総理大臣時代の原発事故対応の批評とは? わかりやすく解説

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総理大臣時代の原発事故対応の批評

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 18:10 UTC 版)

菅直人」の記事における「総理大臣時代の原発事故対応の批評」の解説

民間事故調報告 2012年2月27日発表され民間事故調報告(福島原発事故独立検証委員会)では、東京電力本店乗り込んだ件などの言動東京電力側に「覚悟迫った」と評価したうえで、事故対応局面で怒鳴るなど個性が「混乱摩擦原因ともなった」「関係者萎縮させるなど心理的抑制効果という負の面があった」「無用な混乱ストレスにより状況悪化させるリスク高めた場当たり的泥縄的危機管理」「決定要請ベント早期実現役立った認められる点はなかった」「官邸中断要請に従っていれば作業遅延した可能性がある危険な状況だった」。ただし、中止指示最終的に直接出したのは総理大臣ではなく官邸派遣され東京電力フェロー武黒一郎よるものだったと武黒本人が認めている(吉田調書)[要出典]。「会議海水注入による再臨界可能性が強い調子問いただし再検討指示していた」と指摘した北澤宏一委員長は、事故対応について「情報出し方を失敗し国民評価失った全体として不合格」と評価した国際原子力機関 国際原子力機関日本政府原発事故後の対応を模範的なものであった評価している。一方で原発事故未然対策については不十分であり、日本の原発管理はその構造から見直すべきであるとした。 国会事故調委員会政府事故調委員会 2012年6月9日国会の「事故調査委員会」は原発事故住民避難混乱拡大について、前首相をはじめ、首相官邸による過剰な現場介入事故対応妨げとなるとともに、官邸初動の遅れが住民避難混乱拡大招いた結論づけた。 2012年7月5日発表され国会の事故調査委員会では、「海江田経済産業相から法に基づく原子力緊急事態宣言を出すよう求められるも、各号機の出力燃料溶融可能性など技術的な質問連発し発出認めなかったことで宣言発令まで約1時間20分を要し初動遅れた」「全面撤退阻止したとする主張については全面撤退阻止したという事実は認められない」と指摘しており、2012年7月23日発表され政府事故調査委員会最終報告では、「海水注入準備が進む中、海水注入による再臨界懸念し技術的検討指示した」、「らは官邸5階にいて重要案件決め関係省庁幹部が集まる危機管理センター活用しようとしなかったためSPEEDI活用機会失った」と指摘し双方報告書において「東電全員撤退決定した形跡見受けられない」と指摘しており、事故発生後官邸介入に関しては「混乱招いた」、「弊害大きい」と非難受けた自民党 自民党震災対応に対す指導力不足を指摘し被災者仮設住宅入居について「何としてもお盆までにすべての希望する人が仮設住宅入れるように、私の内閣の責任として実行する」と述べたことについて自民党野村哲郎は「根拠がない」と批判し、のちにそれが個人的な目標であったことが明らかになると同党の林芳正は「リーダー失格」と批判した自民党安倍晋三2011年5月20日自身発行するメールマガジン[リンク切れ]にて、福島第一原子力発電所事故における海水注入対応について「やっと始まった海水注入止めたのは、何と菅総理その人だったのです。」と発信し、「菅総理間違った判断と嘘について国民謝罪し直ち辞任すべきです。」と退陣要求した。これに関しは、中止指示東電側から出されたもので安倍に嘘の情報流されたとして、謝罪訂正要求していたが、安倍はこれに応じメルマガ掲載続けたため、2013年7月16日東京地裁への提訴踏み切った2015年12月3日東京地裁は、安倍主張事実異な部分があるとしながらも、記事主要部分真実認め賠償責任に至るものではないとの判決下し高裁最高裁もこれを支持した。 なお、実際に事故当時福島第一原発所長吉田昌郎判断により海水注入続けられていたことが後日判明している。 当時政府関係者による評価 当時政府内で事故対応あたった閣僚からは「あれぐらいわがままで勝手で強引でという人間なかったら、たぶん政府機能止まっていたのではないか」(枝野幸男)、「菅首相以外の首相があそこで判断迫られ場合判断できた人が誰なのか、私は分からない」(細野豪志)など当時の対応を支持する声もある。当時首相補佐官務めた辻元清美は、理念重視のあまり気が回らず妥協利害調整ができなかったと指摘する一方で浜岡原発停止要請」や「脱原発表明」は自身考え抜き決断したとも語っている。当時菅内閣防衛大臣であった北澤俊美東電の「全面撤退」を拒否したとして「戦後最大危機対処できたのは菅首相リーダーシップがあったればこそだ」と評価する 一方住民避難のため緊急時迅速放射能影響予測システム (SPEEDI) の活用を「強く進言したが採用されなかった」と記し首相孤軍奮闘する場面多く閣僚官僚信じ任せて一丸となる仕組みムード作れなかった」と苦言呈した当時側近であり、首相補佐官として事故対応あたった寺田学は、3月15日早朝東電本店乗り込んだ際の演説史上最低だった評したメディアの評価 読売新聞系列 読売新聞地震発生から2週間以上も記者団取材質問応じず、国会で答弁も行わなかった菅首相について「表舞台に姿を現さない」、「首相リーダーシップ見えない」としている。