減少の背景
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減少の主な原因は以下のようなものである。 生息環境破壊本種を始めゲンゴロウ類は生息域となる水辺環境(本種の場合は池沼・水田など)がまとまって存在することが個体群存続に必要だが、池沼の開発および灯火・ゴルフ場造成は本種の生息域を破壊し、様々な環境悪化が複合的に組み合わさったことで生息地が分断される現象も発生している。 水田の畔など水辺の岸は本種の幼虫が蛹になるために非常に重要な場所だが、畔のコンクリート化・水田全体を囲む波板設置が都市近郊だけでなく山間部の水田でも行われたため、本種幼虫が蛹化場所を失っていった。現在では恵まれた環境の池を除くと「水田の横に素掘りの溝が残っているような棚田」でしか生息できなくなったが、その溝も圃場整備が進み消えつつある上、後述のように繁殖場所として利用していた水苗代も利用できなくなった。都築・谷脇・猪田 (2003) は本種が激減した要因として「完全変態で蛹を経由するゲンゴロウなど水生甲虫類は不完全変態であるタガメなど水生カメムシ類(半翅目)とは違い、蛹化する場所として土の陸上部分が必要である。本種は仮に汚染されていない水・豊富な餌があってもゴムシート張りのため池・コンクリート護岸の池沼では全く繁殖できず、繁殖場所の消滅がそのまま種の絶滅に直結する可能性が高い」と指摘している。 過疎化・高齢化・減反政策により増加した休耕田・放棄水田は水が溜まれば一時的にはゲンゴロウの生息地となるが、水はけの悪い場所を除くと1年 - 2年程度で乾燥してしまうため全体としては水辺環境自体の減少につながる。またため池の管理放棄・放棄水田の植生遷移も本種の生存を脅かしており、定期的な水抜きによる底泥の除去・堤の草刈りなどがなされなくなると底泥が溜まり、樹木に覆われて暗くなることで生き物が生息しにくくなる。 ため池の改修・宅地開発による生息域の埋め立ても脅威となっている。これに加えて本種やタガメは水銀灯などの街灯設置により街灯の光に誘引されて発生地から離れ戻れなくなることで死亡する個体も多く、これも個体数原因の重大な要因である。 農薬汚染本種・タガメは有機的な汚染には強いが農薬・洗剤など化学的な汚染には弱い。1950年代 - 1960年代、および1970年代初めにかけて強毒性農薬(ベンゼンヘキサクロリド(BHC)・ピレスロイド系・パラチオンなど)が空中散布を含めて大量に使用されたため、本種は大きなダメージを受け、それとほぼ同時期に多くの地域から絶滅した。本種を含めた多くの水生昆虫は多くの種が初夏 - 夏場に新成虫と旧成虫の世代交代がなされるが、その時期に農薬を散布されると新成虫・旧成虫ともに多くが死滅するほか、仮に旧成虫だけが死滅して新成虫が生き残ったとしても農薬に汚染された水生動物を食べれば死に直結する。 1970年代以降は農薬の毒性・効果持続性ともに低下したものの、1990年代ごろからは「人間に対する毒性は弱いがゲンゴロウ類に対しては毒性が強い」殺虫剤が田植えと同時期に使用されるようになっており、市川・北添 (2010) は「その影響かどうかは不明だが、それとほぼ同時期からコシマゲンゴロウなどの小型種を含めたゲンゴロウ類が急速に減少している」と指摘している。また殺虫剤のみならず水田に生える稲以外のすべての植物・畔の草を水田雑草として駆除するため水田に除草剤が散布されると、ゲンゴロウは仮に殺虫剤が使用されていなくても産卵床となるオモダカ・コナギなどの水草が枯死しているためその水田では繁殖できない。 農法の変化農薬の災禍を免れて生き残ったゲンゴロウも圃場整備による水田の乾田化・水田脇の水たまりの消失により減少した。 かつては4月上旬から水苗代に稲の種籾を蒔いて苗を生育させた上で手植えを行っており、本種・カエルなどが水苗代を繁殖場所として利用していたが、田植機が普及すると稲の苗をビニールハウスの苗箱の中で栽培するようになったため、水苗代は姿を消し、水田に水が張られるのは4月下旬以降となった。そのため水田への湛水(水張り)はそれまでより約1か月遅れるようになり、ゲンゴロウは産卵期初期に産卵できる場所を失うこととなった。 また水田への湛水 - 土用干し(中干し)までの期間が約30日 - 45日程度に短縮された結果、田植え後に産卵され孵化した幼虫は上陸前に水がなくなって乾燥死してしまうようになったため、水田ではゲンゴロウの生活史をカバーできなくなった。市川・北添 (2010) はゲンゴロウ類の保護活動・保護を重視した稲作などに関して「『完全な無農薬で水田を耕さず土用干し(中干し)もしない』自然農法の水田がゲンゴロウ類にとって最も理想的だが、この農法は収穫量減少などデメリットが伴うためすぐに実行することは難しい。しかしゲンゴロウ類の保護を観点に入れると『ゲンゴロウが産卵・孵化してから成虫が羽化するまで』の4月 - 7月ごろまでは減農薬・無農薬にして土用干しも控えめにし、畔際に素掘りの溝(ひよせ)を設けて土用干しの際にゲンゴロウ類などが逃げ込める場所を作ることから始めるとよい」と提言している。 