「文字」と「文字でないもの」の線引き
視覚的なもの、眼に見える要素の少単位というのはさまざまあるが、学術的には、そのなかでもあくまで言語に直接結び付いたものだけを「文字」と分類している。
やや特殊な文字
やや特殊な文字としては次のようなものがある。
句読点 : 文字の歴史の比較的初期から、語の間に間隔を空けたり線で区切ったりすることが行われていた。文字体系の発展とともに、語や文の意味の区切りを表すさまざま記号、すなわち句読点 (約物 とも)が使われるようになった。ただし、句読点をほとんど、あるいはまったく使わないで表記する言語もある。句読点は表記体系ごとに特有であるため、それぞれの文字体系の一部であると考えられることが多い。
指文字 は、字母を指、手、腕の形で表すものであり、文字体系のひとつである。
点字 は、視覚障害者 が言語の読み書きに使うものであり、音、字母、文字などを紙の点状の盛り上がりの配列で表すものである。基本的に指先で感じ取るものであり、視覚で感じる目的のものではないが、あくまで言語表記のためのものであり、晴眼者 の使う文字(墨字 )と役割が同じなので、文字と分類されている。
微妙な位置づけのもの
絵文字 (英 : pictogram ピクトグラム )は、意味 を表すために描かれた図像ではあるが、言語 と直接結びついてはいないので、学者からは「厳密には文字ではない」とされる。だが広い意味では文字に入れる場合もある。つまり分類がゆらぐことがある。ピクトグラムは例えば、西部開拓時代以降のアメリカ先住民 で、英語の文章が書けない人が絵文字の手紙をやりとりした例がある。現代では、絵文字はUnicode に収録され、使いやすくなっているので、人によっては文章の中でまるで単語のように扱っている。たとえば「今日は🚙でピクニックに行きましょう。」のようにである。そして読む際は「今日は車でピクニックに行きましょう」などと声にしている。つまりこの文章中の「🚙」という絵文字は言語の記述に用いられているので、文字に分類したほうがよいだろう、ということにもなり、分類がゆらぐ。
文字ではないもの
絵画 は、言語 の構成要素ではないので、文字ではないと分類されている。絵画も通常「意味」をあらわし、しばしばその「意味」は、説明に数十ページもの文章が必要になるほどの密度になっているが、絵画はいわゆる通常の「言語」の構成要素ではないので、学術的には「文字ではない」と分類するのである。
音符 は、楽音(音楽の音)を視覚的に示しているものであり、普通の「言語」と結びついているわけではないので、文字ではないと分類されている。なお音符と楽曲 の関係は、文字と文章の関係に類似している。またアフリカのトーキングドラム はドラムの音を言葉として使っているので、もしトーキングドラムの音を音符として表現する場合は、その音符の位置づけは曖昧になる。また、言語音楽の教科書や音楽に関する記述では、音符 が文字による文章の中に現れることはある。
国際音声記号 は、あくまで、最初から音声 を表すための記号としてつくられた記号であり、通常の「言語」と直接には結びついてはいないので、文字ではないと分類されている。
文字コード (文字符号 とも)は、字母や書記素のひとつひとつを符号 に重複なく対応させたもの、またはその対応のさせかたの取り決めのことであり、文字そのものではない。文字集合 (符号化文字集合)と呼ぶこともある。
文字コードによって、電気通信や電子媒体で文字を扱うことができる。符号の順序や組み合わせかたに取り決めを設けることによって、文字体系や表記体系を扱うこともできる。一般に、文字コードは取り決めた文字だけを利用できるようにするもので、あらゆる文字を扱うことはできない。文字コードについては#電気通信、コンピュータと文字 の節で見る。
各種の文字体系 を分類するために、様々な基準が存在する。つぎのような分類がありうる。
類型的な分類。
文字体系の系統による分類。
表記する言語による分類。
使われた時代や、使われる地域による分類。
本節では、類型的な分類について解説する。系統による分類については、#系統 の節で見る。言語との関係は文字体系別の言語の一覧 を、また時代や地域については各文字体系の解説を参照されたい。文字体系の一覧 も参照されたい。
#図1 に、ウィキペディア日本語版 のカテゴリで用いられる文字体系の類型的分類を示す。また#図2 に、世界の文字体系の類型別の分布を示す。
図2 現代の世界における文字体系の分布
アブジャド : アラビア文字 , その他のアブジャド
