1972年式
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1972年、トリノは第2世代で確立した多くの特徴を引き継ぐ形でフルモデルチェンジ、第3世代へと移行した。1972年式トリノはロングノーズ・ショートデッキを特徴とするコークボトル・スタイリングをより一層強調されたものとなった。最も大きな変更点はグラン・トリノにはフロントノーズに楕円形の開口部を持つ大型の升型フロントグリル(eggcrate grille)が設けられたことである。自動車ジャーナリストのトム・マカヒル(en:Tom McCahill)は、1972年式グラン・トリノのスタイリングを評して「まるで(映画en:Namu, the Killer Whaleに登場するシャチの)ナムー(en:Namu (orca))のようなグリル形状だ。」と述べた。しかし、「(顧客に所有する)喜びを与える、生真面目なスタイリングである。」とも述べている。1972年式グラン・トリノはヘッドライトの周囲にクロームメッキ・ベゼルを有しており、フロントバンパーも升型フロントグリルの形状に合わせた衝撃吸収バーが設けられ、これらの組み合わせによって、極めて斬新な印象を与えるフロントフェイスに仕上がっていた。一方、同じ1972年式でもグラン・トリノではないベースモデルには升型フロントグリルは採用されず、ヘッドライトまで取り囲む形状の大型フロントグリルが装着された。また、ベースモデルには衝撃吸収バーを持たない専用バンパーとエアスクープを持たないボンネットが装着され、ベースモデルだけは1971年式以前の雰囲気に近い、やや保守的な印象のフロントフェイスに仕上げられた。このようなベースモデルとグラン・トリノとのフロントフェイスの差別化は、1974年式まで基礎デザインを踏襲しつつ引き継がれる事となったが、今日では様々な映像作品の影響もあり、各年式のグラン・トリノの印象が余りにも強すぎるために、ベースモデルのヘッドライトを内包する大型フロントグリルを基調とするフロントフェイスの存在については、余り広く知られていない傾向がある。 1972年式トリノのフロントフェンダーは縁の部分がより積極的に広がるオーバーフェンダー形状となった。リアフェンダーには特徴的なフェンダーラインが設けられ、フロントウインドウは60度の角度で取り付けられていた。ボディの構造は1971年式と似通っていたが、Aピラーとルーフはより薄くなっていた。リアビューのデザインも一新され、は両端に薄い長方形のテールライトが埋め込まれたフルサイズのリアバンパーを基調としたものになった。ウインドウガラスは全てフレームレスデザインとなり、4ドアモデルやステーションワゴンからは三角窓が廃止され、トリノ全モデルにダイレクトエア換気システムが標準装備された。1972年式全モデルには1972年の新しい連邦安全規則に則った装備がされ、ドアハンドルが埋め込み式となり、サイドドアビームも装備された。 1972年式のモデルラインナップは9種類で、14種類存在した1971年式よりも減少した。コンバーチブルは廃止され、4ドアセダンと4ドアハードトップは統合され、4ドア ピラードハードトップという名称に改められた。これはピラーを持つセダンにフレームレスドアガラスを組み合わせたものに対して、フォードが新たに名付けた名称であり、実質的な機能性は4ドアセダンと同じ物である。他の全てのボディデザインは、ファストバックをスポーツルーフと呼び表す慣習と共に1971年式から引き継がれた。トリノはベースグレードの名称として引き継がれたが、前述の通りこのグレードのみフロントフェイスが異なっていた。そして中級グレードのトリノ500はグラン・トリノ(Gran Torino)という名前に改められた。トリノ・ブロアムは単一グレードとしては廃止され、グラン・トリノのオプションパッケージの地位に後退、トリノGTはグラン・トリノ・スポーツという名称に改められた。トリノとグラン・トリノは4ドアセダンと2ドアハードトップで展開され、グラン・トリノ・スポーツは2ドアハードトップ/スポーツルーフの2種類が用意された。ステーションワゴンのラインナップはトリノ、グラン・トリノ、グラン・トリノ・スクワイアの3種類であった。この年式からはトリノはラグジュアリー方面に傾倒した商品展開となっていき、高出力の象徴であったトリノ・コブラは廃止された。 1972年式の最も大きな変化は、シャーシ構造が1971年式までのモノコックから、ボディ・オン・フレームに変更された事である。