侵略的外来種の存在生息地に侵入したブラックバス(オオクチバスなど)・アメリカザリガニ・ウシガエルといった侵略的外来種や放逐されたコイの存在。これら外来種による食害も本種の減少に拍車をかけており、実際に秋田県で駆除のために捕獲されたオオクチバスの胃から本種成虫やガムシ・オオコオイムシなど水生昆虫が出てきている。 西原 (2008) は「かつて教科書などで水生生物の代表格として挙げられていたタガメ・ゲンゴロウなど水生昆虫が取り上げられなくなり、逆に外来種であるアメリカザリガニが代表種として取り上げられたことが増えたことは水辺環境の危機的状況を映し出している。『アメリカザリガニは侵略的外来種だ』とはほとんど認識されておらず、幼稚園・小学校で学校教材として利用までされていることは大問題だ」と指摘している。その上でゲンゴロウ類保護の提言の1つとして「オオクチバスが侵入してしまったため池では3年間は継続して水抜き・駆除を行うことが必要だ。またアメリカザリガニは学校教材・ペットとして扱うべきではなく、1日も早く特定外来生物に指定すべきだ」と述べている。 採集圧・乱獲前述のような理由だけでなく、近年はペットショップなどで高値で取引されるため、業者・マニアによる無秩序な採集も脅威になっている。1990年代以降にカブトムシ・クワガタムシ類と同様にゲンゴロウ類もペットとしての需要が高まったことで、特に高価に売買される希少な種類を中心に収集・販売目的の捕獲が行われ、個体群の再生産能力を上回る採集圧・捕獲圧の悪影響を受けているほか、残った生息地でも環境破壊による絶滅・個体数の激減が起きている。 無秩序な採集者(乱獲者)の中には1度に100頭単位で捕獲する者・限られた場所で何度も徹底して捕獲する者がいることからその地域の希少種を絶滅に追い込むだけでなく、採集目的で水辺に何度も踏み込むことで泥をかき回し、水生植物を痛めつけたことで水辺環境が悪化した例もある。各地域で出されている昆虫目録・レッドデータブックで希少生物の生息地が公表されるとそれが「採集のための案内」となってしまうほか、インターネット上で貴重な生息地の情報が拡散されることも問題となっている。 矢崎充彦は『豊田の生きものたち』(2009年・豊田市)にて「人気種であるゆえに生息地が明らかになると乱獲にさらされ、保全すべき場所すら公表しにくい事態が起きており、それが希少生物の保護をより難しくしている」と指摘している。 また一部の愛好者の間ではチョウ・ホタルなどと同様にゲンゴロウ類の放流も行われているが、他地域のゲンゴロウを人為的に移入することは遺伝子攪乱の要因となるため、西原 (2008) は「今後はトキ・コウノトリのようにゲンゴロウ類でも絶滅・激減した地域や再生された生息地で飼育個体を放流する『野生復帰』が行われる可能性があるが、その際には他地域のものではなくその地域の個体を放流すべきだ」と提言している。
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減少の背景
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 19:58 UTC 版)
日本におけるタガメは有史以前、洪水にたびたび見舞われる後背湿地の浅い池などで暮らしていたと考えられるが、人間が稲作のために造り上げた水田・ため池・用水路などを主な生活場所とするようになり、人間が開墾して水田面積を広げるとともにその生息域を拡大してきた。仮に年間を通じて水が保たれている状態が必要な生物の場合は秋に水が抜かれると死滅してしまうが、タガメは初夏に浅い水域(水田)で繁殖し、羽化した成虫は秋に水田を離れて周囲の雑木林などで越冬するため、稲作が始まってから水田の広がりとともに繁栄することができた。 環境省は本種を平地の湖沼における指標昆虫に指定しているほか、かつて淡水生物を扱った子供向け絵本・図鑑ではゲンゴロウ・アメリカザリガニとともに水田・池に住む普通種として取り扱われていた。 「田にいるカメムシ」を意味する「タガメ」の名を冠し、多くの地方名が存在することからもわかるように、かつては日本人にとってなじみ深い昆虫の一種で、農薬が普及する以前の1950年代初めまでは日本各地の水田で普通に見られ、ゲンゴロウと並んで日本の水田を代表する昆虫だった。昭和30年代ごろまではアゲハ・モンシロチョウと同程度の頻度で見かけることができたため希少価値はほとんど感じられず、生息記録データとなる標本もほとんど残されていなかったほどだった。 しかしタガメはベンゼンヘキサクロリド(BHC)・ピレスロイド系などの農薬を一度使用しただけで復活が困難になるほど農薬に弱く、高度経済成長期以降に日本各地で農薬散布・圃場整備が盛んに行われたことで急速に生活場所を奪われた。