日本における主な土石流災害
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「土石流」の記事における「日本における主な土石流災害」の解説
人的・物的な被害規模が大きなもの。法令等やハード対策が変わるきっかけになったものを中心に記載する。 大谷崩(1707年以降) 静岡県安倍川上流部での宝永地震による大規模な山体崩壊が発生。大量の土砂が河道を閉塞し天然ダムを作った。昭和以降砂防工事が継続されている。 鳶山崩れ(1858年4月以降) 安政の飛越地震により富山県にあった鳶山が大規模に山体崩壊し立山カルデラ内に土石が大量に堆積した。堆積した土砂が大雨で土石流となり流下することが繰り返されており、立山における砂防工事は地震後160年以上が経過した2020年代に入っても続いている。 稗田山崩れ(1911年) 長野県北部姫川流域で発生した大規模な山体崩壊。天然ダムの形成と決壊などで大きな被害を出した。姫川流域は糸魚川静岡構造線という断層地帯であることから、断層の働きで破砕された岩石を大量に含む土石流災害がたびたび発生しており、砂防工事が続けられている。 関東地震(関東大震災)(1923年) 神奈川県小田原市根府川流域で発生。地震の主振動により崩壊した土砂が、約6kmを5分程度で流下し300人以上の犠牲者を生じたとされる。。 十勝岳の噴火災害(1926年5月) 残雪期の十勝岳が噴火。融雪で生じた大量の水と噴火で生じた火山灰が混合されて土石流となり富良野川、美瑛川沿いを流下し死者行方不明者が150人余りとなった。十勝岳はこの後も何度か噴火したが、被害は1926年のものが一番大きい。土石流が流下した2河川には長年にわたり多数の砂防ダムが建設された。美瑛町にある観光名所「青い池」はこの砂防ダムの一つに貯水し池となった結果生まれた場所である。 阪神大水害(1938年7月) 神戸市の山間部を中心に土石流が発生。六甲山で砂防施設を作り始めるきっかけになった。 枕崎台風(1945年9月) 終戦間もない日本を襲った巨大台風で、特に広島県呉市で土石流を含む大規模な土砂災害を引き起こし、呉だけで1,000人以上が死亡した。 カスリーン台風(1947年9月) 群馬県の赤城山周辺を中心に大規模な土石流被害が発生した。特に赤城山から西に向かって流れる沼尾川流域の被害が大きかった。 アイオン台風(1948年9月) 関東から東北にかけての洪水や堤防決壊が有名な台風であるが、岩手県では早池峰山周辺の蛇紋岩地帯が大雨で大規模に崩壊し、後に多数の砂防ダムが建設された。早池峰山周辺は1980年5月にも豪雨による斜面崩壊と土石流被害があり、この時建設した砂防ダムが流域の被害を軽減させた。 昭和28年西日本水害(1953年6月) 九州北部を中心に土石流を含む土砂災害が多発した。阿蘇山がこの年の4月に噴火しており、火山灰が堆積していたことも土石流発生の要因となった。 昭和36年梅雨前線豪雨(1961年) 伊那谷と呼ばれる長野県南信地方を中心に被害が発生。 足和田土石流災害(1966年9月) 台風による大雨で発生した土石流が山梨県足和田村(現在の富士河口湖町)西湖の北西にあった根場集落を襲い、集落内の家屋のほとんどが倒壊し死者90人以上を出す災害となった。再び土石流被害が出ることが予想されたため集団移転が行われた。被災現場付近では砂防施設の整備などを行ったうえで、当時の根場集落を再現した野外博物館「西湖いやしの里根場」として2006年に開園した。 昭和42年7月豪雨(1967年) 神戸市および広島県呉市を中心に土石流が発生した。神戸市は30年前の阪神大水害の時に建設された砂防施設によって被害を軽減できた部分もあるという。 飛騨川バス転落事故(1968年8月) 豪雨が降り続く深夜に国道で立ち往生した観光バスの車列に土石流が直撃し、バス2台が増水した河川に転落。