本文系統
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「青表紙本」、「河内本」、および「別本」も参照 源氏物語の写本はしばしば本文系統によって「青表紙本の本文を持つ写本」・「河内本の本文を持つ写本」・「別本の本文を持つ写本」に分類される。校異源氏物語及び源氏物語大成校異編においては源氏物語の写本を上記の三つの区分に分けて列挙しており、源氏物語別本集成では「別本の本文を持つ写本」のみを対象とし、河内本源氏物語校異集成では「河内本の本文を持つ写本」のみを対象にしている。このような3区分は、古注釈の時代から存在した「青表紙本」・「河内本」という二つの系統を元に池田亀鑑がこの二つに含まれない諸写本を「別本」として加えて成立させたものである。この3区分法自体はこれ以後主流の考え方になっていったが写本をこのような区分に従って分けることについてはさまざまな問題が指摘されている。 阿部秋生により、「外形的な特徴に重きを置いて古伝承にある「青表紙本」や「河内本」が存在しているという前提でそれに該当する伝本を探し求めるという池田の方法は異例であり、奇異な方法である」「伝本の分類は本文そのものの比較を中心に据えるのが本来の姿であろう」「さらにもし青表紙本が古伝本系の別本の一つであるはずの藤原定家の目の前にあったある写本の中の一つを忠実に写し取ったものであるならば、青表紙本とは実は古伝本系別本の一つであるということになる。」との批判が加えられた。阿部の主張のもとになっている「定家が書写した青表紙本の本文が本当に元の写本の本文に手を加えず忠実に写し取った」という点については、石田穣二による「意図しない単純な誤写はわずかに確認できるものの、意図的な改変は存在しない」とする見方も存在するものの藤原定家により紀貫之自筆本から書写された『土佐日記』の写本を定家の息子である藤原為家による紀貫之自筆本から書写された写本と比較すると、仮名遣いなどを中心に本文を意識的に整えたと見られる部分が存在することなどから定家によるある程度の意識的な本文整定は何らかの形で存在するとの見方が有力になっている。 源氏物語は54帖からなる長大な作品であるために最初からひと組の写本を複数人で書写したり、何らかの理由で欠けた写本についてもともと別々の写本であったものを組み合わせて一つの写本にしたり、欠けた部分のある写本の欠けた部分を新たに書写して補うといった部分を持つ「取り合わせ本」が数多く存在し、このような「取り合わせ本」では本文系統についても巻ごとに異なった本文系統に属するといったことが少なくなく、またこのようにしてできあがった「取り合わせ本」をもとに書写を行った場合にはその写本はたとえ一筆の写本であっても最初から複数の本文系統が混在していることになる。また程度の差はあるものの、多くの写本では本文は一度書かれてそれがそのまま伝えられるのではなく、何らかの「校合」が行われ、本文の訂正が行われている。このような本文の訂正は、最初に書写されたとき(またはその直後)に、書写の元になった写本と照合した上で誤写を訂正したような場合を除いて複雑な本文上の問題を生じさせることになる。大島本や尾州家河内本など代表的な写本の多くに当初書かれたものとは異なる系統の本文を持つ写本と照合しての校合が認められる。 また「青表紙本」や「河内本」といっても、実際の写本・本文では、「純度の高い青表紙本」から「河内本に近いものを含む青表紙本」・「河内本に近いというわけではないが独自の異文を含む青表紙本」といったものや「青表紙本に近い別本」・「河内本に近い別本」といったものまで存在し、その性質は一様ではない。またそのような判断が人によって、また研究の進展によって変化することも少なくない。例えば大島本の初音巻は当初池田亀鑑によって「別本の本文を持つ巻である」として『校異源氏物語』(1942年(昭和17年))では底本に採用されず、『源氏物語大成 校異篇』(1953年(昭和28年))にもそのまま引き継がれたが、『源氏物語大成 研究資料篇』(1956年(昭和31年))ではかつての自身の見解を「さらに慎重な検討がなされなければならない」として再検討の必要性を認めるような論述も行うようになった。その後もさまざまな研究者によってこの大島本初音帖の本文の性質については検討が続けられたが、 玉上琢弥『源氏物語評釈 第5巻』角川書店、1978年(昭和53年) 阿部秋生・秋山虔・今井源衛校注・訳『源氏物語 3 日本古典文学全集 14』小学館、1972年(昭和47年)11月 ISBN 4-09-657014-1 石田穣二・清水好子校注『源氏物語』新潮日本古典集成(全8巻)(新潮社、1976年(昭和51年) - 1980年(昭和55年)) 阿部秋生他『源氏物語』完訳日本の古典(全10巻)(小学館、1983年(昭和58年) - 1988年(昭和63年)) 阿部秋生他『源氏物語』新編日本古典文学全集(全6巻)(小学館、1994年(平成6年) - 1998年(平成10年)) といった大島本を底本に採用した多くの校本で源氏物語大成の方針を受け継いでこの初音帖については大島本の採用がされなかった一方で、池田亀鑑の当初の見解である「大島本初音帖の本文は別本である。」