新しいシャーシはトリノにより静かで、より振動の少ない乗り心地を与える為に設計が行われた。前方からの衝撃を吸収する為にフロントエンドはS字形状となり、路面からの衝撃を緩和するトルクボックス構造も採用された。フレームとボディの間には14個のゴムマウントが設けられ、各クロスメンバーにも5つのゴムマウントが配置された。フロントサスペンションには左右で長さの異なるコントロールアームが採用され、コンピュータでばね定数が選択されたコイルスプリングがスタビライザーと共にロワーコントロールアームに取り付けられた。この構造はフルサイズ車のフォード・LTD(en:Ford LTD)で採用されていたものであった。リアサスペンションは車軸懸架式である事自体は変わらなかったが、スプリングがコンピュータでばね定数が選択されたコイルスプリングとされた、ステイブルの名を持つ4リンクサスペンションが採用された。この新しいシャーシとサスペンションにより、1971年式と比較してトレッドは少なくとも2インチ (51 mm)広くなった。モータートレンド誌は1972年式グラン・トリノ・ブロアム 4ドアモデルを評して、「路面の振動と騒音の低減が素晴らしいレベルである。」と絶賛した。フォードは1972年式にもヘビーデューティとコンペティションの二つのサスペンションオプションを提供していた。ヘビーデューティサスはより強固なスプリングとショックアブソーバーに交換されるもので、コンペティションサスにはこれに加えてより大径化されたフロントスタビライザーと、リアスタビライザーが含まれていた。このオプションはトリノにおけるリアスタビライザーの初採用でもあった。フロントディスクブレーキは1972年式トリノには全車標準装備となった。1972年の時点ではトリノの兄弟車でもあるマーキュリー・モンテゴ(en:Mercury Montego)を除いて、他社の中型車は全てドラムブレーキが標準であり、極めて画期的な措置でもあった。ブレーキブースターは429 cu in (7.03 L)以下のエンジンのセダン・ファストバックではオプション品であったが、429 cu in (7.03 L)エンジンを搭載する全車及びステーションワゴン全車では標準装備とされた。パワーステアリングは前年までのギアボックス・ブースターポンプの別体構造が、一体構造品に改められた。全てのトリノは14インチホイールが標準であったが、警察向け車両や公用向け車両(en:Fleet vehicle)だけは15インチホイールが装備された。 1972年式の他の主要な変更点は、2ドアと4ドアで異なるホイールベースが採用された事である。1968年の時点で既にゼネラルモーターズは中型車に於いて、4ドア車に2ドア車よりも広いホイールベースを与える事を始めていた。これにより、車体デザイナーが4ドアを2ドア化する為に必要な設計変更をより柔軟に行う事を可能とした。クライスラーも中型車のクーペやセダンでボディパネルの共有を行う事はしなかったものの、1971年からこうした変更を行った。1972年式トリノは2ドア車に114インチ (2,900 mm)のホイールベースを採用し、4ドア車やステーションワゴン、そして兄弟車のフォード・ランチェロ(en:Ford Ranchero)に対して118インチ (3,000 mm)のホイールベースを採用し、GMの中型車のように2ドアと4ドアには多数の共有ボディパネルを用いていた。こうした変更により1972年式トリノはそれまでよりもより長く、より低く、より幅広なボディを獲得した。グラン・トリノを例に取ると、2ドア車は1インチ (25 mm)、4ドア車は5インチ (130 mm)それぞれ全長が増加した。しかし、興味深い事にベースモデルのトリノに関しては、セダンは1インチ (25 mm)全長が増加したが、2ドアは逆に3インチ (76 mm)1971年式よりも全長が短くなっている。これによりベースモデルは4ドアとステーションワゴンは重量が増加したが、2ドアに限っては重量増加は最小限に抑えられている。 標準エンジンは250 cu in (4.1 L) 直6であったが、ステーションワゴンとグラン・トリノ・スポーツは302V8が標準エンジンに採用された。オプション選択可能なエンジンは302V8、チャレンジャーV8系351V8または"Cleveland" V8、351 cu in (5.75 L)・4バレル"コブラジェット" V8(CJ)、400 cu in (6.6 L)・2バレル、429 cu in (7.03 L)・4バレルであった。