1972年廃止区間とは? わかりやすく解説

1972年廃止区間

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 18:15 UTC 版)

下津井電鉄線」の記事における「1972年廃止区間」の解説

宇野線接続していた茶屋町駅跡も、本四備讃線瀬戸大橋線開業まではホーム跡付近は下電バス発着場として残されて他にも面影があったが、同線開業に伴う茶屋町駅高架化と共に実施され再開発によってホーム跡は撤去し区画整備されたため、現在、駅周辺下津井電鉄遺構はほとんど残されていない茶屋町 - 児島間の一部の駅は、ホームそのまま保存されている。また同区間軌道敷交差する瀬戸中央道用地として転用された一部区間以外は、ほぼ自転車道として整備され残っている。

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1972年廃止区間

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下津井電鉄線」の記事における「1972年廃止区間」の解説

駅名駅間営業キロ累計営業キロ接続路線列車交換所在地児島小川駅 1.4 7.9 下津井電鉄下津井電鉄線倉敷市 柳田駅 0.9 8.8 | 稗田駅 1.4 10.2 ◇ 福南山駅 2.0 12.2 福田駅 1.9 14.1 | 林駅 2.5 16.6 ◇ 藤戸駅 1.9 18.5 ◇ 天城駅 0.5 19.0 | 茶屋町駅 2.0 21.0 日本国有鉄道宇野線都窪郡茶屋町(現:倉敷市児島駅部分廃止直後最終期との2度にわたり移転している。2009年現在残されている児島駅は、1987年以降最終期児島駅であり、部分廃止前の1972年以前部分廃止直後1972年から1987年までとは場所が異なっている。そのため、上記の表中において児島駅累計キロ1991年時点)と児島小川駅累計キロ1972年時点)の差は児島小川駅の駅間キロ合致しない。なお、下津井電鉄線児島駅JR瀬戸大橋線児島駅とは別地点である。列車運行上は茶屋町児島から下津井へ向かう方が「下り」、逆方向が「上りであった

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