100人以上が死亡する大惨事となった。国道における雨量規制による通行止めなどのソフト対策の見直しが行われるきっかけになった。 昭和47年7月豪雨(1972年7月) 宮崎県の国鉄肥薩線真幸駅付近で大規模な土石流が発生。周辺の住民は集団移転した。真幸駅ホームにはこの災害で流下してきた巨大な転石が展示されている。 岩木町の土石流災害(1975年8月) 青森県岩木町百沢(今の弘前市)の岩木山神社脇にある渓流で深夜3時過ぎに土石流が発生し住民20人余りが死亡 し、青森県の土石流災害では死者が最も多くなった。被災した集落の上は元々国有林の保安林であったが、伐採され1964年にスキー場が作られ、渓流はスキー場内を通過するようになった。さらに災害発生当時は山麓の農道アップルロード建設で発生した残土がスキー場内に置かれていた。土石流の直接の原因は岩木山頂上付近での崩壊であったが、この残土やスキー場内の地表水が土石流に混入し威力を増大させた。また、現場の渓流には砂防ダムが設置されていたが近隣渓流のものと比べて配置に問題があり、土石流の威力を十分に減衰できなかったのではという指摘がある。住民は残土の放置やスキー場の開設が被害を増大させたとして、国の責任を問い裁判を起こしたが敗訴している。当時、洪水警報は大雨警報とずれて発表されていたが、今回の被災渓流のような中小の渓流では大雨と洪水の時間差が小さいとの指摘により2つの警報を同時発報するように変更された。岩木山周辺では当時も砂防施設が整備されていたがこの災害を機に加速した。2013年には別の渓流で土石流が発生しているが砂防ダムが土石を受け止め下流で被害は出なかった。 栃尾温泉の土石流被害(1979年8月) 岐阜県上宝村(今の高山市)で土石流が温泉街を襲った。既設の砂防ダムが破壊され、多くの家屋が土石に埋まるような被害を受けたものの、死者は街を出歩いていた観光客3人のみであった。土石が堆積する際に扇状に広がったことで物的被害を大きくしたことから、災害後は大規模な流路工を整備し土石の流れをコントロールするように補強された、 長崎大水害(1982年7月) 1時間に180mm以上となる日本における1時間雨量の最大記録にもなった猛烈な豪雨が長崎市周辺で降ったことで各地で土砂災害が多発し200人以上が死亡した。長崎市周辺はこの豪雨の前にもかなりの降雨量があり地盤は相当緩んでいたが、目立った災害が起きなかったために住民たちの危機意識が低下していたことが被害拡大の一因と考えられた。この災害を機に気象庁は記録的短時間大雨情報を設定し、注意を促すようになった。 雲仙岳の噴火災害(1991年以降) 長崎県の雲仙岳では1991年6月に40人余りの死者を出した火砕流が有名であるが、堆積した火山灰が雨で流出する土石流被害も頻発した。火砕流犠牲者の中には火砕流と土石流を混同し、高台ならば火砕流の被害は無いだろうと誤解していた人もいたという。雲仙岳では1990年代後半には噴火は沈静化したが、砂防工事が継続されている。 平成5年8月豪雨(1993年8月) 鹿児島市を中心に土石流被害が発生した。姶良カルデラの縁にあるJR日豊本線竜ヶ水駅ではカルデラの外輪山となる駅裏手の斜面からの土石流で停車中の列車が埋没した。この際、土石流発生の危険があると判断した乗務員が被災前に乗客を避難誘導したために人的被害はほとんどなかった一方、付近の病院に土石流が直撃した現場では15人が死亡する被害が出た。 7.11水害(1995年7月) 北アルプス北部にあたる長野県、富山県、新潟県などで集中豪雨が発生し各地で土石流が発生し、国道148号国界橋が流出するなどした。 蒲原沢土石流災害(1996年12月) 長野県北部の小谷村にある姫川水系蒲原沢において、前年7月に発生した7.11水害による土石流被害からの復興工事中に再度土石流が発生。砂防ダム建設にあたっていた作業員などが巻き込まれて死傷した。