音楽性とアルバムタイトル
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「悪の華 (BUCK-TICKのアルバム)」の記事における「音楽性とアルバムタイトル」の解説
10曲が10編の世界や物語を持ってて、オレが書いた詞以外でもヴォーカリストとして、その10曲の中に1人ずつオレが存在してるんだけど、10人のオレでいたかったんです。 櫻井敦司, B-PASS 1990年1月号 本作のタイトルである「悪の華」は、映画『気狂いピエロ』(1965年)を視聴したことで櫻井が決定し、収録曲である「悪の華」は映画の世界観から櫻井が感じ取った内容を歌詞にしており、また櫻井は曲を聴くことでリスナーにも映画の主人公になりきって欲しいと述べている。インパクトのある言葉として「悪の華」を発見した櫻井であったが、当初は「悪の華」を英語に翻訳しようと試みるも、漢字のインパクトに勝てないためにBUCK-TICKのアルバムタイトルとして初めて日本語が使用されることとなった。しかし今井による事件後ということもあってスタッフからは賛否両論となり、メンバーとスタッフの間で議論が重ねられたが結果として「悪の華」を超えるタイトルが思いつかなったために決定することとなった。 櫻井は3枚目のアルバム『SEVENTH HEAVEN』(1988年)収録曲であった「VICTIMS OF LOVE」の世界観をさらに追求したいとの欲求があったと述べ、同曲制作時には不完全燃焼の状態で作詞しており、内にこもっていた部分を外に向けて描きたいと追求した結果「絶望感」にたどり着いたと述べている。それを受けて前作が制作されたが、櫻井は本作ではさらに外に目を向けた内容にしたかったとも述べている。また他にも映画『ルートヴィヒ』(1972年)にも影響を受けており、収録曲10曲がそれぞれ世界観を持っていることから櫻井は1曲ごとに声の出し方を意識して変化を付けたと述べている。 今井は1曲目の「NATIONAL MEDIA BOYS」に関しては「とにかく変態的でメロディはキレイで、妙に明るかったりマイナーになったり。グチャグチャにしようって」と述べ、それまでは意図的に避けていた日本的なメロディのロックンロールとして制作したと述べている。歌詞中の「Adolf」とはアドルフ・ヒトラーのことであり、同曲はヒトラーユーゲントに所属していた子供たちを題材にしたかったと述べたほか、詞が完成するまでに1週間程度掛かったと述べている。また、今井はヒトラーの存在を特撮テレビドラマ『仮面ライダーシリーズ』に登場するショッカーのような印象を受けたと述べ、国家を代表する者やその親衛隊が髑髏マークの旗を掲げていることや、演説の際に効果的にライトを当てていることなど存在そのものに興味を抱いたと述べている。2曲目の「幻の都」はアラブ音楽の音階を利用してテンポのいい曲を目指して制作された。 星野は自身が作詞、作曲した「PLEASURE LAND」に関して、元々ビートルズを愛聴していたことから影響されて制作したと述べたほか、曲が完成した時点で作詞も手掛けたいと思い、櫻井が作詞を担当する曲が数多く、大変そうであったことから相談したところ、櫻井から「ヒデがやってみたら」と依頼されたため作詞を手掛けることとなった。星野は自身が制作した3曲においてリードギターならびにギターソロも担当している。
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音楽性とアルバムタイトル
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「ヒゲとボイン (アルバム)」の記事における「音楽性とアルバムタイトル」の解説
