前提とすれば、エレベーターシャフトから多量の煙が噴き出して、クローク内などの付近一帯に煙が充満しているという予想外の状況に直面して、煙の中を突っ切ってでもホール内にいる者らをB階段へ誘導するほかないとの判断を寸刻の間に成し得て、同階段への誘導を指示することが同被告人と同様の立場にある何人かをその立場に立たせても、果たして避難誘導が可能であったか大いに疑問であり、また、仮に右誘導を指示していたとしても、本件死傷者の全員が無事にB階段から脱出して、本件死傷の結果を回避し得たかは甚だ疑問であると言わざるを得ない。 —大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133) 前記の各検討により大阪地裁は、被告人Cが避難者に対する避難誘導を怠った注意義務違反と過失責任、被告人Bが被告人Cを指導監督しなかった責任を以下のとおり判断した。 まとめ 以上の次第で、被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して避難計画を立て、これに従って避難訓練を実施しなかったことは、防火管理者としての義務を果たさなかった重大な落度であると言うべきであるが、B階段から客や従業員らを避難させなかったことについて、同被告人の過失責任を問うことは出来ないものと言わざるを得ず、そうであるならば、被告人Bの指導監督が十分でなかったことの責任を問うことも出来ない。 — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)
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