笑い
『古事記』上巻 高天原の八百万(やほよろづ)の神々は、天の岩屋戸にこもったアマテラスを連れ出すため、大声で笑った。アマテラスは「私が岩屋戸にこもっているので、高天原も葦原中国も真っ暗なはずなのに、なぜ皆笑うのだろう」と不思議に思い、岩屋戸を開けた。
『処女の祈り』(川端康成) 小山の上の墓場から石塔が1つ転がり落ちる。村人たちは、何かの祟りがあるに違いないと恐れ、処女16~17人を集め一斉に笑わせて、魔を払おうとする。娘たちは髪振り乱して笑い躍り、村人が墓場の枯草に火をつける。
『日本書紀』巻2・第9段一書第1 天孫ニニギノミコトが地上に降臨しようとした時、その道すじに1人の神が立ちふさがった。アメノウズメがその神を服従させるべく立ち向かい、裸身をあらわして大いに笑った。神は「猿田彦」と名乗り、天孫の先導をした。
『笑い茸』(落語) 生まれて45年間笑ったことがない仏頂という男に、妻が笑い茸を酒に浸して飲ませる。たちまち仏頂は大笑いを始め、「笑う門には福来る」の諺どおり、宇宙の金が全部仏頂の所へ集まって来る。そのため天国では金がなくなり、月も星も貧乏になる。星々が対抗して大声で笑い、それを聞いた金が天国へ戻ろうとするので、仏頂は「あれはそら笑いだ」と言ってとめる。
★1c.鬼や魔物を笑わせることによって、その力を失わせる・追い払う。
『鬼が笑う』(昔話) 川向こうの鬼屋敷の鬼が、村の娘をさらう。母親が、野中の石塔の化身である庵女の援助を得て、娘を捜し出し、いっしょに舟で逃げる。大勢の鬼が追って来て川の水を飲むので、舟が後戻りする。母と娘と庵女が着物をまくって性器を見せると、鬼たちは大笑いして水を吐き出したため、舟は前進し、3人は無事逃げ帰る(新潟県南蒲原郡。*女が鬼の子を産む、という形で語られることもある)。
*鬼を笑わせるもう1つの方法→〔鬼〕7の『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』(落語)。
『魔法を使う一寸法師』(グリム)KHM39「3番目の話」 一寸法師たちが赤ん坊をさらい、代わりに鬼子を押しつける。鬼子を追い払うには笑わせれば良いので、母親が卵の殻に水を入れて火にかけると、鬼子は「卵の殻で湯を沸かすやつなど見たことがない」と言って笑う。たちまち一寸法師たちが来て、赤ん坊を返し、鬼子を連れてどこかへ行ってしまう→〔取り替え子〕5。
★2.笑いを封ずる。
『薔薇の名前』(エーコ) 14世紀の北イタリア。山上の僧院で、修道僧たちが謎の死をとげる。事件の解明を依頼されたフランチェスコ会修道士ウィリアムは推理を重ね、僧院の文書館の奥へと入って行く。文書館内には盲目の老修道僧ホルヘが潜み、笑いを論じたアリストテレスの『詩学』の写本を守り続けていた。「笑いは頽廃であり罪悪であって、これを封じるべきだ」と考えるホルヘは、写本に毒を塗り、『詩学』を読もうとする僧を殺したのだった。
★3a.笑わぬ女が、こっけいなものを見たり、自分の気に入るものを見たりして、笑う。
『黄金(きん)のがちょう』(グリム)KHM64 気むずかしい王女を笑わせた者を婿にする、と父王が定める。若者が金のがちょうを抱き、そのがちょうに7人の男女が数珠つなぎにくっついて歩いてくるのを見て、王女は笑う。
『史記』「周本紀」第4 周の幽王は后褒ジ(*→〔子捨て〕1a)を寵愛したが、彼女は笑うことを好まなかった。ある時、敵軍も来ないのに諸侯召集の烽火(のろし)を上げてしまい、馳せ参じた諸侯が茫然としているのを見て、褒ジは大いに笑った。幽王は喜んで、以後、しばしば烽火を上げた。やがて本当に敵軍が襲来するが、烽火を上げても一兵も集まらず、幽王は敵軍に殺されてしまった〔*『平家物語』巻2「烽火之沙汰」などに引かれる〕。
