消火
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消火(しょうか)は火と呼ばれる連鎖反応(燃焼)を止めること。火を消す、鎮火ともいう。
- ^ “ものはなぜ燃えるのか”. 公式ウェブサイト. 消防庁 消防研究センター. 2020年8月9日閲覧。
- ^ “爆発で油田火災は消せるの?”. 朝日新聞 be (朝日新聞社). (2016年8月27日) 2016年8月27日閲覧。
- ^ 上泉信綱伝の『訓閲集』(大江家兵法書を戦国風に改めた兵書)巻二「遊軍の法」に「火を消す時、焼ける火の後ろより消す時は利を得ず、火に向かって消すべし。砂・土をかけて消すべし」と記され、少なくとも戦国期から消火に利用されていることがわかる。
消火活動
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「日暮里大火 (1925年)」の記事における「消火活動」の解説
警視庁及び東京市内各署の消防自動車35台をはじめ隣接町村から手押しポンプなどが出動し消火活動を行った。 陸軍近衛師団連隊から2個中隊が特派され、現尾竹橋通りである改正道路付近の家屋を破壊し防火帯を設置した。
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消火活動
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火災の鎮火、危険物・化学・薬品などの爆発の鎮火などである。ポンプ隊が配置され担当する。 火災の鎮圧消防本部で受けた119番通報は、現場地区を担当する消防署の「通信室」(受付を兼ねている)に送られ出動指令となる。これは通信回線による音声だけでなく、活動記録を残すためファクシミリを用いた文書でも送られる。 火災の調査火災現場の調査を通して、出火原因の調査などを行う。 出火場所の広報消防車のサイレン音を聞いた人から代表番号に問い合わせが殺到すると業務に支障を来すので、消防本部から専用テレホンサービスの電話番号が公開されている(通報を元に通信指令室がコンピュータを使って発する出動指令のデータがそのまま活用され、合成音声でアナウンスされる)。2010年代からは、希望者に対して出動情報と鎮火報の電子メール配信がされる自治体も出ている。 消火栓の断水・減水届 火災被害証明 消防車迂回道路工事の届出受付
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消火活動
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消防活動は、消防車両延べ60台・延べ人員219人、消防団1団・10人体制で行われた(このうち沖縄県応援本部8本部15台74人が消防応援)。 正殿からの出火と見られている。消火設備として放水銃やドレンチャーが設置されており、ドレンチャーは作動したが、放水銃4基のうち、正門裏手に設置されていた放水銃1基が使用できなかった。また、設備されていた消防用タンクの用水約79トンは10数分余りで払底した。
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消火活動
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「ノートルダム大聖堂の火災」の記事における「消火活動」の解説
出火は2019年4月15日18時50分(以下CEST)に確認され(2019年4月15日18時43分に火災が発見されたとする報道もある)[要追加記述]、消防へ通報が入った。火は瞬時に大聖堂の屋根などに燃え移って広がり、約400人の消防隊員が加わった消火活動は9時間に及ぶものとなり(約500人の隊員が15時間活動したという報道もある)[要追加記述]、火災現場に急いで駆けつけた消防隊員たちは、数十台の消防車と最低でも18の高所放水機材、数機のドローン、1台のロボットを投じるとともに、重要な文化財を移動させていたことを当局者が明かしている。 セーヌ川の橋には数百人の群がりが確認でき、スマートフォンに炎上する大聖堂を収めた者もいた。パリ市内では中心部のシテ島へ消防車が出動した。炎上する大聖堂は白煙に包まれ、建物の内部には消防隊員のものと考えられる懐中電灯から放たれた光が確認でき、修復工事のために設置された足場の周りでは繰り返し火の粉が見え、夜中になり火災現場の周囲には非常線が張られたが、その外では大勢の人が消火活動を見届けた。 人々は聖歌を歌いながら鎮火を待ち望み、消防車が通行すると喝采した。そこには、手を組んで祈る様子を見せる人、涙をこぼす人も見受けられた。 出火時に建物は閉館していたため、建物の中に観光客などはいなかったとされ(大聖堂には数百人いて、避難したとする報道もある)[要追加記述]、火災の発生から約10時間後にほぼ消火(その後、パリの消防当局は2019年4月16日10時までに鎮火したことを発表)されたが、警察官2人と消防士1人の計3人が軽傷を負った(消火活動中に隊員1人が大けがをしたとする報道もある)[要追加記述]。 また、フランス政府の防災当局は消火活動が行われていた2019年4月15日の夜、「数百人の消防隊員があらゆる手段を尽くして大聖堂の激しい火災を消し止めようと活動している。しかし、空中からの放水は大聖堂の全体の構造を破壊しかねないため、行っていない」とツイッターに投稿し、上空から消火する方法を断念した。16日になると消防士たちは燃え残りの調査をし、その周辺では小規模な降雨が確認されるなかで出勤する人々が立ち止まって大聖堂を見ていた。活動を終えた消防隊たちに一部の市民は握手を望み、拍手、花、チョコレート、コーヒー、パンなどを贈った。 この火災についてパリの消防当局は、「これまででもっとも複雑な作業であった」としたうえで、「木製鐘楼の骨格部分まで火が及んでいた場合、連鎖的な崩落を招いた」として、一時的に大聖堂全体が焼失する可能性があったことに言及した。出火翌日の2019年4月16日には、フランスのローラン・ヌネズ(フランス語版)内務次官が「消火活動で重要時間帯とされる最初の15分から30分間の勝負が順調に進んだことで、主要部分の焼失を回避できた」と説明し、「命懸けで活動した消防隊の『勇気と決意』のおかげである」として消防隊とその消火活動を称賛した。 またパリ市のエマニュエル・グレゴワール(フランス語版)副市長は、「初めに現場へ駆けつけた消防隊員たちは、重要事項のひとつとして火災から遺産を『可能な限り多く守ること』を念頭に置いて活動していた」とBFM TVの取材に対して語っている。 多数のパリ市民はパリ市庁舎の前にある広場で、大聖堂の火災において消火活動を行った消防隊員たちを称賛する集会を2019年4月18日の夕方に開いた。この集会に出たフランス内相のクリストフ・カスタネール(フランス語版)は、「(消防隊員たちは、大聖堂のみならず)パリ市と私たちの歴史を救った」などと述べた。また、パリ市長のアンヌ・イダルゴも集会に出席し、「消防隊員が命の危険を顧みず、大聖堂を救った」などと発言するとともに、大聖堂の再建に期待を膨らませた。同じく集会に出席した大聖堂の首席司祭であるパトリック・ショーベ(フランス語版)は「(火災中は)祈ることしかできなかった」としたうえで、人々の支援に感謝を示した。 さらに、フランスのマクロン大統領は約250人の消防隊員を大統領府(エリゼ宮)に招いてその活躍を称賛し、名誉勲章の授与を行うことを表明した。
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