アブギダ : デーヴァナーガリー , その他のアブギダ
アルファベット : ラテン文字 , キリル文字 , その他のアルファベット
素性文字 : ハングル
音節文字 : 音節文字
表語文字 : 漢字
総説
研究小史
世界にはさまざまな文字があり、またさまざまな分類法がある。基本的な分類として、「音」だけを示している「表音文字 」と、基本的に「意味」を示している「表意文字 」がある。世界全体を見ると、主に表音文字ばかりが使われている地域と、主に表意文字ばかりが使われている地域と、基本的に両者を混合して使っている地域がある。
たとえばヨーロッパの英語 やドイツ語 やフランス語 のアルファベット は表音文字 であり(さらに詳しくいうと音素文字 であり)、一文字一文字は音素(音の要素。音の一部分。特定の、舌 の動き・唇 の動き・口 の形などで生じる音)を表しており、アルファベットが2〜3文字(やや例外的な場合も含むなら 1〜6文字ほどが)まとまることで音節 (発音の小単位)を示している。表音文字の一文字一文字は、あくまで音を表すためのものであり、原則(※)として、意味が全く無い 。たとえば英語の「proceed」という言葉に含まれる「p」の一文字だけでは全く意味を持たない 。p,r,oと並べることで「pro」という音節になり、「pro」という組み合せになってようやく「前方へ」という意味を持つ。c,e,e,dの4文字の組み合わせで「ceed シード」という音節を示し「進む」という意味を示し、「proceed」7文字全体で、「前に進める。続行する」という意味になる。それに対して中国で使われるようになった漢字 は表意文字 であり、表意文字はひとつひとつの文字だけでも何らかの意味を表していることが多い 。たとえば「明暗」という語は、2つの漢字「明」と「暗」からなるが、「明」一字だけでも意味がある。また「暗」一字だけでも意味がある。そして二文字を組み合わせて「明暗」という一語になっている。中国では主に漢字ばかりが使われる。一方、日本語で使われる文字は、漢字から形を独自に変形させたひらがな やカタカナ があり、漢字のほうは中国語同様に原則的に表意文字であるが、ひらがなやカタカナのほうは「表音文字」(詳しくいうと音節文字 )であり、つまり現代日本語のありふれた文書に使われる文字は、表音文字と表意文字の両方を並行して使っている。たとえば現代日本語の「太陽、まぶしいね。」という一文に含まれる「太陽」は表意文字を2文字並べており(「太」および「陽」。二文字で一語(ひと単語)になっている)、「まぶしいね」は表音文字(音節文字)を5文字並べている(「ま」「ぶ」「し」「い」「ね」)。「ひらがな」は、通常の文章ではほとんどの場合、大和言葉 の音を表記するのに用いられている。(残りの「、」や「。」は、意味の区切りや、間合い(ひと呼吸の間、短い無音の状態)を示すための記号である。)
(※)なお、漢字もまれに表音文字(純粋な表音文字、あるいは主に音だけを示す文字)として使われることもある。たとえば英語が中国国内に入ってきて、それを外来語として使う場合は、何らかの文字でその発音を表記しなければならない、そして中国では漢字しかないので、漢字を表音文字のように使うことがある。またアルファベットも例外的に一文字で意味を持つことがある。たとえばアルファベットの「a」一文字だけで、英語の文章中では「ひとつの」「一個の」という意味を持ったり、あるいは「れっきとした〜」「まぎれもない〜」という意味になったり、また「A」はアルファベットを列挙する時にはいつも最初(一番目)に挙げられるので、象徴 的な意味を持ち、「一番(の存在)」「トップ」「最上のもの」などという意味を持つこともある。
ヨーロッパ 世界では、伝統的に、文字は音声の補助にすぎないという考え方が根強くあった。ソクラテス は、文字に頼ると記憶力が減退し、文字で書かれたものは弁舌よりも説得力が劣ると考えた[ 8] 。後に地中海沿岸世界ではエジプトヒエログリフ が忘れられ、ヨーロッパとその周辺ではアルファベット などの音素文字 だけが使われるようになったため、音声を忠実に再現することこそ文字の本質だという考えはいっそう強まった。さらにルソー は、「事物の描写は未開の民族に、語や文章の記号は野蛮な民族に、アルファベットは政府に統治された民族に一致している」[ 9] と述べ、使用される文字体系の種類が社会の進歩の度合いを反映しているという考えを示した。この3つはピクトグラムや象形文字、表語文字、表音文字に対応している。