テーマは闘いですからね。闘うことがテーマになっているんです。闘うキーボードに闘うミキサーに。みんなも闘っていますからね。 西川幸一, ARENA37℃ 1991年8月号 本作のタイトルは男性漫画雑誌『ビッグコミックオリジナル』にて連載された小島功の漫画『ヒゲとボイン』(1974年 - 2011年)から拝借された。その理由は、レコード大賞にて授与された盾に奥田が落書きしたところ、それが小島の描く漫画に似ていたためであった。音楽誌『ARENA37℃』1991年11月号にてライターの藤野洋子は、表題曲の「ヒゲとボイン」は2枚目のアルバム『PANIC ATTACK』(1988年)収録曲である「HEY MAN!」の内容を彷彿させると指摘したほか、歌詞に関しては、在日外国人や老齢化社会、同性愛者の失恋や崩壊寸前の家庭、都市開発によるしわ寄せなど「かなりヘヴィーなモチーフを取り上げている」と指摘している。また音数が少ないことも指摘し、それを受けた堀内は「バンドの技術も上がってきて、聞いていても気持ちよさそうだったから」と述べ、阿部は「たくさん入れるのが好きじゃなくなった」と述べたが、手島は「そんなことないハズですが」と否定している。 音楽誌『別冊宝島724 音楽誌が書かないJポップ批評22 ユニコーン&奥田民生の摩訶不思議(ロック・マジック)』においてライターの川口瑞夫は、同時進行で制作された堀内のソロ作品があったために堀内の存在感が薄いアルバムであると指摘、収録曲の「家」に関しては4枚目のアルバム『ケダモノの嵐』収録曲の「いかんともしがたい男」と類似したサウンド・コンセプトでありながら、「いかんともしがたい男」では堀内による浮遊感のあるベースが特徴的であったが「家」では奥田の個性のみが際立ちバンドとしてのアンサンブルが感じられず面白さが後退していると指摘した。また川口は同曲のみならず全体的にバンドとしてのアンサンブルが減少しており、ソロ作品の寄せ集めのような印象を受けるとも述べ、その理由は個人作業の時間が増加したことで共同作業が減少したことが如実にサウンド面に反映されていると述べている。さらに、コメディ風の曲が減少したことによってアルバム全体の印象が地味になっているとも述べている。しかし川口は本作がビートルズにおける『ホワイト・アルバム』(1968年)と同様であると述べ、15周年記念のベスト・アルバム『ULTRA SUPER GOLDEN WONDERFUL SPECIAL ABSOLUTE COMPLETE PERFECT SUPREME TERRIFIC ULTIMATE...』(2002年)リリース時に開設された公式サイトにおいて本作が最高峰であると紹介されていたと述べている。川口は「開店休業」「立秋」「フリージャズ」などが内省的な曲であると述べ、また「幸福」は「エキゾチック・フォーク調の家族崩壊ソング」、「風」「家」はのちの奥田のソロ作品に通ずる音楽性があると指摘、また本作では奥田と阿部の作品が分離している印象が強いと述べた上で、「ニッポンへ行くの巻」および「ヒゲとボイン」は例外的に両者の才能が共存している佳曲であると述べている。 また同誌にて音楽解説者の榊ひろとは、1曲目の「ターボ意味なし」がレニー・クラヴィッツ、最終曲である「ヒゲとボイン」がジェフ・リン (ELO)からそれぞれインスパイアされており、この2曲をブックエンド形式で配置していると述べている。さらに「黒い炎」はブラス・ロック、「幸福」はエスニック風味のアコースティック曲、「ザ・マン・アイ・ラブ」はシャッフルビートのハードロック、「立秋」は冒頭はアコースティック・ギターの弾き語りだがその後フュージョン的な展開となることを指摘、終盤は奥田制作曲が占めていることから本作がUNICORNにとってビートルズにおける『アビイ・ロード』(1969年)であったと推測している。
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音楽性とアルバムタイトル
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「おどる亀ヤプシ」の記事における「音楽性とアルバムタイトル」の解説