とする見方を誤りであるとする見方も少なからず存在する。 また近年では個々の写本の位置づけについての妥当性にとどまらず、阿部秋生等によって「青表紙本が藤原定家が目の前にあった一つの写本(それは当然古伝本系の別本である)を忠実に写しとったのならば、その結果生まれた青表紙本も実は別本であると考えざるを得ないのではないか」といった問題提起がなされ、源氏物語の本文を「青表紙本」・「河内本」・「別本」の三系統に分類すること自体の妥当性が問題にされるようになってきており、「源氏物語別本集成 続」では、青表紙本を別本に含めて「河内本として扱われるべき写本以外の全ての写本を全て別本として扱う」といった方針がとられるようになっている。またこのような二分法をとる立場の中には「青表紙本」を「いわゆる青表紙本」と呼んでみたり、さらには「青表紙本」・「河内本」という呼び方を避けて、 これまで「河内本」と言っていたものを中心とするグループを「甲類」 これまで「青表紙本」や「別本」と呼んでいたものを「乙類」 といった呼び方をすることもある。 1990年代以降には、多くの漢字を含む文学作品のコンピュータによるデータ処理が容易になり、本文の性格を表すときに、個別に本文を比較した上で文節レベルでの一致数(率)や不一致数(率)を計算し、そのような数字を元にして定量的な表現によって写本(本文)相互の「近さ」や「遠さ」を示すことが以下のようにしばしば行われるようになってきており、これまでのような「青表紙本である(またはない)」・「河内本である(またはない)」などといった定性的な表記に代わって使用されることも増えつつある。 第11帖 花散里における分析結果 写本の名称大島本との一致率尾州家本との一致率伝統的な区分による本文系統おおしまほん大島本 100% 064% あおひょうしほん青表紙本 ようめいぶんこほん陽明文庫本 079% 064% べつほん別本 ほさかほん保坂本 091% 067% べつほん別本 びしゅうけほん尾州家本 064% 100% かわちぼん河内本 ありまほん阿里莫本 061% 083% べつほん別本 ぎょぶつほん御物本 078% 063% べつほん別本 むにゅうほん麦生本 062% 084% べつほん別本 つるみだいがくほん鶴見大学本 081% 070% くにふゆほん国冬本 085% 063% べつほん別本 えいりげんじものがたり絵入源氏物語 085% 064% あおひょうしほん青表紙本 かしらがきげんじものがたり首書源氏物語 088% 064% あおひょうしほん青表紙本 こげつしょう湖月抄 082% 062% あおひょうしほん青表紙本 にちだいさんじょうにしほん日大本 094% 064% あおひょうしほん青表紙本 しょりょうぶさんじょうにしほん書陵部蔵本 082% 063% あおひょうしほん青表紙本 ていかほん藤原定家自筆本 096% 065% あおひょうしほん青表紙本 きゅうしゅうだいがくほん九州大学本 093% 064% あおひょうしほん青表紙本 ほくにぶんこほん穂久邇文庫本 090% 063% でんためあきひつほん伝為明筆本 092% 063% あおひょうしほん青表紙本 ふしみてんのうほん伏見天皇本 093% 063% きょうだいちゅういんほん京大中院本 094% 064% あおひょうしほん青表紙本 たいしょうだいがくほん大正大学本 079% 073% あおひょうしほん青表紙本 しょうはくほん肖柏本 080% 074% あおひょうしほん青表紙本 こくぶんけんせいてつほん国文研正徹本 091% 063% あおひょうしほん青表紙本 たかまつみやけほん高松宮家本 063% 098% かわちぼん河内本 こうのびじゅつかんほん河野美術館本 082% 069% 第14帖 澪標における分析結果 写本の名称大島本との一致率尾州家本との一致率伝統的な区分による本文系統おおしまほん大島本 100% 074% あおひょうしほん青表紙本 しょりょうぶさんじょうにしほん書陵部蔵本 096% 074% あおひょうしほん青表紙本 ほさかほん保坂本 096% 074% べつほん別本 くにふゆほん国冬本 095% 074% べつほん別本 にちだいさんじょうにしほん日大本 095% 074% あおひょうしほん青表紙本 ふしみてんのうほん伏見天皇本 094% 072% ようめいぶんこほん陽明文庫本 093% 073% まえだほん前田本 091% 071% とうきょうだいがくほん東京大学本 091% 072% ほくにぶんこほん穂久邇文庫本 091% 070% ありまほん阿里莫本 087% 071% べつほん別本 むにゅうほん麦生本 086% 070% べつほん別本 びしゅうけほん尾州家本 074% 100% かわちぼん河内本 たかまつみやけほん高松宮家本 073% 098% かわちぼん河内本 かくひつげんじ各筆源氏 069% 086% かわちぼん河内本 つるみだいがくほん鶴見大学本 064% 067% 第38帖 鈴虫における分析結果 