諸写本
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/02/16 15:34 UTC 版)
この小野本をもとに柳田國男が写本を作成し、民俗学の参考となる写本・未刊本を収集した『諸國叢書』の一冊として所蔵した。小野写本からはさらに、1919年(大正8年)に東京大学史料編纂所によって謄写版が作成された。東大本からの引用は『国書総目録』にも収められ、小野本を通じて熊野年代記が流布された。しかし、小野本の原本それ自体は今日に伝わっておらず、小野の遺稿『熊野史』の附録に引用されたものが残っているのみである。 熊野那智大社の禰宜であった潮崎八百主は1934年(昭和9年)に梅本家所蔵の原本を筆写した(那智大社所蔵本)。1972年(昭和47年)に『那智勝浦町史』編纂事業の一環として篠原四郎が活字本を刊行した際には、この那智大社所蔵本が底本とされた。この他、古写のみを書写した熊野速玉大社模写本と称される写本(1975年〈昭和50年〉)が知られている。しかしながら、いずれの写本・刊本も熊野年代記の全容を収載したものではない。熊野年代記を参照した初期の研究で多くの研究者が利用した、堀一郎の『我が国民間信仰史の研究』(1953、東京創元社)所収の引用も、今日利用可能な熊野年代記の本文と一致しない。熊野三山と青岸渡寺、および熊野の市町村が構成する熊野三山協議会は、1989年、梅本家所蔵本の全文を収めた影印本を刊行した。これにより、熊野年代記の全容が原本体裁を含めて容易に閲覧することが可能になり、今後の熊野研究のみならず、日本宗教史・信仰史の研究に役立てられることが期待されている。
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