本作のタイトルに「亀」が使用されている由来は、ディレクターである河合誠一マイケルの知り合いの子供がかるた制作をしていた際に、「れ」の絵札を「レッツゴー亀の行列」としたことがあり、「レッツゴー」の部分はすでにJUN SKY WALKER(S)がアルバム『Let'Go Hibari-hills』(1990年)として使用していたころから、「亀」の部分を使用することとなった。「ヤプシ」とは亀の名称で、奥田は「ヤプシ」の彼女として「ズリチ」がおり、2匹とも同じプルフー亀の一種であると述べている。しかし後に奥田はこの発言を見返した際に「なーにを言ってるんじゃ、オレは。むちゃくちゃ」と述べ否定している。なお、「ヤプシ」とは西川の口癖から取ったもので、シングル「働く男」(1990年)においても「ヤプシッ!」という声が収録されている。「PTA〜光のネットワーク〜」がパロディであることに関して西川は、「パロディが出来るっていうのは素晴らしいことですよ。オレらのは出来ないでしょう。オレらにはないものですよ。やはり、ないものにあこがれるってことがあるじゃないですか」と述べている。 音楽誌『別冊宝島724 音楽誌が書かないJポップ批評22 ユニコーン&奥田民生の摩訶不思議(ロック・マジック)』において音楽評論家の安田謙一は、本作が「子供向けというコンセプトでまとめられたアルバム」であると指摘した上で、ほぼ全ての制作を自身たちで手掛けた前作とは対照的であり、個性派の編曲家の参加によって「限りなく“非ロック”なロック・アルバム」として完成させたと述べ、その結果西川がほぼすべての曲でドラムを叩いていないことを指摘している。安田はそれぞれの楽曲に関して、「初恋」はマニピュレーターである坂元俊介が手掛けた6/8拍子のトラックによって「どこのものか分からない民族音楽になった」と指摘、「ママと寝る人」は長谷川智樹の編曲によって「スパイ映画のサントラ風ジャズ」になっていると指摘、「12才」はあがた森魚、矢野顕子、喜納昌吉などの音楽に貢献した矢野誠が参加していることを指摘、「ボサノバ父さん」は奥田が中山忍に提供した曲のセルフカバーであると指摘、「PTA〜光のネットワーク〜」は奥田と阿部が制作した別々の2曲をアレンジャーの小西康陽がオーケストラル・ヒットで繋ぎ合わせたTM NETWORKとジャニーズアイドルのパロディソングであると指摘、「俺の走り」は「“こういう時”には欠かせない仙波清彦の編曲」であると指摘した上で、「とてもカラフルでエスノなアルバム」であると総括した。同誌にてライターの川口瑞夫は、「マニアックな音楽性をB級ギャグでわかりやすくする」というUNICORNの特質が凝縮された作品であると述べた他、奥田がミュージック・ビデオ『THE VERY RUST OF UNICORN VIDEO Vol.1』(1994年)の中で本作が名作であると述べていることを紹介している。
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音楽性とアルバムタイトル
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「服部 (アルバム)」の記事における「音楽性とアルバムタイトル」の解説
本作の音楽性に関してライターの藤野洋子は、ジャズとワルツの融合やサンバ、インド音楽やロックンロール、フォークソングなどバラエティに富んだ内容になっていると述べている。歌詞の中で男子や女子を題材としたものが減少していることに関して、奥田は「あきちゃったの、それ自体に」と述べ、また「言ってることは同じなのかもしれないけど、周りの、もっと深い状況に重点を置くようになっているよね」と述べている。 音楽誌『別冊宝島724 音楽誌が書かないJポップ批評22 ユニコーン&奥田民生の摩訶不思議(ロック・マジック)』において音楽ライターの菅岳彦は、本作のコンセプトが「矮小なオリジナリティーよりもクリエイティブなパクリを」であると主張し、様々な音楽からの引用を多用していることからピチカート・ファイヴの1枚目のアルバム『couples』(1987年)に近いと述べている。音楽的な方向性や統一感が欠落した広がり方をしている点に関して、菅は「ユニコーン流のコンセプト・アルバムの表現だった」と述べた他、メンバー全員が曲を制作し歌唱するスタイルがUNICORNが大きく影響を受けたビートルズと類似していると指摘、また奥田による刺激的で理解不能なアバンギャルドな歌詞に関しても「ジョン・レノンの奥田民生的解釈とも言える」と述べている。また同誌にて音楽解説者の榊ひろとは、「ペーター」は「ノスタルジックなワルツとジャジーな4分の5拍子」の曲、「逆光」は「アヴァンギャルドでスケールの大きなバラード」、「デーゲーム」は「インド音楽風のストリングスが印象的」と述べている。 前のアルバムを出したあたりで、なんかの話のきっかけで、服部という言葉が浸透してたんですよ。