『春秋左氏伝』昭公28年 醜貌の賈の大夫が、美人の妻をめとった。妻は3年間、口もきかず笑いもしなかった。大夫が沢辺で雉を射当てた時、妻はじめて笑い、ものを言った。大夫は、「人は何か取り得がなくてはならぬものだ。もし弓ができなかったら、お前は生涯私に口もきかず笑いもしなかったろう」と言った〔*→〔無言〕2bの『杜子春伝』では、女に転生した杜子春に、夫がこの故事を語り聞かせ、杜子春の産んだ男児を石にたたきつける〕。
『諸艶大鑑』巻2-3「髪は嶋田の車僧」 生まれつき笑うのが嫌いという3人の女郎に、いろいろ滑稽なことをして見せるが、笑わない。1人の男が思案して、小石を紙に包んで投げ出すと、3人の女郎は金かと思ってにっこり笑った。
『パルチヴァール』(エッシェンバハ)第3巻 クンネヴァーレ夫人は、「最高の栄誉を勝ち得べき勇士を見ぬうちは決して笑わない」という誓いをたてていた。少年パルチヴァールが道化の着るような服装でアルトゥース(=アーサー)王の宮廷へやって来たのを見て、彼女ははじめて笑った。
『デメテルへの讃歌』 女神デメテルの娘ペルセポネを、冥王ハデスがさらって行った。女神デメテルは心を痛ませ、口を開かず、食物もとらなくなった。イアンベという女が滑稽な言葉を述べて、デメテルはようやく笑みを浮かべ、心をなごませた〔*バウボという女が裸になり、性器を見せてデメテルを笑わせた、という伝説もある〕。
『ペンタメローネ』(バジーレ)「序話」 笑わぬ王女ゾーザに、さまざまな芸を見せたり笑い草を与えたりしても、にこりともしない。ある時老婆と小僧が喧嘩をし、老婆が怒ってスカートをまくり上げ性器を露出する。ゾーザはこれを見て、気絶するほど笑いころげる。
*→〔入れ替わり〕2bの『絵姿女房』(昔話)の女房は、城に連れて来られて以来、まったく笑わなかった。ところが、もとの夫が桃を売りに来たのを見て、はじめてにっこり笑う。桃の形状は女性器を連想させるので、これは女性器を見せて女を笑わせる物語と関係があるであろう。
『金玉医者』(落語) 伊勢屋という大店(おおだな)の娘が気鬱の病だというので、医者が往診する。毎日診ているうちに、娘の病気が良くなってきた。伊勢屋が「どうやって治しました?」と問うと、医者は「実は、娘さんをおかしがらせるために、立て膝をして、ふんどしの脇から睾丸を半分見せました」と言う。伊勢屋は「それなら、私もやってみよう」と睾丸を出す。娘は大笑いして、あごをはずしてしまった。
★4a.微笑。
『永日小品』(夏目漱石)「モナリサ」 役所勤めの井深が、古道具屋で額入りの西洋画を買って帰る。それは薄笑いする女の半身像で、細君は「この女は何をするかわからない人相だ」と言って気味悪がる。井深は額を欄間にかけるが、翌日、額は落ちてガラスが割れる。額の裏に紙片があり、「モナリサの唇には女性の謎がある・・・・」と書いてある。井深は役所の同僚に「モナリサとは何だ」と尋ねるが、誰も知らなかった。
『モナ・リザとお釈迦さまが会いました』(ホルスト) 天界の廊下の向こう側から、モナ・リザが入って来る。廊下のこちら側から、お釈迦さまが入って行く。2人はふっと微笑みあった。
*迦葉尊者の微笑→〔問答〕1aの『無門関』(慧開)6「世尊拈花」。
『七話集』(稲垣足穂)1「笑」 ある朝、神殿の奥に、アポロがただならぬ顔をして坐っていたので、参詣の人は驚いた。市民は「不吉な前兆だ」と考えた。賢人たちが、この不可思議のわけをディオニソスに尋ねると、ディオニソスは「それは、笑いというものである」と答えた。こう云った時、ディオニソスの顔に、ただならぬ変化が起こった。彼を取り囲む賢人や市民たちの顔々の上にも、同様な変化が起こった。こうしてギリシアに明るい春が来た。
★4c.少女の謎の笑い。
『化粧』(川端康成) 「私」の家の厠は、斎場の厠と向かい合っており、喪服の若い女が化粧しに来るのがよく見える。ところが昨日は、17~18歳の少女がハンケチで涙を拭いていた。拭いても拭いても涙はあふれ、肩をふるわせてしゃくりあげている。彼女だけは、化粧しに来たのではなかった。隠れて泣きに来たのだ。と、その時、彼女は小さい鏡を取り出し、にいっと一つ笑いかけて、ひらりと厠を出て行った。「私」は驚きで叫びそうになった。