18世紀 には、さまざまな言語を客観的に比較する姿勢が強まったが、文字の研究は音声学 の一分野として行われるにとどまった。このような思潮から、文字は象形文字から音節文字へ、さらには音素を完全に表記できるアルファベットへと発達していくものだと広く信じられるようになり、一時は主流的な考え方にもなった(#図3 参照)。
しかし、今日の言語学 では、以上のような説は、完全にとはいえないまでも、ほぼ正しくないことがわかっており、当然のこととして、使用する文字体系の種類が社会の進歩の度合いを表すというような見方は完全に否定されている。
また、中華世界では事情が異なっていた。上古にすでに甲骨文 が見られるが、これは卜占 による神意を伝えるものであった。封建制 が成立した後も、文字使用の独占は権力の源泉となった[ 10] 。周王朝の滅亡によって文字の技術は独占を脱し、文字の使用は広まったが、表語文字(後述)としての漢字の能力は、多くの方言や言語を横断する共通の意志疎通手段として、中華世界の一体性を維持することにつながった。さらに、華夷秩序 の拡大に伴い、周縁社会にとっては、漢字 は文明の中心地から先進文化を受け入れ、その権威に与るための手段となった。その間、中原 にはさまざまな民族が侵入し、多くの王朝が交代したが、漢字は使われ続けた。
中国語 は1音節が1形態素に対応する孤立語 であり、漢字はその形態素を書き表したので、文字がすなわち言語であった。そのため言語学は発達を見ず、代わりに文字を手がかりに古えの文献を読み解く訓詁 の学が発展した。個々の文字は「形音義(字形、発音、意味)」の3要素によって分類考証されるようになった。
20世紀に入ると文化人類学 や構造主義言語学 が起こり、人間の諸活動のうち文字の使用についても通時的側面とともに共時的側面からも検討する方法論が主流となった。また考古学 の発展もあって、文字の発達や分化の理論も修正された。
表音と表意・表語
伝統的によく用いられる文字体系の分類法に、「表音文字 と 表意文字」に大別するものがある。たとえば、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』でも表音文字と表意文字に大別している[ 11] 。
表音文字 (ひょうおんもじ、英: phonogram)は、意味を示さず、あくまで音(発音)を示している。原則的に、意味を示してはいない。ただし「表音文字は必ず発音をすべて表記しているか?」と問うと、そういうわけではない。また完全に正確に表記しているか?というと、必ずしもそうではない。形態素が連接する際の渡り音 は表記に反映しないのが普通だし、音韻の交替 を反映しないこともしばしばある。たとえば、現代朝鮮語 の正書法 ではハングル の表記で形態主義 をとり、発音の上では子音の交替が起こっていても語幹 の表記を変化させない。このことによって、文中の形態素を識別しやすくしている。それぞれの語の綴りも、発音を忠実に表しているとはかぎらない。現代英語 の enough、night、thought の gh のように、異なる発音を表す(あるいは発音しない)場合がある。言語において、その発音は時代を経ると音韻 変化によって変わっていくが、文字の表記は変化しにくいためである[ 12] 。タイ語 のタンマサート ธรรมศาสตร์ はサンスクリット語のダルマシャーストラ dharmaśāstra に由来するが、原語の発音を綴りの中に保存している。日本語 の現代仮名遣い で、助詞 の は、へ、を のみにはかつての表記を残しているのも似た現象である。このように発音と一致しない綴りが保持されるのは、形態素同士が発音だけでは区別できなくなる不便を補うためだと考えられている。
表意文字 (ひょういもじ、英: ideogram)は、意味(概念)を示している文字である。表意文字の代表例にシュメール文字がある。アラビア数字 の1,2,3...なども「1」「2」「3」...という数 概念を示しており、表意文字である。なお(各言語の中の)表意文字は、一般的に概念と同時に音(各言語ごと異なった音、ではあるが)も表していることが一般的である。ただし、具体的な言語の種類で対応する「音」が異なってしまっている。たとえば「1」は英語では「one ワン」だが、日本語では「いち」や「ひと」である。その意味で、やはり表意文字の、基本的で一番重要な機能は意味(概念)を示すことであり、その意味でやはり「表意文字」と呼ばれるのが適切だということになる(つまり表意文字は、あくまで意味を示すために使われており、特定の固定された音を示すための文字ではない。