400・2バレルエンジンは1972年式からの新しいエンジンであり、 351 Clevelandと同じ335 シリーズエンジンの一つでもあった。429・4バレルエンジンは前年までのコブラジェットエンジンのような高出力エンジンではなく、低回転高トルク指向のセッティングが行われていた。排出ガス規制及びガソリンの無鉛化、燃費の改善に対応する為に、各エンジンの性能に悪影響を及ぼし始めていた。少なくとも圧縮比はトリノの全てのエンジンで8.5:1以下にまで低められ、対応ガソリンもレギュラーガソリンへと変化していた。これらの変化により1971年式のエンジンと比べ、全てのエンジンの出力性能が低下した。更には1971年から採用が始まったカタログスペックのネット表記(en:Horsepower#SAE net power)への全面移行により、必要以上に性能低下が誇張されていた面もあった。全ての車体には3速MTが標準装備されていたが、クルーズOマチック3速ATもオプションで残されていた。しかし、351・2バレル、400・2バレル、429・4バレルエンジンを選択した場合には強制的にこの3速ATが組み合わされた。351・4バレルコブラジェットエンジンだけは、4速MTとクルーズOマチック3速ATのどちらかを選択する事が出来た。 1972年式の唯一の高出力エンジンは351・4バレルCJエンジンであり、かつての429CJ搭載のトリノのようなスーパーカー級の高出力は最早望めなくなった。しかし、351・4バレルCJエンジンは1970-71年の351・4バレルエンジンにはない新しい特徴を多数盛り込んでいた。同エンジンには特製のインテークマニホールドとカムシャフト、専用バルブスプリング、流量750cfmのモータークラフト(en:Motorcraft)製キャブレター、4ボルト式シリンダーブロック、2.5インチ (64 mm)デュアルマフラーなどが組み込まれた。351CJはデュアルマフラーを装備し、4速MTを選択できる唯一のエンジンであった。同時期の多くのマッスルカーでは既に姿を消していたラムエアインテークは351CJと429エンジンで引き続き選択する事が可能であった。ラムエアー仕様の351CJは良好な性能を発揮し、カー・アンド・ドライバー誌のテストでは351CJ、4速MT搭載、3.50:1最終減速比のグラン・トリノ・スポーツのスポーツルーフ車が用いられ、0 - 60 mph (97 km/h)加速6.8秒の成績を残した。同誌は1/4マイルの計測値は公表しなかったが、Cars誌は351CJ、C-6型3速MT搭載、3.50:1最終減速比のグラン・トリノ・スポーツのスポーツルーフ車を用い、1/4マイルにて15.4秒の成績を記録している。 1972年式ではインテリアも一新され、その構造の多くにABS樹脂を多用し、レイアウトも新しくなったメーターパネルを特色としていた。標準のメータークラスターには5つの同じ大きさのメーターポッドが装備され、スピードメーター、燃料計、水温計、各種警告灯が内蔵された。そして左端のメーターボッドはダイレクトエア換気システムの排気口として稼働した。時計は標準のメータークラスターには装備されず、オプション品として提供された。全てのV8エンジン搭載モデルで選択できたInstrumentation Groupメーターオプションは、ステアリングの正面に位置した2つの大きなメーターポッドが特徴で、オドメーター付きスピードメーターとタコメーターが配置された。左端に配置された3つ目の小さなメーターポッドはダイレクトエア換気システムの排気口として稼働し、電圧計と燃料計、油圧計は時計とセットになってダッシュボードの中央に独立して配置されていた。座席も1972年式では一新され、標準装備のベンチシートでは左右にシート一体型ヘッドレストが装着され、オプションのハイバック・バケットシートでも同様のヘッドレストが装備された。フォードは従来のビニールシートよりも良好な通気性を持つcomfort weaveのビニールシート地を引き続きオプション設定した。また、1971年式までオプション設定された4段調整ベンチシートに代わり、新たに6段調整パワーベンチシートが設定された。 グラン・トリノ・スポーツは2ドアハードトップとスポーツルーフの2種類が用意された。全てのスポーツモデルにはボンネットにエアスクープが装着されており、オプションでラムエアインテークを取り付ける事が可能であった。