以下の国立環境研究所による研究結果が示すように、タガメは農薬の直接的・間接的な悪影響を強く受けている。 農薬により96時間以内にタガメ1齢幼虫が半数死亡する濃度(LC50)は以下の通り。BHC(使用禁止) - 0.07ppb DDT(使用禁止) - 3.6ppb ピレスロイド系 - 0.5ppb またタガメは残留農薬にも極めて弱く、上記のような農薬1ppm溶液に1時間曝露したグッピーをタガメの1齢幼虫に与えると1回の摂食ですべての幼虫が死亡することも確認された。 近年の農薬は強い残留性こそないが昆虫を殺す能力は強く、タガメは5齢幼虫・成虫なら薬の濃度によっては耐えられるが、4齢以下の幼虫はほとんど死亡する。その上、タガメ・ゲンゴロウを含めた多くの水生昆虫は多くの種が初夏 - 夏場に新成虫と旧成虫の世代交代がなされるが、その時期に農薬を散布されると新成虫・旧成虫ともに多くが死滅するほか、仮に旧成虫だけが死滅して新成虫が生き残ったとしても農薬に汚染された水生動物を食べれば死に直結する。野外で採集した餌の場合は農薬などの化学物質に汚染されていることがあり、そのような餌を与えると中毒死してしまう場合がある。実際に市川(2018)は「オタマジャクシは生物濃縮により農薬が蓄積されている場合があるため、無農薬栽培を行っている水田以外で採集したオタマジャクシを餌として与えるとタガメが死亡する可能性がある」と指摘している。 特に1970年代初めまで使用された高残留性農薬(BHCなど)・急性毒性の高い農薬(パラチオンなど)によりタガメは大きく個体数を減らし、1975年ごろになると生息地は主に丘陵地のため池とその周囲の水田に限られるようになった。丘陵地のため池はより上側に(農薬が散布される)水田があっても水代わりが良いことから農薬の残留が少なく、タガメはそこで生き残ることができたが、バブル景気下の乱開発(ゴルフ場開発など)によりそれらのため池も次々と汚濁・破壊されたため、さらなる生息地消滅による地域個体群の絶滅・個体数激減が起こった。また水田の耕作放棄・ため池の管理頻度減少は結果的にタガメの生息地の多くを陸地化させ、生息適地面積や餌となる土壌・両生類などを減少させてしまうため、その地に生息するタガメ個体群の絶滅につながった。 現代日本の淡水域は「山間部など一部を除いてほとんどが殺虫剤・除草剤・合成洗剤といった化学的汚染物質で汚染されている」状態となっているほか、大型耕作機械導入を目的とした土地改良・圃場整備により年間を通じて湿田状態だった水田は乾田化された。止水域における食物連鎖の頂点に近い位置にいるタガメにとって、餌となる生物たちの減少は種の存続を脅かす問題で、それまで生物相が豊富だった素掘りの用水路は三面コンクリート張り(流れが速く隠れ場所もないため、生き物がほとんど生活できない)に改修されたため、タガメにとって適した生息地(水草が豊かで水流が穏やかな浅い水域)が急速に消滅したほか、1990年代には低山地の棚田などで生き残っていたタガメも餌となるメダカ・ドジョウ・カエルなど多くの生物が激減したことに伴い生息地を奪われた。これに加えて水田への湛水 - 土用干し(中干し)までの期間が約30日 - 45日程度に短縮されたことでゲンゴロウ・タガメなどの水生昆虫に悪影響が出ているほか、タガメは冬眠する際にゲンゴロウ類やヘイケボタルの幼虫が蛹化する際と同じく水田の畔の土に潜るが、重機で硬く固めた土には潜ることができない。 近年はタガメ・ゲンゴロウなどに限らず日本の水辺の在来生物にとってはブラックバス・ブルーギル・ウシガエル・アメリカザリガニなど侵略的外来種による生態系破壊も大きな脅威となっている。また農薬・農地改良(圃場整備)・侵略的外来種の存在だけでなく、道路照明が増加したことにより照明に飛来して路面に落ち死亡する個体が増加したことも生息数激減の要因とされている。このほか生息環境破壊によりタガメの生息地が縮小および水域ネットワークが分断されることによりアリー効果が働くほか、個体群の隔離により近親交配による近交弱勢の進行を加速させる可能性も指摘されている。 またタガメは大型かつ希少で魅力的な種であることからペットショップ・インターネットなどで高値で取引されており、それに伴う採集圧が高まっていることも激減の要因となっている。タガメは農薬・洗剤などによる化学的水質汚染にはかなり耐性が低い一方、有機的な水質汚染にはかなり強く、清流域にはむしろほとんど見られない一方で「化学的汚染物質が流れ込まず、かつ生物相が豊かな水域」である水田・水田脇の藻が生えた堀上・流れが緩やかで淀んだ用水路などでは多くの個体が観察できるが、食物網の上位捕食者であることから健全な生息地でも他の昆虫に比べれば個体群密度が低いため、個人的に少数個体を採集する場合でも多くの人間が同一産地で採集することは個体群に大打撃を与えかねない。
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