人は表意文字を見て「音」を思い出すとしても、実際には母語が異なれば想起する音は異なっているわけであり、各言語の話者が対応するその言語の語彙を想起しているわけである。なお、日本人は表意文字の例としてすぐに漢字を(本当は代表例ではないのに、あたかも代表例のように)挙げてしまうが、中国語の文章の表記に使われる漢字 は語 や形態素 などにも対応しており、その結果ひとつひとつの形態素の発音をも表しているのだから、表意文字に分類するのは適切ではないと指摘されている[ 13] 。したがって近年では学術的には、中国語の文章の表記に使われている状態では「漢字は表語文字 」と分類される。漢字はつきつめれば結局、個々の使用例ごとに、細かく分類せざるを得ない。また日本語の文章中の漢字は、また別の話となる。)
表語文字 (ひょうごもじ、英: logogram)は、文章中の語や形態素を表すと同時にその発音も表す文字、という分類である。アンドレ・マルティネ は、人間の言語が二重分節 されている、と説明した。つまり、言語の文 はまず一連の単位(形態素 )に分節され(第1次分節)、次にそれぞれの単位が一連の音(音節 や音素 )に分節される(第2次分節)、と説明した。言語が持つこの性質によって、限られた数の音素や音節から無数の語をつくり出すことができ、それらを規則的に組み合わせて無数の事実を表現することが可能になる、と説明したのである[ 14] 。もしこの説明法を採用するなら、表語文字と表音文字は、それぞれ、第1次分節と第2次分節のレベルを文字として、言語を表記するものと言える。
なお「表音性」や「表語性」という性質は、程度の差はあるがどの文字体系にも備わっており、相対的な基準であると論ずる研究者もいる[ 15] 。
本項目では文字体系を、伝統的な分類法である「表音文字 と表意文字 」という分類法も尊重しつつ、現代の学術的な表語文字 という分類法も説明してゆく。表音文字や表意文字については、それぞれのサブカテゴリ(細分化された分類)も紹介してゆく。
表音文字と字形の間の関係性の有無
表音文字 は、さまざまなタイプがある。一方は、表す音素や音節ごとに別の字形になっているタイプである。たとえばヒエログリフ は、碑文の普通の文章中で使われている場合、ほとんどが表音文字として使われているが、こうしたヒエログリフは、もともと具象物(たとえば口(くち)、フクロウ、ヘビなど)を示すために使われた象形文字 を転用して音素(たとえば「m」「t」など)だけを表すことに用いたものである。ヒエログリフの場合、字形とそれらが表す発音との間には関連がない。しかし他方、文字や字母の字形と、発音との関係に規則的な関連がある表音文字体系もある。このタイプの表音文字は素性文字 (英: featural alphabet[ 注釈 2] )とも呼ばれる。こういった文字体系の多くは計画的につくり出されたものである。
ハングル は一見漢字 を連想させる字形だが、ひとつひとつの文字は子音と母音の字母(자모 、チャモ)を規則的に組み合わせて音節 を表す純粋な表音文字である。同じ調音 位置の子音字母は似た形をしており、朝鮮語に特有の平音、濃音、激音の対立を字母を変形することによって表している。母音 の字母の形も朝鮮語特有の陽母音と陰母音の対立や母音調和 法則に即した規則性を持つ(詳細はハングル の項を参照)。
テングワール は、トールキン が架空の中つ国 で使われている文字体系として作り出したもの[ 注釈 3] だが、やはり子音の字形は調音 位置や調音形式に対応した規則性を持つ(詳細はテングワール の項を参照)。
ただし、これらの文字体系のうち、それぞれの文字が音節ごとに表記されるものは、文字の構成要素である字母を単独で書き表すことは原則としてない(たとえばハングルでは、学習などの目的以外に、単独の字母で音素を表記することはない)。したがって、本項目ではこの分類は採らず、ひとつひとつの字母や書記素ではなく文字が音素と音節のどちらを表記するかによって、表音文字を音素文字 (英: segmental script)と音節文字 (英: syllabary)に区分するにとどめる[ 注釈 4] 。
いっぽう、アラビア文字 やモンゴル文字 のように、語 内の字母の位置(独立、語頭、語中、語尾)によって字母の姿形が変化する文字体系もある。字母が連結して書かれる文字体系に見られる特徴であるが、同じ文字体系でも言語や表記体系が異なる場合に連結規則が異なる場合が見られる。このような文字体系の場合、字母が位置によって姿形を変えるとみなされるが、字母の字形の類似と発音の類似に関連性が見られるとはかぎらない。