写本の名称大島本との一致率尾州家本との一致率伝統的な区分による本文系統びしゅうけほん尾州家本 094% 100% かわちぼん河内本 ためいえほん為家本 094% 098% かわちぼん河内本 しゅんぜいほん俊成本 094% 098% かわちぼん河内本 ほうらいじほん鳳来寺本 093% 098% かわちぼん河内本 写本記号「雅」 093% 097% かわちぼん河内本 げんじものがたりたいせいていほん源氏物語大成底本 099% 096% あおひょうしほん青表紙本 いけだほん池田本 096% 096% あおひょうしほん青表紙本 にちだいさんじょうにしほん日大本 094% 096% あおひょうしほん青表紙本 ためうじほん為氏本 096% 095% あおひょうしほん青表紙本 しょうはくほん肖柏本 096% 095% あおひょうしほん青表紙本 にししたほん西下経一旧蔵本 095% 095% あおひょうしほん青表紙本 しょりょうぶさんじょうにしほん書陵部蔵本 094% 095% あおひょうしほん青表紙本 たかまつみやほん高松宮家本 092% 095% かわちぼん河内本 おおしまほん大島本 100% 094% あおひょうしほん青表紙本 よこやまほん横山本 094% 094% あおひょうしほん青表紙本 ふしみてんのうほん伏見天皇本 092% 093% ぎょぶつほん御物本 089% 092% かわちぼん河内本 かしらがきげんじものがたり首書源氏物語 089% 091% あおひょうしほん青表紙本 えいりげんじものがたり絵入源氏物語 089% 090% あおひょうしほん青表紙本 こげつしょう湖月抄 089% 089% あおひょうしほん青表紙本 とうきょうだいがくほん東京大学本 085% 086% ようめいぶんこほん陽明文庫本 085% 085% べつほん別本 ほさかほん保坂本 080% 081% べつほん別本 ときつねほん言経本 080% 080% べつほん別本 ほくにぶんこほん穂久邇文庫本 075% 077% なかやまほん中山本 073% 075% ありまほん阿里莫本 072% 073% べつほん別本 むにゅうほん麦生本 072% 073% べつほん別本 えまきことばがき絵巻詞書 066% 069% くにふゆほん国冬本 050% 050% また写本が属するとされる「本文系統」と個々の本文の異同との関係についても、加藤昌嘉は、宇治十帖の中で最大の本文異同を示す東屋巻の一節の本文異同を例にとって、小さな差異を除いたある発言の有無や特定の発言の発話者の異なりと言った筋立ての異なりによって現存する写本・版本及び注釈書が前提としていると見られる本文を分類すると、以下のような5つのグループに分かれることを明らかにし、その上で「このような実際の本文の異同状況を説明・理解するにあたって、これまで基準になるとされてきた「青表紙本」・「河内本」・「別本」という区分は何の役にも立たない」としている。 区分 写本 版本 注釈書 A 周桂本肖柏本明融本八木書店本 慶長古活字版伝嵯峨本絵入源氏物語湖月抄 B 大島本(青)日本大学蔵三条西家本(青)飯島本尾州家本(河)七毫源氏(河)高松宮家本(別)陽明文庫本(別)伏見天皇本源氏物語国文研蔵正徹本国冬本(別)後柏原院本東海大学蔵紹巴本中院文庫本 九州大学本寛永古活字版無跋無刊記整版本版本万水一露首書源氏物語 C 書陵部蔵三条西家本蓬左文庫蔵三条西家本蓬左文庫蔵紹巴本 元和本 弄花抄細流抄明星抄休聞抄孟津抄 D 穂久邇文庫本池田本(別) 一葉抄 E 保坂本(別)御物本(別)
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本文系統
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池田亀鑑は源氏物語大成研究(資料)編において「「空蝉」、「紅葉賀」、「関屋」、「絵合」、「松風」、「初音」、「蛍」、「篝火」、「椎本」が河内本系、「澪標」、「朝顔」、「藤袴」、「幻」、「匂宮」が別本系、他の40の巻が青表紙本系にあたる」としており、伊藤鉄也は「別本とすべき巻に「初音」、「御法」が加わり、「篝火」、「行幸」、「柏木」、「鈴虫」、「紅梅」に青表紙本にも河内本にも無い語句が見られる」としている。 本文については「澪標」、「朝顔」などで特に保坂本との近似が指摘されている。
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本文系統
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/12/29 05:48 UTC 版)
本文系統は全体としては当時主流であった青表紙本の系統に属するが、巻によって大島本に近かったり肖柏本や宮内庁書陵部蔵三条西家本・日本大学蔵三条西家本に近かったりするもので、一部に別本である阿里莫本や麦生本に近い異文を含んである。全体として現存するどれかの写本との直接の継承関係は認められない。
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