また、ツートーンレーシングドアミラーや成形ドアパネル(スポーツモデルのみの装備)、ボディサイド及びホイールリップモールディング(en:molding (automotive))、F14-14サイズタイヤ(ハードトップはE14-14サイズ)も装備された。反射材のレーザーストライプもオプションで残されたが、ボディサイド全体を貫くように全長が改訂された。このオプションを選択するとボディサイドモールディングがクロームメッキ仕上げの物に変更され、レーザーストライプ自体も4色から選択する事が可能となった。運動性を重視するエンスージアストの為に、Rallye Equipment Groupというオプションも用意された。このオプションにはInstrumentation Groupメーターオプションが含まれており、コンペティションサス、G70-14サイズのホワイトレタータイヤ、ハースト・シフター付き4速MT(4速MTを既に選択している場合)も装備された。Rallye Equipment Groupオプションは351・4バレルCJまたは429・4バレルエンジンを搭載したグラン・トリノ・スポーツのみ選択する事が出来た。1972年式のコンペティションサスはMechanix Illustrated誌(en:Mechanix Illustrated)のテスターでもあるトム・マカヒルからも賞賛を受ける出来であった。同様にモータートレンド誌やカー・アンド・ドライバー誌での過酷なテストにも十分応えるものであり、過去のトリノの高性能サスペンションと比較しても優れたハンドリングを実現していた。モータートレンド誌は1972年式のコンペティションサスを評して、「過去のモデルイヤーの超高レートスプリングと異なり、フォードの技術陣は乗り心地を犠牲にせずに優れたコントロール性能を実現した。全てのトリノオーナーはこのサスペンションに感動する事であろう。」と述べている。トリノの新しく改良されたシャーシとサスペンション設計がこのような評価を生み出した事が考えられる。 1972年式のステーションワゴンは前年よりも遙かに大きな車体となった。全長はトリノワゴンでは2インチ (51 mm)長くなり、グラン・トリノワゴンでは6インチ (150 mm)も長くなった。ホイールベースは4インチ (100 mm)長くなり、全幅も3インチ (76 mm)広くなり、重量も大きく増大した。荷室の床面もフラットとなり、テールゲートの開口部もより低く改良され、4x8フィートの合板をそのまま積載する事が可能となった。1972年式ステーションワゴンの荷室容量は83.5 cu ft(2,364 L)となり、幾つかのフルサイズステーションワゴンに匹敵するものとなった。サードシートを増設する事で、搭乗人数を6人から8人に増加させる事も出来た。全てのステーションワゴンには3段開閉式のマジックドアゲートと高強度フレームが標準装備された。グラン・トリノ・スクワイアには荷室に網棚が標準装備され、木目調サイドパネルも下地のボディカラーが透けて見えるような半透明色の物が採用された。スクワイアにはヘビーデューティサスと高容量ラジエーター、高容量バッテリー、そしてトレーラー牽引を意識した3.25:1の最終減速比も標準装備された。6,000 lb (2,700 kg)の牽引能力を提供するライトトレーラーパッケージもオプション設定されたが、このオプションを選択すると高強度フレームと3.25:1最終減速比が自動的に除外された。また、このオプションには351・2バレルエンジン以上の排気量のエンジンが必須とされた。 全体的には1972年式トリノは非常に大きな成功を収め、生産台数は総計で496,645台にも達した。これは1972年の中型車全体を見ても全メーカーで最大の売り上げであり、1964年以来フォード車がシボレー・シェベルを販売台数で追い抜いた初の事例でもあった。トリノ・コブラを欠く状況でありながら、1972年式トリノはより安全に、より静かに、より良いハンドリングとブレーキ性能を実現していた。全てが新しくなった1972年式トリノは、全ての自動車雑誌で多くの肯定的な評価を獲得し、更にはConsumer Guide誌からはBest Buyの評価を得た。 なお、1972年式グラン・トリノ・スポーツの2ドアスポーツルーフは、映画『グラン・トリノ』においてクリント・イーストウッドの監督とドライビングで一躍有名になったほか、『ワイルド・スピード MAX』においてラズ・アロンソ演じるフェニックスの手でドライブされており、メインのライバルカーとして活躍した。
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