音素文字
音素文字 (英: segmental script、単音文字 とも)とは、表音文字 のうち、ひとつひとつの字母でひとつひとつの音素 を表す文字体系(例外的に複数の音素を表す文字を持つ場合もある)。アルファベット (英: alphabet)と総称されることもある。
en:Peter T. Daniels は音素文字をさらに細分し、アブジャド 、アブギダ 、アルファベット に分類した[ 16] 。
かつてアブギダ は、音節文字 とアルファベット の中間に位置付けられ、しばしば音節文字に分類されたが、今日では、アブギダ とアルファベット は、多くの場合アブジャド からそれぞれ別個に発達したものだと考えられている。
音素文字に含まれる字母の数は、表記する言語の音素数に照応しているため、少なくて20程度、多くても50程度までである。
アブジャド
アブジャド (英: abjad)とは、語の子音のみを字母として綴る文字体系である(母音は原則として表記しないが、初学者向けにはダイアクリティカルマーク で母音を表記する場合もある)。子音文字 または単子音文字 (英: consonantary)とも呼ばれる。
アブジャドに属する文字体系には、アラビア文字 、アラム文字 (消滅)、ヘブライ文字 、ペルシア文字 などがある。現在までに知られているアブジャドはすべて、セム系言語 を表記するために発達したと考えられている。
学術用語としてのアブジャドは、Daniels の創案になるものである。この語はアラビア文字の伝統的な順序の最初の4文字に由来し、平仮名の「いろは」がそうであるように、アラビア文字を意味する語として古くから用いられていた。アラビア文字記数法 も参照。
アブギダ
アブギダ (英: abugida)とは、子音の字母に特定の母音(随伴母音と呼ばれる。しばしば a 音だがそうでない場合もある)が結びついているため、単独の子音字母が随伴母音つきの子音をあらわす文字体系のことである。随伴母音以外の母音は、ダイアクリティカルマーク を付加するなどのきまった表記規則によって表す。
アブギダは、ブラーフミー系文字 に属する数百の文字体系を含むため、現在世界で使用されている文字体系のおよそ半数は、アブギダであることになる。ほかにアブギダに属する文字体系としては、カローシュティー文字 (消滅)、現代のエチオピア文字 (かつてはアブジャドだったがアブギダに変化した)、カナダ先住民文字 の一種のクリー文字(ただし正書法の違いから真正のアブギダとは言えない場合もある)などがある。
アブギダという用語もアブジャドと同様で、Daniels の創作である。エチオピア文字 のセム系文字で一般的な順序での、最初の 4 文字の読みからきている。
アルファベット
アルファベット (英: alphabet)とは、すべての母音と子音を、各々独立した字母で表記する文字体系のことである。
アルファベットは、ラテン文字 やキリル文字 のように多くの言語の表記に用いられる文字体系を含むため、現在世界で使用されている言語のうち文字を持つものの大半は、アルファベットで表記されていることになる。
ほかにアルファベットに属する文字体系としては、アヴェスター文字 (消滅)、アルメニア文字 、エトルリア文字 (消滅)、グラゴル文字 (古代教会スラブ語 の表記に用いられる)、グルジア文字 、イラク のクルド語 で使われるアラビア文字 (もともとアブジャドだが母音符号を必ず表記するためアルファベットと言える)、ゴート文字 (消滅)、コプト文字 (現代の使用はまれ)、フレイザー文字 、満洲文字 、蒙古文字 、オル・チキ文字 (20世紀 に誕生)などがある。
音節文字
音節文字 とは、表音文字 のうち、ひとつの文字でひとつの音節を表し、音素に分解して表記しない文字体系のことである。
音節文字に属する文字体系には、彝文字 (ロロ文字)の音節文字、ヴァイ文字 、キプロス音節文字 (消滅)、線文字B (消滅)、チェロキー文字 、女書 、ハングル 、平仮名 と片仮名 、などがある。