★5a.笑いガス。
『微笑の儀式』(松本清張) 夏、冷房代わりに多量のドライアイスを自室に置いて眠る女がいた。女の死を願う男が、麻酔作用のある笑気ガスを使って、女の睡眠を深くする。その結果女は、ドライアイスから発生した二酸化炭素で窒息死する。笑気ガスを吸ったために、女の死顔には和やかな微笑が浮かんでいた〔*その微笑が、犯人逮捕の手がかりになった〕。
『非常ベル』(星新一『おせっかいな神々』) 犯罪チームの親分が、宝石店のショーウィンドウを破ってダイヤモンドを盗む。ダイヤモンドをつかんだ親分は笑いがこみあげ、笑ったまま逃げ、そして逮捕される。ショーウィンドウの中には笑いガスが封入されており、ガラスを割った人物が大声で笑って、非常ベル代わりに盗難を知らせる仕掛けだった。
★5b.笑い薬。
『生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)』「嶋田宿笑い薬の段」 大内家の奸臣の仲間である医師祐仙が、忠臣駒沢次郎左衛門にしびれ薬を飲ませようとたくらむ。祐仙は前もって解毒剤を飲んでおき、しびれ薬入りの薄茶の毒見をして駒沢次郎左衛門をあざむき、彼に薄茶を勧める。しかしこの計略を知った宿の主徳右衛門が、しびれ薬を笑い薬とすりかえる。しびれ薬の解毒剤は笑い薬には無効なので、薄茶を飲んだ祐仙は笑いが止まらなくなり、計略は失敗する。
★6.笑い死に。
『バットマン』(オニール) 犯罪都市・ゴッサムシティ。悪人ジョーカーが、口紅・香水・ヘアスプレーなど、さまざまな商品に笑い薬を混入する。大勢の市民が笑いの発作を起こし、笑いが止まらぬまま死んで行く。ゴッサムシティ市制200年祭の夜。ジョーカーはパレードの車から偽札をばらまいて人々を集め、笑い死にガスを放つ。その時、蝙蝠の扮装をしたバットマンが、空飛ぶバットウィングに乗って現れ、激闘の末にジョーカーを倒す。
『吾輩は猫である』(夏目漱石)8 苦沙弥先生が陰気な顔をしているので、旧友の鈴木藤十郎が「世の中は笑って面白く暮らすのが得だよ」と忠告する。苦沙弥先生は「笑うのも毒だからな。むやみに笑うと死ぬことがある」と言って、ギリシアの哲学者クリシッパスの故事を語る。「ロバが銀の丼からイチジクを食うのを見て、クリシッパスはおかしくてたまらず、むやみに笑った。ところがどうしても笑いが止まらない。とうとう笑い死にに死んだんだ」。
★7.作り笑い。
『散り行く花』(グリフィス) スラム街に住むボクサーのバロウズは、10代半ばの1人娘ルーシーを虐待しつつ、「笑え」と命ずる。ルーシーは、2本の指で唇の両端を引き上げ、無理に笑顔を作る。近所の中国人青年がルーシーを救おうとするが、結局バロウズは、ルーシーを殴り殺してしまう。死ぬ時もルーシーは指を唇に当て、笑顔を作った〔*中国人青年はバロウズを射殺して、自刃する〕。
『日本人の微笑』(小泉八雲『知られざる日本の面影』) 横浜に住むイギリス婦人が、私(小泉八雲)に語った。「我家の日本人家政婦が、にこにこ笑いながら『夫が死んだので葬式に行かせてほしい』と言いました。夕方、家政婦は帰って来て骨壺を見せ、『これが夫です』と言いつつ、声を出して笑うのです。こんないやらしい人間のことを聞いたことがありますか?」。
『手巾』(芥川龍之介) 帝国大学教授・長谷川謹造先生の家を、学生の母親が訪れて、「息子が病死しました」と報告する。母親は微笑を浮かべていたが、両手に握った手巾は激しく震えていた。「顔は笑いつつ、全身で泣いているのだ」と先生は考え、感動する。しかし、母親が帰った後で先生は、西洋の作劇術の「微笑しながら手巾を2つに裂く二重の演技」という記述を読み、複雑な気持ちになった。
*チェシャ猫の笑い→〔残像・残存〕5の『不思議の国のアリス』(キャロル)。
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