日本では夏場に多い土石流災害としては珍しい冬季の融雪が関係する災害であり、土石流発生を予見できたかどうかなどが裁判で争われた。 6.29豪雨災害(1999年6月) 広島市の山間部の新興住宅地で土石流が発生し20人以上が死亡した。雨の降り方は比較的短時間の豪雨だったとされている。崩れやすく土石流になりやすい真砂土、山間部の新興住宅地における住民の防災意識などが問題となった。この災害をきっかけにソフト対策の要となる土砂災害防止法が作られている。 水俣市土石流災害(2003年7月) 水俣市で大規模な土石流が発生し19人が死亡した。 平成21年7月中国・九州北部豪雨(2009年7月) 山口県を中心に土石流被害が発生し、そのうち一か所で老人ホームに土石が流れ込み入所者7人が死亡する事態となった。老人ホームや病院の立地は災害発生時にたびたび問題となっており、1985年の長野県地附山の地すべり災害、93年の鹿児島県の土石流、2016年の岩手県岩泉町や2020年の熊本県球磨川の洪水でも犠牲者が発生している。 平成25年台風第26号(2013年) 伊豆大島で大規模な土石流が発生し30人以上が死亡した。 平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害(2014年) 99年の災害と同じく広島市の山間の新興住宅地を中心に多数の渓流で土石流が発生し70人以上が死亡する大災害となった。線状降水帯による長雨、土石流になりやすい真砂土、急傾斜地の住宅地利用といったものが指摘されている。この年は7月にも平成26年台風第8号により長野県木曽谷で土石流が発生、こちらは人的被害は死者1人であったものの中央本線の橋梁流出や護岸設備が大きく損傷した。 熊本地震(2016年4月) 地震による斜面崩壊及び降雨などにより阿蘇山山麓の山王谷川で土石流が発生。砂防ダムの袖部が欠損流出や、ダム下流でも土砂に理没する家屋などが出た。 平成28年台風第10号(2016年8月) 珍しい進路を取り観測史上初日本上陸地が岩手県となった。土石流被害は岩手県と北海道を中心に発生。この災害を機に市町村長が発表する「避難勧告」が分かりづらいとして「避難指示」としてより強制力のあるような印象を与える名前に変更された。 平成29年7月九州北部豪雨(2017年7月) 洪水被害が有名な災害であるが、福岡県と大分県を中心に土石流被害が発生している。流木の多さが特徴であり、砂防や治水政策における流木対策が注目された。 平成30年7月豪雨(2018年7月) 広島県坂町小屋浦において石積み造りの築70年近い砂防ダムが基礎を残して決壊。ダムが貯めこんでいた大量の土砂を含む土石流が流下し下流域で死傷者が出た。また、広島市でも平成26年災害を受けて建設され、完成後間もない砂防ダムに土石流が直撃し、破壊力を減衰したものの一部がダムを超えて流下したことで死傷者を出している。いずれも砂防ダムの完成によって安心し避難しなかった人がいると見られる事例である。 熱海市伊豆山土石流災害(2021年7月) 静岡県熱海市の渓流の起点部にあった大量の盛土が大雨で崩壊し、土石流となって流下。渓流途中には砂防ダムがあったが、設計貯砂能力を大幅に上回ったため、ダムを乗り越え土石が住宅地まで達したことで20人以上が死亡した。施工業者は事前に県と協議した林地開発許可制度で許可された以上の盛土量、かつ排水設備や砂防施設(伐採・開発により低下した森林機能の代替として設置を求められる)についても許可内容と異なり未整備の状態であったと見られている。また、中程度の降雨が長期間続く降り方であり、熱海市長が発表する避難指示の発令の遅れも問題となった。行政による開発許可を出した案件が土石流被害を拡大させた事例には1975年の青森県岩木山における土石流災害がある。
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