表音文字では多くの場合、文字の字形 とそれが表す音との対応に規則性はない。したがって音節文字では、表記する言語で弁別される音節の数だけ異なる文字がある。そのため、文字の数は百から数百程度である。平仮名 と片仮名 はその下限に近く、基本的な文字の数は48(現代語で使用しないゐ/ヰとゑ/ヱを含む)である。ほぼ上限と考えられるのは涼山規範彝文 で、音節の声調 の違いも異なる文字で表すため、文字の数は800以上に上る。なおハングル は、#字体と書体 の節で述べたとおり字形と発音の関係に規則性があるため、論理的に可能な文字の数は1万を超える。
表語文字
表1 主な漢字辞典の収録文字数[要検証 – ノート ]
年(西暦)
辞典名
見出し字数
前14世紀-
甲骨文 (参考)[a]
約3,400
前11世紀-
金文 (参考)[b]
約3,600
100
『説文解字 』
9,353
227-239
『声類』
11,520
543
『玉篇 』
22,726
751
『唐韻 』
26,194
1066
『類篇 』
31,319
1615
『字彙 』
33,179
1716
『康熙字典 』
47,035
1915
『中華大字典』
約48,000
1960
『大漢和辞典 』[c]
48,899
1962
『中文大辞典』
49,888
1986
『漢語大字典 』
56,000余
1986
『漢語大詞典 』
60,000余
ひとつの文字がひとつの語 あるいは形態素 を表す文字体系のことを表語文字 (英: logogram)と呼ぶ。中国語 では、ひとつの音節 がひとつの形態素 を表し、漢字 はひとつひとつの文字が形態素を表している(わずかな例外はある)。したがって、漢字は完全な表語文字としては代表的なものである。表意文字 とのちがいについては#表音と表意・表語 の節を参照。
表語文字に属する文字体系には、アナトリア文字(消滅)、エジプトヒエログリフ (消滅)、漢字 、契丹文字 の一部(消滅)、楔形文字 の一部(消滅)、古彝文字 (現代では使われない)、古壮字 (現代では使われない)、女真文字 (消滅)、西夏文字 (消滅)、チュノム (現代語の表記には使われない)、トンパ文字 、マヤ文字 (滅亡)、などがある。
表語文字体系のなかには、表音用の文字も持っていて、表語用の文字と表音用の文字とを組み合わせて語の意味と発音の両方を表そうとするものもある。また、複数の文字を並べてより複雑な意味を表そうとするものもある。エジプトヒエログリフ やトンパ文字 などがこれにあたる。いっぽう、漢字やそれに影響を受けた表語文字体系では、この方法を会意 や形声 といった手法に発展させたため、言語の語や形態素 のひとつひとつを文字で表すことができるようになった(詳細は六書 およびその関連項目を参照)。後者のように、すべての文字が形態素とその発音の音節を表す文字体系を、特にロゴシラバリー (英: logosyllabary)と呼ぶ研究者もいる[ 17] 。
表語文字の特徴として、文字体系に含まれる文字の総数を確定しがたいということがある。たとえば、漢字はその誕生以来文字数を増やしつづけてきたし、今日でも新しい文字が生まれ続けている(#表1 参照)。また近年は、漢字をコンピュータで利用するための文字コード(符号化文字集合 )の編纂がたびたび行われ、そのための典拠調査を行うたびに収録漢字数は増加している。
系統
総説
淵源
「文字は、当初ピクトグラム(絵文字)から発達した象形文字であった [要出典 ] 」という仮説が有力である[要出典 ] 。しかし、ピクトグラムから象形文字への移行を裏付ける証拠はほとんど発見されていない。
一方、デニス・シュマント=ベッセラ(英語版 ) は、中東一帯の遺跡から発見される粘土製証票(トークン)が文字の起源となったと主張する[ 18] 。商取引の際、商品ごとに形の異なるトークンを用い、トークンの数で取り引き数を表す。取り引きごとのトークンをまとめて中空の粘土の玉(封球)に納めたり、紐で綴って両端を粘土の塊(ブッラ)で封印することで、取り引きの証明とした。後に封球やブッラの表面に、トークンの形と数を印すようになった。つまり、商品をトークンで表し、さらにトークンとその数を記号で象徴するようになった。これが文字の(少なくとも、この地域でその後使われるようになった楔形文字体系の)起源であるとする説である。
しかし、この説への批判も多く、現在の主流の見解では、トークンは文字の誕生の一要因であったが、トークンのみですべてを説明することはできないとされている[要出典 ] 。
また、文字が単一の起源から発生したのか、それとも地球上の複数の地域で独立に文字が誕生したのかについては、学者らの見解は一致していない[要出典 ] 。
借用と発展
