被告人Bについて
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 06:11 UTC 版)
「千葉小3女児殺害事件」の記事における「被告人Bについて」の解説
Aの同級生の親を名乗る人物は「児童の誰もが知っているような人」と話し、Bと同じマンションで隣の部屋に住む住人は「2人の小学校の子供がいて、とても子煩悩で温厚な人」と話し、Bの高校の同級生は「大人しい存在」「目立たず、いつもぼーっとしていた印象がある」と話した。また、Bの元勤務先の同僚によると、Bは小中学生が出演するイメージDVDを収集していたといい、15歳以下の女性にしか興味がなかったという。更に、元上司は「DVDは持ってきていました。カバーの画像が全部、子どもなんですよね。日本人の子どももいましたけど、東南アジアの子が多かったですね。子どもみたいなアイドルが好きと言っていた。若ければ若いほどいいと」と話した。実際に、警察は裏DVDを押収している。この元上司はBが面接時のアンケートに、自分の性格の好きな点について「一つの事に集中できる所、社交的な所」と記していたといい、Bは「真面目で仕事はできる方で、第一印象はよく喋ってコミュニケーションが取れる人」だったという。しかし、その一方で「ちょっとキレやすいタイプ。自分の思うように事が進まないと声を荒らげたりするっていう部分が半年くらいすると見えてきた」と話した。 2008年作成の履歴書によると、趣味は模型製作、柔道、ソフトボールとしている。 高校は柏市(旧沼南町)の県立高校に通い、2年次の修学旅行の感想では「修学旅行を終えて、月日のたつのが早いなぁとつくづく思った。学年集会やなんだかんだとやったのに現地に行ったらあっというまに、四日間たってしまい、この四日間あまり有意義に過ごせなかったような気がした。でも、同じ部屋の人達とは、さんざん騒ぎまわって夜遅くまでおきていた。けれど、先生にはバレなかった。なにか変な文章になってしまった。」と記していた。1990年に卒業し、卒業文集には「いざさらば、さらば青春、さらば淑女達、もうあの瞬間は二度ともどらないものだから。野田市と沼南町のじゃぱんであいませう。」と寄稿していた。高校卒業後は専門学校(高校の卒業アルバムによると、都内の調理師を目指す学校)に進学したものの中退し、その後何度か転職している。 2009年頃に子供が生まれたといい、元勤務先の上司は「いつも子供を抱っこしていたし、子供をあやすのも上手かった」と話した。
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