君死にたまふことなかれとは?

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君死にたまふことなかれ

読み方:きみしにたもうことなかれ
別表記:君死にたまふこと勿れ

「どうか、死なないでください」「死んでくれるな」といった意味の文語表現大正昭和を代表する女流歌人与謝野晶子日露戦争旅順攻囲戦召集され戦地に向かった弟に送った歌の題として特に知られている。

与謝野晶子

(君死にたまふことなかれ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/29 13:51 UTC 版)

与謝野 晶子正字: 與謝野 晶子、よさの あきこ、1878年明治11年)12月7日 - 1942年昭和17年)5月29日)は、日本歌人作家思想家戸籍与謝野 志やう(よさの しょう)。旧姓(ほう)。ペンネームの「晶子」の「晶」は、本名の「しょう」から取った。夫は与謝野鉄幹(与謝野寛)。


  1. ^ a b 生家の駿河屋は大道筋 - 西六間筋間の街区にあった。この街区と西六間筋は、戦災復興事業によって大道筋を50メートル道路へ拡幅するための道路用地に充てられ、現在は道路上となっている。
  2. ^ 「婦人と文学」宮本百合子
  3. ^ 『柵草紙』とその後継誌『めざまし草』は、いずれも森鴎外を中心にした同人誌。
  4. ^ 鴎外の紹介により、三越の事実上のオーナーである日比翁助から洋行費の補助として千円が贈与された。金子(1992)、295頁。
  5. ^ その中で鴎外は、「僕が特に言わなくてはならない事は無いだらう。併し樋口一葉さんが亡くなってから、女流のすぐれた人を推すとなると、どうしても此人であらう。晶子さんは何事にも人真似しない。個人性がいつも確かに認められる。(中略)序だが、晶子さんと並べ称することが出来るかと思ふのは、平塚明子さんだ。(下略)」と評した。ちなみに、与謝野鉄幹とも親交があった鴎外は、晶子が産んだ双子(七瀬、八峰)の名づけ親になっており、当時、母を亡くして落胆していた晶子に「婿きませひとりは山の八峰越えひとりは川の七瀬わたりて」という歌を送った。金子(1992)、288-289頁、299頁。
  6. ^ a b 読売新聞 2015年10月31日 38面掲載。
  7. ^ a b 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)353頁
  8. ^ 歴史が眠る多磨霊園: 与謝野晶子
  9. ^ 入江春行によれば、「中国をやっつけろと盛り上がる世論の中で、悲しいと詠む歌は発表できなかったのだろう」という(東京新聞2014年7月12日)
  10. ^ 廣岡守穂「福祉と女性(3) 急進的フェミニスト・与謝野晶子の歌と思想」『白門』61巻9号、中央大学通信教育部、2009年9月、25頁。


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