ま、別にね、アルバム・タイトルが人の名前でもいいじゃないかとね、鈴木とか、服部? うん、響きもいいしと。 西川幸一, ARENA37℃ 1989年6月号 アルバムタイトルに冠して、奥田は全国ツアーである「UNICORN TOUR PANICK ATTACK'88」が終了した時点から、「次はもう『服部』ぐらいのタイトルでいいんじゃないの?」と考えており、「ほんとに何の意味もないタイトルにしたかった」として、『山田』でも良かったと述べている。リリース当時のインタビューにおいて奥田はツアーに入った時にはすでに決めていたと述べており、前作がリリースされた頃に何かの切っ掛けで「服部」という言葉が浸透しており、アルバム・タイトルが人名でもいいのではないかという考えで検討していた。1989年1月19日、大阪厚生年金会館で行われたツアー最終日の打ち上げ会場で、奥田、西川、堀内、手島の4人で話し合って『服部』と決定した。これをスタッフに伝えたところ、スタッフは反応に困り静まり返ったという。西川は「『服部』って言われても音楽と結びつかないから、みんな「どんな音楽?」ってなったんだと思う。それって興味が湧くじゃん。その瞬間に俺は『よし、やった』って思ったんだよ」と述べている。 『THE VERY RUST OF UNICORN VIDEO Vol.1』の解説では、マネージャーに就任した原田公一の柔軟な考えにより採用されたとしているが、原田がUNICORNのマネージャーとなったのは、同年1月31日である。原田自身はマネージャーになる前から『服部』のアイデアは聞いており、「アルバムに人格をもたせること」が出発点であり、その中で『服部』という言葉の響きや読みがなが面白いという話を回想している。『服部』という名前は阿部の出身地である山形の実業家の服部敬雄が由来であるという噂が存在しているが、奥田と阿部は「そんな人は知らん」と答えている。
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音楽性とアルバムタイトル
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「ハヴァナイスデー (UNICORNのアルバム)」の記事における「音楽性とアルバムタイトル」の解説
世間で言うところのロックンロールをパロディにした、じゃないけどそういうニュアンスに近いのかもしれないね。 阿部義晴, ARENA37℃ 1990年12月号 本作はロックンロールアルバムとして制作する意図があり、コンセプトに沿った選曲が行われたほか、西川はギター・アルバムであるとも述べ、キーボードの比重が少ないことから阿部が退屈していたとも述べている。「東京ブギウギ」のカバーに関しては、日本国外でのレコーディングということもあり日本語の曲の方が良いとの判断や、バンドとしてのルーツがないが故に選曲された側面もあると西川は述べている。奥田民生によれば、「東京ブギウギ」がレコーディング中に最も盛り上がったという。 当初はアルバムタイトルとして「魚の脳を持つ男」が候補に挙がっていたが、楽曲として成立したためにアルバムタイトルとしては使用されなかった。また、以前より阿部が遅刻するたびに「阿部は魚の脳を持つ男だから」と揶揄していたことからタイトルが決定された。本作の音楽性に対してメンバーはそれぞれ見解を述べており、西川は「これがこれからのユニコーンの方向性だっていうものでは一切ない」と述べ、阿部はロックンロールのイメージをパロディ化したニュアンスに近いと述べている。 音楽誌『別冊宝島724 音楽誌が書かないJポップ批評22 ユニコーン&奥田民生の摩訶不思議(ロック・マジック)』において音楽評論家の安田謙一は、シンプルなロックンロールナンバーを中心に収録されていると指摘した上で、「(前作において)抑えられた演奏欲を発散させるかのよう」であると述べている。また安田は「東京ブギウギ」に関して、ヒューイ・"ピアノ"・スミスのようなリズムであると述べた上で、「他のどのアルバムにも収録されることのないナンバーだろう」と述べている。
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