【騎兵】(きへい)
Cavalry/Trooper
戦場で大型四足動物の背に乗って機動・戦闘を行う兵士、またはそうした兵士で構成された部隊。
基本的に馬(軍馬)を用いるものを指すが、インド・地中海・東南アジアでは象(戦象)を、北アフリカ・西アジアではラクダを用いた例がある。
現代では「動物に乗って戦う兵士」としての騎兵は廃れたため、「機動力にすぐれた部隊」を指す慣用表現として使われる事が多い。
戦車、歩兵戦闘車、ヘリコプターなどを運用する部隊の多くが、かつて騎兵部隊であった経歴を持つ。
そうした部隊が馬を運用しなくなってもなお「騎兵」を名乗り続けるのはさほど珍しい事ではない。
また、現在でも「国家の歴史・名誉・伝統を後世に継承する」という儀仗的な側面を持つ乗馬部隊を持つ国がある。
騎兵の利点と欠点
騎兵を通常の歩兵と比較した場合、以下のような利点と欠点がある。
- 欠点
- 鎧や盾など防具を保持するのが極めて困難で、攻撃を受けると非常に脆い。
- 歩兵ほど器用に立ち回る事ができないため、立ち止まった状態で歩兵から攻撃を受けると極めて不利。
- 歩兵よりも物理的に大きいので、射撃が命中しやすい。また遮蔽を取って隠れる事もできない。
- 山岳・森林・泥・バリケードなどに阻害されやすく、不利な環境での機動力は歩兵以下。
待ち伏せを受けた際に弓兵や銃撃のキルゾーンから離脱するのも極めて困難。 - 遮蔽物を突破できないため、屋内戦や市街戦はほとんど不可能。
そういう事態になったとき、兵士は下馬して徒歩で戦わざるを得なくなる。 - 馬1頭を養うために人間10人分に近い食料と水が必要で、馬と兵士の訓練にも年単位の練成が必要。
この膨大な維持費と訓練時間のため、多くの数を用意できず、損耗からの回復も遅い。
- 鎧や盾など防具を保持するのが極めて困難で、攻撃を受けると非常に脆い。
騎兵のバリエーション
当然ながら騎兵も兵士の一種であり、時代や国情ごとに移り変わる戦術・戦略を反映して様々な編成、運用が成される。
- 古代戦車・騎馬戦車(チャリオット)
- 馬の背中に兵士が乗るのではなく、兵士と武装を搭載した台車を引き摺らせて移動するもの。
通常2~3人が搭乗、弓矢・矛・剣などで武装し集団突撃を行った。
起源は古代エジプトまで遡り、後にローマや中国で大規模な戦車戦が展開された。
平時には速さを競う競馬のような競技があり、大変な人気があったという。
2頭以上の馬を繋げられるため積載能力に優れ、落馬の危険も比較的少ない。
これは古代世界において、他の騎兵のあらゆる利点をしのぐ甚大な利益であった。
鞍も鐙もないため落馬事故が多発し、未発達な医療のため軍人が事故から復帰するのも絶望的であったからだ。
反面、台車など重い荷物を運ばせるため馬の行動が大幅に制限され、機動力が比較的低い。
当時の未熟な工学技術で作られた木製の車輪は壊れやすく、普通の騎兵以上に地形障害に甚大な影響を受けた。
このため、馬に直接騎乗する弓騎兵を揃えた騎馬民族の出現によって急速に廃れていった。
ただしその設計思想は馬車として残り、現代でも自動車や戦車へと受け継がれている。
- 軽騎兵・弓騎兵
- 機動力を重視した軽い装備で、白兵戦を避けて逃げ回りつつ弓、拳銃、カービンなどで散兵戦を行う騎兵。
多くは偵察部隊を兼ね、威力偵察や敵陣側面・後方への奇襲に用いられる事が多い。
この行動方針は遊牧民族が平時に行う狩猟や牧畜と似通った面が多い。
事実、遊牧民の弓騎兵は他の民族に比べても非常に練度が高かった。
このため遊牧民は中世まで略奪を行う蛮族として大いに軽蔑され、恐れられていた。
- 重騎兵・槍騎兵
- 乗馬したまま敵陣に突撃して白兵戦を行う事を主任務とする騎兵。
騎兵は攻撃を受けると脆いため、素早く敵陣を切り崩し、突破して走り去るのが基本戦術となる。
このため、集団密集戦術が基本となり、散兵戦を行えないため射撃に対して非常に弱い。
