音楽思考
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/06 03:18 UTC 版)
当初、ケージは自らの音楽が「実験音楽」と呼ばれることに異議を唱えた。いかなる実験も、作品が完成する前に行なわれていると考えたためである。しかしのちには、結果を予知できない行為を「実験的」と表現し、自身が特に興味をおぼえ、傾倒するすべての音楽を実験音楽と呼ぶようになった。 音 実験音楽においては、音以外に何も起らない。楽譜にない音は沈黙となって現われるが、外界に生じる音に対して開かれていることを意味する。音は常に存在しており、音はあるがままにして聴くべきである。そして実験的な行為は、通知された行為とは異なり、物事をあるがままにとらえるとしている。こうした考えは、無響室での体験がもとになっている。 音楽 音楽という言葉を、「音の組織化」という表現に置き換えようと提案した。音楽という表現は、18世紀から19世紀にかけて完成された楽器を使ったものに使われすぎていると考えた。 作曲者、演奏者、聴衆の関係 ケージの作品は、演奏者によって内容が大きく異なる。彼は演奏者が作曲者になり、聴衆が演奏者になり、作曲家が聴衆になり、音によって互いに浸透すると考えた。 レコード レコードを用いた作品を発表したが、自作をレコードに録音することには積極的でなく、レコードを「景色を台無しにしてしまう絵葉書」と呼んだ。ただし、CD時代には考えは変わり、moderecordsのケージ全集の初期のリリースは自らが監修していた。
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