現在までに発見されている文字体系は、あまり多くないいくつかの系統に分類できる。つまり、現在知られる文字体系のほとんどは、ほかの文字体系を借用 し、発展させて成立したことがわかっている。借用はさまざまなレベルで行われるが、それぞれの系統には#分類 の節で述べたさまざまな類型に属する文字体系が現れる。また、個々の文字体系の中でも、さまざまな造字手法を発展させてきた。
文字という着想
事実や意志の伝達を目的とし、耐久性のある媒体に記され、言語と関係した記号の体系、という着想。これには、一定の種類の記号だけを使うことも含まれる。この着想は単一の起源を持つと考える研究者もいるが、作業仮説の域を出ない。現在でも、この着想に基づいて計画的に文字体系をつくり出そうとする試みは多い。
書記媒体
書記媒体(粘土 に楔形の記号を記す、布 や紙 に墨 と筆 で書く、など)を借用して、異なる文字体系を表記するのに用いた例は歴史上多い。
線条性
線条的 に書くという方式の発展。初期の表語文字には記号の順序からは読む順序が判然としないものがあるが、後の文字体系では、区切り記号を導入して文を語に分析して順番に表記したり、文字や字母を単位として線条的に表記することが一般化した。
書字方向
かつては、ある行から次の行へ移ると書字方向 を反転させて書き進めることがしばしば行われた。これをブストロフェドン (希: βουστροφηδόν 、牛耕式 とも)と呼ぶ。文字の需要が増大してより速く大量に書くことが求められるようになるにつれ、各行を一定方向に書くことが増えるが、右から左へ、左から右へ、上から下へなどのどの書字方向を選ぶかは、文字体系によって異なる。借用の際に書字方向を変更したため、文字の図形を反転(左右の変更の場合)したり、90度回転(左右と上下の変更の場合)した例もある。
会意と形声
表語文字 では、複数の記号を組み合わせてより複雑な意味を表す手法が発展した。たとえばエジプトヒエログリフ で、「書く」を意味する文字と「人」を意味する文字を組み合わせて
影響を受けた文字体系
契丹文字 、古壮字 、女真文字 、西夏文字 、チュノム は漢字の影響を受けて生まれたと考えられているが、現在は中国 のジン族 の人が使用している。
漢字を取り入れた表記体系
メソアメリカの文字体系
複数の文字体系から影響を受けた文字体系
新たな文字体系が成立するときに、複数の文字体系を取り入れることはしばしばある。また、別の系統に分かれた同時代の文字体系同士が、影響を与えあって発展していくこともある。本節では、複数の文字体系から影響を受けたことが特にはっきりしているものを取り上げて解説する。
近代以降に創出された文字体系
未解読または系統未詳の文字体系
彝文字
インダス文字
トンパ文字
中国 の少数民族 であるナシ族 の間に伝わる文字体系で、経典などの表記に用いられる。抽象化の進んだ表語文字に属する文字と、絵画的でピクトグラムから象形文字 の段階に入ったばかりと思われる文字の両方を持つが、その起源についてはまだ十分な研究がない[ 19] 。
ファイストスの円盤 の文字
ラパヌイ文字(ロンゴロンゴ文字 )
イースター島 (ラパヌイ島)に伝わる石板に見られる、文字体系の可能性がある記号の体系である。[ 20] 一部の研究者は、決まり文句を記すためだけに使用されたピクトグラムの一種で、文字体系ではないと主張している。基本的な字母の数が120個ほどであることから、音素文字である可能性は低い。現在残る文字資料から知られている書字方向は、下から上へ行が進む横書きのブストロフェドンという特異なものである[ 21] 。
電気通信、コンピュータと文字
脚注
注釈
^ たとえばUnicode での定義はThe Unicode Consortium (November 3, 2006). The Unicode Standard, Version 5.0 (5th edition ed.). Addison-Wesley Professional. pp. pp.1144, 1151. ISBN 0-321-48091-0 を参照。
^ 朝: 자질 문자
^ 作中では、中つ国第一紀 のエルフ 、フェアノール が、サラティ を改良して作ったとされる。
^ 表音文字を、音素文字、音節文字、素性文字の3類型に分類する研究者もいる。Sampson, Geoffrey (1985). Writing systems: a linguistic introduction . Stanford University Press. pp. pp.38-42.