まず歩兵同士の交戦で敵を疲弊させた後、隙の生じた箇所への「とどめの一撃」として突撃させるのが主な用法であった。
歩兵用の武器は馬上ではろくに扱えないため、最長4m程度の騎兵槍が特別に用意された。
この騎兵槍は、火器が登場するまで、人間が保持できる最高の破壊力を備えた兵器であった。
大きな盾を構えた重装歩兵も一撃で蹴散らせるため、実際の被害以上に士気への影響が大きかった。
- 騎士(Knight)
- 中世の西欧諸国における独特の重騎兵。
詳しくは該当項目を参照のこと。
- 乗馬歩兵
- 長距離行軍での乗り物や荷役としてのみ馬を利用し、戦う時は徒歩で機動する歩兵。
長弓兵や初期の銃兵(竜騎兵)など、訓練を要するが騎兵とは両立しない兵科でよく見られる。
また、指揮官など自分自身の交戦を想定しない場合にもよく見られる。
馬が直接戦闘に関与しないため、撤退時に奪われる可能性を除けば馬の生還率が高い。
歴史上もっとも一般的な騎兵であり、馬が存在する地域であればどれほど騎馬戦術に疎い軍でも採用された。
- 馬車
- 数頭の馬に大きな車を曳かせるもの。要人、歩兵、兵站の輸送に特化している。
物資を積載した場合は歩兵と大差ないほど機動力が落ちるため、基本的に戦場には投入されないが、後述のように例外もある。
襲撃に際して馬車自体が戦う事は不可能なため、普通は護衛として歩兵(徒歩もしくは乗馬歩兵)や軽騎兵を同道させる。
古代ローマでは、馬車による連絡網を整備する目的で長大かつ頑丈な街道が各都市間に設けられていた。
- 騎馬砲兵
- 乗馬歩兵の亜種。歩兵の代わりに野戦砲とそれを扱う砲兵を輸送する。
野戦砲は陸戦最強の打撃力を備えた兵器であるが、機動力は絶望的に低い。
これは攻勢においては深刻な弱点であり、頻繁な機動についていけず置き去りにされる砲兵も少なくなかった。
しかし、馬を使えば「戦場を縦横無尽に機動し、機敏に位置を変えつつ的確な砲撃を繰り返す」事が可能になる。
歴史上では、特にフランスのナポレオンが騎馬砲兵の運用に長け、「空飛ぶ砲兵」の異名で恐れられていた。
ただし、騎兵の常として少数精鋭にならざるを得ず、全ての砲兵を騎馬砲兵として運用するのは不可能に近い。
20世紀以降は軽量な迫撃砲、機敏な自走砲、文字通りの空飛ぶ砲兵たる爆撃機に継承されて発展的解消を遂げた。
歴史的経緯
人類が馬を家畜化したのは紀元前4000年ごろと言われており、騎兵という兵科もほぼ同時期に出現する。
当初、馬の調達は困難であり、馬を所有していること自体が財力の象徴でもあったため、当時の騎兵隊は貴族階層を中心に構成されていた。
貴重な馬と乗り手を最大限に保護する必要があったため、過剰な装飾と防護を施された騎馬戦車が初期の騎兵の常であった。
人類が乗用馬・荷役馬の量産を可能にしたのは紀元前800年ごろで、これとほぼ同時に騎馬民族が出現した。
騎馬民族は日常生活において常に馬を活用しており、このため多忙な貴族階級の戦車兵とは全く練度が異なっていた。
騎馬戦車は軽騎兵・重騎兵の機動力に太刀打ちできず、やがて騎馬戦車の概念は歴史から姿を消していった。
紀元前300年頃には騎兵突撃に対する対抗策として「長槍兵で方陣を組んで全方位から奇襲を警戒する」という戦術が確立。
これによって騎兵が戦術の中核であった時代は事実上終結し、以降の騎兵戦術は歩兵の補助に特化していく事になる。
この戦術理論は、近代に至るまで騎兵の常套戦術であり続けた。
機動力を駆使した軽騎兵の散兵戦と、最も危険な前線に素早く到着する乗馬歩兵の増援部隊が、騎兵戦術の完成形であった。
しかし19世紀後半、ライフルと機関銃の登場によって馬は「ただの大きな的」と化し、騎兵は完全に時代遅れの兵科となった。
馬は偵察・伝令・長距離行軍・輸送用の荷役の手段となり、前線に姿を見せれば即時に射殺されるものとなった。
だが、それも自動車が大々的に運用され始めるまでのことで、第二次世界大戦を契機とした軍隊の機械化が始まると共に、兵器としての馬は姿を消す事になる。