また、閣僚が、各府省幹部らが集まる官邸地下危機管理センター十分に活用しなかった結果放射性拡散物質SPEEDI住民避難誘導利用することは検討もされなかったことや、官僚組織使いこなせず、事態混乱させた責任は重いとし、官邸が各府省東電に対して広報活動事前連絡求めたため原発状況に関する国民への情報提供遅れたとしている。「2つ調査委員会が、ともに政府責任厳しく問うていることを重く受け止めねばならない」と指摘し事故対応の遅れは「災である」としている。結果的に菅政権震災への対応等で混乱して批判を受けるなどゴタゴタ続いたため民主党対す信頼を失わせたとしている。 朝日新聞系列 朝日新聞は「福島第一原発事故の対応拠点となった免震重要棟大飯では未整備なまま容認するなど、付け焼刃基準による判断国民不信感増幅させた」としている。 中日新聞系列 日経新聞系列 日経新聞は「原子力には詳しい」と自負していたが「臨界って何だ」と発言した報じ、「なまじ知識があるだけに話すとぼろが出そう」との周囲の不安が出番激減つながっているとした。また、震災福島原発事故を巡るの対応は初動を巡る政治混乱国内外に不安をもたらした」としている。 毎日新聞系列 毎日新聞岩手県陸前高田市宮城県石巻市視察した際に、被災者たちから「来るのが遅すぎる」「今頃来ても」「がんばれしか言えないのか!」と厳しく非難する声があったと報じている。また、政府にも大きな問題があった」、「規制する立場ありながら規制される側の電力事業者に取り込まれ必要な安全規制導入怠ってきた。国会事故調人災との指摘はもっともであり、電力会社政府事故共犯といってもいいだろう」、「官邸危機管理にも様々な不手際があった」としている。 一方で毎日新聞倉重篤郎2011年6月30日、「菅直人首相さえいなくなれば問題のすべては解決する」という安直発想永田町が陥っているとし、原発事故対策などポスト冷戦時代日本抱える問題原罪例えて、を「原罪背負って十字架かけられる人のようにも見える」とイエス・キリスト例えた産経新聞系列 産経新聞は「引きこもり」「枝野官房長官説明丸投げ」「パフォーマンスばかりが目立つ」等と批判している。産経新聞阿比留瑠比内閣官房参与松本健一との会談後「原発周辺10年20年住めない」「東日本はつぶれる」と会談内容明かし波紋呼んだ際には、を「歩く風評被害」と評した政府事故調原発事故に関する報告書公開した際にも「調査結果による人災証明されといえる」としており、一部評価する調査結果についても原発事故担当相だった細野豪志民間事故調聴取で、東京電力本店に赴き「撤退あり得ない」などと発言したことについて「日本救った思っている」と話ったことが明かされていることから、民間事故調報告書の中で、東電本店乗り込んだ際の言動評価したことについては、細野証言強く影響しているとしている。 国外メディア 2012年3月にはガーディアン紙特派員が「東電幹部首根っこ抑えた前首相及第点」と 一定の評価をした。 ドイツ第2ドイツテレビ (ZDF) は東電幹部作業員原子力工学者などに対すインタビュー現地調査河野太郎佐藤栄佐久などの他、菅直人自身にもインタビュー行って作成した日本原子力事情危機管理福島第一原発事故を巡る一連のドキュメンタリー報道の中で、の対応は、原子力危機対す危機管理整備されていない状態で、できることの中では十分なものであった評価した。また日本政界財界産業界マスコミには総理大臣すらコントロールできない原子力村呼ばれる巨大なネットワーク存在する指摘しており、原発事故後然したる確証も無いままにマスコミが行った対すネガティブ報道行ったことや、政界菅おろし動き急速に広まったことについても、原子力行政めぐって原子力村真っ向から対立したことが大きな原因であるとしている。 イギリスBBC原子力事故に関して作成したドキュメンタリーInside the Meltdown」の中で当時東京電力の対応を強く批判する一方での対応は最善とはいえないが、それなりに高く評価はできるとした。 その他 元原子炉設計者でもある大前研一官邸の「過剰介入」が被害拡大させたとの事故調指摘を「的外れ」と批判し首相に正しアドバイスができなかった原子力安全委員会問題があったとしている。一方ではじめとする民主党政府に全く危機管理能力がなかったことも原発事故直後から明らかで、炉心溶融を2か月隠して国民に嘘をつき続け根拠もなく広い区域避難指示出して損害賠償額膨大なものにしたとして当時官邸の対応を批判している。 公式ウェブサイトには、作家で元外交官佐藤優による、事故当時菅政権の対応により“都市パニック”を防ぐことができた点においては肯定的な評価を行うことも重要だ述べたメッセージ掲載されている。 御厨貴東日本大震災の対応に対して東電幹部怒鳴ってみたり菅氏一つ流れの中で全体大観する国家リーダーとしての資質乏し総理でしたと述べている。 2016年4月30日東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所事故後、脱原子力再生エネルギー普及訴えたとして評価されドイツフランクフルト市から脱原発勇敢賞受賞した

※この「総理大臣時代の原発事故対応の批評」の解説は、「菅直人」の解説の一部です。
「総理大臣時代の原発事故対応の批評」を含む「菅直人」の記事については、「菅直人」の概要を参照ください。

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