ISBN 0-8047-1756-7 などを参照。
出典
^ 『日本大百科全書』【文字】
^ 岩波国語辞典第六版「文字」
^ 許慎 『説文解字 』、叙頁。
^ Champollion, Jean-François (1824). Précis du système hiéroglyphique
^ 山田崇仁「「書同文」考」『史林』91巻4号、史学研究会、2008年7月、pp. 681ff。
^ 司馬遷『史記』秦始皇本紀第六、始皇帝二十六年条。
^ 山田崇仁「「文字」なる表記の誕生」『中国古代史論叢』第5集、立命館東洋史学会、2008年3月、73-109。
^ プラトン『パイドロス』、274A-278C頁。
^ ルソー, ジャン-ジャック 著、小林善彦 訳『言語起源論 - 旋律及び音楽的模倣を論ず』現代思潮社、1970年、p.36頁。 (原著 Rousseau, Jean-Jacques (1781). Essai sur l'origine des langues ou il est parlé de la mélodie et de l'imitation musicale )もっともルソーはこの後で、古代の有力な文明が必ずしもアルファベットを使っていたわけではないことを断っている。
^ 平㔟隆郎『よみがえる文字と呪術の帝国 - 古代殷周王朝の素顔』中央公論新社、2001年6月。
ISBN 4-12-101593-2 。
^ フェルディナン・ド・ソシュール 著、小林英夫 訳『一般言語学講義 』岩波書店、1972年、p.47頁。
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^ 中尾俊夫『英語の歴史』講談社、1989年7月、pp.18-27頁。
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^ たとえば Gelb, I. J. (1963). A Study of Writing . University of Chicago Press 参照。
^ マルティネ, アンドレ 著、三宅徳嘉 訳『一般言語学要理』岩波書店、1972年、pp.12-15頁。 (原著 Martinet, André (1970). Éléments de linguistique générale )
^ たとえば Sproat, Richard William (2000). A Computational Theory of Writing Systems - Studies in Natural Language Processing . Cambridge University Prress.
ISBN 0-521-66340-7 参照。
^ Daniels and Bright (eds.), 参考文献. pp.4-5.
^ Daniels and Bright (eds.), 参考文献, p.4, 24. などを参照。
^ シュマント=ベッセラ、参考文献。およびSchmandt-Besserat, Denise. “Signs of Life” (PDF). Archaeology Odyssey 2002 (January/February): pp.6-7,63. オリジナル の2008年5月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080528050603/https://webspace.utexas.edu/dsbay/Docs/SignsofLife.pdf .
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^ “イースター島で既知のどの文字体系にも属さない未解読の文字が刻まれた木板が発見される ”. カラパイア . 2024年3月12日閲覧。
^ 柴田紀男 著「ラパヌイ文字」、河野六郎・千野栄一・西田龍雄 編著 編『言語学大辞典 別巻 世界文字辞典』三省堂、2001年7月、pp.1102-1104頁。
ISBN 4-385-15177-6 。
参考文献
執筆にあたって以下のものを参考にした。なお、特定の文字体系に関する記述で参考にしたものについては#注 も参照。
全般、#概説 、#分類
#系統
シュマント=ベッセラ, デニス『文字はこうして生まれた』小口好昭・中田一郎訳、岩波書店、2008年5月(原著1996年)。
ISBN 978-4-00-025303-1 。 (原著 Schmandt-Besserat, Denise (1996). How Writing Came About . Austin: University of Texas Press )
デイヴィズ, ヴィヴィアン 著、塚本明廣 訳『エジプト聖刻文字』矢島文夫監修(初版)、學藝書林〈大英博物館双書 失われた文字を読む 2〉、1996年10月。
ISBN 4-87517-012-2 。 (原著 Davies, W.V. (1987). Reading The Past: EGYPTIAN HIEROGLYPHS . British Museum Press )
村田雄二郎・C. ラマール編『漢字圏の近代 - ことばと国家』東京大学出版会、2005年9月。
ISBN 4-13-083042-2 。
ナヴェー, ヨセフ 著、津村俊男・竹内茂夫・稲垣緋紗子 訳『初期アルファベットの歴史』法政大学出版局〈りぶらりあ選書〉、2000年7月。
ISBN 4-588-02203-2 。 (原著 Naveh, Joseph (1987). Early History of the Alphabet: An Introduction to West Semitic Epigraphy and Palaeography (Second revised edition ed.). Jerusarem/Leiden: Magnes Press/E.J.Brill )
ウォーカー, クリストファー 著、大城光正 訳『楔形文字』矢島文夫監修(初版)、學藝書林〈大英博物館双書 失われた文字を読む 1〉、1995年11月。
ISBN 4-87517-011-4 。 (原著 Walker, C.B.F. (1987). Reading The Past: CUNEIFORM . British Museum Press )
#電気通信、コンピュータと文字
三上喜貴『文字符号の歴史 - アジア編 -』共立出版、2002年3月。
ISBN 4-320-12040-X 。 (A History of Character Codes in Asia )
安岡孝一・安岡素子『文字符号の歴史 - 欧米と日本編 -』2006年2月。
ISBN 4-320-12102-3 。 (A History of Character Codes in Japan, America and Europe )
関連項目
外部リンク