ちなみに、世界で最後に馬による戦闘を行った正規の乗馬騎兵部隊は、日本陸軍の「騎兵第4旅団」であった。
同旅団は1945年3月26日、中国湖北省の老河口飛行場襲撃作戦に参加。騎馬突撃をもって飛行場の占拠に成功した。
しかし、現在でも低強度紛争において、自動車やオートバイでは機動が難しい峻険な山岳地や砂漠を進む際、馬やラクダが用いられることもある。
また、警察機関では市街地中心部における雑踏警備や暴動鎮圧などのために騎馬警官隊を保有することもある。
騎兵
(Cavalry から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/10 09:15 UTC 版)
騎兵(きへい、英: cavalry, trooper)は、兵種の一つで、動物、主に馬に騎乗して戦闘行動を取る兵士である。最初はロバが使用されていたが、後に馬が主流になった[1]。最古の騎兵は動物が曳行する戦車に乗った兵士であった[2]が、後に動物に跨る騎兵に移行していった[3]。
- ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社129頁
- ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社128頁
- ^ a b サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社142頁
- ^ サイモン・アングリム『戦闘技術の歴史1 古代編』創元社128-129頁
- ^ このエピソードを記する多数の文献があるが、たとえば以下を参照。Hendrik Willem van Loon, The Rise of the Dutch Kingdom, 1795-1813: A Short Account of the Early Development of the Modern Kingdom of the Netherlands, Garden City, NY: Doubleday, 1915, p. 105; Samuel van Valkenburg ed., America at War: A Geographical Analysis, New York: Prentice-Hall, 1942, p. 103.
- ^ Schafer, Elithabeth D. (2016), “Cavalry, Horse”, in Tucker, Spencer C., World War II: The Definitive Encyclopedia and Document Collection [5 volumes]: The Definitive Encyclopedia and Document Collection, ABC-CLIO, pp. 376
- ^ Rothwell, Steve (2017), “F.F.3, Burma Frontier Force”, The Burma Campaign 2019年6月27日閲覧。
- ^ 王惲『秋澗先生大全文集』巻四十 汎海小録「兵仗有弓刀甲、而無戈矛、騎兵結束。殊精甲往往代黄金為之、絡珠琲者甚衆、刀製長極犀、鋭洞物而過、但弓以木為之、矢雖長、不能遠。人則勇敢視死不畏。」(川越泰博 1975, p. 28)引文断句錯誤,當作「兵仗有弓刀甲而無戈矛。騎兵結束殊精,甲往往以黄金為之,絡珠琲者甚衆。刀製長,極犀鋭,洞物而過。但弓以木為之,矢雖長不能遠。人則勇敢,視死不畏。」
- ^ 『図説・日露戦争兵器・全戦闘集―決定版 (歴史群像シリーズ)』(学研、2007年3月1日)p126
- ^ 欧米では、戦史上最後の騎馬突撃成功例として、第二次世界大戦の独ソ戦におけるイタリア軍騎兵の戦例(1942年)などが挙げられることが多い。
- Cavalryのページへのリンク